表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

父君様は東奔西走!

作者: 小林晴幸

 こちら、以前ネタだけ活動報告に上げた設定をリメイクしたものになります。

 なんだかちょっと中途半端というか、間が抜けた感じもしますが……ご容赦いただけたら幸いです。



 昔々、ここではないどこかの世界で。

 小国ながらも緑豊かなある国は、国民みな健全で小さな幸福を大切にする国として知られている。

 緑森の国と呼ばれる彼の国の王はまだ若く美しかったが、早くに亡くした王妃を一途に愛し、長く(やもめ)生活を続けていた。

 国と国王の一番の宝は、王妃の遺した忘れ形見。三人のお子様方である。


 一番年上の王の子は、王の母によく似た女の子。

 第一王女様は黒い巻き毛も艶々で、若干垂れ目がちなとろりとした琥珀色の瞳を持っている。

 口もとの黒子が特徴的で、将来はさぞや艶やかな美女になるだろうと周囲の大人を戦慄させている。


 二番目も王女様で、こちらは亡き母王妃に良く似ている。

 サンディブロンドの髪は真っ直ぐに流れ、眠たげに伏せられた瞳は菫色。

 傍目には清楚な印象を受けるが、自分の感覚に従ってすぐに髪を短くしようとする癖があり、周囲の侍女達を戦慄させている。


 三番目はたった一人の王子様。その優しげな面立ちは、先代の国王陛下によく似ている。

 明るい金色の髪に青い瞳は絵画の天使そのもので、少年の愛らしさを引き立てている。

 見る者の心を明るくする無邪気な姿はしかし、時として無邪気故に思いがけない事態を引き起こして周囲の使用人を戦慄させている。


 国王様にとってはとても可愛い、だけど時に頭の痛い問題を引き起こす子供達。

 父親として注ぐ愛は深く、大きい。

 子供達もまた、母王妃のいないことに寂しさを覚えることもあるが、余りある愛を注いでくれる父王を良く慕い、幸せな毎日を送っていた。

 ……政務で忙しい父上様の気を引きたいばかりに、思い出したように凄まじい騒動を起こすこともあったが。


 例えば、こんなことがあった。

 第一王女が十二歳、第二王女が十歳、第一王子が七歳の時。

 あの頃も、国王様は子供達の他愛ない悪戯や好奇心に奔走していた。


 第一王女が魔神を召喚したと聞けば、血相を変えて駆けつけて、第一王女を捕獲。

 魔神とはとことん腰を据えて話し合った末、丁重に帰って頂き、第一王女の魔導書を取り上げる。


 第二王女が城壁にシュールレアリスム全開な壁画を創作すれば、第二王女を走って追いかけ、捕獲。

 修繕費の名目で予算を回し、仕事のない者を雇用した上で、第二王女から絵筆を取り上げる。


 王子がどこぞから野犬の群れを拾ってきたと聞けば、城内総出で野犬の群れを捕獲。

 犬番に野犬の扱いを任せた後、膝を突き合わせて長男を懇々と教え諭す。


 だけど父上様は厳しいばかりではない。むしろ子供に甘い父親で。

 ひとしきりお説教とお仕置きが終わった後には、子供達を膝に集めて抱きしめるのが日常で。

 子供達は父上様が自分達を愛していると知っているから。

 子供達は母上様はおらずとも、父上様を尊敬し、一心に慕っている。

 どたばたしつつも、父上様と子供達は愛情溢れる幸福な毎日を送っていた。





 そんな賑やかで、時として騒がしく、だけど幸せな毎日。

 やがて子供達は周囲の期待通りに見目麗しく、どこに出しても恥ずかしくない立派な王子王女へと成長する。

 国王様含め、王室の御一家に周辺諸国から縁談が寄せられるくらいには、見目の良い方々だった。

 そしてそんな王室の方々が、国民達には何よりの自慢だったのである。



 ――さて、王室のお子様方の中で最も縁談を寄せられたのは妖艶な美女への階段を着実に歩む第一王女様の元だった。

 姿形の良さもさることながら、そこには純粋に容貌だけに留まらない理由が裏に含まれている。

 国王様の母君、つまり先王の王妃は魔女だった。

 本来、魔女というものは国家に属さない。

 国に属さないのだから如何なる権力にも屈することなく、王権が相手だろうと従うことはない。

 人の世の如何なるものも彼女達を束縛することは許されず、無理に従えようとすれば手痛いしっぺ返しを貰う羽目になる。

 願いを叶えてもらえれば人の世では実現できない奇跡の恩恵を得られるが、引き換えに魔女の望む代償を差し出さねばならない。

 それにそもそも話を聞いてもらうまでが困難な相手。

 一縷の望みを託して願いを聞いてもらおうとする人間は後を絶たないが、会うだけでも人はリスクを負うこととなる。

 対応を間違えて怒りを買えば、国を滅ぼされてもおかしくない。魔女とはそういうものであった。

 だから人々が何か魔女に対して願うものがあるのであれば、厚かましく願いを押し付けるのではなく、相手から叶えてくれる様に振舞うのが通例だ。

 もてなし、崇めるように尽して、尽して――そうして気を良くした魔女が、向こうの方からお礼をしようと思ってくれるように。

 

 そんな地雷そのもののような存在、魔女。

 国王様の父君――先代の国王陛下は、そんな地雷(まじょ)と甘い恋に落ちた末、円満の恋愛結婚を成し遂げた三国一の猛者であった。

 恐らく、世が世であれば先代の王は第一級の爆発物処理班にもなれたことであろう。(比喩)

 周辺諸国から恐れられた先王陛下は、ある意味でカリスマ的存在といえた。

  

 その先代の国王様がお亡くなりになった今、死に水を取るまで付き添った魔女のお妃は城を離れて元の住居……森の奥の小屋へと戻り、今では孫の誕生日でさえ城には寄りつかぬ有様だが。

 しかし彼女の血は、確かに息子から孫へと受け継がれていた。


 率直に言おう。

 第一王女殿下は、生れながらの魔女だった。


 半ば常世の存在として、人々からは距離を取るのが本来の魔女の生き様だ。

 だが魔女個人に、俗世に対して何がしかの縁と(しがらみ)があればその限りではない。

 父王を娘として真っ直ぐに慕う第一王女は(たま)に魔女的な知的好奇心からやらかす(・・・・)ことはあったものの、(おおむ)ね王の善き娘であり、弟妹の善き姉であり、そして王国の善き王女だった。

 家族を愛し、国を愛するからこそ、王女は魔女でありながら魔女としての生き方から距離を置き、第一王女としての義務と責任に真摯に向き合って公務も積極的にこなしていたのである。

 魔女を母に持つ身として理解のある国王陛下は、そんな健気な愛娘にすまないと思いつつ、やはり娘の真心が嬉しくて亡き妻の肖像画に夜ごと子供らが如何に良い子に育ったかを話して聞かせた。

 王国は、平和だった。


 ――魔王が復活するまでは。





 そう、事の発端は、世界を脅かす『魔王』なる輩が現れたこと。

 その得体のしれない影響力は国々の王達も無視すること叶わず、討伐隊を派遣するも結果は惨憺たる有様。

 遂には古い古文書に助けを求め、古の書を紐解いた結果、記されていた解決法で最も実現性が高かったものは『異なる世界から『勇者』を召喚する』という現実味のない代物で。

 しかし古文書に従って朽ち掛けた古い神殿で供物(人参・じゃが芋・玉葱・鶏肉・クミン・ターメリック・コリアンダー・カルダモン・ナツメグ・シナモン)を捧げて百日間の祈りの行を行った結果、神殿の床に描かれたタイルの模様……不思議な図形の真ん中に、確かに今までこの世界では見たことのないような姿形の少年が降臨したのである。

 藁にもすがる思いで、人々は『勇者』に乞うた。

 どうか魔王を倒し、蹂躙されつつある辺境の人々を救ってほしいと。

 『勇者』として召喚されてきたからだろうか、どことも知れぬ場所より突如拉致されたにも等しい筈の少年は、しかし何故か大張りきりの様子を見せて。

 そして、人々に使命を果たす為の支援を願った。

 それで世界を救ってくれるというのであれば、国々の王達にとっては願ってもないことである。

 国々は互いに協調して勇者を支援することを約束し、それぞれの国で分担を割り振って勇者の為に奔走した。

 そうして勇者が世界救世の為には必要なことであると断言するあれやこれやを一つずつ叶え、所望されたモノを揃えていく中で。

 勇者は、どこかそわそわとした様子で人々に問いかけた。

 この世界に魔法はあるか――と。

 人々の答えは、是。

 人間の理解を超えた奇跡は、確かにこの世界にあると。

 だが勇者が本当に期待した言葉には否と返した。

 その奇跡を、ただの人間が自由にすることはできない。

 一生の内で一度でも与ることでさえ、お伽話のように稀な事例だと。

 魔法を自由に行使する存在はあるが、普通の人間には使えないのだ。

 だったら、『勇者』であれば……?

 召喚された少年は己に期待をかけて魔法を使ってみようと試みるも、試しは(ことごと)く失敗に終わる。

 自分には出来ないのか、試した方法が間違っていたのか。

 検証の為にも、本当に使えなかった時の為にも。

 勇者は、魔王討伐に随行する仲間として『魔法を行使できる者』を求めた。

 その噂だけは、既に勇者の耳にも届いていたのだから。


 本来、魔に属する者……魔法使いや魔女といった存在は俗世と住処を異にする。

 人間達が自ら縛られる権力や法といったものからは距離を置き、自分達の定め、決まりを尊重して人とは違う常識の中に生きるもの。

 そんな彼らを仲間に、というのは無茶な願いであった。

 彼らは、人間の懇願に容易に応えてくれる存在ではない。

 人の世の作法に縛られぬのだから、命じることも強要することも逆に災いを招くばかり。

 どうしたものかと思い悩むが、人々はたった一つの心当たりを思い出す。

 魔法使いや魔女は、人の世に縛られぬが……今のこの世界にはたった一人、魔女でありながら人の世に属す者がいたのである。


 ――緑森の国、第一王女ティーナ


 未だ十代の年若い乙女なれど、魔性を秘めた妖艶な美貌で音に聞こえる彼の国の姫。王の珠玉。

 されど身に宿した魔の力は真実のもので、人の身を超えた稀なる業を振るうという。

 

 人の世に自らを組み込んで生きる限り、魔女であろうと王女であろうと、人は人。

 そして王女であるからには、国に課せられた責務から外れることは叶わない。

 人々から求めに適する人物として正式に王女の推挙を受けた勇者は、いそいそと緑森の国、その王城まで自ら足を運んだ。

 既に仲間として召し入れた、女戦士と女盗賊と巫女姫を連れて。

 国々から推薦を受けた仲間候補は数いたが……勇者が自ら吟味し、仲間として選んだ者には何故か女性しかいなかった。


 


【緑森の国―王城―】


 国賓として国を挙げて救世主――勇者を迎え入れた城は、夜も更けた頃には昼間の熱狂も嘘のように静まり返っていた。

 出迎えの儀として格式に沿った謁見(パフォーマンス)を終えた後、勇者と仲間達は早々に客室を兼ねた離宮へと通されていた。 

 長旅の後だ。その疲れを慰労してのことであり、歓迎に騒ぐよりもまずは休息を……という国王の気遣いである。

 勇者を主賓にしての宴は翌日の夜と予定され、今の城内は静かな中にも宴の準備でざわついた気配があった。

 到着早々の宴を期待していた勇者が、ほんの少し気分を損ねていたことには誰も気付かない。

 だが若く美しい国王をさりげなく睨んでいたことには、王室の警護を担当する者をはじめ複数人が気付いていた。睨まれた国王自身も、勿論気付いていた。

 ……「イケメン爆発しろ」という呟きまでは、誰ひとりとして拾っていなかったが。

 今まで話には勇者のことを伝え聞いていたし、国家間の協調と義務を負って便宜を図る為に活動もしてきた。

 勇者関連の事項を担当して国々の間を走り回っていた外交担当の官吏達は今までにも勇者を見たことがあっただろうが……

 城で政務を行わなければならない王と重臣らを筆頭に、城内のほとんどの者は勇者を見るのも話すのも初めてのことである。

 実際に会話をしたことがないのだから、勇者の人柄は人伝に聞いた程度にしか知らない。

 勿論、そんなものはさわり程度の意味しかなく、最終的な判断材料にはなり様がない。

 勇者に対して今後、どう振舞うか……どう、接していくのか。

 国としての義務はあれど、具体的に細かい部分でどう配慮していくかは決めかねていた。

 だからこそ、宴の前に。

 国王は国の重鎮達を密かに会議室へと集め、各々の所見を交えながら勇者への対応に関する話を詰めていくことにした。

 最奥に座す国王を前に、半円を描いて諸侯が揃う。

 王国の未来を担うべきであり、勇者に仲間として求められてもいる王の子供達もまた、国王の左右に席を取っていた。

 彼らとて他人事ではないのだ。

 話し合いに参加し、意見統一に努めて審議を重ねていくつもりでいた。


「父君様、私はあのような品性下劣な輩の供など、嫌です。一緒に行動するだけで私の品位が下がります」


 さてさて誰から意見を聞くべきか、と。

 国王様が会議室に視線を巡らせる中、いきなり会議の焦点の一人でもある第一王女がぶっちゃけた。

 ちなみにこの会議、非公式なので最初から無礼講が言い渡されている。

 誰であろうと忌憚のない意見を自由に述べるように予め言い置いていたが為、元から緩い小国気質も手伝って王の子達はフリーダムに振舞うつもりのようだ。

 一瞬、ふっと気の遠くなるような気分が国王を襲う。

 遠くなっている間に、第二王女リセアが姉姫に対してうんうんと頷いて同意した。


「うんうん、お姉様の気持ちわかるー。自分だったら私も嫌だもん」

「そうなんですか? 勇者の供として救世の旅に出るのはこの上ない名誉と聞いてたんだけど……まあ、名誉などいらないか。ちなみにお姉様方、どのような点を評価して勇者を嫌だと?」

「シャルロは男の子だもんね。わからないかー……あのお兄さん、勇者か何だか知らないけど、私やお姉様の胸部や臀部ばっかり見てくるの。あと、顔も」

「それは……お姉様達が魅力的ってことじゃ? 今までにも、そこばっかり見てくる男はいたでしょう」

「そうね、いましたわ。でも……抑制を知り、理性のある殿方はあんなにあからさまには見てこないのよ? つい見てしまった後で、気まずげに顔を逸らすのならともかく……。あの隠す気があるのかどうかもわからない、厭らしい目。私達の身体を欲望塗れの目で舐め回すように見てくるなど、小国だとしても仮にも王女を相手に礼儀知らずにも程があります」

「しかもー……お姉様だけならともかく、私や他の女の子までじろじろ見るの。多情なのは責めないけど、やっぱり少しは隠してほしい。気分悪くなるから」

「見目が良ければ年齢もお構いなしのようでしたわね。ディケンズ伯のお嬢さんはまだ女を感じさせない幼さですのに……あの子のことも、じろじろと見て」

「なっなんですと! 我が娘は未だ十歳ですぞ!?」

「でぃ、ディケンズ伯! 落ち着かれよ!」

「ミリアンナ嬢、可愛かったもんね。銀髪のツインテ―ルが兎さんみたいで可愛かったもんね。勇者さんに見つめられて怯えてたけど。視線の意味はわかってなかったみたいだけど」

「ぬ、ぬおぉぉおおおおおおおっ!? 我が娘、ミリー! ミリーが視線で穢される! こうなれば勇者に決闘を……っ」

「ディケンズ伯! ディケンズ伯、落ち着いて!! 煽らないで下さいよ、リセア王女!」

「……ディケンズ伯、お辛かろうな。先年奥方を亡くしたばかりだというのに……大事にしている忘れ形見の娘御を厭らしい目で見られたなどと」

「おっと、他人事ではありませぬぞ! 我々の娘もまさに年頃、勇者の滞在中は屋敷から出ぬようにさせねば……!」


 世界を救う為に異なる世界からやって来た、勇者(十七歳)。

 どうやら奴は、無類の女好き――そんな共通認識が、緑森の国の上層部に浸透した。

 その認識を裏付ける証言は、更に続く。

 次に証言したのは、ちゃんと挙手して発言権を求める良い子の騎士ムーサ青年。

 王国軍の秘蔵っ子として知られる、国内一の剣豪である。

 彼はその腕前を認められ、第一王女の護衛を務めているのだが……当然、第一王女が向かう先にはつき従うのが役目である。

 つまり勇者の求めに応じて王女が魔王討伐の供となった暁には、セットでついてくる王女専任の護衛騎士だ。

 王国としてもいつ終わるとも知れない旅路に第一王女を単独で参加させる筈もなく、誰もがムーサの追従は当然のものとしている。

 むしろムーサだけでは足りないと考え、護衛を増やそうかと考えているくらいなのである。

 そんな王女に物理的に王女に近しい位置に立っているムーサ青年。

 彼は気真面目故に、勇者が王国にやって来てすぐ挨拶に向かっていた。

 曰く、王女が旅に同行する際には自分も王女の供として同行することになる。

 なのでよろしく、と。


 だが、そんな真面目に好青年の振舞いを自然と見せたムーサに対して、勇者の反応は芳しいものではなかった。

 勇者は堂々とした立派な騎士に、こう言ったのである。


 ――はあ? お前もついてくる? ……チッ男かよ。うっわいらねー。


 ムーサの人柄は、王国上層部の誰もが知るところである。

 彼は決して、嘘を吐くような男ではない。

 むしろ騎士の誰よりも清廉潔白で、その人柄もあって国王は王女の安全を任せるに足ると判断したのである。

 だから、たった今、ムーサが申告した内容に嘘はない。

 

 会議室の中には、重い沈黙が垂れこめた。

 誰もが悩むような顔つきで黙り込む中、絞り出すような声でムーサが切々と訴える。


「私の何がお気に召さなかったのか、男というだけで拒まれたのか……それを思うと、陛下っ。私は!

私は、私は……今まで大事にお守りしてきた姫様を、あの男にだけは、あの男にだけは、預けたくのうございます!」


 誰の目も届かぬ、介入出来ぬ旅に、仮にもしも勇者の希望通り姫様だけが同行するとなった時。

 その時、あの勇者が姫様に無体な真似を働こうとはしないかと……そう思うだけで、私は。


「この剣を……人類の希望である筈のあの男に向けて、抜剣したくなってしまうのです」

「待て、それはまずい! 仮にも奴は『勇者』だから、思い留まれムーサ卿!」

「お放し下さい、侍従長……っ同じ男として、あのような振る舞いは許せたものではありません!

姫様の御身を守る為、いっそのこと今の内に……!」

「それをやったら世界は誰が守るのだ!? 魔王が退治されるまで、待つんだムーサ卿!」

「世界が平和になるのを待っていたら、その間に姫様が! 世界よりもまず、我らの至宝をお守りするべきではないのですか!?

少なくとも私は敬愛する国王陛下より直々に姫様の身をお任せいただいた者として、世界よりもまず姫様を優先したく思います!」


 会議場は、いつの間にか修羅場に変わろうとしていた。

 暴走する己の護衛を眺めて、第一王女がころころと笑って弟妹と談笑している。


「まあ、ムーサは本当に愛らしいこと。あのように懸命に守ろうとして下さる殿方がいて、私は幸せ者かしら」

「ムーサは父君様に心酔していますからね。父君様直々にお姉様の護衛を任されたことが、彼の何よりの誇りだそうで」

「あんな厭らしい目でじろじろ見てくる勇者と旅なんて、確かに身の危険しか感じないけど……お姉様の護身については、あまり深刻にならなくっても良いのにね。

どうせ旅に出ることになったら、日ごと夜ごと守らせるんでしょう? 悪魔に」

「お姉様、旅立たれる前に僕、またバッフォメット7の一発芸が見たいです。明日の宴の余興にいかがですか?」

「あら。シャルロは本当にあの子達がお気に入りなのね。良いでしょう、明日のお昼の内に召喚しましょうね」

「やった、楽しみ!」


 緑森の国の第一王女にして、魔女のティーナ。

 彼女の最も得意とする魔の業は、魔界から悪魔を呼び出す召喚魔法である。

 ついでに予備知識として追記しておくが、悪魔の殆どは魔界に実体(本体)を置いているので現世に顕現した際は多くの場合、物理攻撃が効かない。

 さあ、果たして、夜は寝台の周りをムキムキのごっつい悪魔(♂)複数体に守らせる美貌の王女を相手に、勇者は無体を働くことが出来るのか……!?

 その心配は、ムーサ以外の誰もしていなかった。


 彼らの知る限り、第一王女が本気で設置した悪魔の囲みを突破できるのは、実父である国王陛下くらいのものである。



 緑森の国は、美人が多いことで有名だ。

 そんな土地柄も、国の自慢の一つであったが……今ばかりは波乱の予感がする。

 国王は今すぐに通達すべき事柄を整理し、侍従長に指示を出す。


「……城内に参内予定の関係者と、明日の宴に出席予定の各位に伝えよ。年頃の娘御が大事であれば、呉々も勇者に接近を許さぬよう……と。明日ばかりは仮病もすっぽかしも認めるよう、追伸を付けて廻状を回せ」

「は、早急に!」

「加えて、城内に勤務する女性達にも通達を。年頃の者は全員、勇者の滞在中は奥向きの仕事に専念せよと。勇者の目に触れる業務は全て、男の欲深い目を跳ね返せる剛の者で隊を結成して当たらせよ」

「そちらも即座に承りましてございます!」


 客室にまで小動物系の愛らしさがある美少女メイドにご案内されて、ついでに部屋に引きとめてちょっと絡んで。

 そんな小さな事件を重ねてちょっとご機嫌になった勇者は知らない。

 明日以降……自分の視界に入る全ての女官やメイドさんや下働きの女性達が、一人の例外もなく全て妙齢の……五十代から六十代の、気風(きっぷ)もよろしければ恰幅も良い肝っ玉母ちゃん系のお姐さんや、お城で働いている内に婚期を逃したオールドミスのお姐さんばかりになることを。

 旦那以外の男に女として見られなくなって久しい、そんな寂しさを抱えたマダム達。

 そもそも男と碌にデートをしたこともなく、若い年下男子に熱心に見詰められただけでドギマギしてしまう永遠の乙女達。

 彼女達が上から回って来た勇者のセクハラ事件勃発の報せに、ちょっと胸をときめかせていそいそと志願し、自らお世話に回って来た事を。(逆セクハラ注意報発令)

 逆に客室案内係を務めた小動物系美少女のメイドさんが受けた屈辱と精神的苦痛に満ちた体験を話に聞いて、勇者に近寄りたくないと思っていた十代から二十代の働く女性達は快哉を叫んで国王の英断を褒め称えたという……。


 表面上は丁重に、礼儀を失することなく国賓としてもてなす王国勢。

 文句のつけどころもない滞在の日々を送るが、勇者の不満は募るばかり。

 何しろ彼の周囲で、触れられる範囲にいる美女は既に仲間になっている三人くらいのもので。

 新しい出会いを求めてやって来た王国では、第一王女も第二王女もすげなくつれない態度を取るばかり。


「……色っぽいツンデレおねえさん、か」


 しかし勇者は凄まじくポジティブだった。

 彼は訪れるかもわからぬ王女のデレ期を思い、顔をだらしなく緩ませる。


 めげない彼と、根気強く接する王国の人々。

 調整の日々はあっという間に過ぎて、勇者はとうとう正式に王女を仲間に欲しいと申請してきた。

 権威と親しい、仲間達の助言もあったのだろう。

 国王に謁見を求め、衆目の最中、『勇者』として国の突っぱねられない要求を出す。

 ちなみに事前に王女の意思を確認していたりはしない。

 その必要もないと思っていた。

 何しろ国々は勇者の供として相応しい能力を持った仲間達を、我先にと集めてくれたのだ。

 この国もまた、自分の求めに応じて当然と思っていた。

 勇者として、驕ったのか高ぶったのか。

 崇め奉られ、世界を救ってほしいと縋られて……彼は、人々にもまた『個人の感情』が存在することを軽く忘れていた。

 権力者だろうと、王侯貴族であろうと。

 人間として生まれてきたからには、自分の意思を持っていて当然であるのに。

 そもそも国々の側から勇者に紹介した仲間候補達は、事前に意思の確認を経て自分達で勇者の仲間として立候補した者達である。

 彼ら彼女らと、自ら立ったのではなく勇者側から求められた立場のティーナ王女では前提とする条件が異なるのだ。


 一国の王女でも、魔女であっても。

 今この世界で、目の前で顔を合わせて勇者に求められれば……拒むのは許されない。

 だが、王女は魔女だ。

 魔女は本来、自由な物。

 風のように誰に縛られることも許さないし、縛れない。

 自ら縛られることを求めた時、以外は。

 

 そんな女性が意思の尊重もなく、物の様に扱われることに……我慢が出来るのか、否か。

 

 否だろうな、と。

 王女の性格をよく知る王国の人々は思った。




 勇者に求められ、最大限の便宜を図ると他の国々に誓った身である国王は苦悩する。

 このまま娘に苦労させても良いのか。

 自由への餓えを封じ、娘として王女として忠実であってくれたというのに。

 それでも断れるものではないと、誰もがわかっていた。

 国王はせめてもと、王女に護衛を付ける旨を宣言する。

 勇者は要らないと拒んだが。

 しかし戦力が多いに越したことはないだろうと、国王は押し通した。

 戦いに向かおうという彼らを前に戦力を減らすというのならば、兎も角。

 増やそうといって勇者が拒むのは客観的に見ておかしなことだ。

 確たる理由もないというのであれば、尚更に。

 国王が若い女騎士も交えた数名を横に並ばせ、王女の護衛はこの中から選ぶつもりだといえば勇者は前言を翻した。

 何を思って言を翻したのか……王国側の者達にとっては、もう聞くまでもないが。

 勇者の方はまだ女好きだと気付かれていないと思っているのか、どうなのか。

 取り繕うようにおざなりな言い訳を重ね、勇者は隠し切れていない好色な顔で「では、護衛をえらb――」

 声を上げたが、その声は途中で若い女の声に有無を言わさず掻き消された。


「では、私の護衛ですもの。この身の安全を任せる相手、私が選ぶのは当然ですわよね?」


 声ばかりでなく、王女のその笑顔も有無を言わせぬものだった。

 勇者は何事か言おうとしたが、鉄壁の笑顔を前に引き下がるしかない。

 それでも女性が護衛として選ぶのだから、と――どうやら女騎士を期待したようなのだが。

 敢えてわざわざ身の安全の保障を犠牲にしてまで、勇者の願望を叶えてやる義理が王女にある訳もなく。

 自分の身を最も守るのに適しており、加えて護衛の安全まで考慮しなくて済む相手……という明確な基準に従い、王女は二人の護衛を選んだ。 


 言わずもがなの誠実な青年騎士ムーサ。

 それと王国を裏側から密かに支えてきた国一番の隠密、シーザリオン。

 二人はどこからどう見ても可愛げの欠片もない――立派な、殿方だった。

 勇者ががっくりと肩を落とすところを、謁見の間に集った皆が冷めた目で見守った。


 


 他の王国と足並み合わせ、支援の内容はどこか一国の負担が重くも軽くもならない様に。

 国王陛下は勇者達の為に路銀を授け、国の秘蔵する武具を提供し、他にも細々とした面倒を見て。

 とうとう、王国の至宝……王女を連れて、勇者が旅立つ日はやって来た。

 勇者以外は女ばかりだった一行に、鋭い眼光で勇者を貫く男二人が加わって日も浅い。

 これから仲間として馴染んでいくのか、連携は取れるのか。

 小さくない不安要素を抱え、彼らは魔王を倒しに行く。


 果たして勇者は魔王を倒せるのだろうか。

 ――王女の召喚した護衛悪魔に強制排除されちゃう前に。




 

 空は彼らの胸中の様に暗雲が垂れこめ、人々の不安をこれでもかと煽り立てていた。


 そんな見送りの中、一人。

 王女の父親である、若き国王陛下は覚悟を決めたかのように。

 その手に、ぎゅっと実用性一辺倒の剣を強く握りしめていた。





 数日後。

 王国から「留守の間のことは万事宰相と侍従長、それから王女と王子に任せる」という書き置きを残し……国王の姿が消えた。

 書き置きの内容が正しければなのだが、彼は愛娘の苦労を減らす為……国王御自ら、わざわざ勇者一行の露払いに旅立ったらしい。


 行く先々で待ち構える筈の強敵が、悉く先回りした『誰か』に討たれ、滅ぼされた後という拍子抜けの日々。

 幾つか中を覗いた敵の城は、既に殲滅された後という状況に肩透かしを味わう。

 一体誰が、何の目的で……見えざる何者かは、敵か、味方なのか。

 そして時に王女に勇者が手を伸ばそうとした時、暗がりから飛んでくる投げナイフは誰の手によるものなのか。

 見えざる何者かの気配を濃厚に感じながら、勇者一行は追い立てられるように魔王城を目指した。



 やがて、ついに彼らは魔王城へと辿り着く。

 目ぼしい敵のほぼ全て、自分達が到着するより前に討伐済みという、敵の亡骸で形成された道を真っ直ぐに通り抜けて。

 到達した魔王の間で、彼らが見たモノは――


「まあ、やっぱり父君様でしたのね!」


 返り血を浴びて真っ赤に染まった、緑森の国の国王……その人だった。

 まるで剣鬼もかくやというその姿を見て、勇者は腰を抜かした。

 



 

 


緑森(りょくしん)の国

 国王 ユリシース

 第一王女 ティーナ

 第二王女 リセア

 第一王子 シャルロ

 国一番の剣豪 ムーサ

 国一番の隠密 シーザリオン


 バフォメット7 ティーナ王女が宴の余興で召喚することが定番化した七体セットの悪魔。

 雄山羊の頭部と下半身、人間の女の上半身を持ち、サンバの衣装を着用している。

 毛並みの色とビキニの色は名前に準拠する。

 ・バフォメットレッド

 ・バフォメットダークレッド

 ・バフォメットコーラルレッド

 ・バフォメットコチニールレッド

 ・バフォメットワインレッド

 ・バフォメットローズレッド

 ・バフォメットイエロー

 最後までスクロールお疲れ様です! 読んでくださって有難うございました。


 ……本当は、勇者が王女を連れて旅だったところで止めようかとも思ったのですが。

 娘が旅立った後の父上様の行動は書くつもり、なかったのですが。

 でもなんだか勿体なくなって、うっかり+してしまいました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 国民皆が思ったでしょうな 「アイツ(勇者)要るの?」 [一言] とりあえず勇者(笑)はカレーに謝れ!(言いがかり)
[一言] 恐るべきお子様達を立派に育て上げた王様こそ、真の勇者ではなかろうか……というか、なんで最初からこの方討伐に推薦されなかったの? カリスマ王様と魔女の息子さんなら、最初から「協力しますから娘さ…
[一言] 先に書いてありましたが、勇者いらない……!! 生贄の材料でカレーパーティーした方が有意義でしたね(´~`)モグモグ ハイスペックな国王様を筆頭に、魔女の姫やらバフォメットセブンやら、むしろこ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ