「超アドベンチャークエスト」
私は家で日記、ノート、参考書、新聞、雑誌等を漁りだした。何かを忘れているような気がしてならなかった。ぽっかり心に空いた穴。一体それが何なのか、確かめないといけない。
私の日記には、特に変わったことなど書かれていなかった。良いことばかりではなく、勿論、悪いこと、嫌なことも書かれていたが、別段死に近づくような変わった日記ではなかった。そもそも、日記なんてここ一年程まともに書いていなかったので、参考にならなかった。
ノートや参考書の類を見ても、特に変わった記述はない。
私に直接関係するものを優先的に調べてみたわけだが、結果はこのとおり、芳しくない。仕方ない、何でも目に付くモノを調べ抜くしかない。心づもりを決め、朝まで過去の新聞、雑誌を読み漁った。
翌日、私は眠い瞼をこすりながら夜の学校へと向かっていた。昨日は結局何も見つからないまま、新聞や雑誌を延々と読んだだけだった。
いまや私の頭には政治、経済、時事ネタや、芸能スクープまで、たくさんの情報が詰まっていた。それが何の役に立つのかは分からなかったが、知識は知識だ。今の時代知識は金なのだよ、と誰に言うでもなく呟いたりしてみる。
しかし、私もただ一晩中新聞や雑誌を見ていた、それだけではない。途中でいい加減読むのに飽きて、あるものを作ってきていた。実はその所為で徹夜したといっても過言ではない。
「おう、今日は遅かったじゃん」
彼がいつもの笑顔で私を迎える。私も笑顔で答える。
「はい、ちょっと事情がありまして」
「ふーん、まあいいや。今日はアツアツあんかけ対……」
「――待った!」
彼がいつものように今日のゲームを発表しようとするのを私は制した。
ていうか今日なに?アツアツあんかけって何?何しようとしてんの?すっごく興味あるんですけど……。
彼の後ろには給食センターに置いてある程の大鍋があり、ものすごい勢いで湯気が上がっていた。
「何?どうしたの?」
言葉を奪っておきながら黙りこくる私に彼が声をかける。
いかんいかん。
すっかりあんかけに気を取られていた。
私は気を取り直して、宣言する。
「今日は、私が主催をします」
「へ?」
彼の頭にはてなマークが浮かぶ。私の言ったことが理解出来ないようだ。
「つまり、今日は私の考えたゲームをやるのです」
「あ、なるほど。そういうことか」
彼の顔が晴れる。やっと理解出来たようだ。うって変わって楽しそうな笑顔を浮かべる。
「いいぜいいぜ、なんだなんだ、あんたもノリノリじゃねえか!で、何するんだ?腕相撲か?指相撲か?紙相撲か?モンゴル相撲か?相撲か?」
「いつから私そんな相撲好きキャラなんですか!違います」
そう言って私は制服の背中からあるものを取り出す。
「じゃじゃーん」
それを彼の眼前に突きつけた。
「ノート?」
そう、それはなんの変哲もない大学ノートだった。
「ゲームを作ってきました」
「そのノートの中に?」
「はい」
私は自信満々に頷く。
「このノートの中に冒険のストーリーが書かれています。あなたはプレイヤーとしてこのノートの世界の主人公となって、ゲームをクリアしてください」
彼の目が少年のように輝く。
「へーー、面白そうじゃないか。あんたやるな」
「えへへ、それほどでも」
私は照れた。えへへ。
「ゲームのタイトルは何ていうの?」
「『超アドベンチャークエスト』です」
更に彼はうんうんと頷く。
「そうかそうか。よし、じゃあ、早速プレイさせてもらうぜ!」
「はい!」
こうして、「超アドベンチャークエスト」がスタートした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それは、ここではない場所、そして現在ではない時の物語。世界は神の守護下にあり、そこでは神の化身達が自由に具現化して存在し、空にはドラゴンが、森にはシルフが、海には人魚が生き、それぞれの使命を遵守し、各々の土地を守ってきていた。
その中で様々な神々の加護を受け、数々の歴史を経て進化してきた人間。神の子ではあるが、化身ではない故、か弱き人間は神々から授かった叡智から社会を創り共存し、文化を創り理解し、規則を創り戒めた。そして、その果てに科学と魔法を産み出し、急成長を遂げることとなった。
しかし、偏った社会は差別を、間違った文化は錯誤を、戒めの強い規則は反感を生み、やがて争いが生まれる。人類を前進させた科学と魔法はいつしか人間を殺す凶器となり、人と人が、組織と組織が、国と国とが己の利を求めての殺戮を繰り返し、その争いは百年も続いた。
それを見かねた神々は、人々から科学と魔法を取り上げ、神々の叡智は古代の産物と化した。それによる効果は絶大で、人々の争いは急激に勢いをなくし、戦争はなくなった。
世界は秩序を取り戻したかの様に見えた。しかし、争う手段を欠いた人間に残ったものがあった。争う理由である。愛する者、大切な場所を失った悲しみ、憎しみが人々の心から消えることはなかった。 そして、人間は神の叡智からではなく、自ら科学と魔法を産み出す手段を見つけ出し、剣を取り魔法を使い、争いという罪を再び重ね始めた。世界を更なる混乱と争いが包み込んでいった。
…………これは、そんな混乱の時代に現れた一人の勇者の物語である。
私はそこまでを読みあげると、一息つく。
黙って聞いていた彼が感嘆の声を上げる。
「おおお……なんかめちゃくちゃ本格的だな。面白そうじゃん。剣と魔法のファンタジーってヤツだな」
かなり乗り気になってきている。これだけ喜んでくれるとは。徹夜した甲斐があるというものである。
私は続きを読みあげる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、ここで忘れてはいけない人物が1人いる。神の叡智を取り上げられた人類が再び科学と魔法を取り戻す、その偉業をたった一人の力で成し遂げた男、カムカムチキンマン博士である。
カムカムチキンマン博士はもともとが旧時代から神の叡智を頂いて創られる科学や魔法を利用して、人類の為に役立てる王立科学研究所所属の発明家であった。情報伝達技術、下水道潤滑技術等、多くの分野で科学と魔法を使い功績を挙げていた人物だった。神もカムカムチキンマン博士の優秀さに一目置き、随分と可愛がり、寿命を二年与えることすらあったとも言われている。
しかし、様々な技術も神の叡智を欠いたことにより、その瞬間に失われてしまう。人間に、その栄華を取り戻すことは何世紀かけようが不可能に近いと思われた。そもそもが、神の叡智から生み出される科学、魔法は全て、天界を流れる大気の蒸留を繰り返すことによって発生する『わっちょめ』というエネルギー源を基礎としたプログラムから創り出されていたものだ。神の与えた叡智というのはつまり、『わっちょめ』を作り出す為に天界の大気を蒸留する技術、人呼んでケツケツケリマクルタイン技術のことだった。ケツケツケリマクルタイン技術を失ってしまえば、もう『わっちょめ』は生み出せない。カムカムチキンマン博士は悩み考えた。なんとかして別の方法で『わっちょめ』を作り出すことは出来ないものかと。独自の製法で作り上げた装置によって天界の大気を蒸留しようとしたが、そこからは毒しか生み出されず、その毒によりカムカムチキンマン博士の肺は焼け付き、生死の境を三日さまようこととなる。
周りの研究員達はカムカムチキンマン博士に対し、これ以上の『わっちょめ』研究を断念することを何度も助言した。だが、カムカムチキンマン博士は首を縦に振ろうとはしなかった。確かに『わっちょめ』は人を殺し、争いを生む。しかし、その力を正しく使えば、人を生かす技術となるのだ。憎悪でもなく罪でもない、皆の笑顔の為に生み出される優しい力の象徴。それこそが『科学』、『魔法』ではないのか。己の命続く限り、『わっちょめ』を求め続ける。それが、カムカムチキンマン博士の答えだった。
そして、それから五年の月日が流れた。研究は何の手がかりもなく、既に研究所はほぼ解体状態。助手や他の研究員達も研究所を後にしていた。そんな過酷な状況がある日、突然急速に動きだす。天界ではなく地上界に多数生息するサンダーゲインマテリアル(この物語『超アドベンチャークエスト』の世界の海に生息し、古くより神を宿す依り代として神儀において用いられているマテリアル。私達の住む世界でいう所のわかめです)、それらに微弱な電気信号を与えることで生み出されるエネルギーが、限りなく『わっちょめ』に近いということが判明したのだ。その後カムカムチキンマン博士は多くのサンダーゲインマテリアルを使い実験を重ね、調整を重ね、とうとう『わっちょめ』に代わる代替エネルギーを完成させた。
カムカムチキンマン博士はその新たなる『わっちょめ』を生み出す技法をカムカムチキンマン技法と名付け、それによって生まれた新たな『わっちょめ』を『おっちょめ』と名付けた。そうして人類は再び、科学と魔法をその手に取り戻した。『おっちょめ』を生み出したカムカムチキンマン博士はある者には神と呼ばれ、またある者には悪魔と呼ばれ、そして神からは冒涜の使者の烙印を押され、全人類、神々から追われる身と…………。
「――ちょっと待って」
そこで突然、彼が口を挟んできた。
「なんでしょう?」
「もうそれ……いいから」
「え?どういうことですか」
私は眉を潜めて、首を傾げる。
「もうそこ飛ばして、そこの博士の件」
「ええ!?」
私はびっくりした。とてつもなくびっくりした。
――このエピソードを飛ばすだって?
「ここは凄く大事な導入部なんですよ」
「いや、早く冒険始めて!さっきからずっとカムカムチキンマン博士ばっかじゃん。っていうかあんたのネーミングセンスひどいな!どれもこれも」
心外なことを言う。人のセンスに茶々を入れよって。
「いや、でもここは旧時代魔法と現代魔法の仕組みの違いをプレイヤーに理解してもらう為の大事なエピソードなんですよね。この2つのエピソードがあるから、ゲーム内で主人公が魔法を使った時のエネルギー源が実はカムカムチキンマン技法で創り出された『おっちょめ』でも、旧時代の産物、ケツケツケリマクルタイン技術で創られた『わっちょめ』でもなく、その二つと更に科学とを融合させた『魔科学力』の結晶『ぶろっさむ』ということが分かった時に、生きてくるんですよ」
「ええー、その設定いるー?それだけの為?捨て設定だろう普通そんなん『わっちょめ』とか『ぶろっさむ』とか、どうでもいいじゃん!」
「凄く大事です!」
私は断固として主張した。しかし彼はそれでも尚難色を示す。
「もうこれ『カムカムチキンマン博士物語』じゃねえか!なんだよ、カムカムチキンマン技術って」
「技法です!カムカムチキンマン博士が生み出したものはカムカムチキンマン技法。技術は旧時代、神々の叡智から授かった技術。ケツケツケリマクルタイン技術です。2度と間違えないでください!」
「す、すいません……」
私が凄むと彼が青い顔で震えながら謝罪した。全く、人の作った大事な設定をなんだと思っているのか。
そして私はこの後、彼にしっかりとカムカムチキンマン博士の数奇な運命を余すことなく語った。
そして、物語は始まる。
「時は新聖王暦340年。ポポポッポ諸島に浮かぶ、小さな島国、ゲンゲゲルガムル王国。その城下町で主人公は生まれた」
「おお、やっと俺の出番だな。随分待ったぜ」
彼の声が弾む。無邪気なものだ。年上と言っても男の子には変わりない。男の子はいつの時代もゲームの虜なのだ。
「あなたは勇者です。今日はあなたの十六歳の誕生日。あなたは十六歳の誕生日を迎えたら、旅に出なければいけません。それが代々王国で言い伝えられてきたことなのです」
「おお、任せろ!俺は勇者だ!」
私はテキストの続きを読む。
「母親があなたを起こしに来ました『エロガッパや。起きなさい、エロガッパ』」
「ちょっと待って」
彼がストップをかける。
またしてもか。今度は一体何なのだ。ここまでくるとモンスタープレイヤーの域である。
私はあからさまに迷惑そうな表情を浮かべて、彼を見る。
「またポーズですか?」
「いやそんなあからさまに迷惑そうな顔されても……。普通とめるだろ?何だよ、エロガッパって?絶対イジメじゃん!このゲーム名前自分で決められないの?」
はん。寝言は寝て言え。この男は一体RPGを何だと思っているのだ。
「いいですか?『超アドベンチャークエスト』の世界では『エ』とは(正確な発音は『ie』ですが)『真の、偽りのない』という意味。『ロガッパ』は『勇者、世界を救うもの』という意味です。つまり『エロガッパ』とは『真の勇者』という意味なのです。いいですか、決してエッチなカッパみたいな人のことではありません。ゲンゲゲルガムル王国では、勇者となる存在には必ずこの名前をつけるというそれはそれは固い鉄の掟があります。もし、あなたがこの主人公の名前を勝手に変えたりしたら、主人公の家族と親類、両隣の家と真向かいの家の住人、そして武器屋の主人が体に傷をつけられた状態でサメが500匹いる海へと落とされることになります」
「分かった、分かりました。エロガッパでいいです!」
彼がやっと理解してくれる。分かってくれたのなら、それでよい。
「それでは続きへ進みます。『エロガッパや起きなさいエロガッパ』それではここで、この後の行動を決めます」
そうして私はポケットからダイスを取り出す。
「1が出たら『起きる』。それ以外は『起きない』です」
「え、なにそれ?」
「はい」
私は彼にダイスを手渡す。
「いや、ちょっと!」
「早く振れ!」
「は、はい」
彼がダイスを振った。出た目は、4だった。
「あなたは起きませんでした。『エロガッパやエロガッパエロガッパ…………』母親があなたを呼ぶ声だけが無機質な部屋にこだました。そして、世界は闇に包まれた…………。『ゲームオーバー』」
「ちょっと待て!」
彼が大声を上げる。
「なんなんですか?大きな声を上げて」
「何で、起きなかっただけで世界が闇に包まれるのかな?よしんばそんなにやばいことになるんだったら母親無理矢理にでも起こそうよ!そもそも起きる起きないをサイコロ振る必要あるかな?いやまあ、じゃあ振る必要があったとしよう。あったとしても、難しすぎない?起きる確率6分の1って。こいつ月曜日から土曜日まで学校あるとしたら確率的に週に1回しか学校行けないじゃん!」
彼は凄い剣幕だった。
まさかこんなにこのゲームにはまってしまうとは……。私は自分のゲームクリエイターとしての才能が恐ろしくなった。
「コンテニューしますか?」
「するかーー!」
かくしてその日、彼は町を出るまでに54回死に、結局ゲームは次の日に持ち越しとなった。