16
「しろちゃん」
「しろちゃあん」
誰、ぼくをよぶのは。
暗闇にむかって話しかけると、どこからともなくきゃらきゃらと笑い声がした。
「みどりかい」
そう問いかけてみてもへんじはない。
ただきゃらきゃらとした笑い声が止まないだけだ。
急にぼくは不安になる。
まっくらな闇が、ちっぽけなぼくを押しつぶしてしまいそうだった。
「ねえ、みどり、みどり」
必死でよびかけても、やはり答えはなかった。
きえていくきがする。ぼくも、みどりも何もかも。
その瞬間、ぼくは目を覚ました。
また、全身に汗をぐっしょりとかいていた。
熱はさがってはいないようで、からだは熱かった。
虫の声がきこえる。
あたりはもう真っ暗で、母の姿もなかった。
「あ、あ、あ」
暗闇の中で、ぼくの存在をたしかめるように声をだす。
たしかにぼくは此処に存在しているようで、すこし安心した。
どうして、夢の中にみどりが出てくるのだろう。
そのなまえと同じ色をした幸福の証に、ぼくはどうして嫉妬したのだろう。
どうしてぼくはみどりのことしか考えていないのだろう。
「わから、ない」
どうすればわかるのだろう。
どうすればこの想いを断ちきれるのだろう。
「わからない」
ふとんの中で寝返りをうつと、そこも湿っている。
ぬれたふとんをちろりと舐めてみると、そこはすこししょっぱかった。
なみだと同じ、味がする。
また嗚咽がこみあげてくる。
何回も何回もしゃくりあげてはみどりの顔が浮かぶ。
ヒョウ柄に身を包んだきゃしゃな体つき。
きゃらきゃらとした笑い声。
とてもおとなには見えないそぶり。
そしてぼくを救うなにげないひとこと。
それがみどりだった。いとおしくて、恋しくてたまらない。
あえるだけで、思い浮かべるだけでぼくは幸福だった。
でも、みどりにとっての幸せはぼくじゃない。
幸福の証を与えてくれた、ぼくではない他の男のもとにそれはある。
ぼくじゃ、みどりは幸せにはなれない。
悔しいけど、それが事実。