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勝者は誰

 山芋はもうないけど、ショウガはまだある。


 首長竜の肉をもう一塊取り出して、スライスした。この包丁、鱗が材料なのに、こうもさくさく切れるってのは、変なナイフ並みに意味不明だ。


「ね、ねぇ。それって、アタシの分?」


 猫なで声で言われても。


「いいえぇ? わたしが食べるんです」


 さっきよりもショウガ汁を多めにする。魚醤は控えめで。


「なんて意地悪な子なのよーっ」


「貴女こそ。いたいけな子供を散々追いかけ回すなんて。・・・それとも、そういう趣味ですか?」


「ちがうわよっ!」


 これくらいの嫌みは言わせてもらいたい。


「ちゃんと質問に答えてもくれないし〜」


「判ったわ。いくつでも答えるわよ。だからお願い。それ、ちょーだい!」


「答えてくれますか?」


「ぐっ」


 ぷるぷるしている。あらやだ、癖になりそう。


「もう一度、聞きますよ。なんで、追いかけ回していたんですか」


「・・・」


「聞こえませーん」


「あなたの飛びっぷりがすごかったからよっ!」


 いきなり大声を出さないで欲しい。


「わたし、つばさ、ありませんよ?」


「とぼけないで!

 アタシから逃げ回れる娘は、アタシの縄張りには居ないわ。それなのに、アタシの頭突きを受けてもまだ逃げるし。森に落ちた所から、あの格好をした生き物が逃げ出した気配はなかったし。よく調べてみたら、結界なんかがあったりするし。

 って、あら? あの脳筋連中に、こんな器用な事、出来たのかしら?」


 まあ、ティラノさんは、子守り広場を掃除するのに、土魔術で埋めるんじゃなくて、自分の足で蹴りだしてたひとだしなぁ。


 それはともかく。


「逃げられたから、追いかけた?」


「・・・悪い?」


 野生動物め。


「わたしに言わせれば、貴女も彼も同じレベルですよ?」


 どちらかといえば、ティラノさんの方が、まだ冷静だった。


「うそっ」


「いえ、彼の方が頭いいかも。ガラは悪かったですけど、ちゃんと普通に話が出来ましたし」


「い、いやぁぁぁぁっ! アタシがあの馬鹿と同じだなんて、いやよ! うそでしょ? うそといってよ、ねぇ?」


 目に見えて狼狽えるグリフォンさんに、さらっと答える。


 嫌みの第二弾だ。くらえ!


「・・・さあ?」


「う、うう、うわーん! こんな子供に馬鹿って言われたぁ!」


 またも、マジ泣きしてる。

 反省してくれたかな。


 いくら記憶があるとはいえ、この体に生まれてから、九年しか経ってない。魔術が使えてなかったら、昨晩のうちに、たこ殴りにされてたはずだ。


 まったく。冗談じゃないっての。




 グリフォンさんが泣き疲れてきた頃を見計らって、肉を焼き始める。


「くすん。やっぱり、おいしそう」


 この、食欲大王! でも、約束は約束だ。


 焼き上げた肉を、大皿に盛っていく。一枚だけ残していた最初の焼き肉も暖め直す。

 焼き上がったところで、一葉さん達に、拘束を解いてもらう。二人?ずつ、わたしの両手首の腕輪の上に収まった。伸縮自在かぁ。すごいな。


「さ。どうぞ!」


「う。ありがとう」


 器用にも、くちばしで一枚ずつつまみ上げてから、口にしている。それでも、あっという間に食べてしまった。

 まあ、彼女も昨日から暴れ続けてたからね。


 ・・・彼女と言っていいんだろうか。


「おいしかったわ! ふぅ。落ち着いた〜」


「そうそう。さっきの泣きっぷり。お連れさん達には見えてませんから、安心してください。しゃべってた事も、聞こえてないはずです」


「え? そ、そうなの?」


 ここで一番速い、すなわち一番強いなら、このグリフォンさんが南天王で間違いないはず。曲がりなりにも、群のボスが、こんな小さな子供に気絶させられ、捕まって、泣かされた、なんて姿を目にしたら、大騒ぎになるだろう。

 取り巻きさん達から見えないようにしたのは、せめてもの情けだ。


 鍋や皿を片付けた。『温風』で体に付いた泥を乾かし、叩き落とす。


「ずいぶんと、器用なのねぇ」


「褒めても、もう何も出ませんよ?」


「そうじゃなくて! この感じ、覚えがあるんだけど。誰だったかしら」


 思い出さなくていい! 嫌な予感がする!


「もう、追いかけたりしませんよね?」


 念を押しておこう。


「ねえ。もう一度、鬼ごっこ、してみない? そうしたら、思い出せるかもしれないわ」


「しません!」


「そんなぁ。つれない事言わないでよ。同じ食事をした仲でしょ?」


 懲りないなぁ。


「関係ないですね。お連れさん達にも、追いかけて来ないように言ってください。それじゃ、結界を解きますよ」


 術具を拾って、解除した。


 結界の周囲に集まっていた他のグリフォンやヒポグリフなどが、やかましく騒いでいる。中に居た時から、聞こえていたけど。


 あ。


 『爽海』を忘れてた。焼き肉の匂いが、だだ漏れしてたんだ。さっきまではスルーしてたけど、よだれのしたたる音とかお腹の鳴る音とか、ものすごい有様だ。さすが、このボスの子分達だ。


「ぅお黙り! 誤解はとけたわ。もう、手出ししちゃ駄目よ。いいわね!」


 でも、さすがボス。一同が、ぴたりと鳴りを潜める。


「それでは、どうも。お騒がせしました!」


 まだ、首をひねっているグリフォンさんを置いて、その場から離れる。


 さっさと逃げよう。




 ところが。


 半日ほど、走り通し、後少しで森(南天)から出られる。というところで、グリフォンさんに追いつかれた。


 足を止めて向き直る。


「今度は何ですか?」


 逃げれば追いかけるというのだから、立ち向かうまで。


 ん? やたらと目がキラキラしている? 足取りも軽い。


「思い出したんですわ〜っ!」


 違った。ここは逃げる所だった! 踵を返し、森の外めがけて走り出す。


「ああん。お待ちになってーっ」


 だから、冗談じゃないって!


「お姉様! あれほど失礼な態度を取っていたアタクシにまで食事を分けてくださるなんて、どれほど寛大なお方なのでしょう! どうか、お姉様と呼ばせてくださいな!」


 重低音のおねにーさんの魅惑ボイス。でも。


「要りません! やめてください! わたしはただの子供! 子供なんですぅ!」


 だめだ。追いつかれる。


 ちょうど森から出た所だった。変身して、一気に舞い上がり、持てる魔力のすべてを推進力に注ぎ込む。


「まあぁっ」


 語尾にハートマークがくっついていそうな声がした。後ろは振り向かない。怖いから。


「すばらしいですわっ」


 ひーん。ぴったり追尾しているよぅ。


「飛行技術といい、魔術の繊細さといい、さすがは、魔天の王であらせられますわぁ」


 でたっ!


「違いますっ!」


「そんな。ご謙遜なさらないでくださいまし〜♪」


 謙遜とかじゃなくて、きっぱりはっきり人違いです! それより、この会話、人に聞かれたくないっ。


 更に高度を上げる。成層圏ギリギリだ、これなら・・・


「なーんて格好いいんでしょう〜」


 ぎゃーっ!


 真後ろから、脅迫もとい激甘ヴォイスが追いかけてくる。


 東西南北。クイックターンに、急降下。どれだけ力を振り絞っても、グリフォンさんを振り切れない。


 もう、他に逃げ込める場所を思いつかない。無我夢中で[魔天]をめざす。


 西大陸から海を渡るよりも速く到着した。・・・死にものぐるいって、すごいね。


「ああん。ここからは付いていけませんわ〜」


 何かの制限があるのだろう。何でもいい。助かった。


「でもお姉様。また、必ず、アタクシの所に遊びにきてくださいまし!」


「ききき、気が向いたら!」


「必ず! ですわ!」


 名残惜しそうに、[魔天]領域ぎりぎりを旋回するグリフォンさん。わたしが[深淵部]に入って高度を下げると、ようやく諦めて帰っていった。


 ふう。とんでもないひとだった。




 このまま[魔天]を突き抜けてもいいけど、この格好で人前に出る気はない。竜の里も然り。それに、疲れた。休憩したい。


 さて、どこに降りよう?


 午後のスコールが降っている場所がある。そこにしよう。まだ残っている泥を落としたいし、着陸する所をひとに見られたくもない。


 雲の下に出てみれば。


 そこは、まーてんだった。


 もう気力体力魔力の限界だ。他に、行く場所も思いつかない。スコールど真ん中の、まーてん山頂を目指して滑空する。


 ・・・ちょっと待ちなさい。


 一葉さん達、大丈夫か?


 ムラクモ達は、最初、まーてんの草原にすら立ち入れなかった。無人島は、[魔天]周縁部よりも魔力が薄かったし。

 そもそも、無人島から脱出してしまった今、わたしに引っ付いている必要はない。好きなところで生きていける。


 まーてんを周回しながら、訊いてみる。


「これから、どうする? [魔天]で気に入ったところに連れて行くよ? ただ、わたし、今から、あの大きな魔岩の上に行きたいんだ。麓で待っててもらえないかな」


 麓に怪しいものがないか目を配りつつ、返事を待つ。あれ? 黒い屋根の人工物がある。


「まだ残ってたんだ」


 何十年ぐらい経ったんだろう。他にも、いろいろと気になるところを見つけた。でも、いまは切実に休みたい。

 そして、なにより、一葉さん達の生存を優先させなくては。

 一葉さん達は、指差すもとい蔦の先を振る事もなく、二つの腕輪に被さるようにぎっちり巻き付いたままだ。・・・質問の仕方を間違えた。


「離れたくないのなら、蔦先を一回、麓で待つなら二回、すぐに新しい住処を探したいなら三回、振ってくれるかな?」


 四本の細い蔦がぴこっと飛び出し、一回だけ振られた。


「耐えられそうになかったら、たくさん振ってね」


 了解! と言わんばかりに大きく振られる。


「じゃ、降りるよー」


 ゆるりとまーてんに着陸する。

 そっと両手をまーてんの岩肌に乗せる。一葉さん達は、痙攣することもなく、枯れているようにも見えない。この調子なら、大丈夫だろう。


 そのまま、濡れた山頂に体を横たえる。


 ああ。疲れた。




 寝落ちしてしていた。


 夜明けと共に目を覚まし、一瞬、現在地が判らなくなって、一昨日からの出来事を思い出した。


「そうか〜。帰ってきちゃってたか」


 まーてんの上は、相変わらずぽかぽかする。肉体は変わっても、受ける影響はほぼ同じようだ。見回せば、成長記録もとい落書きが残っている。


「時間を遡る、わけないか」


 今のわたしは、黒銀竜の二回目の脱皮後とほぼ同じ大きさだった。もっとも、手の大きさとか、胴の太さとか、とにかく体型は全く異なる。


 一晩経っても、一葉さん達に異常はない。よかった。でも、長居はしない方がいいだろう。


 山頂を飛び立ち、まーてんを一周しながら、今日、見て回るところを確認しておく。


 草地に着陸した。うお。草丈が随分と伸びている。人型だと、視界が利かない。このまま行こう。


 以前、洞窟のあった場所の前にきた。ところが、今は、つるぺたーんな岩肌になっている。北西側にあった亀裂も、綺麗さっぱりなくなっている。いや、埋まっている。


 見間違いじゃなかったんだ。


 叩く。ちゃんと岩だ。分析してみる。無人島の魔岩とは比べ物にならない、魔力の固まりだ。


 自動修復機能付き? 前に暮らしていた三百年余りでは、全く変化がなかった。どれくらい時間が経ったんだろう。それなら、なんで山頂の落書きはそのままだったんだ?

 気にはなるけど、確かめる方法は、ないな。


 東屋に行く。ロックアントの柱も屋根も、全然劣化していない。

 まーてんの洞窟が使えなくなったので、暫くはここを拠点にして、そのうちに、山の方に移動しようかな。また、布を織ったりしたいし。でも、急ぐ必要はない。


 のんびり、いこ、う・・・




 ・・・・・・ぐぎゅるるるるるるるるる




 そういうわけにもいかないらしい。猛烈に、切実に、どうしようもなく、


「お腹がすいたぁ〜」


 せめてもの理性で、生肉にかぶりつく事だけは止めた。


 変身して、東屋に上がる。そして、肉とフライパンを取り出した。


 薄切り肉なら、火の通りも速い。切ったそばから、焼いて、食べる。切って、焼いて、食べる。食べる。食べる。一心不乱に、食べ続ける。


 昨日よりも大量に食べた。


 どうやら、長時間、全力で飛び回ると、魔力摂取だけでは回復しないらしい。一つ勉強になった。今後は気を付けよう。


 一息ついた所に、四葉さんが、エルダートレントの実を差し出す。近くの木から、もぎ取ってきたようだ。わたしの腕にしがみついたまま、一番大きな実を捧げ持っている。でも、わたしの腕には重さが掛かっていない。釣りで獲物を引き上げるのを手伝ってくれた時も、そうだった。

 うーん、器用だ。


 そのまま放置しておいても、無くなるだけだし、もったいない。食後のデザートにいただく事にした。


「ありがとう」


 両手で受け取ると、どういたしまして、といわんばかりに、大きく蔦の端を振る。つくづく、器用だ。


 鱗ナイフで半身に割り、一口大に切って食べる。以前食べた時と味は変わっていない。


 食べながら、今後の予定を考える。


 首長竜の肉は、大量にあるが無限ではない。なので、最優先は、食料の確保。狩の手段(あるいは手加減)を、速急に身につける。


 次は、[深淵部]にも、極たまに入ってくる人と会った時、問題ないような装備を整える。



 ・・・のんびりどころじゃないなー。

 チートな主人公も、空腹には勝てませんでした。

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