八つ当たりは連鎖する?
寝付く前にレンの顔を拭いた手ぬぐいは、ベッドの上からテーブルの上に移されていた。それも、きれいに畳まれている。・・・ツキ? それとも双葉さん?
双葉さんは、夜のうちに、ウェストポーチのベルトに収まっていた。つやつやのぴかぴかだ。どんだけ洗ってたんだろう。
レンは、ボクのシャツの裾をぎっちり握って放さない。しょうがないので、シャツを脱いだ。あ、丸めて抱え込んじゃったよ。
着替え用のシャツは、今出したこれで最後だ。洗っておかないと。
でも、離宮の庭に洗濯物を干してもいいのかな。
「おはようございます」
「おはようございます。ルベールさん、ヴィラントさん」
もっぱら、厨房を担当しているのがルベールさん。清掃や受付をしていたのがヴィラントさん。という名前だった。
「まだ、眠っておられた方がよろしいのでは?」
「ボクの習慣だから。レンは、よく寝てたよ。ボクのシャツ、一枚取られちゃった」
ぶぶぶぶーっ。
ライ○スの毛布? それで、安眠できるんだったら、安いもんだ。
「それはそれは。っくくくく」
多分、小さい頃にも似たようなことがあったんだろう。
「昨日の人達、調理場に手を出していなかった?」
「我々は、気付きませんでした」
「賢狼殿はなんと?」
わふん
「なに、言ってるのかな?」
げしげしげし! ハナにまで足を踏まれてしまった。
「冗談だよう。なんにもなかったんでしょ?」
ふん、と鼻を鳴らして、三頭とも二階に上がってしまった。
「け、賢狼殿に冗談を言えるとは」
「いやはや。ナーナシロナ様は、なんといいますか」
二人とも、肩がひくついている。
「どーせ、変なんです。いろいろと。いいんです、笑ってくれて」
わざとらしく拗ねてみせる。
「そのようなことはありませんよ」
「そうですとも。たいへんお可愛らしくていらっしゃる」
かわいい。
三十路近い女にとって、褒め言葉よりも禁句に近い。
「・・・運動、してきます」
「はい」
もうちょっとだけ、背よ、伸びろーっ。
朝食前には、王宮からの使者が来ていた。って、ペルラさんじゃん。そうか、レンの様子を確認しにきたのかもしれない。
「昨晩は、大変ご迷惑をおかけしました」
でもって、離宮の食堂に当然のように座っている。いや、待ち構えている。
どだだだだ、どん!
「ロナ! お、おはよう!」
「おはよー、昨日ぶり〜。今朝はまた、すごい髪型だねぇ」
姫様への言葉遣いがなってない! とか、怒られるかと思ったけど、何も言われない。そうなんだ、いいんだ。いいのか。
「はうっ」
言われた当人は、全く気にしていない。それどころか、喜んでいる節がある。
それにしても、騎士隊の服はシャツの裾がはみ出しているし、なにより、ボクのシャツを片手に握りしめたままだ。
本当に、残念すぎる。
「ちゃんと身だしなみを整えておいでよ。来るまで待ってるからさ」
「わかった!」
だだだだだっ
「あ、あれ?」
「どうなさいました?」
ペルラさんに気が付いていなかったのかな? 挨拶もしなかった。
「だって、ボクにしか声をかけなかったんだけど。いいの?」
「オホホホホッ。姫様は、一つのことに夢中になると、他に目が向かなくなるんですのよ? しばらくは、お付合いくださいませ」
なんて厄介な性格なんだ、あの天然娘。
「盗賊相手の囮班参加の話が来て、ようやく賢狼樣方から独立しましたところですの」
シャツ一枚で勘弁してくれ。
「ナーナシロナ様。お料理を一部頂きました」
ルベールさんが、断りを入れる。昨日の今日だもんね。二人とも、本宮に戻って食材を取ってくる時間がなかったのだろう。
それに。
「ボクも食べるんだから、もっと使ってよ」
「ありがとうございます」
「まあ。お客様手作りのお料理ですの?」
「そうなんだ。ロナの料理は絶品だ!」
残念王女様は、身だしなみを整えるのは素早いらしい。騎士団での訓練の成果、だろうか。
「レン。先に朝の挨拶をしたら?」
「あ」
本気で、勘弁して。
うちのさっちゃんは、もっと賢かった。お姉ちゃんは、恋しいよう。
ペルラさんと侍従さん達は、吹き出すのを必死に堪えている。
「みんな、すまない。おはよう」
「「「おはようございます」」」
わふん!
「では、いただきましょうか」
なんでペルラさんが音頭をとるの。
今朝のメニューは、やっぱり焼きたてパン。そして、軽く炙った薄切り薫製ハムにスクランブルエッグ、サラダと、肉のゆで汁を使ったスープに果物。
「まああ。このハムは、癖になりますわ」
「そうだろう?」
レンは全然手伝ってないけどね。鼻高々だ。
「少し、分けていただけませんこと? 是非、陛下にもお召し上がりいただきたいですわ」
「王様が食べるような料理じゃないよ?」
「そのようなことはありませんわ。王家の皆様は、素材の味を生かした料理を好まれますの」
まーてんには持って帰れないから、分けるのはいいんだけどね。
どこの者とも知れない風来坊の料理だよ? 普通、もっと、警戒する物でしょう。
「ミハエル様がお招きになられた、正式なお客様ですわ。こちらこそ、お世話が行き届かず、申し訳なく思っておりますのに」
「いや。そうじゃなくてね?」
「ロナは、見習いといってるけど、すごい物が作れるじゃないか。それに、わたしの友達だ。胸を張っていい」
話が通じない。この王宮、もう、いや!
「どのようなものでしょうか?」
「うん。サイクロプスが丸々一頭入るマジックバッグなんだ」
あ。いかん。ペルラさんの目が光った。
「是非とも、わたくしに、是非見せていただけませんか?」
食卓の上に身を乗り出して、迫ってくる。
「あれは、昨日マイトさんの籠の中に入れた」
「また返されたのですか?」
ヴィラントさんが、くつくつ笑っている。
「だって、あげた物だもん」
「まああああっ」
ペルラさんの瞳の中に、星が光った。植えた狼みたい。怖い。
「どこのどなたに、お譲りになられましたの?」
「ミハエルさんとトングリオさんとマイトさん、あとレン」
「レン?」
ペルラさんが、首を傾げる。
「ロナに付けてもらったんだ。いいだろう?」
そこ、自慢するところじゃないから。
「・・・なぜ、この四名なのです?」
「同じヘビを食べた仲?」
「特別班の四人、でいいのか?」
「うん」
四人で話し合って決めてくれ。ボクは匙を投げた。既に見られている。後からぐちゃぐちゃ言われる前に、押し付けてしまえ!
ヴィラントさんは、肩を竦めている。呆れてるんじゃなくて、笑い声を堪えているんだけど。
「・・・なにかおかしなことがありまして?」
「いえ、女官長殿。っく」
「いいよー。話しても」
「レオーネ様にもお話してよろしいのですか?」
「どーせ、今頃は、ギルドハウス中で大笑いしているはずだから」
マイトさんが、黙っているはずはない。
昨日の、マイトさんとの会話を一字一句違えずに教えた。ボクじゃないよ? ヴィラントさんが。すごい記憶力だ。
ペルラさんのほっぺたが思いっきり膨らんでいる。これまた、吹き出す直前。
「ロナ。わたしは、そんなに食い意地が張っている、のか?」
「自覚がないのは重症な証拠だ。って、誰かが言ってた」
ぶばっ。
堪えきれなくなったらしい。
机の上で、握りこぶしを押し付けて、声を出さないように頑張っているルベールさん。椅子から降りて、しゃがみ込んでしまったヴィラントさん。そして、
「オーッホッホッホホホホホッ!」
高らかに笑い声を上げたペルラさん。こんなに笑う人だったっけ?
「女官長〜ぅ」
「し、失礼いたしました。ですが、姫様が、このように食べることに関心を持ってくださるようになって、わたくしも嬉しゅうございます」
「そうなの?」
「どうしても、好き嫌いが治らなかったんですのよ? 最近まで、その理由が判らなかったものですから、厨房の者達も頭を抱えておりまして」
好き嫌い、じゃなくて、デッドオアアライブ、だった所為だから。
あれ?
「その割には、大きいよね」
なんで、そこで、ボクを見るの!
「あー、それはな? 皆が食べさせてくれてたから」
「「「「はい?」」」」
「毎日のように、いろいろな料理、といっていいのかな、持ってきてくれてたんだ。プラの実とか、焼き串とか」
「みんな、って?」
「賢狼殿だ」
「どこからか、盗んできたの?」
「そんなわけあるか。賢狼殿は、みな、お金を持ってるんだ」
「はい?」
「わたしがブラシをかけるだろう? そうすると抜けた毛が残るんだ。それを小さな袋に入れて、「賢狼殿の守り袋」といって売ってるんだ。
街の人は、お金の代わりに守り袋と交換で料理を譲ってくれてた、らしい。
わ、わたしだって、討伐に出る前にやっと知ったんだ。嘘じゃない」
誰に教わったんだ、そんな商売。
三頭は、褒めて♪ と言わんばかりに尻尾を振っている。
一方、ペルラさんは血相を変えている。
「賢狼樣! なぜそのような大事を教えてくださらなかったのですか!」
えー? 言わなきゃ駄目だった?
見事に同じ角度で首を傾げている。
三頭の養われ子は、首をすくめて。
「やっぱり、もっと早くに話した方が良かったか?」
「当たり前です! 一番危険にさらされていたのは姫様ご本人なのですよ?」
商売の話じゃなくて、差し入れの方か。王宮公認の小遣い稼ぎも大概だと思うけど。
「そうだったのか? みんなが持ってきてくれる物はどれも美味しくて。だから、王宮では美味しくない物は食べるな、と言っていた、と思っていたんだが。
ところで、危険とはなんだ?」
・・・だめだ。この天然娘。
ルベールさんもヴィラントさんも、机の下に没している。レンの突き抜けっぷりに、脱力したらしい。
「ねえ。それ、守り袋と交換で料理を貰っていた、のを知ったきっかけは?」
「ああ。いつも、すごくおいしいパンを持ってきてくれたんだ。ある日、その袋の中に、手紙が入っていた。
「「守り袋」のおかげで、繁盛しています。賢狼樣方に感謝を込めて」
それを、読ませてもらった後、不思議に思って、返事を持って行ってもらったんだ。そのパン職人から教えてもらった」
あああ。手遅れだ。街中の人が知っている。
レンが、味にうるさいのも納得できる。街中のグルメを、王宮に居ながら食べ歩きしていたようなものだ。
もっとも、三頭、いや全員が相伴に預かっていたのは間違いない。
三頭を睨みつける。ユキとツキは素早く視線をそらしたが、ハナはまだ、え? なにかいけなかったの? ときょとんとした顔をしている。だが、そのうちに、耳が萎れてきた。視線がうろうろしている。
もっと目立たない方法はなかったの? 例えば、アンゼリカさんにSOSを出すとか! あの人なら、もっと穏便にうまく王宮に伝えられたはずなのにっ。
見れば、ペルラさんもテーブルの上に突っ伏してしまっている。肩とか、指先とか、痙攣しまくってるし。
食事が終わっていたのは、幸いだった。それに、ペルラさんはきちんと髪を結い上げている。料理に髪の先を浸すようなことにはなっていない。
「あ、あのー。大丈夫?」
ようやく、顔を上げた。でも、目が空ろだ。
「あら、わたくし、まだ、生きてましたの?」
・・・重症だ。
「いけませんわ。忘れておりました。あと、半刻ほどで、本宮からお客様のお迎えが参りますの。それと、わたくし、ペルラ・ジングバーと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
え? だんだん、視線に殺気が混ざってきた。なんで。
「えと、一昨日の王宮の食堂でも、お会いしましたよね。ボク、ななしろです」
寒気がしますって。針? 針山? ざくざく刺さっているイメージがっ。
「まあ。ナーナシロナ様。それでは、後ほど、本宮でお会いいたしましょう!」
阿修羅のような形相で、離宮を後にして行った。
「女官長殿は、どうなされたのでしょう?」
「・・・さあ」
「別に、悪いものは入ってなかったよな?」
レン。食べ物から離れろ!
それもこれも。ハナ達に容易く餌付けされたレンが悪い。
「ロナ?」
「昨日の午後の書き写し。寝る前までに終わらなかったよね?」
「あ。あれは、不可抗力だ! そうだろう?」
「罰として、書き写し六十部!」
「そんな!」
「ボクは洗濯してくる」
「ロナ、もうちょっと減らして」
「駄目。丁寧に書くんだよ?」
「ロナーっ!」
浴室の洗い場を借りて洗濯した。芋虫石鹸でごしごしと。毛だらけになったポンチョも、さっぱりした。
皆のもふもふは嬉しい。でも、物事には限度ってものがある。
ペルラさんは、ボクがレンや賢狼達と仲がいいことは、侍従さん達に聞いていたのだろう。だからといって、ボクと会う前のレンの行状について、怒られるいわれはない!
ふと、手が止まった。
もし、もしだよ? ボクが賢者だと確信していて、それで、ペルラさんは残された従魔達の悪さに文句を言いたいのだとしたら?
・・・ない。それはない。絶対に繋がりは判らない。どこにも、痕跡はないんだから。
だいたい、レンをハナ達に預けっぱなしにしていた王宮が、そもそもの原因だ。やっぱり、八つ当たりじゃないか。
すすぎも終わって、軽くしわを伸ばす。周りに誰も居ないのを確認して、『温風』の杖で洗濯物を乾かす。ついでに、浴室も乾かす。うん。カビ避けにもいいね。
乾いた服をたたんで、ウェストポーチにしまう。
「ナーナシロナ様。お迎えが参りました」
「今行きまーす」
調理室に寄って、残っていた加工肉のいくつかを竹の皮に包んで、手頃なザルに盛る。
さあ。ペルラさんと対決だ。
呼び出したのは、宰相さんなんですけど。




