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自問自答

 彼の言う通り、それからも私の足が屋上に向かなくなることはなかった。


 朝が来て、昼が過ぎ、夜になると私は学校へ行く。

 そしてその度に校門前には彼が立っていて、一緒に遊んだ。


 彼は時に全裸になったり、半裸になったり、服を着たりと、私の中の死の衝動を散らした。

 彼が私に「死ぬな」だとか「生きろ」だとかの言葉をかけることもない。

 それも彼の言った通りだった。

 まさに道化。

 ただ、私を笑わせる。おどけ、演じ、一緒に遊ぶ。そして、また明日。

 それだけだった。彼は今の私と一番近い所にいながら、私の死とは一番遠い場所に自分を位置づけていた。

 気休め、なのだろうか。私には彼が分からなくなってきていた。一体何を考えているのか。

 私を救いたいのか。

 留めたいのか。

 殺したいのか。


 分かる筈もない。

 私は自分のことだって何も分からないではないか。

 一体私の心はどうなってしまっているのか。

 この「死にたい」という感情は私の体のどの機関から生み出されているのか。

 そして、それが分かった所で私はその大元をどうこう出来るのか。

 退治して生きたいのか。

 飼って死にたいのか。

 私は私が自分を生かしたいのか殺したいのかも分からない。

 それでも、ただただ訳もなく死にたい。

 死ぬ為に、死にたい。

 ただ、それだけだった。



―――――――――――



「で、どうなったのそれから彼とは?」

 最近知子と会っても彼の話しか出てこない。知子は私と彼の関係に興味津々なのだ。

「別に、どうってこともないよ」

 私は知子に彼との関係の全てを話してはいなかった。全てを打ち明けようかどうか悩んだが、思いとどまった。

 知子を心配させたくはない。それに、この子に「彼は自殺しようとしている私を止めてるみたいで……」なんて話をしたら、絶対に怒られる。

 昔から私は知子に怒られるのに弱かった。

 私が死んだら必ず怒り、悲しむであろう知子のことを思うとそれだけで胸が痛み、私は涙が出そうになる。

 それに、多分、いやこれはほぼ確信に近いのだが、知子に相談しても、彼の言う「私の死の衝動」は弱まることはないだろう。

 それはもう相談してどうとか、止められてどうとかの段階ではない。

 そんな場所にはもういない。

 そんな気がしていた。

 

「でもでも、毎日会ってるんだったら、絶対向こうだってあんたのこと好きだってばよ」

 私の心中を知らない彼女ははしゃぎながら言う。

「いや、そんなんじゃないって。ただの友達だよ」

 友達、というのにも語弊がある。

 一体彼と私の関係とは何なんだろうか。

 私は死にたくてあの場所に向かう。ただそれだけだ。

 では、彼は何を求めてあの場所にいつも来ているのか。

 一体何を考えているのだろうか。賭けがどうとか言っていたけど。


「……彼は何でいつもあそこにいるのかな?」

「そりゃあ、あんたに会うために決まっとろうが。それか、地縛霊だったりして」

 その言葉に私は笑った。

 地縛霊か、確かにそんな感じだ。

 そして、向こうからしてみれば、私がそうなのだろう。


「じゃあさ、あんたはどうなの、その人のことどう思ってんの?正直に答えなさいよ」

 知子が身を乗り出してくる。

「いや、その、どうだろうねえ?悪い人とは思わないけど」

「やっぱり、まあ毎日会いに行くぐらいだからねえ」

 知子にしてみれば、私も彼に会いたくて行っていることになっているのだ。

 確かに、それなら誤解されても仕方がない。

「ふん、向こうがどうしてもまた明日も会いたいって缶コーヒーでお願いしてくるから、断るのも可哀想だからさ」

「またまた、素直じゃないんだから」

 知子は私を指差して言う。

「これは恋よ。ラブよ。『ジュブナイル』のレイモンドも言ってるでしょ。『恋ハ魔物DEATH』ってね。きゃー。レイモンドー。レイモンド=ダモンドリアン=ディアモンド」

「いつ聞いても『モンド』多いなレイモンド……」

 知子は1人できゃーきゃー盛り上がっている。

「で、あんたたち、昨日は何して遊んでたの?」

 気を取り直した知子が聞いてきた。

 私は普通に答える。

「校庭でシーソー」

「何時間?」

「3時間」

 その返答に、やれやれと知子は首を振り、前のめりに突っ伏す。

「あんた達ね、それでお互い好意の欠片もないって言うんだったら、よっっっっぽど!の暇人の会よそれ」

 暇人の会。確かに彼のことは「こいつ暇だな」って会う度に5回は思う。

 私が死ぬのを止めるつもりなのかは知らないが、私がそこまでされる理由も分からない。

 もう、分からないことだらけである。

「分かんないよ。私は、あの人の考えていることなんて全然分かんない」

 頭がパンクしそうだった。

「まあ、それでも彼は毎日あんたに会いに来るわけだもんね」

 そう、それでも彼は私に会いにくる。

 もうこれは確実だ。

 彼は私に会いに来ているのだ。

 なんの為に?

 そこにも理由がなくてはならない。


 私が好きだから、なのか。


 いや、でもそれを言ったら全力で笑われたし……。

 賭けがどうとかも言っていたし……。

 このままでは堂々巡りだ。


「あんたは?どうなの?」

 知子がまた同じ質問をする。

 でも今度はすこし、大人な顔だった。

 そうだ。彼のことはいくら考えても分からない。分かる筈がない。

 何故なら私は彼じゃないのだから。

 私が考えて、分かってあげないといけないのは、私なのだ。


「そんなの……嫌いなわけ、ないじゃない」

 私は正直にそう答えていた。

 彼がいなかったらとっくの昔に私は死んでいた。今でも明日には死ぬかもしれない私を、理由は分からないが、助けてくれている。そんな彼のこと、嫌いなわけ……ない。


 うんうん、と知子が首を縦に振る。昔から私が悩んだり落ち込んだりしている時に見せてくれる、凄く優しい顔だった。今みたいにいつも私を導いてくれる。知子は私にとって聖母みたいな存在だ。

 不意をつかれて涙が出そうになる。


 知子が私の手を握って、言った。

「あのね、あたしにはあんたが何を悩んでいるのかよくわかんないけど、その人の事、信じていいと思う。頑張りな。あんたなら大丈夫。もっと前向きに突き進まないと」

 ひょっとして知子は私が隠し事をしていることに気がついているのではないだろうか。

 何となくそんな気がした。

 だって、何でも知っているから知子なのだ。それでも、私のことを信じてくれているのだ。

 知子の言う通りだ。確かに、立ち止まっていても、仕方がない。



―――――――――――


「私が何故死にたいのか、それを探さないとならないと思います」


 私は高らかに彼に宣言した。


「なるほどね。前向きになったんだ。最近ちょっと落ちてた感じだったのに。流石だね」

 彼が楽しそうに口笛を吹く。

「そう。このままわけも分からず死ぬのは絶対に嫌ですから。詳しいことは、理由なりなんなりが見つかってから考えることにします。あ、『3』取らないで。あーー」

「ぼーっとしてるからだぜ。それ『×』もいただき」

「のーー!」

 ここ数日はテレビゲームデーが続いている。

 体を使う遊びも一通りやったので、たまにはインドアな遊びを、というわけだ。


 今私達は廃ビルの中でテレビゲームをやっていた。数日前に初めて中に入ったが、何故か古いテレビが一台だけあり、そこに彼がゲーム機とソフトを持ち込んで、2人でずっとプレイをしているのだ。電気も通っていたから、不思議だ。


「この、バナナでも食べてなさい」

「あ、俺の『1』が!!」

「この『1』は私の配下となりました。貴様はそこで朽ち果てろ!!」

 私達は今日は、ゴリラがジャングルの中にある「1」や「2」等の数字や「+」「-」「×」等の記号を拾って、計算式を解いていく少し変わったゲームをやっていた。

 しかし、二人対戦プレイになるとなかなか白熱して、お互いあっという間にムキになり、もうかれこれ三時間は対戦を続けていた。


「まあ、あんたが思うこと、色々やってみれば?俺は変わらないから」

 コントローラーを握り、モニターを見たまま彼が言う。


 変わらないという言葉に安心感と寂しさの両方を感じたのは、内緒だ。


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