30
ふしぎなくらい、もろいものが、ぼくの中に巣食っていた。
なにかがいとおしいから、失うことがこわいのだ、と。
それはいつだってぼくの中で風のようにささやいていた。
不安、とかじゃなくて、でも希望、とかでもない。とにかくふしぎで仕方がない。
「きみょうなかんじょう」
つい、ことばにだしてしまったら、となりで口笛をふいていた逢坂がきょとんとした顔付きでぼくを見つめた。
それがわけもなくビーバーのように思えて、ぼくはぶっと噴出してしまった。
「なんだよ、おまえ」
「ああ、ごめんごめん」
ぼくがあやまると逢坂は気味の悪そうな目で、またじいっとぼくを見つめた。
「しろ、おまえヘンだぞ」
「え」
「さいきん、なにはなしてもうわの空、っていうか」
「そうかな」
「そーだよ」
逢坂は納得したように腕をくんで、何回もうんうん、とうなずいた。
逢坂ごしにみえる青空がまぶしい。
「でも、なんだかおまえうれしそうだ」
「え」
「なんとなく、だけどさ」
照れたような表情になって、逢坂はききき、と謎の笑みを浮かべた。
うれしそう、なんていわれたのは何年ぶりだろう。
こどものときから、仏頂面な子ねえ、とか母ともだちにいわれていたのを覚えている。
両親ですらあまりいわないのに、逢坂がそういってくれたことがうれしかった。
逢坂が、そうかんじてくれたことが、わけもなくうれしかった。
「あは」
ぼくはそうおどけて、逢坂の笑い方をすこしだけまねした。
だけれどそれは、あまりにも逢坂に似ていなくて、ぼくたちはお互い顔をみあわせて、笑った。