痛い話
あのですね? わたし、見た目、九歳児ですよ? それでいて、王? ありえないわぁ。笑っちゃうよ?
「あのー。なんでわたしを「おう」と呼ぶんですか?」
「そんなの。見ればわかるじゃねえかよぅ」
思いっきり不思議そうに答えるティラノさん。うん、もう理屈じゃないのね。本能とか野生の勘とかの話なのね。・・・ああもう! 落ち着かないよぅ。
口癖がうつったかも。
「おうが縄張りから出てくるなんて、あり得ねえからなぁ。俺っちも、こっから出る気はねえしよぅ。ここが俺の縄張りだしなぁ。それなのによぅ。いったい、何があったんでぃ」
ああ、そうですか。あくまでも、そう呼ぶんですか。背中にむず痒いものを感じる。でも、なにかやれ!と強要しているわけではないし。実害がないのなら、無視してもいいだろう。
「実は。不測の事態で迷子になってまして」
[魔天]に行く事に拘ってはいない。のほほーんと暮らせる場所なら、どこでもいい。とは、言わない方がいいだろう。
「ガハハハハハッ! おうが迷子たぁ、情けねぇなぁ。よっし。あっちの陸地に一番近いところへ案内してやっからよぅ。安心してくれぇ」
「ありがとうございます!」
言葉と笑顔で感謝を伝える。うん。これ、基本だよね。
「いいってことよぅ」
機嫌良さげに尻尾を振るティラノさん。ん?
「片足、怪我しているんじゃありませんか?」
砂に足を取られているというよりは、痛む足を庇ってビッコを引いているように見える。
「・・・恥ずかしい話なんだがよぅ?」
この森の中には、地温が高い場所が何か所かある。数種類の種族が、共同の産卵場(ティラノさん曰く、子守り広場)として使っていて、そこではケンカも狩猟も御法度、なんだそうだ。ティラノさんは、定期的に見回っていて目を光らせている他、木や草が生えないよう掃除もしている。
それが、ある時、うっかり尖ったものを踏みつけてしまったそうだ。
「うちの角持ち連中の頭突きは平気だってのによぅ? 刺さるなんて、思ってもいなかったんでぇ。
子供じゃあるめぇし、泣いたりしたらみっともねぇ。こいつらにも判らなかったのによぅ。さすがは、おうだなぁ!」
それは違う。
「まだ、治らないんですか?」
「刺さったまんまだぁ」
うわぁ。
でもまあ、その短い手で足の裏に刺さったものを抜くのが難しい、というのは判る。
「おとーさん。いたかったの?」
「いたい? いたいのは、いやだよぅ」
「あの。よかったら、その刺さっているものを、わたしが抜いてもいいですか?」
わたしがそう提案すると、ぱあっと明るい顔になった。ティラノさんなのに。
「おうおうおう! おうが治してくれるから、痛くなくなるぞぅ」
「いや。治すんじゃなくて、抜くだけですって」
って、聞いちゃいない。ちびティラノさん達が、大はしゃぎしはじめた。
「わーい!」
「すごいのーっ!」
「ねえ。どうやってなおすのー?」
小さくても迫力満点。どアップですり寄ってきた。ティラノさんを心配しているのが判る。これは、抜くだけじゃすまないな。
「少し時間を貰えますか? 薬、えーと、怪我を治すものを森で探してきたいんですけど」
「おうおうおう! かまわねぇ! おめえ達、手伝ってきなぁ」
「「「はーい!」」」
薬草、踏みつぶさなきゃいいけど。
ティラノさんには、海岸沿いの森の中で待っていてもらった。歩き回って、傷を悪化させる事もあるまい。
薬草を集める前に、その辺の蔦を編んで籠を作った。そして、三頭と一緒に、森の中を歩き回って薬草を探す。
運良く、その日のうちに目的の薬草を見つけられた。他にも、二品採取する。
「ねえねえねえ! それ、なにするの?」
「こっちが、怪我したところを治す薬の材料で、こっちは、痛いのを小さくしてくれる薬の材料」
黒銀竜の時と同じように、匂いで薬効が識別できる。この謎体質も役に立つなぁ。
ティラノさんの待つ場所に戻って、薬草の加工を始める。
うう、ギャラリーの視線が痛い。興味津々なのはいいんだけど、肩越しに生暖かい息がかかるのは、どうなのよ。背中がぞくぞくします。
まず、いくつかのガラス容器と石の乳鉢、すりこぎ、ステンレスのピンセットを作った。
次に、ヤシのような実から、油を採る。首長竜の骨と同じように、圧力をかけてぎゅーっと。予想よりも多めに集められた。足りないよりはまし。
『実渦』で、慎重に、薬草を乾燥させる。一つは、コンスカンタでわたしに使われた、あの、超傷薬。もう一種類は、薬の刺激を和らげる効果を持つ。図体の大きなティラノさんが、薬を塗ったとたんに暴れたりしないように。
それぞれの薬草を、乳鉢で粉末にする。混合率を調整し、油で練った。
「おうおうおう。もう出来たのかぁ? さすがは、おうだなぁ」
「誰だって、痛いのは辛いものですよ」
日が暮れた森の中で、『灯』を強めに点す。傷口がよく見えるよう、ちびティラノさんの一頭に握ってもらった。他の二頭には、ティラノさんの足を押さえてもらう。うつ伏せになったティラノさん。足の指が緊張でぴくぴくしている。
「もう少しの我慢です。いきますよ?」
「・・・お、おう! 頼むぜぇ」
傷口を見る。太さ十センテ弱の杭のようなものが刺さっていた。よく、我慢できていたものだ。
癒着はしていない。運良く、骨と骨の間に埋まっているようだ。先端が折れないよう、ゆっくりと、まっすぐに引き抜く。
ぐるるるるるる
ティラノさんが喉の奥で唸る。
「しっかり押さえてて!」
ここで暴れられたら、ティラノさんのしっぽの一撃で、全員が「ぷちっ」っとなってしまう。
「おとーさん! がんばってーっ!」
「がまんだよぅ。いたいよぅ」
こらこら、君達が泣いてどうする。
よし。大きな杭は抜けた。両手にピンセットを持ち、傷口を広げて他に埋まっているものがないか探す。杭と同じ材質のかけらがないか、魔力も使って探査した。
「他に刺さっているものはないようです。これから、傷薬を塗ります。これも痛いかもしれませんけど、我慢してくださいね」
わたしの嗅覚判定では、ほんの少しぴりっとくるだけ、のはず。
傷口の周りの砂や滲む血液を余った油で洗い流し、薬を塗った。
!!!!!!!
太いしっぽが天を突く。
あれ?
傷口は、見る間に塞がっていく。うん。効果はばっちり。よかった。なんだけど。
傷口が完全に塞がると、ティラノさんのしっぽもぐったりと崩れ落ちた。
「すみません! 痛かったですか?」
やっぱり、嗅覚だけに頼るのはやめよう。とはいえ、今のわたしも、滅多に怪我をしない体質だし。どうしよう。
「・・・ふうぅぅぅぅ。ああ、くすぐったかったぁ」
「・・・はい?」
「かさぶたを剥ぐときみたいな感じでよぅ。転げ回るのを堪えるのに必死だったんだよぅ。ああ、もう大丈夫だぁ」
くすぐったいのも、結構辛い。ま、怪我は治ったようだし、いいことにしよう。
引き抜いた杭を観察する。長さはおよそ二十センテ。足の甲まで突き抜けていなかったのが不思議なくらいだ。全体に三角錐の形状で、先端は鋭い。かけらを探す時に分析した材質は、「酸化アルミニウム結晶」。コランダム、とも呼ばれる、ダイアモンドに近い硬度を持つ鉱物。『水招』で洗い流しても、赤いままだ。
・・・これって、わたしの乏しい宝石知識によれば、いわゆる「ルビー」と呼ばれるものでは、なかったかなー?
起き上がって、足を踏み鳴らすティラノさん。
「ふおう! おう! 痛くねぇ! おうおうおう! 痛くねぇぞおぉぉぉう!」
感極まって、吠えるティラノさん。
「きゃーっ。おとーさん、げんきになったのーっ」
「わーい! わーい! わーい!!」
ちびティラノさん達も、走り回って喜びを表現している。
「おうおうおう! おうはすげぇ! 感謝感激だぜぇ!」
「いえいえ。元気になって、よかったです」
ぐおぉぉぉぉぉぉっ!
ティラノさんの咆哮が響き渡った。森のあちらこちらから、返答あるいは祝砲のように怒号が帰ってくる。あー、耳が痛い。
夜が明ける頃、ようやく落ち着いた。ちびティラノさん達は、はしゃぎ疲れて寝てしまった。
「ふうう。すまねえなぁ。いやぁ、あんまりにもうれしくってよぅ」
「どういたしまして〜」
調薬に使った道具は、腕輪にしまった。籠も貰った。
「これ、刺さっていたものですけど、このまま捨てたら、また誰か怪我しますよね」
「おう? おうは、気に入ったのかぁ?」
「そう言うわけじゃありませんが。こんな大きなものは初めて見ましたから、珍しくって」
珍しいも何も、ルビーの原石なんか見た事ない。
「それがよぅ?」
なにやら困り顔をしている。
「どうしました?」
「たくさんあるんだぁ」
思わず、目が丸くなる。
「このままじゃ、危なくて、子守り広場に使えねぇ。でもよぅ。俺が片付けようとしたら、このざまだしよぅ」
「・・・お手伝いしましょうか?」
子育てに必要な場所が一か所でも減れば、生態が変わってしまうかもしれない。それに、森の主であるティラノさんが危ないと言っているくらいだ。そんなもん、とっとと捨てるに限る。
「おうおうおう! おうは太っ腹だぜぃ! さっすがおうだぁ!」
それ、違うから。
生肉の朝食は遠慮させてもらった。久しぶりの陸地だ。苦くない植物を食べたい。
キウイフルーツ、リンゴ、イチゴなどに似た木の実を食べた。木性シダやトレントが混在する森で、普通の果物も実っている。
そうだよね、地球じゃないもんね。あちらの常識は通用しない。
ちびティラノさん達は、途中で付いてくる事を止められた。
「なんでー!」
「おとーさんの、おてつだいするのーっ」
「おめえたちには、危ねぇからよぅ」
ぐずるちびティラノさん達をなんとか宥めて、ティラノさんとわたしで問題の子守り広場に入った。
「・・・なんなんですか、ここは?」
「ちっ。目を離せば、すぐこれだぁ」
おおよそ二百メルテ四方の広場は、一面、様々な色石に覆われていた。広場の中央は、やや盛り上がっている。そこから、時折石が転がり落ちている。
親指の先ぐらいから、握りこぶしほどの大きさまである。形はまちまち。六角形だったり、十二面体だったり、槍の穂先のように尖っているものもある。
「ちょっと前によぅ? もう少し暖かくしてくれって頼まれてぇ、真ん中を掘ったんだがよぅ。あの邪魔な石が湧くようになってなぁ?」
「わ、いてくるんですか」
「そうだぁ」
ティラノさんが、ため息をつく。
「子育てしてるやつから、この石はあったかくない、っつって嫌われてよぅ。蹴り出して捨ててたんだがなぁ」
そういえば、広場に入る前の森にも散らばっていたな。掃除するにしても、豪快もとい大雑把すぎる。
「で、刺さっちゃった」
「そうなんだなぁ」
小さい右手で、頭をかくティラノさん。
「ここの石、全部捨てちゃっていいんですね?」
「おう! だがよぅ。こんなにあるんだぜぇ?」
「ちょっと下がっててもらえますか?」
足下の石を鑑定する。ルビーだけじゃない。ルビー以外のコランダム。ざくろ石。翡翠。トパーズ。ラピスラズリ。・・・きりがない。
よし。腕輪の機能試しといこうじゃないの。
採取領域を設定。鉱石の種類別に収納。さて、どうだ!
「ふおうぅ! どうなった?!」
それなりに魔力は持っていかれたが、成功した! さて、石が湧いてくるって、どんなふうになっているんだろう。
元の地面が剥き出しになった広場を歩く。
「おうおうおう! やっぱり、おうはすげぇ!」
後ろから、足取りも軽く、ティラノさんが付いてくる。
「空間収納に放り込んだだけですよ?」
「なんだ? その、く、くう?」
「・・・見えない穴を作って、そこに投げ捨てました」
「そうなのかぁ。すげぇなぁ」
西天王さんは、空間収納を知らないようだ。
「ここを掘ったんですか?」
「そうだぁ」
広場の中央のくぼみを覗き込む。深さは五十センテもない。
ん?
近づいてよく見る。さっき、全部回収したはずだ。それなのに、長さ三十センテもあるサファイアの原石が、転がっている。
石の湧く石。心当たりがなくもない。
くぼみの底には、一見、普通の、ただの灰色の石が残っている。こいつだ。
胴鍋に、石英砂を半分入れる。中央に灰色の石を置く。更に石英の砂で埋める。
「おうよぅ。どうかしたのかぁ?」
「実験です。うまくいけば、この広場に色石が湧かなくなります」
「本当かっ!」
おおぅ。びっくりした。語尾が伸びなかった。
それから夕方まで、じっと待つ。
くぼみからは、もう色石は湧いて来ない。
そして、胴鍋の中には、一つの水晶が。結晶の中央に、灰色の小石が見える。
わたしの予想ではあるが。
結晶石(灰色の石)は、魔岩あるいは周囲の魔力を結晶に作り替える。まーてんでは、純粋な魔力を水晶とし、ここでは、大地の魔力以外にも生物の放つ魔力を組み合わせて色石とした。
胴鍋の中の小石は、砂の空隙に漂う魔力を石英もろとも水晶に変換した。しかし、水晶は魔力を通さない。で、そのまま封じ込められた、と。
[魔天]の溶岩流に放り込んだものがどうなったか確認できれば、ほぼ間違いない。
・・・あ。[魔天]に行く理由ができちゃった。
財宝(の原料)を大量に確保しました。そのまま売り飛ばしても、左うちわで暮らせます。・・・うらやま、げふん。