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駆け出し職人

 もう、何が起きても驚かないつもりだったが。


 今までよりも長い期間、およそ一月眠り続けていた。


 そして、脱皮したら、翼が四枚に増えていた。


 最初は、どう動かしたものやら、感覚が全く判らなかった。でも、お腹がすいて、まーてん山頂から飛び降りた時に、なんとなく判った。なじむのが早すぎる! と自分に突っ込みを入れてしまう。


 保存していた薫製肉やクッキーを大量に平らげた後、飛行テストに向かう。ちょうど、午後のスコールが降ってきた。目くらましにはもってこいだ。

 雷雲に突っ込んで、更に上昇する。以前とは段違いのスピードだ。積乱雲の上空に飛び出し、さらに高度を上げる。

 このまま、月軌道まで飛んでいけそうな気がした。


 だけど、さっき食べたばかりだというのに、猛烈な飢餓感に襲われた。このままだと、空腹の余り目を回して墜落しそうだ。諦めて、地表に戻った。 いつか、そのうちに月面も制覇してみたいな。


 じゃなくて!


 これ以上、人からかけ離れてしまったら、地球に戻った時にまともに暮らせるか自信がなくなるじゃないの。自重だ、自重。


 一葉さん達は、元気だった。うん。元気ならいいんだ。


 服が小さくなっていたのはうれしい。さっそく、今の体型に合った服を作り直す。前の服は、もう少ししてから、ぞうきんにでもして使おう。


 それまでは、大きさを比べて、成長した事を実感するのだ。むふふ。




 「虫取り」魔法陣を改良してみた。


 三本糸織の虫布を使ってみる。それも、未染色、泥染、血液染の三種類で実験した。魔法陣を刺繍する糸も工夫してみた。組み合わせの結果、泥染布に、ミスリル染色した糸で魔法陣を刺繍した物が、一番良かった。エト布の陣布よりも、発動が早かったのだ。

 それに、黒地に銀の刺繍。渋くていいじゃないの。




 ウェストポーチも新しくした。


 この収納ポーチは、亜空間収納とは違って、時間経過も外部気温の影響も受ける。


 だから、中身が腐る、事もある。あった。思い出したくはない。


 対策を考えた。


 温度の影響を受けたくないものは、保冷効果のある魔法陣を刺繍した小袋に入れる。小袋は、泥染の虫布で作った。

 非常食のクッキーとか干し肉とかは、小分けの方がうれしい。匂いが移らない方がいいもんね。調味料や調合済みの薬も同じ。


 武器と矢筒を入れる収納袋は、すべて蓋の外に配置した。これで、指輪を付けていない手でも、取り出せる。それぞれの小袋に、一種類の武器を収める。これは、前と同じ。出し入れは、武器の銘や鏃の種類を念じるだけ。


 獣肉など、生臭くなるものには、リュック型の収納バッグを用意した。

 内袋は、空間拡張機能付き。必要ない時にはただの袋。なので、丸洗いする事が出来る。芋虫石鹸が役に立った。これで、いつでも清潔。いいでしょ。

 リュック本体には、質量低減かつ保冷機能を付けた。これも必要ない時にはオフに出来る。

 内袋と外側の魔法陣が働いていなければ、丸めてウェストポーチにしまっておける。お買い物袋感覚で使えるわけだ。


 保冷効果の魔法陣は、他にもいろいろ使える。お気に入りは風呂敷だ。マント状に羽織ったり敷布代わりにすれば、涼しい。

 保冷水筒にいれておけば、冷たいジュースがいつでも飲める。


 それはさておき。


 相変わらず、まーてんの草地では、魔法陣の書き写しや刺繍をしようとすると暴発する。ウェストポーチの中張りにエト布を使ったのは、内部の魔法陣がまーてんの影響を受けないようにするためだ。

 そうしたら、東屋でエト布付きのポーチに非常食をしまう事が出来た。完成した魔道具の魔法陣がまーてんで暴走しないってのは、納得できるような出来ないような。


 ・・・使えるから、いいか。


 七日分の非常食を用意して、ウェストポーチに保存する。密林街道の都市間の移動日数が、平均七日だからだ。

 他に、武器、野営道具、衣服一式、魔道具式の調理器、塩こしょうなどの調味料、薬品類、予備の収納リュックを入れた。

 ハンターからの盗み聞き情報から、これらの品をセレクトした。少々品数が多い、と怪しまれるかもしれないが、魔道具職人の試作品、とでも言えば誤摩化せるだろう。

 

 もう一つ。近接戦闘用の武器を追加した。


 「椿」では、殺傷能力がありすぎる。麻痺毒付きの矢は、距離があるうちはいいけど、接近された時の取り扱いが難しい。掠るどころか、貫通してしまう。出血大サービスは嬉しくない。

 ということで、トンファーという、持ち手の付いた短い棒を作った。松もどきの枝で本体を作り、首長竜の鱗でそれを覆った。「菖蒲あやめ」と名付けた。


 なぜ、黒棒にしなかったか。万が一、「賢者」と関連づけられたら、騒ぎになるだろうから。

 リスクを減らすためなら、武器も変える。


 刀と弓とトンファーと。使いこなすのは大変だけど、訓練は楽しい。特に、トンファー。カンフー映画みたいでしょ。

 芋虫さなぎの革で人型のぬいぐるみを作って、練習台にした。中身は、まーてんで刈った干し草。ぎゅうぎゅうに詰め込んだので、弾力はそれなりにある。殴って叩いて引っ掛けて投げあげて。


 いずれも、出番が無いに越した事はない。




 今年のロックアントは、少し減った。ほんの少し。


 芋虫コロニーは、小さくて多かった。羽化が終わった抜殻を数えて回った結果、繭を採取できたのは全体の四分の一だったことが判った。丸かじりされたトレントが減っていたのは良かった。

 「繭弥」の改良版は、大活躍した。相変わらず、チャイムは鳴ったけど。そんな、術式は入れてないはずなのに、なんでだろう。


 今年は、五本取りの繭糸で布を織った。もちろん、先に染めてある。


 首長竜の骨から取った油(固形成分)を火にかけて溶かし、縫い上げたフード付きポンチョをつけ込んだ。繊維に油分がしみ込んだ頃を見計らって取り出し、乾くのを待つ。防水加工だ。思ったよりも、テカらないし、ごわごわにもならない。

 乾いたポンチョをかぶってみる。両脇が大きく開くので、着たままでもウェストポーチから物を出し入れ出来る。

 これで、雨具の完成だ。


 ちなみに、骨から出てきた透明な油は、ランプの燃料に使っている。火持ちが良いので、小型のランプを作って、ウェストポーチに常備させた。




 今年は、まだ脱皮しない。何か変なものを食べた? それとも、例年より少し遅れているだけなのか。

 マーテンから離れる事無く過ごしたけれど、ロックアントの群れるシーズンになっても、脱皮することはなかった。

 ついでに、人型の時の身長も伸びなかった。


 ・・・・・・


 思いっきり、ロックアントに八つ当たりした。棘蟻は切り刻み、ロックアントはトンファーで滅多打ちにする。おかげで、内臓を抜く作業が大変だった。


 採取した繭もコロニーの数も、ほぼ去年通りだった。そして、見かけた成虫は、片っ端から弓矢の餌食に。

 弓道は、精神修養によい、と聞いたことがある。でも、わたしには効果がなかった。


 後日、「周縁部」を探索中に、通りかかったハンターが「今年は街道に出てきた魔獣が多い」と話しているのを盗み聴きした。・・・わたしの殺気? 殺気の所為で「深淵部」から逃げ出していたのだろうか。

 そういえば、ロックアント狩の最中から、滅多に魔獣を見かけなかった、気はする。


 チョビッと反省した。


 ・・・・・・




 調理道具を改良した。


 メイン素材を、アルミニウムからロックアントに変更したのだ。

 アルミニウムはありふれた元素だけど、その精製には、ものすごいエネルギーが必要だ。この世界の高性能魔導炉で、分離するのがやっとだろう。同じ魔導炉を使う素材なら、ロックアントの方がまだ通りがいい。


 ちなみに、中世ヨーロッパでは、アルミニウム製の食器が、銀食器以上の値段で取引されたと聞いたことがある。いくら偏屈魔道具職人の建前を使っても、王族御用達素材のフライパンを持ち歩くのは、かなり無理がある。


 鉄は、(こんな子供が)重い(フライパンを持ち歩くなんてあり得ないと、誤解されそうだ)から却下。

 

 ロックアントには魔術式を書き込めない。ということで、またも三層式で作る事にした。


 今回の術式記述層は、首長竜の骨を粉末にしてから成型した物を使う。魔法陣の土台というか基盤になる。

 ちなみに、魔獣の骨でも作れる。でも、首長竜は大きかった。当然、骨も、大きくて沢山ある。沢山。


 魔法陣本体は、ミスリルと銀の合金で描いた。

 純ミスリルで魔法陣を描いたら、ロックアントの上下面と組み立てた直後、フライパンが分解してしまったからだ。シルバーアントには違和感無く含まれているというのに。

 出来るだけ入手しやすい素材で合金を作ろうとした。実験の結果、ミスリル一に銀十九の合金になった。魔力伝導率を考えれば、金を使いたかったけど、ほら、銀よりも高価だし。


 ・・・ミスリルと金。どちらが高く付くかな。


 携帯用フライパンが完成したので、同じ作成方法で他の調理道具も作り直す。フライパン(大)、胴鍋、圧力鍋、オーブン、バーベキュー用鉄板もとい蟻板。

 どれも、持ち手に付けた魔包石で作動し、オンオフだけでなく火力調整も出来る。


 携帯用魔導炉を使って、ガンガン作っていく。

 魔導炉での加工は、自前の魔力で変形させるよりも難しかった。燃料にした魔石や魔包石の魔力量にばらつきがあるのが原因だったようだ。それを平均化させるよう、魔導炉の改良も繰り返した。

 最後には、シルバーアントや棘蟻素材も難なく加工できる高性能魔導炉になった。


 ・・・人前に出さなければ問題ない。ないったらない。


 作れる物は、リンゴ箱ぐらいの大きさまでだ。それで十分だろう。

 これより大きい物を作る魔導炉は、港都の造船所、コンスカンタの老舗工房、各騎士団の工作班などに設置される。個人の魔道具職人には、持ち得ない。


 携帯用魔導炉は、さすがに、ウェストポーチにはしまえなかった。炉の火を落としていても、ポーチの魔法陣が反発する。そのうちに、腕輪以外の収納方法を考えよう。




 今年も脱皮しなかった。身長も伸びなかった。あと五センテは伸びて欲しい! カルシウムが足りないの?

 そういえば、[魔天]に牛乳は無い。ちりめんジャコもない。島で取った小魚は、全部魚醤にしてしまった。


 カルシウム豊富な食材を求めて、[魔天]中を徘徊した。やっとのことで、数種類の木の実を見つけた。でも、大量には実っていない。時期外れだったようだ。がっくり。来年に期待しよう。




 すでに首長竜の歯に術式を書き込んだ術具を作ったけど、そんなものを持っているのは「賢者」だけだ。散々、あり得ないと言われ続けたし、人前で使ってみせたら一発で前世がばれてしまう。


 かといって、結界を使わない手は無い。事故とか事故とか、どこにでも転がっている。不測の事態を回避する方法があるなら、とことん用意しておきたい。


 ということで、結界用の魔道具作りに挑戦した。


 『楽園』の魔法陣は、さすがに大きかった。それを、エト布に刺繍する。大風呂敷に見えるのは、きっと気のせい。魔包石を取り付けて、結界が動作するかどうかをテストした。ここまではうまくいった。

 次に、複数回使えるかどうか。これも問題ない。


 よかった、あの細かい刺繍を何枚も作らなくて済む。



 結界を展開・解除するには、魔法陣に手を触れなければならない。でも、いちいち風呂敷を広げて「結界!」とするのは使い勝手が悪い。アラビアンナイト風にロール絨毯をはためかせる、という手もあるけど、私の趣味じゃないしな〜。


 どういうわけか、筒状に丸めた陣布でも結界が作動したので、それを利用する事にした。

 まず、魔法陣を四十センテ四方に縮小して刺繍し直す。

 陣布の端にミスリル糸を縫い付け、その部分を中心に丸める。中空の木筒にそれを格納した。木筒の補強にロックアントのカバーを取り付ける。蓋部分に魔包石を仕込む。

 これで、術杖の完成。


 オンオフできるか試してみた。杖から手を離しても、結界は維持された。


 よし、成功! 


 これで、陣布が劣化するまでは、何度でも使える。魔包石はすぐに交換できるし。これはいい。


 使えそうな結界術式を、片っ端から魔法陣にしてみた。

 また、今まで術具にもしていなかった『温風』や『雨避け』を魔法陣にした。うん。すっごく便利。


 いちいち陣布を入れ替えるのが面倒で、魔法陣の数だけ術杖を作ってしまった。

 見分けがつかない。

 あわてて、杖の表面に異なる模様を付けて、区別がつくようにした。


 さらに、ウェストポーチに、術杖保管専用の収納袋も追加した。腕輪から出し入れしてたら、術杖を作った意味が無くなる。





 術杖作りに夢中になっていた所為で、ロックアント狩りのシーズン直前になっていたのにようやく気がついた。危ない危ない。


 ウェストポーチの中身を確かめて、準備万端。


 さあ、狩りに行こうか。

 充実してますね。


 今週から、土曜日も投稿します。よろしくお願いします。

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