8
みどりはふうん、と言って傘をてのひらでくるくるとまわす。
水玉がいっしょにまわる。
「みどりはどうして雨がすきなんだい」
「しらなあい」
傘はまだくるくるとまわっている。
「あのひととね、あったときもあめだったの」
「あのひと?」
ぼくが聞きかえすとみどりはうん、とうなずく。
「うん。あのときケンカしてた、ひときくん」
ああ、彼氏か。とぼくは心の中でうなずいた。
時おり消えゆきそうなみどりの声が、雨で掻き消されてしまうのではないか、と心配になる。
「あめのなか、いぬとあそんでたの。それをあたしはじっとみてた」
「それって、ノロケ?」
「わかんない」
「なにそれ」
「うん、わかんない」
みどりは自分で言って、自分で勝手になっとくしている。
「けんかのあと、あったの?」
ぼくがきくとみどりは表情もかえずに、首を横にふった。
「なんだか、こわくて」
「すきなんじゃないの」
「すきよ」
すきよ、といいつつみどりの表情には変化がないから、あまりよくわからない。
それからみどりはひとつ、おおきく深呼吸をする。
「しろちゃん」
「ん」
「あいってなに」
「それ、きのうも聞かれた」
「だってわかんないんだもん」
「あっそう」
ぼくはそういってすこしだけ笑った。
みどりもつられてきゃらきゃらと笑う。
「あめはすきよ」
「なにいきなり」
ぼくの答えにみどりはまゆをしかめた。
水玉の傘と、黒色の傘が並んでいた。
「しろちゃんのばーか」
みどりはそういって泥をすくい、ぼくにかけた。
さっとよけようとしたけれどすべって、ぼくはお尻から転倒する。
ゆっくりと冷たい水がお尻にやってきて、じんわりとした痛みがひろがる。
「あは」
「やったな」
仕返しにぼくも泥をすくってみどりに投げた。
するとみどりはぼくをきっとにらんで、またやり返す。
もう、雨に濡れるのも、泥にまみれるのもいとわなかった。
むしろそれはなによりも清々しかった。
すこしだけ、雨がすきになれたような気がした。