知子
「それはあんた、夢でも見てたんじゃないの?」
次の日、私は目の前で起きた不可解な出来事に関して、親友の知子に相談していた。
あんなことが三日も続いたのだ。いい加減自分の見たことが信じられなくなっていた。
誰かに相談しなければと思い、知子を呼び出したのだ。
知子だけは、昔から何の気兼ねもなく話すことのできる友達だ。
「夢じゃないよ。知子はニュースを見ただろうか。昨日全裸のジョギング男がこの近くで捕まったって。それが私の話が嘘じゃない証拠」
「あたしはドラマ見てたから。申し訳ないが知らないね」
「そうなの?」
それは残念。しかし、彼は一体どうなってしまったのだろうか。まだ警察に拘束され事情聴取等をされているのか。はたまた既に釈放され、無事に家に帰れたのか。少し気になっていた。
真実を目の当たりにした私だけは、彼が幻覚を見たり世迷言の類を言っているわけでないことを証明出来るのだが。
確かに私の目の前で彼の服は飛び散ったのだ。あれは一体……。
「欲求不満なんじゃないかい?そんな夢見るなんて」
知子が私のおでこに人差し指を当てる。私は目の前にいるおさげが凄まじく似合う少女をじっと見つめた。とにかく華奢な体、小さな顔につぶらな瞳、綺麗な桜色の唇。派手な顔ではないが、たまに浮かべる儚げな表情から、まさに薄幸の美少女という呼び名がピッタリと合った。
知子にそれを言うと決まって、病人みたいな扱いするなと怒られるのだが。
「どうしたの?人の顔をじっと見つめて」
私は知子が私のおでこに置いた指を払うと、気を取り直して言った。
「だから、私は見たの。この目で、あの人の服が飛び散って、全裸になるのを」
知子は真剣な私の顔をまじまじと眺め、深く溜息をついた。そして片手を挙げて言った。
「それじゃあ、整理します。あんたはこの三日間、学校近くのまっすぐな道で男の人を見かけました。その人は靴を左右間違えて履いていた所為で、手と足が同時に出ていました。そして一昨日、その人はあんたの目の前でバナナの皮を踏んで一回転宙返りをかましたのですが、傾斜を滑り落ちて、あっという間に川に流されていきました。そして昨日、また同じ人があんたの目の前を走っていたら、突風が吹いて突然服が飛び散り、全裸になりました。こともあろうにその人は自分が全裸であることに気づかずにそのまま軽快に駅前商店街の方までジョギングを続け、あげくは夜のニュースになってお茶の間に花を咲かせたのです」
ほう。私は知子の情報処理能力にとても感心した。
「ほう、その通りだよ智子。全くその通り、それが事実なんだ」
「ほう、じゃないよ!そんな事実があってたまるか!」
大きな声で突っ込みを入れる知子。
そして溜息を吐いたかと思うと、突然おかしなことを言い始めた。
「昨日あたしが駅前を歩いていたら空から突然全長十メートルくらいある大きなカエルが目の前に落ちてきたのだよ。あたしは言ってやったさ。『おいカエル野郎、邪魔だ、さっさとそこをどいて黙ってあたしの背中を見送るんだ。そして、雨を降らすならきっかり五分後にするんだ、いいか、五分後だぞ、分かったな』と。五分が丁度あたしが駅前から家に帰り着く時間だったからね。そしたらそのカエルがこう言った。『私は本当は人間なのですが、悪い魔法使いから呪いでこんな姿に変えられているんです。助けてください、あなたの力が必要なんです』。こうして、あたしとカエルは長い旅の果てに、悪い魔法使いを倒し、カエルの呪いを解いた。すると、どうだろう。大きなカエルは光に包まれるとみるみる人間の姿を取り戻したのだ。その人間というのが『ジュブナイル』のボーカルのサミダレだった。サミダレはあたしに今度行われる武道館ライブのチケットとサイン入りCDを私にくれて、何度もお礼を言って電車で帰って行ったってわけ」
一息に話し終えた知子は、そこで私に訊ねた。
「今の話、昨日現実にあったんだけど、どう思う?」
「そんなこと現実にあるわけないじゃん。夢に決まってるよ」
私の返答に、勝ち誇った様にニヤリと笑う知子。
「ねえ?そんな話夢に決まってるよ。もし、夢じゃなかったとして、どう解釈すればいいのよ。川に流されたり、服が飛び散ったり、その男の人、何者よ?一体何がその人の身に起こっているの。世界で一番ついてない人?」
「それは……なんだかわかんない人だけど」
ほうら、と知子が胸を張る。
「あんただってわかんないんでしょ。きっと夢見てたのよ。それって何時頃?」
「夜の、八時」
それを聞いてふと知子が真剣な顔になる。
「あんた、なんでそんな時間にそんな場所に三日もいるのさ」
「それは……」
答えられなかった。流石に死ぬ為だとは言えなかった。
答えを詰まらせる私を細い目で見つめ、まあ、と知子が続ける。
「とりあえずその男の人の名前は、バナナマンで決定ね」
やはり親友、考えることが一緒だ。
そして、口ではなんだかんだ言いながらも、いつも最後には私の言うことを信じてくれるのだ。
流石は、親友である。