10
そのあとぼくは窓からこぼれる月のかおりに抱かれて眠った。
眠れば、すべてから逃げられる気がした。
そして、夢をみた。
波間に身をあずけて、ただただ魚たちと戯れる夢を。
夢のなかなら想像するだけでなんでもできる。
空を飛ぶことも、すべてを手に入れることも。
けれど、ぼくたちが生きているのは現実。
思い描くだけではどうにもならない。
なんとも不自由で、暮らしにくい世界だ。
ぼくたちはそこから逃れることは決してできない。
ただ自由を許されるのは、夢をみることだけ。
「しろちゃあん」
頭のなかでみどりの声がする。
午後に飲むハーブティーのような、甘くてきれいな声だ。
「どうして、ないているの」
知らない。ただ、なみだがあふれてくるんだ。
頭のなかで返すと、みどりはふしぎそうに頭をかたむけた。
それからうふふときれいに笑う。
「じゃあ、ないて。おもいっきり、空にむかって」
そのことばで、ぼくのなみだはついにとまらぬものとなった。
みどりの声が消える。
雨の音で、月の音で、空の音で。
きえかけたみどりの声は最後に笑った。
「もお、だいじょおぶだね」
ひとの声は、こんなにもあたたかいものだとはじめて知った。
「み、ど、り」
白くて、生活感のまるでない天井に両手を捧げる。
おきぬけだからか、身体はあまり動かなかったけれど、頭だけはさえていた。
顔をゆびでなぞると、なみだはもう流れてはいなかった。
うつらうつらと日付を確認して、きょうは土曜日だったことに気付いた。
そして、昨日みどりと、いつに会うのか約束してなかったことも思い出す。
「…いるかな、みどり」
頭の中に公園でこどもたちと戯れるみどりが浮かぶ。
刹那、みどりにはやく逢いたくなった。
早くみどりに会うのだと思うと、身体はスムーズに動いてくれた。