SECT.6 『柱』
ソルアの神話に興味がないと言ったフェリスとアーディン、眠くなってしまったユールを置いて、シドとアレイさんの3人でお姉さんの酒場へ向かった。
ガラガラと引き戸を開けると、威勢のいい声が飛んでくる。
「あっ、来たね! ちゃんと仲間も連れて……えーと……ごめん、貴方の名前聞いてなかった」
豪快に笑うお姉さんに、おれはにこりと笑い返した。
「ラックだよ。ラック=グリフィス。それにこっちがシドで、こっちがアレイさん」
なんとなしに『ラック』を名乗ったおれを見て、シドが眉を吊り上げる。
「グレイシャー様。ですから、何度申し上げたら分かっていただけるのですか。お願いですから、もう少し警戒してください」
「いいじゃん。ここはセフィロトでもリュケイオンでもないんだよ?」
「ご自分の立場をご理解ください」
シドっては頭固い。
おれはお姉さんに向き直って、もう一度言い直した。
「さっきのなし。おれの名前はグレイシャー=ロータス。こっちが旦那のウォル、あと友達のシド」
一瞬、ぽかん、と口を開けたお姉さんだったが、すぐに笑い出した。
「何だよ、それ。変なの!」
「まあいいじゃん」
適当にひらひらと手を振って、軽食を注文した。
おれはアレイさんからもシドからもお酒禁止令が出ているので、この辺りの名物だというアレカレスという植物の果実を絞ったジュースをいただいた。砂糖が混ぜてあるのか、ちょうど良い甘さでとても飲みやすい。独特の香ばしいような香りがとても印象的だった。
お姉さんは自分も同じジュースを手に、おれたちが座ったカウンターの向かいを陣取った。
「約束通り、ソルアの伝説を聞かせてあげよう」
「二千年前に龍同士が喧嘩したところまでは聞いたよ」
「じゃあ、その続きから行こう」
さてさて、コリン大陸には4つの部族が存在します。光龍を崇める光の部族『デルタス』、闇龍を崇める闇の部族『ミラジアリナ』、水龍を崇める水の部族『ユロマ』、炎龍を崇める炎の部族『アリア』。今となってはほとんど混ざり合ってしまったけれど、街の名前なんかには残っているね。
ちなみにこの辺りは昔、ユロマと呼ばれる部族がすんでいた地域だよ。
物語は今から千年前、光部族『デルタス』に一人の少年が生まれたことから始まるのです。デルタスに生まれるのは、金髪碧眼の人種ばかりのはずでした。それなのに、その少年は金色の瞳をしていたのです――デルタスに古くから伝わる伝説の通りに。
デルタスでは、金色の瞳を持つ王子が、碧い瞳・漆黒の瞳の龍の導きによって偉大な力を目覚めさせ、戦友と共に闇龍の支配を打ち砕く、という伝説があったのです。
伝説の通りに誕生した少年を、部族のみんなは本当に心から喜びました。
でも、金目の少年アキラは、自分がまるで救世主であるかのように祀り上げられることを嫌っていて、毎日毎日皆から湛えられる生活に耐えられませんでした。優しい少年は、誰にも言えませんでしたが、本当はとても辛かったのです。
そんなある日、アキラは碧と黒のオッド・アイの少女と出会いました。少女は導きの龍。彼女の中には、水龍ウィオラが眠っていました。水龍は千年前の戦いで疲れた体を休めるため、少女の中で眠っていたのです。
少女は、アキラがとても辛い場所にいることを知って、アキラを部落から連れ出し、一緒に冒険の旅に出ることにしたのでした。
お姉さんの語り口調はとても聞きやすかった。
とても話慣れているようだ。
一緒に旅に出たアキラという少年と、導きの龍と呼ばれた少女の冒険を生き生きと語ってくれた。わくわくするような冒険物語、その途中で出会ったのは、炎龍を守護とする部族の青年だった。
のちに救世主の『戦友』と呼ばれることになる青年と共に、二人はさらに旅をつづけた。
森の奥でペガサスから伝説の剣を貰い受けたこと。闇の力に染まった妖魔に力を合わせて勝利したこと。ある時は一緒にお祭りに参加して楽しんだこと。森に籠って修行をしたこと。炎龍フィルラを探して樹海に分け入ったこと。
少女の中で少しずつ目覚めはじめた水龍ウィオラも、旅の途中で出会った炎龍フィルラも三人のことが大好きだった。
「三人は、ずっと一緒に旅をしました。時には喧嘩をしたり、仲直りしたり。本当にたくさんの時間を一緒に過ごしたのです」
これまでの冒険を振り返るように、お姉さんは目を閉じた。
夢のような冒険物語が、終わりを迎えようとしていた。
「そして、たくさんの人と出会い、アキラはこう思うようになりました。『こうやって旅をして、出会ったみんなが大好きだから、この世界を闇から守りたい』」
話に聞き入っていたおれは、その言葉ではっとした。
「その時です。アキラの心の中で、誰かが呼ぶ声が聴こえました。誰、と問うと、その声は答えます。『私は光龍ライラです』」
「!」
「『驚かせてごめんなさい、でも、私はずっとここにいました。決心してくださってありがとうございます』――アキラは驚きましたが、とても嬉しく思いました。自分には光龍がついているのだ、と」
びっくりしたおれに、お姉さんはにっこりと笑って続けた。
「でも、光龍ライラが目覚めると同時に、闇龍ビルラも目覚めてしまいました。闇龍もまた、自分の力が戻るのをずっと待っていました――水龍ウィオラと同じ、導きの龍と呼ばれた少女の中で」
「えっ?」
導きの龍の中に、水龍ウィオラと闇龍ビルラが……?
「水龍ウィオラは涙ながらに謝罪しました。千年前、闇龍を完全に滅ぼすことが出来なかったこと。そして、闇龍の力を抑えるために少女の中で闇龍ビルラを抑えながら、共に無理に眠りについたこと」
アキラという少年の中に光龍ライラが。
導きの龍と呼ばれた少女の中に水龍ウィオラと闇龍ビルラが。
「水龍ウィオラは、力を取り戻した闇龍ビルラによって、少女の中からはじき出されてしまいました。そして、少女は闇龍に体を乗っ取られてしまったのです。少女を救うため、アキラは自分の中にいる光龍の力を借りました。戦友は、旅の途中で仲良くなった炎龍フィルラの力を借りました」
闇龍に乗っ取られた少女と、光龍の加護を受けた少年と、炎龍の加護を受けた青年と、共に旅をした水龍と。
大切な仲間に刃を向けるのは、どれだけ辛いことだっただろう。
まるで今の自分とアレイさんを表しているかのようで、胸がずきずきと痛んだ。
「そして、アキラと戦友は、闇龍ビルラを倒すことに成功したのです。仲間だった少女を犠牲にして」
「……!」
おれは言葉を失った。
「アキラは嘆き悲しみました。自分を辛い場所から連れ出して、一緒に旅をして、たくさんの苦難を一緒に乗り越えた少女がとても大切な人になっていたからです。アキラも戦友も、闇龍ビルラを倒した喜びなど感じることは出来ませんでした。襲うのはただ、悲しみだけ。光龍と水龍と炎龍に別れを告げ、故郷に戻って盛大な歓迎を受けても、アキラの心が癒されることはありませんでした」
なんて悲しい終わりなんだろう。
おれが泣きそうな顔をしていると、お姉さんはまだ話を続けた。
「でも、このお話には続きがあります。それは、闇龍との戦いを終えたアキラが故郷へ戻った後のこと。アキラは、最初に少女と出会った場所で、少女の事を思い出していました。導きの龍と呼ばれた少女の笑った顔も怒った顔も泣いた顔だって、全部思い出せます。アキラはとても悲しくなりました。もう会えないことが本当に辛かった。こんなことなら、闇龍なんて倒さなくてもよかった――そう思った時、まるで幻のように少女が目の前に現れました」
お姉さんはにっこりと笑った。
「本物の少女でした。アキラを不憫に思った光龍が、傷ついてしまった少女を癒し、元気な姿にしてアキラの元に帰したのです」
そこまで話して、お姉さんはようやく傍に置いていた飲み物に手を伸ばした。
「アキラは戻ってきた少女と、戦友の青年と一緒に大好きな人達が暮らすコリン大陸すべてが一つになるような国を作りました。それが、この神秘の国ソルアの成り立ちです」
一気に飲み干して、一息。
「おしまいっ!」
お姉さんの言葉と共に、おれはぱちぱち、と拍手をした。
「面白かった! すごいね!」
「毎日、子供相手に話してるからね。もう慣れちゃった」
お姉さんはあはは、と笑って手をひらひら振った。
「子供相手?」
「私は昼間、託児所してるんだ。この辺の働く親たちの味方だよ」
確かに、このお姉さんのはきはきした性格は子供たちの面倒を見るのが得意そうだ。
「でも、ソルアには四龍がいるんだよね。闇龍ビルラは滅びてないってこと?」
「そうだよ。光ある限り影は消えない。光龍ライラがいる限り、闇龍ビルラが滅びることはない。でも、神の力で深い深い眠りについているんだよ。悪さをしないようにね」
神。
その存在を如何なる言葉で数える、というアガレスさんの言葉が蘇る。
「ソルアの神様って、どんなヒトなの?」
そう聞くと、お姉さんはくすくす笑った。
「人じゃないよ。神様だもん。2柱の神様はね、もうあなたにももう分かるはずだよ」
2柱。
そうか、神を数える言葉は『柱』だ――柱?!
「神様の一柱は太陽神アキリア。もう一柱は、月神ヴェルナ。金の瞳のアキラと、導きの龍の少女の事だよ」
お話を最後まで聞き終わって、おれとアレイさんは黙り込んでしまった。
いろんな思いが押し寄せてきて、言葉にできそうになかったのだ。
シドは、お姉さんの話を聞いた後に黙りこくってしまったおれとアレイさんを交互に見つめていた。もちろん彼は無暗に話しかけてきたりはしないし、無意味な詮索はしない。
神。
神様。
数え方。
人間。
柱――
おれはぐるぐる回る思考を必死に振り払った。