古巣に帰ってきたものの
食料としてすぐに手に入るのは、エルダートレントの実だ。だけど、薫製にするための道具がない。岩石魔術で作ってもいいけど、どうせならば、他にもいろいろ作りたい。
「となると、やっぱりロックアント、からかな?」
密林街道の住人には厄介きわまりない魔獣でも、わたしにとっては便利な素材の供給元、かつ気兼ねも手加減も無しで相手に出来る格好の修行相手、と一石二鳥な存在なのだ。
身に着けているのは、抜殻製のシャツとズボン、ショートブーツに収納腕輪。防御面での不安はない。念のために、首長竜の革ひもで、『楽園』をネックレスにして下げておく。
腕力も、問題ない。無人島にいた時、岩石魔術で作った岩を軽く持ち上げられたし、その岩に蹴りを入れたら粉砕してしまったし。むしろ、加減の方が心配だ。
武器は、抜殻製のナイフと、首長竜の鱗で作った刀などがある。黒棒もどきは、しなりすぎて使い辛かった。
弓矢を使う手も考えたけど、氷魔術で作った矢では、ロックアントには効かないし、他の魔獣には威力がありすぎる。たぶん。
獲物を狩るのは、適当な矢の素材を吟味して、要練習してから、だね。
当座は、刀を使おう。多分、ロックアントも切れるはず。
まーてんの草地を出た。
森の様子がおかしい。妙に静か、というか緊張感がすごい。
異様な気配のある方向に向かう。
視界が開けた所まで来て、足が止まった。
・・・なんなの。
唖然とした。
ロックアントが、うじゃうじゃいる。噴火後の氾濫の時よりも多い。
その上、見た事もない形の蟻もいた。まーてんの洞窟にはまり込んでいた大蟻と同じ色で、大きさはシルバーアントとほぼ同じ。ただ、顎が桁違いに大きい。そして、頭部の後ろに長い棘を持っている。棘が邪魔で、背中から一蹴りする事が出来ない。
棘蟻は、ロックアントの周囲を警戒するように、取り囲んでいる。
放置するのは論外。これから、わたしが獲物とする動物の取り合いになる。ライバルは、減らすべし。もちろん、無駄にはしない。各種材料として、有効利用させてもらう。
ならば、どうやって狩るか?
空間魔術で一気に握り潰す、のは出来そうにない。多すぎるから。
ロックアントから先に取りかかる? 途中で、棘蟻が乱入してきたら、手こずりそう。
やはり、強敵に見える棘蟻から先に倒そう。
腕輪もスタンバイ。倒した蟻は、その場で収納させる。足場確保のためだ。
よし。
「椿!」
腕輪から、刀を抜き出す。
ええ。刀とかナイフに銘を付けたんです。いいじゃん。かっこいいでしょ。というか、呼ぶだけで取り出せるので、とっても便利。
それはともかく。
棘蟻は、ここから見える範囲で十二匹。群の向こう側にも同じぐらいいると思われる。さぁて。勝負!
わたしに気がつき、大顎を振り上げて威嚇してくる。その棘蟻の頭を横薙ぎにする。頭部の半分が、仮面のようにずり落ちる。直後に、胴体も崩れ落ちた。
切れ味上々。・・・最後まで、持ってくれるかな。
次の棘蟻が、突進してきた。大顎の下に潜り込み、刀をたてて、口から腹部に向かって疾走する。背後には、体を二分させた棘蟻が残り、それもすぐに消える。
腕輪の機能も問題ないようだ。
群の周囲を走り回り、すべての棘蟻にとどめを刺して回収した。次こそ、お目当てのロックアントだ♪
蹴って蹴って蹴って斬って蹴って斬って。
一瞬でも隙を見せれば、こちらが殺られる。そして、逃げ出すロックアントはいない。そうこなくっちゃ。
思ったよりも時間はかかったが、棘蟻二十五匹、シルバーアント三十二匹、ロックアント二百三十七匹の群を、全滅させた。
わたしのダメージはない、
・・・ぐぅぅううぅぅ
わけでもないようだ。
その場で『楽園』結界を張り、すこし遅い昼食にした。今朝もあれだけ食べたのに、って、前にも言った気がする。
九歳児の仕事量としては、多すぎた。無理しないで、もっと小さな群とか一匹だけのを狙えばよかったかな?
でも、これだけの規模の群なら、遅かれ早かれ相対していた。群になったロックアントの食欲は、すさまじい。この周辺も、無惨な有様だし。
他の所にも、こんな群が出現しているのかな。・・・心配になってきた。放っておいたら、[魔天]が丸ぼうずになってしまう。
一旦、東屋に帰ろう。休息を取って、装備を見直して、明日から森を巡回しよう。
もっとも、今更、縄張り宣言するつもりはない。わたしの今後の食生活のためだ。大喰らいのロックアントには、引っ込んでいてもらおう。
よく、保っていたもんだ。
あれから、一月掛けて探索し、他にも七つの大群を殲滅した。どれも二百匹を下らない規模で、棘蟻も必ず付いていた。二十匹前後の群もいた。[魔天]中が喰い尽くされていないのが不思議なくらいだ。
ただ、原因は判らないが、群は[周縁部]には出られなかったらしい。それで、移動できる動物達はこぞって避難したようだ。ロックアントがいなくなったとたんに、帰ってきている。
とはいえ、[深淵部]の植物は減ったままだ。肥料代わりに、ロックアントの内臓液をたっぷりとばらまいた。
植生が元に戻るまで、どれくらい掛かるんだろう。これは、待つしかないな。
大量に入手したロックアントで、今度は、道具作りに取りかかる。
ロックアントの内臓や消化液を入れる一斗缶。薫製容器。武器訓練用の道具。
そして、機織り機。
抜殻服は、どうやっても染められなかった。つまり、森の中を白いシャツでうろついていたわけで。
目立つなんてものじゃない。看板背負って、練り歩いているようなものだ。森で目立たない服を用意する必要がある。首長竜の革もあるけど、万が一、人と会って素材の出所を訊かれたら、素直に答えられるかどうか。ワイバーンの革以上に、怪しまれるに違いない。
手頃なエルダートレントを伐採し、糸を採った。もちろん、枝も根もちゃんと使う。
棘蟻には、ロックアントにはない臓器があった。卵巣が退化したものだと思う。それを使って、濃いレンガ色に染める事が出来た。なかなかいい色だ。気に入った。
機織り機も久しぶりに作ったけど、以外と覚えているものだ。ほぼ手直し無しで、布が織れた。
早速、仕立てる。こちらも、なんとかうまく仕上がった。白い頭髪は、手ぬぐい状の布で纏めてしまえば、目立たなくなる。やったね。
さて、便利ポーチはどうしよう。
あれは、以前、散々こき下ろされてしまったし。腕輪から、出し入れするのは論外だろう。人前で問題ない程度の収納バッグにするべきだ。
いくつか試行錯誤した結果、まずまずのものが出来上がった。レンキニアさんに見せてもらったのが、役に立った。
素材は、首長竜の革。空間拡張の魔法陣を組み込んだ。だいたい、荷馬車一台分ぐらいの容量が入る。
武器用、素材用、日常生活用などの複数のポケットを組み合わせ、一つのウェストポーチに纏める。本体には、質量無効化の魔法陣を仕掛けた。
蓋に開閉用の魔法陣が有り、特製の指輪を使って出し入れ取り出しする。
ティラノさんの所で拾った、もとい貰った魔包石で、それぞれの魔法陣を維持させた。
さらに、ウェストポーチ本体の外側を、エト布で裏打ちした別の魔獣の革でカバーする。
あれから、ずいぶん時間が経っているんだから、これよりも、もっといいものも作られてるだろうし。「昔、コンスカンタで開発されたマジックバッグの改良型だ」といえば怪しまれない。
・・・はずだ。きっと、たぶん。
いつの間にか、一葉さんと双葉さんが、ウェストポーチのベルトに収まってしまった。変身した時は、何も言わないうちにポーチもろとも手首に移動していた。出し入れ用の指輪まで預かっている。器用すぎるにもほどがあるでしょ。
うん。わたしは助かるんだけど、助かるんだけどね。なんか、悪いなぁ。と、つぶやいたら、気にするな、と、蔦を振られた。
しばらくは、それに甘えさせてもらうことにした。一葉さん達が飽きるのは、いつだろうか。
武器の練習もした。
刀は、どれも切れ味が良すぎて、型もなにもあったものじゃない。ロックアントを切りまくった後も、軽く洗い流すだけで、ほぼ手入れ無用。抜殻ナイフと同じ性質だったとは。
「椿」そっくりの木刀を作って、素振りの練習から始めた。思った所に、刀を振るう、刃先を止める。これが、難しい。毎日の訓練が欠かせない。
「朝顔」自体は、一見、単一素材の狩弓。素人の作った玩具(実際、そうだし)にも関わらず、引きの力がものすごい。船の上で練習した時は、あっという間に、視界から消えてしまった。ということで、使える物は有効利用。指弾に代わる遠距離攻撃の手段にしよう。
とはいえ、弓は、矢がなければ始まらない。いろいろな素材を試した。
定番のロックアント。鏃を付けなければ、ただの棒。どうやっても貫通しない。ただし、打撃力は強い。使い所を思いついた時に、改めて作る事にする。
エルダートレントの枝。これは、素材としてはもったいない。基本、矢は使い捨てだからだ。という事で、却下。
竹。これだ。
節間の長いものを選んで加工する。矢羽根は無し。なくても、弓の威力と、鏃に刻んだ風魔術が、命中させてくれる。有効射程は、指弾とほぼ同じくらい。
いいじゃないの、魔術を使ったって。使えるんだもの。
竹矢だと、魔術による命中補正がなければ、有効射程距離が二十メルテほどになる。それくらいなら、刀で近接戦闘した方が早い。
ものは試しで、ダイアモンドの鏃をロックアントの矢に装着して試射した時は、三百メルテ先に置いたロックアントの板五枚を貫通した。・・・どこの暗殺者ですか?
これは、遠距離での必殺武器にはなる。万が一のために、用意だけはしておこう。連発するつもりはない。ないったらない。
鏃の素材は、骨。首長竜の骨。当分は賄える量がある。風魔術以外に、発光、雷、大音響などの術式も作った。どれも極小さな鏃なので、一回で消滅してしまうが、相手を脅かすだけなら十分だ。
鏃の種類別に矢筒を用意した。鏃無しの矢も出来るだけストックしておく。肝心な時に弾切れを起こしたくはない。
後は、練習、練習。
人前では、魔術は使わないことにした。魔道具でカバーする。
ただでさえ、森の中でこんな小さな子供に会ったら、妙な勘ぐりをされるに違いない。ここで生活できる理由が、各種魔道具によるものだ、と判れば、要らぬ誤解もされないで済む。
偏屈な魔道具職人に養われていて、師匠の指示があって、素材の採取と食料確保のために頻繁に[魔天]に来ている。
屁理屈の準備もよーし!
弓矢の練習も兼ねて、森に猟に行く。大量には獲らない。そして、出来るだけすばしこい動物を選ぶ。だから、練習にもなってるんだってば。もっとも、命中補正のおかげで、ほぼ百発百中。
・・・練習になってない。
命中補正無しの鏃で、猛練習する。おかげで、だいぶ有効射程距離が伸びてきた。
まあ、いい。使い慣れるための練習だ。そういうことにしよう。
ロックアントに荒らされた植生を減らしすぎない程度に、芋や調味料になりそうな植物を採取する。栗や胡桃のような木の実も採った。
木の実は、一度蒸かしてから砕いて、数種類を練り合わせ、薫製したエルダートレントの実も刻んで入れた。一口大にまるめて焼いて、クッキーもどきの出来上がり。
魔獣の肉と同程度の魔力量になったので、これなら人前でも食べられる。
バランスよく食事をしているはずなのに、なかなか成長しない。今年の脱皮後、まーてん山頂で落書きもとい成長記録を比べてみたけど、微々たるものだった。何が足りないんだろう? まだ、十歳だし、焦る必要はないのかもしれない。
ロックアントが群を作りはじめている。魔獣達が[深淵部]から逃げ出す前に、さっさと退治してしまおう。
わたしの体が小さい所為で、棘蟻は攻撃しにくいらしい。あっさり接近を許し、そして「椿」の餌食になる。でも、それはそれで複雑な気分だ。
十から二十匹の群に棘蟻あるいはシルバーアントが一匹、という構成だった。大群に比べれば、らくちんそのもの。ただ、[深淵部]全域を探索するのが、大変だった。
群が見つからなくなるまで、約二ヶ月。たまにまーてんに帰還しつつ、探索と狩りに費やした。
ほんのちょっと様子を見るだけ。
[深淵部]の外側、[周縁部]に行ってみた。境界付近の植生に大きな差はない。でも、わたしには、大地からわき上がる魔力量の差が歴然としているのが判る。
[深淵部]のような、ロックアントによる食害はほとんど見られない。あるいは、一年のうちに回復したのだろう。
ロックアントが活発に徘徊する時期には、ハンターは森の奥深くまで入って来ない。もう少し、見て回ろう。薬草類も探したいしね。
ある地点に差し掛かった所で、目が点になった。
トレントも含む木々が、丸裸になっている。いや、所々に変なものが引っ付いている。
紫と黄色のしましま。
体長一メルテほどの、むっちりと太った芋虫だ。これまた、初めて見た。それが、あちこちにいる。
一本のトレントに目がいった。数匹がよじ登っていく。
各選手、一斉にスタート! 取り付いた枝の付け根から、順に食べていきます。早い早い。見る間に先端にゴール! すぐさま折り返し、その上の枝に移動しました。今度は枝の片側のみ食べています。おっと、折り返して反対側を消化しました。さらに、次の枝に取りかかりました!
なーんて、中継をしている間に、天辺まで食べ尽くされてしまった。
トレントも、黙って食べられていたわけではない。蔦を繰り出し、たたき落とそうとしている。だが、多勢に無勢。蔦の数より、芋虫の方が多いところでは、それこそあっというまに、そうでない木も、落とされてはよじ登ってくる芋虫に蔦まで食べられている。
トレントは、[魔天]の植生の中核を成す重要な生き物だ。以前、ローデンの人達が乱獲した所では、動物達の生息分布まで変わってしまった。
ぼーっとしている場合じゃない!
「朝顔」を取り出し、芋虫の頭部を射る。よし、地面に落ちた。
だけど、よくない。体液は麻痺毒を含んでいた。
なるほど。誰も手を出さないわけだ。それに、丸ごと確保して、解毒してからでないと、肥料に出来ないじゃないの!
とはいえ、芋虫を潰さずに捕獲する方法を思いつかない。
なんて厄介な。
芋虫は、取り付いた木の上で糸を吐きはじめた。どうやら、繭を作るようだ。これは、完全に繭を作らせてからの方が、採取しやすそうだ。
他の場所にも、・・・いるんだろうな。
匂いをたどって、探してみる。一日後に、ようやく次のコロニーを見つけた。ここは、すでにほとんどの芋虫が繭になっている。どの木も、若草色の団子だらけだ。
えーと、蚕の繭から絹糸を採る時は、お湯につけながらほぐしていた、んだったよね。繭の中のさなぎも、熱を掛ければ死ぬはずだし。
岩盤焼きの応用で、繭に両手を当てて、中に熱を加える。タンパク質が固まる程度でいいんだから、このくらい、っと。
湯たんぽのようなぬくもりを感じた所で、加熱を止める。おっと、張り付いていた木から、繭がぽろりと転げ落ちた。これはいい。
出来るだけ急いで、繭を回収する。しかし、これまた多いなあ。もっと効率のいい加熱方法を考えないと。
そのコロニーで見つけた繭のすべてを採取してから、最初に見つけたコロニーに戻る。こちらもほとんどが繭になっていた。はい。採取っ。
ん? 全部採ったと思ったのに、ずいぶん離れた所に、一個だけ残っていた。それも採ろうとしたけど、繭の先端に穴が開き始めている。
これが親か。全身を現し、幹の上で羽を広げはじめた。最終齢の芋虫に比べて、ずいぶん地味な色合いだ。でも、油断は出来ない。なんたって、[魔天]の生き物なんだし。
完全に羽が広がった。大きな鱗粉が両面についている。飛び回られても面倒だ。頭部を矢で射抜いた。
空を飛ぶ事なく、地に落ちる。鱗粉を手に取る、前に気付いた。
「これまた、麻痺毒持ちだ」
軽くつついただけで、羽から鱗粉が落ち、砕ける。なんてこった。わたしの手でも軽く痺れてしまった。これ、他の動物だと、どうなるんだろう。
ロックアントの蓋付きバケツを取り出し、慎重に鱗粉を回収する。バケツの中に落としただけで粉末になるって、どれだけ脆いんだ。
生態も含めて、要観察だ。
厄介な新種が生まれてくれた。
出ました。芋虫君。これから長ーい付き合いになります。
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武器名リスト
作者のセンスのなさが丸判りデス。今後、登場する、かもしれないものも載せました。
抜殻製ナイフ 白薔薇
以下、首長竜の鱗素材
日本刀 椿
銛 槐
ハンティングナイフ 睡蓮
弓 朝顔
包丁 枳
柳刃 橘
ペティナイフ 撫子
まな板 菫
トンファー 菖蒲
投げナイフ 黒薔薇一〜 十数本ある