中生代へ、ようこそ・・・
珊瑚礁で、珊瑚や真珠を探したり、いろいろな魔術を試したり、それなりにエンジョイしていた無人島生活。それは、八年目にして終わりを告げた。
北西側の海底火山が噴火を始めたのだ。
海辺の露天風呂〜と銘打って作った温泉の温度が、急に上昇したり。頻繁に地鳴りが起きるようになったり。
ちょっと! 早すぎるんじゃないの?!
と文句を言っても、大自然には通じない。積み重なった火山灰の厚さから推測するに、活動が活発になったら、短時間で収まる期待は望み薄のようだ。
強い海流に取り囲まれた島から離れたら、たぶん、二度と戻ってこられないだろう。
干し魚や瓶詰め魚、食品その他を腕輪にしまって、いよいよ岩礁の外に出ようと決心した。
その時、松もどきが変形した。
というか、分離? それぞれの木から蔦が伸びる。どんどん伸びる。伸び切った、と思ったら、ちぎれた。でもって、ヘビのように這い寄って自分の手足に絡まる。
「な! なにすんの!」
引き剥がそうとしても、離れない。
元の木は、枯れていた。
「えーと、付いてくる気?」
手足を拘束しない程度に、しがみついてくる。
このまま島に見捨てていけば、蔦も枯れるだろう。八年間の隣人だ。食の恩人でもある。殺すには忍びない。
「ねえ。こっちの枯れてる木はもらってもいい?」
きゅっ
いいと返事したと解釈する。
手早く解体し、これらも腕輪にしまった。
「みんな、左手に集まってくれるかな?」
おお、素直に移動してくれた。彼らの方が年上のはずなんだけどな。ま、いいか。
干潮を見計らって、一番外側の岩礁に移動する。そこで、氷の船を造った。潮に流されないうちに、飛び乗る。
帆はないので、潮任せだ。うわ。結構早い。見る間に、島が遠ざかっていく。
入江の浜に建てた鳥居も、何度も登った丘も、もう見えない。
その日の晩、遠くに火柱が上がった。埋まったか、吹き飛んだか。
もう、戻れない。
島では、魚はほとんど定置網で釣っていた。それらは、干物や捌いた状態で腕輪に保存してある。嵐で漁ができない時のために、誰がこんなに食べるんだ?というくらい。暫くは食料に不自由しない。
でも、限界はある。
心して、竿を振る。その日、食べる分が釣れればいい。
船縁に腰掛け、島で採っておいた貝の身をえさにして海に投げ込む。たまーに、大物が掛かるけど、タモ網がある。蔦達も、引き上げるのを手伝ってくれる。
ありがたや。
船上では、もっぱら魔道具で調理している。術式の発動には、入り江の魔岩から削り取った魔石を使った。柄の先端や持ち手に取り付けてある。
もし、島から出ることがあったら、魔力の供給が途絶えるだろうから、節約できるところは節約しようと思って、前々から準備はしていた。それに、高温の石板を落として、氷の船に穴をあけたくはない。
両面アルミニウム三層のフライパン。中層には、渚の砂を整形し、術式を書き込んだ。強火、中火、弱火の三段切り替えが出来る、自慢の一品。胴鍋もあるぞ。貴重な流木を使った鍋敷きの上に乗せて使う。下面には熱が向かない仕様だけど、気分的に。
味付けは、塩、魚醤の他に、干して刻んだ海藻、島の草各種。
やー。なかなか豪勢な食事です。甘味や果物も欲しいけど、贅沢は言わない。何と言っても、漂流中だし。
島を離れて三日後、超大物が引っかかった。
引きの強さに、あわてて糸を切った。ところが。
ギョオォォォオォオオッ
ものすんごくお怒りです。氷の船に体当たりを掛けてきた。大嵐でも沈まないよう、そこそこの大きさで作ったのに、ひっくり返りそうだ。数度目の体当たりで、船の一部が欠けた。
素早い。氷の槍が当たらない。驚いて逃げてくれれば、と思ったけど、更に体当たりを繰り返す。
どうやって追い払ったらいいんだろう。
・・・飛べるようになってなければ、絶対やらなかった。
水面ぎりぎりを飛び回り、わたしがおとりとなって、船から引き剥がす。うわお。水面から出ている首の長さだけでも、今のわたしと同じぐらいある。
月明かりの下での、海獣大戦争が勃発した。
そう、お相手は首長竜でした。
ファンタジーとリアル・ロストワールドの融合。なんてロマンチック。なんて感動に浸っている場合じゃない。
月光を弾く自分の体は、相手から丸見え。かたや海水に紛れて、よく見えない。
ヒットアンドウェイ戦法で、首長竜の頭を何度もぶん殴る。気絶してくれれば、と思ったんだけど、ダメージを与えるどころか、ますます怒らせた。このまま船に戻ったら、追いかけてきて、また体当たりするだろう。それに、魔岩のある島から離れてしまった今、魔術の連発は避けたい。
って、しっぽに噛み付かれた! このままでは、手首に巻き付いたままの蔦達が枯れてしまう。
そう来るなら。
引っ張られた勢いのまま相手に組み付き、周辺の氷ごと一気に凍らせてしまえ。
カキーンッ
・・・さっきまで乗っていた船より大きくなった。いいや。このまま乗り換えよう。
巨大氷の上に着陸し、船の形に整える。
夜間の海上戦なんてやるもんじゃないね。とはいえ、こんな形で決着がつくとは。対戦相手がわたしでなければ、楽勝だったろうに。合掌。
もうひとつ言えば、船を放棄して、首長竜に追いかけられないスピードで、海域を離脱していればよかったかも。・・・今更ですが、好戦的ですみません。
夜が明けて、改めて氷付けにした首長竜を見る。呼吸が出来ずに窒息死したようだ。苦悶の形相が恐ろしい。でも、捨てるにはもったいない。
首長竜の体のまわりにある氷を溶かして、船体側の厚みを増やす。
さて、解体だ。
血抜きはどうするか? このまま船体の床に流して凍らせてしまおう。と、のど元を切ったら、とんでもない事が判った。
血液が劇毒って、ありですか?
未だに各種薬効毒劇物判定能力があるのが謎なんだけど。それはともかく、一滴で見渡す範囲の生物が死ぬのが判る。しかも、慌てて凍らせようとしたけど、凍らない!
どうしよう。こんな危険物をポイしたら、付近一帯は当分死の海になる。それは避けたい。
自分で狩ったものは最後まで責任を持たなくちゃ。でも、どうしたらいい?
あたふたしていたのはそう長い時間ではなかった。なんと、蔦達が、切り裂いたのど元に突き刺さり、血液を吸い上げ始めたのだ。
毒血は、植物には効果がないらしい。蔦の一部が見る間にふくれていく。
このままじゃ破裂しそうだ。慌てて、石英砂からガラス瓶を作り出し、蔦に差し出す。作るそばから、満杯にしていった。
おや、船の外に一本伸びているのは何故? どうやら、海水を首長竜の血管に流し込んでいるらしい。血液瓶の色がだんだん薄くなっていく。透明になっても、まだ数本追加される。
それより、海水浴びても大丈夫だったんだ。よかった。
作業が終了したとき、蔦達は揃って額の汗を拭うような仕草をした。どこで覚えたんだそんなもん、というツッコミは棚に上げておいた。彼らのおかげで助かったんだから。とにかく、感謝。
四本とか蔦達とか呼ぶのも、失礼か。名前を付けてもいいか聞いてみたら、快諾してくれた。ついでに、解体作業の手伝いも頼んだ。図々しいかな?
でも、使える物は蔦でも使う。
鱗をはがす。内臓を取り出す。皮を剥ぐ。肉を切り分ける。脂身も部位別に保管する。骨に付いた肉をこそげとる。
一葉さん達(蔦の名前)には、首長竜の体の向きを変えたり、外した骨を持ち上げたりしてもらった。んまあ、とっても力持ち。
体内を海水で洗い流されたおかげか、他の部位に毒性分は検出されなかった。また、肉はわずかに魔力を含んでいるらしく、解体終了後、美味しく頂いているうちに魔力量が復活した。・・・この首長竜、どういう生活をしていたんだろうね。
大雑把に解体したところで、更に手を加えた。
骨からこそげ落とした肉と血管などの食べにくい部位をミンチにする。試しに、塩と海藻を混ぜて蒸したら、ソーセージみたいになった。各種調味料が揃ったら、他の味にも挑戦しよう。
骨は、ちょっとべたつく。脂だろう。絞り出せるかな? 魔力結界で包み込み、ぎゅーっと圧力を掛けたら出るわ出るわ。温度を上げたらもっと出た。分離させてみたら、さらっとした透明な部分と、固形成分になった。すべての骨から、ものすごい量が採れた。内臓脂肪よりも多いって、そういう物なのかね?
皮を鞣した。思ったよりも薄い。そして、しなやかで丈夫。うん、いいものが手に入った。ただ、まだちょっと生臭い。暫くは干しておこう。
鱗からは、武器を作ってみた。いたずら心で、日本刀のようなそりのある片刃の剣、銛、ハンティングナイフ、包丁、ペティナイフ、まな板。
異論は受け付けない。
刃物は、どれも抜殻製のナイフ並みに切れ味抜群。危うく、氷の船をなますに切り刻んでしまうところだったんだから。
刀を振ってみたら、狙ったところに刃を止められない。要練習だ。
弓も作ってみた。双葉さんに糸を貰って弦にする。氷の矢を作って飛ばしてみたら、どこに飛んでいったか判らなくなった。海に流したり投げ上げたりした氷塊を的にして練習した。なんとか命中するようにはなったが、これも、陸に着いたらもっと練習しよう。
首長竜(死体)を一通りいじり倒すまでの約一年、いい暇つぶしになりました。
まだ、岸に着かない。それどころか、現在地も判らない、島影一つ見えないとは。この世界は、地球よりも海の占める面積が大きいようだ。
一葉さん達から貰える糸では、氷の船を動かせるほどの帆は作れない。そもそも織り機もないし。
飛翔力の限界を試してみようか、とも思っていたある日。大嵐に巻き込まれた。
上面を氷で塞いだら、中空の氷の船となる。これで、転覆の心配はなくなった。しかし、揺れる。めっちゃ揺れる。ピンポン球のように、上下左右に弾かれる。生まれたばかりの時と違って、痛みには強くなったけど、でも、痛いものは痛い。そのうちに、気絶した。
揺れてないけど揺れている感じ。どうやら、嵐は過ぎたようだ。いてて。
痛む腰をさすりつつ、目を覚ますと、着岸もとい座礁していた。
甲板に穴をあけて、外にでる。船上から、周囲を確認した。右見てー、左見てー。背後の海は、波穏やかにたたずんでいる。どんな船も見当たらない。沖合には、虹魚らしき背びれが翻るばかり。緩やかに伸びている砂浜にも、人影はない。小さな砂丘の向こうには、延々と続く緑の大地。
氷を全部溶かして浜に立つ。ああ、一年ぶりの、足の裏を焼く砂の感触も、今は心地よい。
ふ、ふふふ。陸だ、緑だ、ジャングルだーっ♪
砂をけたてて、突入しようとした。
けど、ちょっとストップ!
さっき、森の上を飛んでいたのは、紛うこと無きグリフォン。あれが居るのは、[魔天]ないしは、四天王の座する天領だけではなかったか? そして、[魔天]ならば見えるはずの大山脈がなかった。
結論。ここは四天王の誰かのナワバリ。
うかつに踏み込めませんね〜。彼らと喧嘩する気は毛頭ありません。東天王も北天王も親切だったけど、今はただの子供。用心するに越した事はない。
岸沿いに移動していけば、天領から離れられるだろう。竜体よりは人型の方が魔力隠蔽が効いている。はず、なんだ、けど・・・
バキバキ、メキメキ、ズシーン!
ひえええ!
あわてて駆け出す。
ずいぶんと大きな木が倒されたようだ。そんな巨大生物と「こんにちわ」したくはない。怪獣大戦争は、もうごめんだ!
ここの砂地は走りにくい。波打ち際でも、踏ん張りが効かない。木の押し倒される音と共に足音も、どんどん近づいてくる。
「おとーさーん。ちかくでみると、すっごくきれーだよー」
ま、真後ろで声がしたぁ。
走りなから、そっと後ろを振り向いた。
ざ・恐竜。
体長二メルテぐらいの、二足歩行の恐竜だ。ええと、ラプトルとか言うやつだっけ。それが、三頭。ずらりと並んだ歯が、とってもラブリィ。
見たものに気を取られたら、砂に足を取られてつんのめる。もうだめだ。死んだフリしても、だめかなぁ。
ずーん、ずずーん。
「おうおうおう。おうは早いなぁアッハッハッハッ!」
砂まみれの顔で、もう一度振り向く。
正真正銘の肉食恐竜。ティラノサウルス? 他にも似たような名前の恐竜がいたよねぇ。頭が大きくて、手が短くて、口が大きくて、ぶっとい足で・・・。
「おうおうおう。おうに会えるたぁ、うれしいじゃねえか!」
・・・はい?
「南天の連中だったらぶっ飛ばしてやるところだがよぅ。おうとなれば話は別だぁ。歓迎するぜぇ」
でっかい顔に似合わず、つぶらな瞳なんですね〜。
「おうおうおう。俺の顔に何か付いてるかぁ?」
は、アハハハハハハ。・・・って、またかい!
ゆっくりと身を起こして、顔や手足の砂を払う。
「あ〜、初めまして。お邪魔してます。で、どちらさまでしょう?」
周りにいた恐竜達が、きょとんとした後、笑い出した。
「おとーさーん。おもしろいよーっ」
「おとーさんに、だれだー、だってー」
「おうにそう言われるたぁ、愉快だぜぇ。ガハハハハハッ」
「あのー。おうって、わたしの事でしょうか?」
更に笑い転げる一同。
「冗談にしても上出来だぁ! おうはおもしれぇなぁ! グァッハハハハハッ!」
ティラノさんをおとーさんと呼ぶからには、子供なのだろうが。ラプトル改めちびティラノさん達が、砂浜の上を転げ回って笑っている。なにか、おかしな事を言ったかな?
それはさておき。
「えーと、そちらの大きい方は西天王さん、ですか?」
「ああん? 俺はここで縄張り張ってるだけだぜぇ? おうが、おうだろう?」
その、でっかい顔をかしげて、こっちに寄せないでくださいよ。まるごとぱっくんされそうで、怖いです。
「きれーなのが、おうなのー?」
「おうは、きれー」
「俺も初めて会うんだがよぅ。おうがおうに間違いねえぇ。すげぇ。すげえよぅ」
一人で感激してないでください。
訳、分んないです。
ほぼ一年間、漂流生活したんですねぇ。