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SECT.8 蒼炎の獣

 熱風が顔の正面から襲ってくる。

 まるでフラウロスさんを前にしたみたいだ。

 おれは思わず炎蜥蜴から目を背けた。

 近づくとその強大さが分かる。大きく咆哮をあげた蜥蜴は、まるで敵を威嚇するかのように大木の背の焔を燃えあげた。

「すっげえ……」

 おれもフェリスも声を失った。

「お前ら、誰だ?! 早く逃げろ! 森の(ヌシ)だ!」

 狩人がおれたちに向かって大声で叫んだ。

「森の主?」

 おれが問うと、屈強な狩人の一人が声を荒げた。

「余所者か?! そこの森の奥深く、かつて黄金の妖飛馬が棲んでいた洞窟を守る番人だ! 普段ならこんなとこまで出てくるはずないんだが……」

 確かに、こんな大きな妖魔がたびたび小さな町を襲っていたのでは、こんな場所で暮らせないだろう。

 今日、おれたちがこの場に居合わせたのはきっと偶然。

「お前らも逃げろ! 俺らの手にはおえん!」

 事実、数名いる狩人たちはこの蜥蜴を止めることを半ば諦めているように見えた。

 おれは背後を振り返る。

 真夜中だというのに騒がしい街では、ちょうどみんなが身を隠しているところに違いない。それにきっと、アーディンは面倒がって逃げないだろう。必然的にユールも一緒だ。

 このまま炎蜥蜴を素通りさせればどうなるか――火を見るより明らかだった。

「やんの?」

 隣のフェリスがセルリアンの瞳でおれの顔を覗き込む。

「やる」

 おれは右腕を高く掲げた。

 黒々と光を放つ悪魔紋章がそれに応える。

「フラウロス!」

 高らかにあげた声と共に、目の前に炎の豹が降臨した。

 冷たいほどに青白く昇華した灼熱を超えた温度の炎を纏う灼熱の獣は、妖炎の瞳で目の前の蜥蜴をひとわたし、睨みつけた。

 それに惹かれるように炎蜥蜴の意識がこちらに向けられる。

「いくよ、フラウロスさん」

 応えるように方向を上げた獣の背を軽く叩き、おれは炎蜥蜴の前に立ちはだかった。

 狩人たちが叫ぶ声が聞こえた気がするが、振り返ってなどいられない。

 倒さなくていい。最低限の足止め、できれば戦意を喪失させて森に帰って貰えればいい。説得できるものならしたいのだが――

「言葉……通じないよね」

 こんな時、第24番目の悪魔ナベリウスがいれば、と思う。言葉を司る彼がいれば、蜥蜴と意志を通じることも簡単なのに。

 仕方ない。

 こんな大きな相手に立ち向かうの初めてだけれど。

 フラウロスさんの炎の加護を纏い、おれは両腰のショートソードを抜き放ち、空へ飛び立った。

 炎に包まれた頑強な鱗の隙間を狙い、おれは空から降下する。

 全身を纏う蒼炎が蜥蜴の放つ熱を遮断してくれる。フラウロスさんの焔は、おれにとって全然熱くない。

 契約したての頃は、火傷ばかりしてたけど。

 骨のなさそうな脇腹、鱗の隙間を狙って刃を振り下ろした。

 ところが。

「――?!」

 側方から迫ってきた殺気に、とっさに剣の向きを変える。

 炎で強化された切っ先がかろうじて蜥蜴の尾を受け止めた。

 しかし、勢いで思い切り宙に放り出された。

 代わりにフラウロスさんが鋭い爪を翳して蜥蜴に向かっていく。

「おっと、危ないよ~」

 空中に待機していたフェリスが弾き飛ばされたおれの身体を受け止めた。

「つーかグレイス、相性悪くね? 炎に炎って、あんま効かないだろ」

「ううー」

 そんなこと分かっている。

 本当ならこんな時、クローセルさんみたいに水を操れる悪魔がいたらいいんだけど。

 でも、おれが契約しているのは炎の悪魔ばかりだ。

 炎が効かなければ、フラウロスさんの力は半減する。苦戦する灼熱の豹は大きく咆哮をあげた。

 おれの契約している悪魔は、リュシフェルを除けば地震の悪魔アガレス、火焔の悪魔アイム、殺戮と滅びの悪魔グラシャ・ラボラス、幻惑の悪魔フェネクス、炎の悪魔フラウロス、そして勇気の悪魔イポスの6人だ。

 その中で炎に対抗できる属性は、いない。

 ラースなら何も考えずに炎蜥蜴を消滅させるだろうが、そんなことさせるわけにはいかない。それ以前に、アレイさんがすぐそばにいるのにそんなこと出来やしない。

 どうする?

 逡巡したとき、眼下で狩人が蜥蜴の尾に巻き込まれたのが見えた。

「くそっ」

 このままじゃだめだ!

 でも、どうしたらいいんだ?

 動けなくなってしまったおれの頭に、大きな手がのせられた。

「まったくお前は……だから、考えなしに動くなと言うんだ」

 呆れた声。

 とても聞き慣れたバリトン。

 大きな手がおれの腕を引いて、背に匿った。

「アレイさん!」

 おれが勝手に飛び出したから、来てくれないと思ってた。

 アレイさんはため息でもつきそうな勢いで悪魔の名を呼んだ。

「ベリス」

 召喚したのは第28番目の悪魔、ベリス。戦争後にアレイさんが契約した悪魔で、その姿は白い羽が少し交ったカラス。軽口を叩き、嘘ばかりつくこの悪魔は非常に扱いづらいことで有名だ。

 アレイさんの右腕に降りてきたカラスは、ピアスの刺さった翼をばさばさと震わせながら楽しそうに笑った。

「ふひひひ、何だ、炎蜥蜴(サラマンダ)か。俺様とは相性悪いなあ。そもそも、フラウロスが苦戦する相手に俺様が勝てるわけないだろ?」

「嘘を言うな。お前の属性は『水』だろう」

「近くに使えそうな水もないな」

「すぐそこは川だ」

 すらすらと出てくるベリスの嘘をすべて一刀のもとに切り伏せたアレイさんは、腕を伸ばし、カラスの視線を強制的に蜥蜴の方へ向ける。

「ついでにフラウロスも弱らせていい?」

「それは勝手にしろ」

 アレイさんが大きく腕を振ると、その勢いでカラスが飛び去って行った。

 その後ろ姿を見送って、アレイさんがこちらを振り向く。

 あ、怒ってる。

 眉間のしわを見て反射的にそう思う。

「お前は……何の策もなく敵に突っ込むな。前に立つな。勝機のない喧嘩を買うな。この鳥頭の阿呆が」

 無茶をしたつもりはないけれど。

 そんなこと言ったらもっと怒られるに決まってる。

「ごめんなさい」

 素直に謝った。

「分かったらベリスの水にやられる前にフラウロスを(カエ)せ」

「……はあい」

 おれはアレイさんから離れ、ベリスの姿を見つけて威嚇を始めたフラウロスさんの隣に降りた。

 蒼炎の獣は威嚇をやめなかった。

 そして触発されるように蜥蜴はこちらを見る。

「帰ろう、フラウロスさん」

「あれに劣ると そう言うか」

「違うよ。でも、動けなくさせることは出来ないでしょう? そしたら、フラウロスさんはあの蜥蜴を殺してしまう」

 炎の壁が効かぬ相手だ。

 足止めが無理だとしたら、この蒼炎の獣が次にとる行動は明白だった。相手を破壊する気になれば、このケモノは容赦などしない。

「ベリスに巻き込まれる前に――」

 といった瞬間、頭上から大量の水が降ってくる。

 もうもうと水蒸気が立ち込め、蜥蜴の悲鳴が上がる。どうやら、目の前にいた蜥蜴の足を止めることには成功したようだ。

 しかし、フラウロスさんの蒼炎は、その欠片すらも寄せ付けなかった。

 水は熱と相殺し、凄まじい白煙を上げて瞬間的に蒸発した。

「そうだね、フラウロスさんが巻き込まれるわけないよね」

 天使カマエルを吸収し、完全体となったこのケモノがただの水程度で弱るはずもない。

 でも。

炎蜥蜴(サラマンダ)がこっち見てるんだ。たぶん、おれたちが刺激したせいだと思う。だから、落ち着いてもらうためにも、帰ろうよ」

 そう言うと、フラウロスさんはしぶしぶと言った体で殺気を抑えた。

「ありがとう。また、呼ぶね」

 おれの言葉が終わるより先に、蒼炎はその場から消え去っていた。



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