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SECT.5 ユール

 飛び続けること丸一日。

 あたりが薄暗くなり始めた頃、ようやくおれたちは最初の目的地に到着した。

 人口が数千人の小さな町に到着した。コリン大陸にはとても多いのだが、名もない街だという。大きな川沿いに寄せ集まるようにして民家があり、その外を田畑が取り巻いている。放牧も行っているようで、策で囲った中に家畜の姿がちらほら見えた。

 絵に描いたような平和な光景に、思わず心が緩む。

 最終目的地のヴィウィラまで、このペースでいけばあと5日。

 恐ろしいほどに順調な旅だ。

「降りるぞ」

 アレイさんの号令で、一斉に降下した。

 降り立ったのは、街外れの草原だ。辺りは既に薄暗く、街の明かりがぽつぽつと見え始めている。

「こんな小さい街で泊まるところなんてあるのかよ」

 黒棺を担いでフェネクスから降りたアーディンが言う。

「ここは、北部の港アトリアから、南部にある王都デルタスへの一直線の行路上に在る街です。主とした産業が農作だとしても、副業として宿屋を営んでいる場所はあると思います」

 ユールを抱えたシドが答える。

「主な交通手段が龍界の妖魔族によるせいだと思いますが、コリン大陸ではほとんど街道が整備されていません。あと一日も飛べば大きな街もあるのですが、樹海への入り口、また、樹海の出口であり、産物を集める場所です。これは、例外と言えるでしょうね」

「でも本当に、何て言うか、原始的な感じがするね」

 グリモワール王国だって別にそれほど文明の進んだ国ではない。最新鋭の技術という側面で見れば東方の国々には遠く及ばないし、産業技術の規模でいえば北の大国ケルトの足元にも及ばない。

 それを差し引いても、ソルアは全土が牧歌的で原始的な国だった。

 おれは、戦禍を知っているからとても不安になる。

「行くぞ」

 ぼんやりとしていたらアレイさんに頭を叩かれ、おれは足を前に進めた。


 石畳でおおわれていることの多かったグリモワールの街、煉瓦造りのセフィロトの街、それに白塗りの四角い壁が積み重なるように作られたリュケイオンの街とも全く違う景色がおれたちを迎えた。

 少し平坦にしただけの土の道、薄い木の板で作られた家。年中暖をとる必要がないためだろうと思うが、あまりに簡素な造りに少しびっくりした。

 いや、よく見れば簡素というわけではない。扉や窓が多いために薄く見えるが、作りは頑丈であるし、熱を逃すことには長けているように見える。

 確かに、グリモワールやセフィロトは寒く、冬には雪の降る地域も多かった。リュケイオンは雨が少なく、屋根に傾斜をつける必要はなかった。

 この土地では寒さへの対抗を考える必要がないのだろう。

 大きな一枚板の看板を出している宿屋はすぐに見つかり、おれたちは部屋に入ってゆっくりと手足を伸ばした。

 アレイさんとユールとおれが同じ部屋。残りはもめたけれど、アーディンが一人部屋でシドとフェリスが一緒ってことで落ち着いたようだった。

「隣に大きい公衆浴場があるんだって。後で行ってみよう。ユールはおれが連れてくよ」

「ボク、お風呂キライだ……」

「駄目だ、一緒に行くんだよ」

 後ろから羽交い絞めにしてくすぐってやると、ユールはきゃっきゃと笑った。

 その様子を見たアレイさんがため息をつく。

「さっさと二人で行って来い。ユール、お前の姉は俺が見ていてやるから」

 ベッドわきに寄せた黒棺を指し、アレイさんはおれたちをしっし、と手で追いやった。



 ユールを肩車して、隣にあるという公衆浴場へ向かった。

「お前本当に軽いな。ちゃんとご飯食べてるか?」

 入り口で硬貨を数枚支払い、中へと入る。

 おれも大きいお風呂は久しぶりだ。

 ユールのゴミ袋のような服を脱がせ、嫌がる体を抱えて風呂場へ連行する。

 逃がさないように足でホールド、頭に石鹸をめいっぱいつけてごわごわに固まった白髪をごしごし洗った。

 最初は悲鳴を上げていたユールも途中であきらめたのか、3度ほど泡を流したところで大人しくなった。

「少しだけ湯船につかったら戻ろうか。シド達がご飯食べずに待ってるかも」

「……うん」

 ユールの汚れていたいた白髪を洗ってやると、毛先だけ金色がかっているのが分かった。

 もしかして、もともとは白髪じゃなかったんだろうか。

 おれは、ユールの過去も全然知らないな。

 温い湯に浸かりながら、おれはぼんやりとユールの頭を撫でていた。

「あれ、旅の人? 珍しいね。どこから来たの?」

 隣のお姉さんが声をかけてきた。

 やっぱり、外の人間は珍しいんだなあ。

「旅人ってわかる? さっき着いたばっかりなんだ。ディアブル大陸から、海を渡って」

「この辺で黒髪は珍しいからね。護符、ないけど大丈夫?」

「うん、おれ『交魂』だから平気」

「そうなんだ。何がいるの? ……って、聞いても大丈夫?」

「うん。おれの中にいるのはね、『悪魔』だよ」

「悪魔? うーん、あんまり聞いたことないなあ。妖魔なの?」

「うん、まあ、そんなもん。ディアブル大陸にいる妖魔だと思ってもらっていいよ」

 おれは苦笑して答えた。

 こんな話を、隣にいる人と普通にできるなんて。

 本当に不思議な国だなあ。

 お姉さんは、おれの身体をちらりと見て、少し目を伏せた。

 おれの全身に刻まれた裂傷が彼女をそうさせていた。

 お姉さんははっと気づいて両手を振る。

「あっ、ごめん、見るつもりなかったんだけど、気になっちゃって……」

「別にもう痛くはないんだよ? だからあんまり気にしないで」

 と入ったものの、お姉さんは少ししんみりした表情で呟いた。

「やっぱり、ディアブル大陸では戦争があって、今も少し危ないって本当なんだね。ソルアにいると忘れちゃうけど」

「うん、ここは本当に穏やかな国だね。ソルアに来てから、おれ、びっくりしてばっかりだ」

 妖魔と人間が普通に一緒に暮らしているのも、身の内に悪魔を秘めたおれを当たり前に受け入れてくれるのも。それに、ここは戦の匂いがなくて、無防備でとても暖かい。

「やっぱり、龍がソルアを守っているから?」

「そう。2柱の神様と、四龍が守っているこの国はとても平和なんだよ。もう千年以上前になるけどね、闇龍が台頭した時代に光部族(デルタス)の少年がソルアの危機を救った――そんな話、興味はある?」

「ある!」

 ライディーンからうっすらと聞いていた、四龍の伝説。お話を聞けるものなら聞いてみたい。

 おれが身を乗り出すと、お姉さんはくすくす笑い、おとぎ話を語りだした。

「昔、昔のことです――」


 ソルアには4匹の龍がいました。

 その4匹の龍は、森羅万象の源たる『光』『闇』『水』『炎』の4つをそれぞれ象徴しています。

 今から時を遡ることおおよそ二千年、闇の龍ビルラと水の龍ウィオラとの間で争いが勃発し、世界中を巻き込む大戦争に発展してしまいました。文字通り天を焼き、地を削る戦い。その舞台となったコリン大陸は水と闇の力によってかつてないほど傷ついてしまいました。

 長い長い戦いの末に、結果水龍ウィオラの陣営が勝利をおさめ、闇の陣営はほぼ壊滅。その時に闇龍は消滅したと伝えられていました。闇の者たちは一千年たった今も細々と命をつなぐ有様です。

 しかし、闇龍は諦めてなどいませんでした。

 そして物語は、龍たちが争ってからおよそ一千年後、光部族『デルタス』に一人の少年が生まれたことから始まるのです。


 そこまで語ったところで、お姉さんは立ち上がった。

「続きは、うちの店に来てくれるかな? このままじゃ、その子がのぼせ上っちゃいそうだし」

「……あ」

 赤い顔をしてふらふらしているユールに気付いて、おれも慌てて湯から出た。

「お姉さん、お店やってるの?」

「うん、少し行ったところ。気まぐれで開いてる、ただの定食屋だけどね。何なら酒も用意するから、仲間がいたら一緒に来るといい」

 お姉さんはそう言って笑った。



 宿の部屋に戻ってユールを新しい服に着替えさせ、髪を乾かすと、こぎれいな少年に変化した。

「うん、可愛い」

 ふわふわになった白髪をぐりぐりと撫でてやると、ユールは嬉しそうに笑った。

 そして、部屋に置いて行った黒棺に、またぴったりと寄り添う。

「ありがと、アレイさん。待っててくれて。アレイさんも後で行くといいよ」

「ああ、分かった」

 と、アレイさんはおれの両腕に目を向けて唖然とした。

「お前、包帯外したのか?」

「あ、うん。お風呂入る時、邪魔だったからとっちゃった」

 コインの埋め込まれた左手甲と悪魔紋章がいくつも刻まれた右腕。

 セフィロトでは誰にも見られるわけにはいかなかったけど、この国なら大丈夫。

 そう言うと、アレイさんは少し複雑そうな顔をした。

 どうしたんだろう、と首を傾げると、アレイさんはおれの両手をぎゅっと握った。

「それでも、お前が悪魔と契約している証を、あまり他の者に見られたくない」

 アレイさんは器用に包帯をおれの両腕に巻きなおした。毎朝、やってもらっているから慣れたものだ。

 真新しい包帯を巻いた両手をもう一度握って、アレイさんは目を逸らしながらぽつりと言った。

「知っているのは、俺だけでいい」

「え?」

 あ、もしかしてヤキモチやいたんだろうか。

 よく見ると、アレイさんは顔を赤くしている。

 アレイさんて、たまにだけど、年の割にすごいかわいいんだよなあ。いっつも無愛想な顔してるのに子供っぽいこと言いだすし。

 でも嬉しいなあ。

 そんな風にヤキモチやいてくれるのだって、おれの事をとっても大切に思ってくれているからだ。

 逃げられる前に、アレイさんに抱きついた。

「大好きだよ、アレイさん。世界で一番好き」

 一瞬間があって、ため息。

 そして優しい手がおれの頭を撫でた。

「……俺もだ」

 その時のアレイさんの顔を見たかったんだけど、きっと見上げたら怒られるからやめておいた。



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