魔力って便利
とにもかくにも、手足が短い上に、人型にも変身できないときたもんだ。資源に乏しい無人島で、ちょこっとでも魔術が使えれば御の字ということで。
試してみたら、[魔天]で使っていた魔術も実行可能だった。規模とか出力とか物量とか、いろいろ突っ込みどころはある。でも、それは、追々練習していけばいい。
それよりも、体が小さい所為なのか、一日の使用回数に制限がある。無理をすれば、魔術を使った直後に気絶する。
ま、贅沢は言わない。使える事が、肝心だから。
まずは、拠点づくりから取りかかった。
台風で屋根から吹き飛ばされて亡くなった人のニュースを見た事がある。この島での最大風力は、日本のそれとは比べ物にならないだろう。強風に備えた安全なねぐらの確保は、必須だ。
そう簡単に死んでたまるか!
作業中は、島のあちこちに生えていた苦い草と卵の殻で、空腹をしのいだ。・・・二度とやりたくはない。口が曲がるかと思った。
少しずつ、洞穴を掘っていく。土質は、珊瑚や貝のかけらに火山灰と土が少々。
自分の手では掴めなくて、空間諸共に「握る」。握った土は、外に積み上げる。
穴の壁はすぐに崩れて、埋まってしまった。一千度くらいの熱を掛けて、焼き固める方法を考えたけど、床はともかく、壁や天井部分が、すぐに割れた。
そこで、岩にした。
いや、なってしまった。
生き埋めの恐怖から、無我夢中だった。最初は、魔力の全力投球だったためか、直後に気絶した。目が覚めたとき、土の中でなくてよかった、と心の底から安堵した。
そして、岩穴の中に居ると判って、驚愕した。さっきまで、こんなものはなかった。何かあったとしたら、自分がしでかした以外にはない。
岩ですよ? 岩石。普通は、数億年の時間を掛けて、地中で形成されるもの。あるいは、火山から噴出するもの。
それを、死に物狂いだったとはいえ、自分の意志で石にする、この岩石魔術(命名:自分)の理屈が判んない!
でも、使えるからよし!
何度も気絶しつつ、試行錯誤した結果。「厚さは一メルテ、直径三メルテ、奥行き一メルテのドーナツ型」とイメージすれば、その通りの岩が作れるようになった。
洞穴の壁だけではない。小さな黒い火山石を集めて、「合体〜」とやれば、岩石焼きにピッタリな平たい岩になるし。
どういうわけか、元の砂や土に戻す事は出来なかった。握りつぶして小石に砕くのが精一杯。
穴を掘ってすぐにドーナツ岩を作る。その奥を掘ったら次のドーナツ岩を、と言った手順で、トンネルを作っていった。手頃な奥行きが確保できたら、最奥部も岩壁にする。床部分は、外に持ち出した土で埋め戻し、更に岩にした。
完成直後に、強風を伴う嵐が襲ってきたけど、びくともしなかった。安心して眠っていられた。
どんなもんだい!
食事も、なんとかなった。火は出せなくても、加熱できる事が判ったからだ。
この加熱方法、手が触れているものでないと効果が出ない。とはいえ、自分の手のひらをフライパン代わりに使う趣味はない。
溶岩を集めて作ったプレートに両手を添えて、ぐあっと火にかけるイメージを作る。程よく、熱気が湧いてきたら、次に、採ってきたカニを乗せて、岩盤焼きの出来上がり♪
・・・火加減を間違えて、溶岩そのものになった事もあったけど。石が真っ赤になって、溶け落ちていくところを見たときは、全力で逃げ出した。
他にも、砂浜に穴を掘って、加熱した石を投げ込み、その上に小魚やウミヘビを重ねて、さらに石で蓋をすれば、蒸し料理も出来た。
その後、桶型の岩鍋に魚と水を入れ、加熱した石を放り込んで煮込む潮鍋も作った。
食材集めの方が、大変だった。
はじめの頃は、岸を這い回るカニを拾ったり、干潮時に砂に潜っている貝を掘り出していた。
岩石魔術に慣れてから、入江の一角に、岩をつかった小さな池を作った。満潮になれば小魚も行き来できるが、潮が引けば閉じ込められる、というやつだ。
一匹入っていればいい方だ。慎重に、狙いを定めて、かぶりつく! ・・・だからね? 手が短いんですよ。仕留めた後は、岩盤焼きにして、手も使わずに丸かじり、です。
いいんだもん。野生児なんだもん。
漁場と危険地帯は紙一重。なんてったって、泳げない。
かといって、いつまでも怖いなどと言っていられない。なにせ、生死(食べ物)がかかっている。
入り江で、顔を付けるところから始めた。そのレベルは、あっさりクリアできた。かぶりつき漁で、散々水中に頭を突っ込んで、かなりの時間、息を止めていられる事が判ったからだ。油断は出来ないけど。
体型が人とは違うので、泳ぎ方には苦労した。でも、習うより慣れろ。それに、思ったよりも楽に浮いていられた。
まずは、水面で練習。ワニのように、しっぽを左右に振って推進力にする。引き潮で沖に持っていかれそうになった時は、本当に怖かった。全力で岸に向かい、砂浜に乗り上げて、なおもしっぽを振り続けて・・・。
どんどん人間やめていくなぁ。と、正気に返って目が遠くなる。
今度は、水に潜って泳ぐ練習。これも苦労した。だって、すぐに浮いちゃうんだもん。
・・・あれ? これって、溺れにくいってことだよね?
ある程度推進力に自信が着いてから、干潮から満潮になる時間帯に、珊瑚礁も泳いでみた。そこには、入江に居るよりも大きな魚やウミヘビ、ロブスターもどきも居た。どれも、素早い。噛み付き漁法は諦めた。
いつか、捕まえてやる! と決心を新たにする。
代わりといってはなんだけど、サザエやアワビなどの大型の貝類を、取りすぎない程度に獲って蒸し焼きにして食べた。うまみたっぷりの汁とか、噛み締めるほどに味の出る身とか、もう、たまりません。勢い余って、貝殻ごと食べてしまった。
え? わたし、ドラゴンですから、全く、問題ありませーん。
人型での水泳は・・・、いつか、そのうち、たぶん、きっと。
頻繁に雨雲は湧いてくる。でも、毎回、島に近づくとは限らなかった。
ということで、飲み水を確保するために、『水招』を使った。使い始めた頃は、ほんの少しずつしか集められなかった。
ところが。
ある日、海水浴もとい水泳練習の後の水浴びも兼ねようと、シャワーを浴びるイメージで術を実行したら。
コンスカンタの比ではない水量が、どばーっ!と。そのまま、どんぶらこっこと珊瑚礁まで持っていかれた。
・・・泳ぐ練習を始めていてよかった。ほんっとうに、よかった。
それはともかく。
水を飲むたびに、海まで流されるのもあんまりなので、頑張って頑張って頑張って、水量をコントロール出来るように練習した。
何度も何度も流されて、ようやく、バケツ一杯程度まで絞り込めるようになった。
なんで、[魔天]では、出来なかったんだろう。命懸けでないと駄目ってことなのかな?
住処と食事が確保できた。次は、快適さをめざす!
やっぱり、塩でしょ。
海水で鍋を作ったら、しょっぱすぎた。鱗に残った結晶を集めるのもいいけど、手間がかかる。
魔術の練習も兼ねて、どどーんと精製した。
浅い岩桶に海水を汲んで、岩桶を加熱する。水が蒸発したら、次の海水を注ぐ。これを繰り返した。
うん。まろやかな海塩のできあがり。
ところで、なぜ、[魔天]でもないのに、魔力が枯れていないのかも判った。
ある大潮の日。入り江から完全に海水が引いたので、探検していたら、砂に埋もれた魔岩を見つけた。直径五メルテほどある。まだ、地中探査できるほどの魔力がなかったので、埋もれている部分の大きさは不明だ。
手を当てれば、ほんのりと魔力を感じる。
集中しなければ判らないほどの魔力だけど、これがあったから、魔力切れにもならずに生きられた。
感謝を込めて、岩石魔術で小さな鳥居を立てて、祀った。
ご近所さんとも仲良くなった。
いや、島のあちこちに生えていた木、なんだけど。見た目は、強風でねじくれた松にしか見えないが、どうやら、トレントの近縁種のようだ。
住処が完成した翌日、島の松もどき四本すべてが、洞穴の入り口近くに居座っていた。夜のうちに、移動してきたらしい。
出待ちで自分を捕まえるつもりか、と警戒したけど、何もしない。それならいいかと放っておいた。どうやら、目当ては別のもののようだ。
植物の栄養といえば、肥料。
松もどきは、今まで、魔岩の微々たる魔力にすがって、かろうじて生き残っていたのだと思う。でも、それはそれ、これはこれ。
一応、それ用の場所を決めてモヨオしてたんだけど、そこを取り囲むように陣取っていたから、たぶん間違いないだろう。・・・いいんだけどね。
滅多に鳥も飛んで来ないところで、毎日、いいものを落としてくれるお礼のつもりなのか、時々実を着ける。[魔天]のトレントより小さくて黄色みが強い。貴重な食料として、ありがたくいただいている。
漂着後五年目に人型に変身できるようになった時は、お祝いなのか糸を吐き出してくれた。トレントよりもやや太めだ。代わりに、その時の抜け殻を半分食われましたけど。
そうなると、お祝いとは言わないか?
それはともかく、貴重な糸で網を作った。これで、仕掛け漁が出来る! 食料調達が断然楽になった。また、目の細かい網も作って、アミ(海老に似た形の甲殻類)や小魚を獲り、魚醤もどきも作った。これで食生活に幅が出た。
釣り竿作りにも挑戦した。
島には、竹もカーボンファイバーも存在しない。後者を作ろうとしたら、どうやってもダイアモンドにしかならなかった。材料は同じ炭素なのに。なぜだ。
ということで、竿の材料となる各種金属の確保から始めた。実は、雨続きの時、退屈しのぎに、砂をいじっていたら、構成元素別に分離出来ていた。調子に乗って、海水からも集めてみた。
暇人とは言ってくれるな。娯楽も何もないところなんだって。
大半は、鉄とカルシウムとアルミニウム。量が減って、銅、マグネシウム、ニッケルその他。さらに、金、白金、銀。ミスリルも採れた。石英も砂状にして確保。
コンスカンタでの採掘も、こんな方法でやってたのかな?
それはともかく。
金属製でも竿は竿。釣りで要求される、しなやかさと頑丈さを持った合金を作る。配合が合わなければ、また分離。試行錯誤して、ようやく完成した。もちろん、釣り針や錘も作った。
松もどきに分けてもらった糸を、釣り糸にする。
浮きは、術具だ。
渚の砂を集めて、真珠大の大きさに圧縮形成し、魔獣の骨と同様に術式を書き込んでみたら、できた。中は空洞で、水に触れると発光する。『浮灯』と名付けたこれを使って夜釣をすれば、光に惹かれて必ず食いついてきた。主に、ウミヘビが。
なんでイカじゃないんだ。でも、・・・おいしかった。
初めて変身できた時、やった! もっと器用に手が使える、と喜んだのもつかの間。五歳児の指先では、思うような工作が出来なかった。でも、生活レベル向上のために、訓練して練習して鍛えて。
いろいろと作っていけば、当然保管場所も確保しなくてはならない。寝床とは別の洞穴も作ったけど、試作品やら何やらで、すぐにいっぱいになってしまった。
となれば、またも便利ポーチの出番だ。ただ、無人島で布(エト布)は手に入らない。今回は、総抜け殻製と相成った。
地道に集め続けた抜け殻を、鱗の形に添って切り抜き(抜け殻の一部を使ってハサミやナイフを作っておいた)、二つ折りにして、スリット部分を亜空間へのアクセスポイントに設定する。鱗一枚が、以前の収納カード一枚に当たる。ちゃんと収納取り出し出来る事を確認してから、大量生産する。
できた鱗カードを、少しずつ重ねながら、別に用意したベースに貼付けていく。ベースの長さは、その時の竜体型の手首の太さにした。
ベースがすべて埋まったところで、継ぎ目を魔力で接着し、装着具合を確かめる。
そうしたら、・・・外せなくなっていた。人型でも竜体でもだめ。肌に密着しているわけでもないのに、口でくわえて、肩が抜けそうなほど引っ張ってみても、だめ。亜空間設定を解除しようとしたら、それも効かない。
何でこうなる?!
だが、ものは考えよう。陸地で転んでも、海で溺れても、絶対になくさずに済むじゃないの。と、開き直る事にした。
出来上がったのは、幅広の真珠色した腕輪。開き直りついでに、バランスよく両腕に一個ずつ。合計二万枚以上の鱗カードが貼付けてある。
ふ、ふふふ、ちょーっとムキになって、鱗カードを大盤振る舞いしてしまった。
使い方は、腕輪に触って、取り出したい物の種類と数を指示する。そして、収納したいものに腕輪をかざして、収納と念じるだけ。同種で収納済みのものがあれば、一緒に入れるか別の区画にするかを訊いてくるガイド機能付き。・・・そんな機能、付けたっけ?
でも、いいや。使えるから。
この島にきてから、毎年脱皮している。成長は微々たるものだけど。おかげで、寝床代わりの洞窟がずーっと使えるぞー。と、無理矢理自分を納得させている。
そう、無理矢理。
人型も、今のところは、実年齢に添った体型をしている。
鱗の色に似た白いふわふわの髪に、よく陽に焼けた小麦色の肌、左右色違いの大きな瞳。
抜殻で作ったノースリーブのシャツに半ズボン。裸足で岩場を飛び回っても、怪我一つしない。魔術も使える。
こうなると、ドラゴンでよかったー、と思う。
現金だよねぇ。
それだけ出来ればサバイバルには十分でしょう。作者の願望が、120パーセント込められてます。
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『水招』で少量しか集められなかった理由。
岩石魔術で洞窟を作る合間に、魔術の起動実験をしていた。ただでさえ少なかった魔力量が更に減らされていたので、結果、呼び出せる量も少なくなっていた。
シャワー代わりに使おうとした時には、すでに洞窟は完成していた。また、魔力の大量消費を続けるうちに、体内の魔力保有量も格段に増加していた。それに気付かず、細かい制御に気を配らないまま術を使った結果、ああなった。
他の術式も然り。
何事も、経験です。