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彼との時間、私の参加

 その日はモチつきだった。

 道の真ん中に大きな臼が鎮座している。

 中には湯気が立ち込めるホカホカのもち米。


 彼が杵を振り上げ、降ろす。

 ペタン。

「ヘイ」


 私は決して目を合わせない。

 カモンみたいな雰囲気を出しているが、絶対に目を合わせない。


――まさか…………カモンなこと、ないよね?


 彼はもう一度杵を振り上げ、降ろす。

「ヘイカモンモチ」

 カモンと言われてしまった。

 やはりカモンのようだ。


 再度振り下ろされる杵。

「ヘイカモンモチベイベー」

 ペッタンペッタンしながら、片手で私を呼ぶ。


「…………」

 私は大きく溜息をつく。

 とうとう恐れていたことが起きてしまったか……。

 

 勝手に決め付けていたのだ。

 私はなんだかんだいってもいつも見ている側。

 彼は騒ぐ側。

 線引きがされていて、自分は蚊帳の外だと思っていた。

 しかし、どうやらそうではなかったようだ。


「カモンモチカモン」

 この場には彼と私以外いない。

 つまりは…………そういうことか。


 つまり彼は私に、杵でモチを打った後にもう一人がやる、手でモチを引っ繰り返す、介錯(?)みたいなヤツをやれと言っているのだ。


 彼は私に参加を望んでいる。


 知子の言っていた通りだ。物語は加速していっている。それは確かだった。

 だが、一つだけ知子に言いたいことがある。


――これで、私のことが好きっていうのは有り得るのだろうか?


 それとも何か。好きな女子をモチつきのパートナーに誘うのが今の流行りなのか。

 舞踏会で「お嬢さん、僕とダンスを踊って頂けないでしょうか」といったノリで「お嬢さん、僕とモチをついて頂けないでしょうか」なんて言うのか。

 

 ただ、私はあのモチつきの合いの手は苦手だった。杵をついたことはあるのだが、合いの手は怖くて今まで一度もやったことがない。もしタイミングを間違えて、手を杵で挟まれたらと思うと、恐怖で足がすくむのだ。

 そんなことを私が考えている間にも、ペッタンペッタンと彼の杵は振り下ろされる。


「………………」

――マズい。


 このままでは一定の面ばかりが杵につかれ、まんべんなくもち米に圧力がかからない結果、ある部分はモチだが別の部分はまだ米のまま。またある部分ではモチだか米だか分からないような中途半端な箇所の存在する、世にも恐ろしいモチであってモチでない「亜モチ」が誕生してしまう!

 その悲劇だけはなんとしても避けなくてはならない。


――よし。


 私は覚悟を決める。

 

 私はゆっくりと臼に近づいていった。

 ペッタンペッタン。規則的なリズムでモチはつかれている。

 私はおそるおそる手を差し出す。


 ペッタンペッタン。


 この「ペッタン」と「ペッタン」の間に手を出せば良し。

 それは分かっている。

 しかし、恐怖が背中を押し、なかなか最初の一手が踏み出せない。

 大縄跳びに入るタイミングを図る時の心境と似ている。

 誰かが足を引っ掻けた時の周りの落胆した態度。あれは一種の拷問だった。

 

「ヘイ、カモンモチ」

 怖じ気ついている私を急かす様に、彼のカモンモチコールが入る。

 分かっているってば。

 こっちのタイミングでやらせてよ。


「…………」

 私は神経を集中させる。


――ええい、ままよ。ゴーモチだ。


「よっ」

 手を出し、サッとモチをこね、すぐに手を引く。

「フー、クール」

 ペッタン。彼が杵を振り下ろす。

「よっ」

 手を出し、モチをこね、手を引く。

「オーケーベイベー」

 ペッタン。杵が振り下ろされる。


 ペッタンペッタンと、静かな夜の路上で、モチつきの音が響き渡る。


――なんだか、これ、楽しいな。


 私はあっという間にモチつきに夢中になっていた。あれだけ恐れていた感情も、最早ない。手から伝わるモチの温もりと、心地よいリズムで、胸がいっぱいになっていた。

 最後には二人の息はぴったりとなり、ペッタンのリズムはスピードを上げ、耳に心地よいアップテンポのビートを弾いた。


 そして、出来上がったモチを二人で食べた。

「はい」

「ありがとうございます」

 出来立てのモチを彼が私に手渡す。

 私達は川原に腰掛けている。


 二人で半分こしてもかなりの量のモチを、何もつけずに食べた。

 ただの素モチなので、何の味もしなかった。また一人分の大きさがドッチボールぐらいだったので、最後の方は拷問以外のなにものでもなかった。彼は途中、のどにつかえさせて死にそうになっていた。二人とも、終始無言で素モチと向き合った。

 モチを全て平らげると彼は私に缶コーヒーを差し出した。私はそれを受け取り、ポケットに入れる。彼が最初に立ち上がる。 


「じゃあ、また明日な」

「はい」


 私も立ち上がり、答える。

 家に帰って、缶コーヒーを飲んだ。

 ここ数日間、遺書は机の引き出しに入りっぱなしだった。



 その日を境に、私は彼との遊びに参加することになった。



 校庭のバスケットコートでワンオンワンを二人で三時間ぐらいやった。

 二人とも信じられないくらいどヘタクソで、三時間かけてもスコアは八対五だった。


 一緒にハリセンでゾンビを倒したりもした。


 ある日、彼が体中赤いペンキで染められ、トラ柄のパンツを履いてアフロでやってきた。

 私は二時間彼の体にカラーボールを投げつけた。当たり所によって「がおー」や「うおー」と彼の上げる悲鳴の違いの微妙さがツボに入り、きゃっきゃと言いながら懸命にボールを投げ付けた。




「51、52、53、54、55、56………… 」


 そして今日、私は数を数えていた。

 目の前で彼がジャンプを繰り返している。彼は一定のリズムで足元に流れてくる縄をかわしている。

 そう、今日は大縄跳びだった。

彼は「フウ」「クール」などと言いながら元気よく飛び跳ねている。


 彼と共に遊び始めて、私はあることに気がついた。


 まずは、最初は被害者だと思っていた彼が、実は結構ノリノリだという点。

 いや、まあ三日目の全裸マラソンに関しても、あれはあれである意味ノリノリだったわけだが。

 今は本当に、なんでも楽しそうに遊ぶ。彼が校門前にいないことは一度もなかった。彼と私が現在の所の皆勤賞だった。

「98、99、100」

「よっしゃー、行くぜ!101、102、お、早くなったか」

 100を超えた時点で少し、大縄の回転が早くなった。それに合わせ彼が飛び跳ねるテンポもアップする。

 ちなみに大縄をまわしているのは、身長2メートル程もありそうな黒人男性だった。

 全く見分けのつかない(おそらく双子なのだろう)黒人男性二人(何故かスーツ着用)が大縄を回す姿は壮観だった。

 彼と私が引っかかり交代で大縄跳びをやりだして一時間以上、殆ど休む間もなく腕を振っている状態なのだが、タイミングがずれたり、スピードが変わったりすることはなかった。あと、二人とも凄く無口だった。

 私達ばかりが跳ぶのは申し訳ないので、一度交代して彼らにも飛ばせてみたが、吐き気がする程ヘタクソだったので余計なことは考えず、今はひたすらまわす係りに専念してもらうことにした。

 このようにたまに人が増えたりする日もある。

 彼の交遊関係は、老若男女、国境越えて、多種多様なメンバー達で構成されているのだ。


「251、252、253」

「よっしゃ、この調子で…………っと。とと」

 疲労か油断か定かではないが、彼の飛ぶタイミングが一瞬遅れた。着地した瞬間、縄が足元に襲い掛かる。

「よっと」

 彼は地面に足が着いた瞬間にまた飛び上がり、間一髪で縄をかわした。しかし、一度ずれたタイミングはそう簡単には直らない。今度は、着地とほぼ同時に縄が足元にやってきた。

「そいや」

 空中で体勢を変えて縄をかわそうとする彼。しかし、無理に体をねじってしまい、微妙な体勢に。

 一応その行動のおかげで手前に体が変わり、縄を踏むことはなかった。が、地面に着地した瞬間にまた足元に縄がやってくる。

「うお、ジャンプ!」

 すかさず飛ぼうとするが、無理な体勢が祟った。動作が遅れる。間に合わない。飛ぼうとした足を縄が無常に刈る。すてんと、彼は地面に転がった。

「うおーー。がーん」

「はい。引っかかった。交代ですね」

 パンパンと手を叩きながら私は彼を追い出す。

「くそー、いい感じだったのに。で、スコアは?」

「254とか、260くらいです」

 テキトウな私の発言に彼の口が尖る。

「おいおい、なんだよそれ、254と260じゃ凄い差があるぞ。これがもし体力値だったら戦士と侍、すばやさだったら盗賊とアサシンぐらいの違いだよ。うん」

 女の子の私にはよく分からない例えが飛び出した。

「じゃあ260でいいですから。次は私の番ですので」

「了解」

 遊んでいる間に、私と彼は色々と会話を交わすようになっていた。遊んでいる時の彼と私は饒舌だった。それに二人とも、よく笑い、よく怒り、よく動いた。

 私は勿論楽しかったし、彼も見た所いつも楽しそうだった。

 小さい頃友達と遊んでいた頃のことを思い出す。

 毎日色んな遊びをして、日が暮れたらさようなら。そして、また明日。

 明日が輝いていたあの頃が、懐かしい。


 それから更に一時間程遊んだ。


「じゃあ、また明日」

「はい」

 彼が黒人男性を引き連れて帰る。片方(多分弟)が最後に缶コーヒーを私に手渡す。

 彼が去った後には、いつも缶コーヒーが手に入る。今みたいに直接手渡しされることもある。

 私は寝る前にコーヒーを飲むのが日課になっていた。

 時には、二人で川原でコーヒーを飲んでから帰る時もあった。

 そんな時、私と彼は何も喋らず、黙ってコーヒーを啜るだけだった。

 

 彼が何者なのか。いつも聞こうと思いながら、私は何も言えなかった。

 知りたいと思う自分と知る必要がないと思う自分が存在して、常に相殺し合っていた。

 不思議と、彼と遊んだ後にそのまま屋上に行こうという気は起きなかった。

 勿論、私は毎日死ぬ気で学校へと向かうのだが、彼がいつもの道で待っていたら、遊びを断る気もない。そして遊んだらある種、気が晴れて家へと帰る。

 それでも、次の日には死ぬ為に、校門の前へと赴く。

 矛盾していると思われるかもしれないが、かといって目的が彼との遊びにすり替わることはなく、私の念願は当初から現在まで変わっていない。

 純粋に死にに行く。

 そこに彼がいる。

 遊ぶ。

 気が変わる。

 帰る。


 私の中で、そこに違和感を覚えることはなかった。


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