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SECT.3 共犯者

 場所とか方向とか、難しい話は全部みんなにお任せして。

 おれは街外れの丘で少年と二人、買い出しに出たみんなの帰りを待っていた。

 ここから見渡しても、大きな山脈は見当たらない。コリン大陸全体が起伏に富まない平坦な土地なのだろう。ディアブル大陸よりずっと南に位置するだけあって風は暖か、年中穏やかな気候らしい。晴れの日が多いのか植物が豊かに生い茂り、水も豊富で、生活に困ることはない。

 確かに、アーディンの言うようにヒトがわざわざ集まって暮らさなくてはならない理由などなさそうだった。

 ケサランパサランがふわふわとあたりを飛び交って、緩く浮かぶ揚羽蝶(アゲハチョウ)の大きな翅を揺らしていた。天高いところでは、海に近いせいだろう、翼を持つセイレーンが大鷲と遊びながら見下ろしていた。

 現世界と異世界が混じり合う場所。

 本当に不思議な光景だった。

 着いてきた少年は、引きずっている黒の棺を守るように、傍に寄り添って離れなかった。おれはその隣に腰を下ろす。

 この子は、ねえさんを逝き返らせるんだ、と言っていた。

 その言葉で、おれは自分の過去を思い出さずにはいられなかった。おれを育ててくれたねえちゃん。強くて、優しくて、カッコよくて、いつもおれを導いてくれたねえちゃん。

 あのヒトがいなくなってしまった時、おれは――

 あの瞬間を思い出しそうになって、慌てて唇を噛みしめた。

「なあ、お前、名前は?」

「……ユール」

「ユール。ヴィウィラに行ってねえさんを逝き返らせるって言ったよな」

 ユールはこくりと頷いた。

「ヴィウィラにいるっていう、龍にお願いするのか?」

 こくり。

 ぼさぼさになった髪を揺らして、ユールは頷く。

「そっか」

 この国における龍がどんな存在なのか、おれはよく知らない。

 きっとグリモワール王国でリュシフェルが崇拝されていたように、この国では龍を崇拝しているのだろう。

 でももし、龍が悪魔と同等の存在だとしたら。

 おれは残酷な事実を少年に告げることは出来なかった。

「おれはラックっていうんだ。一緒にいるのが、アレイさんと、フェリスとシドとアーディン。おれたちも龍を探しに行くところなんだよ」

「そぉなの?」

 赤錆色の瞳がおれをじぃっと見つめる。

「ラックも、ボクらと、同じなの?」

 ボクらと。

 ずきん、と胸が痛んだ。

 事情は分からないけれど、ユールの姉は亡くなってしまったんだろう。棺の中を察することは出来ないけれど、おそらく間違いない。何となく感じ取れる気配はヒトじゃないモノと同じだったから、もしかすると、ただの遺体じゃなくて、もっと複雑な何かが入っているのかもしれない。

 そして、ユール自身もとても生気が薄い。何だろう、生きていないとは言わないけれど、何となく普通の人間ではないような気がするのだ。なぜそうなったのかは聞いてみないと分からないだろう。

 でも、何故だか聞いてはいけないような気がした。

 ユールと名乗ったこの少年が、今にも消えそうだったから。

「おれにもねえちゃんがいたよ。すごく優しくて、強くて、大好きだった。髪が金色でキラキラしててね、お日様みたいだった」

 まぶたの裏に、大切なヒトの姿を思い描いた。

 メフィア=R=ファウスト。グリモワールの歴史に刻まれたその名は、知らない者の方が少ない。あの戦争で命を落とした唯一のレメゲトン。

「でも、ユールと一緒。ねえちゃんはいなくなっちゃった」

 あの時の冷たい感触が蘇りそうになって、ぎゅっと拳を握りしめた。

「……会いたいなあ」

 ねえちゃんに会いたい。

 こんなに頑張ったんだよって言って、褒めてもらいたい。

 アレイさんが隣にいるからいつも寂しくないけれど、一人になると急に不安になることだってある。

 おれは本当に、大丈夫?

 アレイさんと戦うことになっても大丈夫? 本当に、大丈夫? マルコシアスさんがおれに剣を突きつけてきても、本当に大丈夫?

 そんなことになったら、ラースに体を明け渡して、本当に今度こそ世界を壊してしまうんじゃないだろうか。大切なヒトたちをたくさん傷つけてしまうんじゃないだろうか。

「ねえちゃんに会いたいなあ」

 ねえちゃんに抱きしめてもらって、大丈夫だよって言われたい。

 そうしたら、頑張れる気がするのになあ。

 膝に顔をうずめたおれの頭に、ぽん、と小さな手が乗った。

 顔を上げると、澄んだ赤錆色の瞳。

「ユール、おれを慰めてくれてんの?」

「うん」

 こくりと頷くユール。

「だってさ、寂しいもんねぇ。ねえさんが話してくれないのも、ボクをぎゅってしてくれないのも、寂しい」

 あ、だめだ。

 鼻の奥がツンとした。

「じゃあおれが代わりにぎゅってしてやるよ」

 両手を伸ばして、ユールを膝の間に寄せる。

 後ろからぎゅうっと抱きしめたら、手入れされていないごわごわの髪が頬を撫でた。

 小さくて細い。

 どうしてこの子は、こんな姿をしているんだろう。ほとんど栄養を取っていないようなガリガリの体で、ゴミ袋みたいな服を着て、お風呂に入ってないような手入れされてない髪をして。

「ユール。あとで一緒に風呂入ろうな。あと、服はシドがついでに買ってくるはずだから、服も変えよう」

「いいよぉ、お風呂キライだもん」

「だめ。一緒に入るの」

「……ラックはかあさんみたいだ」

「んー、まあ、そうかもな」

 もしおれが、グリモワール王国を再建するっていう目的を持たず、故郷に残っていたらこんな風に母親になっていたんだろうか。

 故郷のクラウドさんたちの元に置いてきたおれの息子と娘は、元気かな。

 クラウドさんたちがいれば、きっと大丈夫だと思う。おれたちの存在だって知らずに明るく、素直に育つはずだ。優しい父と母を信じて、何も知らず――

 ああ、でもそれって、なんだか寂しいな。

 寂しいなんて思うこと自体が傲慢だ。そんな感情を持つこと自体が酷い被害妄想だ。自分で捨てておいて、それなのに寂しいなんて、馬鹿げてる。

 ますます強くユールを抱きしめると、ユールは不思議そうにおれを見上げた。

 ふわふわとケサランパサランがおれたちの周りを飛び交って、柔らかな風が草原を撫でて、暖かい陽だまりの中で。

 こうしてユールを拾ったのは、おれの中の罪悪感がそうさせたのかな、なんて思うとひどくつらかった。

 この道を選んで子供たちを置いてきたのはおれなのに。

 この体の時を止めることを選んだのもおれなのに。

 そうしてでも、たくさんのヒトを守りたいと思ったのはおれなのに。

 それでもやっぱり、こんなにも辛い。

 ただ、遠くで元気に育ってくれればいいなんて、嘘だ。やっぱり自分でその成長を見届けたかったよ。

 もしかすると、ねえちゃんも同じように思っておれを育ててくれたのかな?

「……ねえちゃんに会いたいなあ」

「ボクも、ねえさんに会いたい」

 ユールと感情を共有して、笑いあった。

 なんだか共犯者にでもなった気分で、不思議だった。



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