プロローグ
ここは、上流階級の貴族・騎士・王族だったり、財を持つ商人だったり、はたまた才のある一部の平民だったりが通う王立カメリア学園の高等部。
学園内は四季折々の植物が花開き実を結び、通う者の目を喜ばせる。校舎内には上流階級子息のための充実した設備が整い、不自由など感じることなく通うことのできる学園である。そんなどこの家でも自分の子供を通わせることに憧れを抱く学園は、少女たちの囁き声で満ちていた。
「お聞きになりましたか?エルバート殿下が地方の視察に向かわれたそうですよ」
「もちろん。この話を知らない生徒なんて、この学園どころか国中探したっていないのではないかしら」
「夏期休暇も、あといくらもしない内に来ると言うのに。殿下は一体どうされたのかしら」
「殿下の今回の視察は、そんな一月二月休暇でも利用して行うような、そんなものではないそうよ」
少し汗ばむ暑さが体にまとわりつくような、もう夏も目前のこんな時期に、少女たちは冷たい紅茶を嗜みながら噂話に勤しんでいた。
「まさか、夏期休暇が終わっても帰っていらっしゃらないのですか?そんなに長い間、殿下のお姿を拝見できないだなんて!」
「まさかそんなこと本当にはある訳ないでしょう?私、信じたくありませんわ」
「あ、噂をすれば・・・」
少女たちの囁き声がさざ波のように消えていく。そこに現れたのは噂の主の婚約者、フィオナ・ニコラ・ボイル令嬢である。フィオナは婚約者の突然の地方視察に動じることなく、日々を過ごしているようだった。その余裕の態度に少女たちはため息を吐くしかない。
「さすが、ボイル家の御令嬢様ですわ」
「本当に。きっと、以前からお聞きになっていらっしゃったのでは?ですから、私たちがこんなに動揺しているというのに、あんなにも冷静でいらっしゃるのよ」
「殿下の行動を信じ、着いていくお姿はやはりご立派ですわね」
尊敬の眼差しと、それに入り混じった嫉妬がフィオナへと向けられていた。しかし、そんな周りからの視線なんてどこ吹く風で、フィオナ・ニコラ・ボイル令嬢は今日も学生生活を粛々と送っているのだった。
「フィオナ様」
ふいに彼女の友人が声を掛ける。彼女の取り巻きのエミリア・ノーリーン・サールである。その声に気付くと、今まで穏やかだったフィオナの顔は突然凍り付いてしまうのだった。
「どこに逃げようって言うんですか。さぁ、練習しますよ」
「しょええぇぇ・・・」
これは、フィオナ・ニコラ・ボイル悪役令嬢が、没落すること無く恋愛をするための、熱き戦いを記した物語であった。