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再 突入

 妹を助けるために事故で死んだ、元日本人であるわたしは、なぜか異世界に転生していた。それも、地球には存在しない、ドラゴンとなって。


 深い森のど真ん中に放り出されて、最初はどうなる事かと頭を抱えた。でも、どんな場所でも生きる努力を怠らない、と、前世の生母や義姉と約束していたのだ。

 幸い、体は頑丈だったし、魔術も使えたので、手を替え品を替え、創意工夫を重ねることで、それなりにドラゴンライフを満喫することができた。


 そして、人の姿をとれるようになってからは、森に住む猟師として振る舞い、この世界の人々と友好的に付合っていた。

 最後の詰めは少々甘かったかもしれないが、三百五十年余りの年を経て、わたしは、この世界での生涯を終えた。


 これで、ようやく、魂だけでも、愛しい家族の待つ世界に還れる。そう、安堵した。


 ・・・はずなのに。




「どこの世界から来ようが、もっと真面目に生きんかい! やり直しじゃ! 修行し直してこい! こんのアホたれ弟子が!」


「ちょ、師匠! それはない!」


 森で、一度だけ逢って、この世界で生きていてもいいのだと、わたしの背中を押してくれたひと。感謝を込めて、師匠と呼んでいた。


 まさか、死んで再会するとは思ってもいなかった。


 その上、生前での約束通り、死ぬまでの経緯を報告したら、散々叱られた揚げ句、落第判定をもらってしまった。武闘派師匠は厳しすぎる。


「ほーれ、行ってこーい!」


「ししょ、ししょーっ!」


 天上かあの世かは知らないけれど、重力が在るかどうかも知らないけれど、とにかく、師匠の手で、空高く放り投げ飛ばされた。ぽやぽや師匠の姿は、まわりのもやに紛れてすぐに判らなくなる。



 このまま、地球に直行だーっ


 と、思っていた時もありました。




 長い事彷徨っていた気もするし、あっという間だったかもしれない。


 ふと、周囲の気配が変わった。

 そして、自身の置かれた状況も変わっていた。


 あ〜れ〜?


 気付いた時には、狭苦しいカプセル状の何かに押し込まれていた。

 旅行鞄に詰め込まれて攫われた、なんてことだったら、誘拐ーっ、人殺しーっ、とか叫んで助けを求めるところだけど。


 真っ暗ほどまではいかないが、まわりがよく見えない。顔が外に向いてないから、どちらにしろ、見えない。


 外から、かすかに風切り音が聞こえる。真冬の電線や落葉樹の梢で鳴っている、あれだ。

 新幹線の屋根に括り付けられている、わけでもなさそうだし。


 体感から推測するに、どうやら、また、落っこちているらしい。


 前世の出発点は、積乱雲の更に上空で。あの時は、周囲の状況が見えていたから、対処できた。そして、空を飛ぶ術がなければ、確実に死んでいた。


 現状は、文字通り手も足も出せない体勢で。

 こんな音を立てて落ちているなら、地面に激突すればカプセル諸共にバラバラになる、よねぇ?


 ・・・怖っ!


 ええ、怖いんです。周りが見えないから、どのくらいの高さに居るのか判らない。すぐ目の前が地表かもしれない。数字の判らないカウントダウンなんて、嫌いだ!


 うん。今度師匠に逢ったら、手加減無しで、思いっきり文句を言おう。


 また墜落死なんて、あんまりだ。





 ドシュッ



 結構な衝撃はあった。が、それだけだった。やがて、緩やかに上昇していく。

 どうやら、水深の深いところに突っ込んだようだ。まだ、上昇する。


 動かせない体が、身震いする。


 地面に落ちてた方が、ましだったかも。


 恐怖第二弾。


 ・・・お、お、泳げないんですよ〜っ! いまここで、カプセルが壊れたら溺れちゃう。溺死もいやだっ。


 ドラゴンの時は、空飛んでましたよ? 地面から足が離れてましたよ? でもって、[魔天]には、自分が泳げそうな池はなくて、泳ぎの練習はしなかったし。

 ええそうですよ! 金槌だったの! 体育の評価も水泳だけは1だったの!

 ああ、真面目に練習しておけばよかった。と、今更反省しても後の祭り。


 今は、自分の詰まっているカプセルだけが命綱だ。お願いだから、無事に岸に着きますように。



 カプセルは、荒波に揉まれたこともあったけど、水底深く沈む事なく、魚に食われる事もなく、のんきに流されていく。

 外は、うっすらと明るくなっては暗くなり。


 わたしは、身動き取れない状態で、さらに身を縮こませて、落ち着かない時間を過ごした。


 数日間漂流し続け、ようやく陸に打ち上げられた。波の穏やかな砂浜のようだ。それでも、すぐに出ようとは思わなかった。ほら、岸からすぐに水深が深くなってたら、足を取られて沈んじゃうかもしれないし。


 ここにも潮の満ち引きがあるようで、何度か波に攫われ、その度に波打ち際に押し戻される。まだまだ我慢、と待ち続ける。

 渚の波は、遠くなった。たまに海鳥らしき声が聞こえる。昼間だと突つかれるかもしれないが、夜間の危険性に比べれば、まだましだろう。


 よし。脱出しよう!


 って、解放スイッチはどこ?




 手探りする空間的余裕もないほど狭い。仕方ない。体当たりだ。


 一昼夜もがき続けて、ようやく緩み始めた。疲労困憊していたが、外が明るいうちに脱出したい。


 もう一踏ん張り!


 ぱり。


 がん!


 後頭部を押し付けていたところが、壊れた。勢い余って、その後頭部を地面に打ち付ける。


 ・・・痛い


「・・・ぴう」


 はい?

 今、痛いって、言ったね? ちゃんと言ったよね? すー、はー。よし。深呼吸して、もう一回。


 痛い〜


「ぴう〜」


 ・・・・・・


 いやあぁぁあっ!


「ぴょぉぉぉおんっ!」


 慌てて、手足を引き抜きに掛かる。カプセルの割れ目が広がり、ぱりぱりと音を立てて壊れていく。


 ようやく全身を抜き出す事に成功した。一息ついてから、カプセルと自分の体を見渡す。


 カプセル。もとい、卵。乳白色の、元・球形物体。今は、ただの破片。


 長い首、短い手足、細長いしっぽ、玩具みたいな翼。真珠色の鱗。


 はーい。ドラゴンくじ、またまた一等賞、大当たりぃ〜〜〜〜。



 ・・・あ。あ、あ、あんまりだぁーーーーーーっ!




 ショックのあまり、ずいぶんと放心していた。仰向けになり、ただただ蒼い空を見上げる。雲一つない、南国の空の色。


 天敵とか、肉食動物とか、こないなー。海鳥も、どこかに行っちゃったー。波の音が、小さく繰り返すばかりだー。


 ぼんやりと、夕暮れに染まっていく空を眺めていた。あ、星が見える。太陽と入れ替わりに、月が昇ってくる。まーてんの上で、[魔天]の空で、嫌というほど見慣れた兄妹月。


 ・・・・・・。


 脱力した。


 夢であって欲しかった。


 けど、ヘリオゾエアの世界に舞い戻らされていた。師匠の大技が、ばっちり効いたらしい。

 いや、地球で、ドラゴンになってたら、それはそれで大騒ぎになるけど。


「ぴうぅぅぅぅぅ」


 ため息まで可愛らしい。これが自分自身でなければ、思いっきり撫でくりまわしたい。


 それはともかく。


 よっこらせ。


 くるりと体を回して、うつ伏せになる。

 それから、両足で立ち上がろうとしたけど、・・・この体、首が長過ぎるわぁ。でもまあ、周囲を見回すには、便利か。


 高い山は見当たらない。草もそう多くは茂っていない。背後の丘に登れば、もうすこし見晴らせるだろう。


 ヨタヨタと登っていく。手も突いた方が楽だったかもしれない。


 月が真上に登ってきた頃、ようやく丘の上にたどり着いた。


 視線の先には、海。右も左も、海。登ってきた斜面を振り向いても、海。潮の香りに包まれている。

 

 沖には、島影一つ見えない。遠くに、一羽の海鳥が飛んでいるだけ。


 人家らしきものや、明かりも全く見当たらない。足元の地面は、ほぼ、障害物無しに渚に続いている。


 どう見ても、紛うこと無き、正真正銘の、離れ小島。


 もう、いいや。寝てしまおう。




 ふて寝をしたところで、現実が変わるわけもなく。


 きゅく〜〜〜〜〜〜


 日の出と同時に、腹の虫に起こされた。


 ああ、そうか。ここは、まーてんではない。新しい体は、普通に食べ物を要求するのか。


 水も探さなくっちゃ。


 ・・・この草、食べられるかな。


 顔のすぐ横に生えていた肉厚な葉にかぶりついて、咀嚼してみた。


「ぷげ」


 苦い。あの酔い覚ましの薬並みに、苦い。


 慌てて、昨晩目星を付けていた水たまりに突進した。頭を突っ込んで、とにかく飲む。


 空腹感は、少し収まった。


 もう一度、丘に登り、周囲を見渡す。やっぱり島だ。


 島の周囲は、珊瑚礁らしく波は穏やか。海底は白っぽい。所々に珊瑚か岩が灰色の影を落としている。

 特筆すべきは、北西側の海中だろう。水が濁っている。あれって、海底火山の特徴じゃなかったかな?

 珊瑚礁の外側の水深は深そうだ。流れも速いようで、大きな波が岩礁に打ち付けている。


 島は、ほぼ円形をしていて、岩場に覆われている。砂浜は、卵が流れ着いたちいさな入り江の奥だけだ。

 島本体は、木も草も乏しい。さっきの水たまりも、湧いているのではなく、雨水が溜まったもののようだ。


 食料と水を確保するのは、難しそうだ。

 でも、何もせずに餓死した、なんて事になったら、義姉さんにもさっちゃんにも師匠にも怒られる。


 卵の殻を拾いにいく。水を溜める容器に使えるだろう。水たまりの横に置いておく。

 数度往復して、小さなかけらも集めておいた。何かに使える、かも知れないし。


 それにしても、首やしっぽの長さに比べてずいぶんと足が短い。歩きにくいったらありゃしない。


 ・・・飛べるかな?


 ・・・無理でした。


 いくら、背中のつばさをパタコラさせても、一ミリたりとも浮かない。やけくそで、丘の上から駆け下りつつ、精一杯広げたら、・・・こけた。盛大に砂に頭を突っ込んでしまった。

 グライダー方式もダメかぁ。


 うーむ。もう少しつばさが大きくなってから再トライしよう。そうしよう。


 砂まみれの頭を振る。


 ふむ、ならば、ブレスはどうだろう。


 島を散策しつつ、適当な場所を探す。


 なにせ、[魔天]では、最初、盛大に火を吹いちゃったからねぇ。うっかり、自分を丸焼きにしてしまうのはー、避けたい。


 その日、風下になっていた北西側の岸で、さて実験。


 は〜


 コロン


「ぴょえ?」


 握りこぶしくらいの透明な塊がね? 足元に、こう、ころんと。


 拾ってみれば、冷たい。紛う事なき、氷だ。


 ふっ


 シュバッ


 氷の槍らしきものが、沖合に突進していった。おおぅ。岩礁の外にまで飛んでいった。


 ほっ


 ごとん


「ぴい〜っ!」


 足の甲に落っこちた!


 撫でさすろうにも、手足が短くて届かない。痛みのあまり、あたりを転げ回ってしまった。無駄に長い首としっぽが絡まるかと思った。黒銀竜時代に、やたらとヘビを食べまくっていた呪い?


 じゃなくて。


 じんじんとなる程度まで痛みが引いてから、ようやく、元凶をまじまじとみる。


 これまた氷。自分の頭よりも一回り大きい。痛む足をくっつけると、冷たくて気持ちいい。


 ・・・じゃなくて!


 このまんまじゃ、ナマ食生活まっしぐらよ? そういえば、木の実もないし芋らしき植物もない。

 そもそも、たき火に使えそうな木が全く存在しない。



 重大な懸念がもう一つ。


 吹きっさらしの大海の孤島は、風を遮るものがない。つまり、台風のような強風が吹いたら、すっ飛ばされるかもしれない。結果、海に放り出されて、泳げないわたしは一巻の終わり。


 シェルターになりそうなもの!


 は、どこにも見当たらない。



 ひゅる〜


 日差しまぶしい南国で、背中に薄ら寒いものを感じる。




 こうして、二度目のドラゴンライフは、ないないづくしの無人島生活から始まった。

 お読みくださり、ありがとうございます。

 この話は、「いつか、どこかで」最終話で省かれていた部分です。おつまみ程度に、楽しんでいただければ幸いです。


 週1回の更新をめざします。どうぞ、よろしくお願いします。

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