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SECT.2 少年


 天板いっぱいに並んだ料理を粗方平らげてからも、おれたちはその場に居座った。昼過ぎ、客の姿はまばら。店主もおれたちを無下に追い出そうとはしなかった。

 おれたちはこれからの行動を決めなくてはならなかった。

「その、目的地ってここから遠いの?」

 おれの問いに、アレイさんはきっぱりと答えた。

「ああ、遠い。此処からだと……グリモワール王都とセフィロトの中央都程度には離れているな」

「遠いよ! 歩いてひと月はかかるじゃん!」

 思わず叫んだ。

「何か便利な交通手段でもあるの?」

「いや、ない。見ればわかるようにソルアはかなり原始的だ。ディアブル大陸と比較しても、交通手段が発達しているとは言えない」

「じゃあさ、どうやってヴィウィラまで行くの? 一か月かけて?」

 首を傾げたら、アレイさんはため息をついた。

「お前は歩く気か? 仮にもレメゲトンだろう。何故この国で歩くという人間的な方法を取らねばならんのだ」

 そう言われて、おれははっとした。

「飛んでいけばいいんだ!」

「ま、そーなるよね。オレっちもシャックスがいるからダイジョーブ。医者のおにーさんは? 飛べんの?」

「阿呆か、飛べるわけねーだろ。こいつらと一緒にすんな」

 あ、アーディンは飛べないんだ。

 そうだよね、マルコシアスさんの血を継いだって言っても、アレイさんだって生身じゃ飛べないもんね。もちろん、おれだって悪魔を召喚しないと飛べない。

「ってことは、飛べるのはおれとフェリスとアレイさん。シドとアーディンはおれと一緒にフェネクスに乗れると思うよ」

 入国した時に受け取った護符があれば、耐性が飛びぬけて高いわけでないシドでも長い間悪魔に触れて大丈夫だろう。

「じゃあ、さっそく出発しよう!」

 立ち上がろうとしたおれに、アレイさんは冷たい言葉を投げつけた。

「待て、このまま飛び立って、何処を向いて飛べばいいか分かるのか? 方向が分かったとして、どこが目的地がわかるのか? それより何より、一日二日で往復できる距離ではない。まずは準備を整えるべきだ。少しは考えろ、この阿呆の鳥頭」

 一気にそこまで言ったアレイさんに、アーディンが噴出した。

「お前、本当、嫁に対してだけは全く容赦ねーんだな」

「ね、オレっちも旦那さんはグレイスだけに冷たすぎると思うよ」

 ねー、と頷き合う二人を無視して、アレイさんはため息と共に続けた。

「まだ先にやることがある。国境都市リンボでお前が言った事だろう」

 リンボ? リンボってことは国境を越えた時。

 あの時は、最初に何をしたっけ? おれはいったい、何て言ったっけ?

 あ、そうだ!

「情報収集!」

 思わず立ち上がってそう言うと、アレイさんは少しだけ笑った。

 どうやら正解。

 いつものようにアレイさんに頭を撫でて褒めてもらおうと思ったら、アーディンがからかい気味に言った。

「お前、本当、嫁に対してだけ表情筋使うよな。俺に対しては無愛想、無表情だってのによ」

「ね、オレっちも旦那さんはグレイスだけに甘すぎると思うよ」

 アレイさんは顔をこわばらせて手を引っ込めた。

 もう、アーディンとフェリスが邪魔するから、頭なでてもらえなかったじゃん。

 恨めし気な目でそちらを見ると、アーディンはやれやれ、と掌を天井に向けた。

「これだもんな。嫁がそんな旦那の事を甘やかすからつけあがるんだぜ?」

「おれはアレイさんの事、甘やかしてなんかないよ」

「はいはい」

 フェリスがひらひら手を振って、椅子から立ち上がりかけたおれを追い返す。

「目的地が決まっているのなら、あとは手段だけです。本屋へ行けば地図は手に入ると思います。ただ、観光は盛んと言えないでしょうから、詳細なガイドは諦めた方が賢明かもしれません」

「大陸地図くらいはあんじゃねえの?」

「ならば地形図の方が使いやすい。ある程度気候も推測できる」

 地図がどうとか、方向が、距離が、羅針盤がどうとか、おれにはよく分からない話を始めてしまったアレイさんたち。

 おれだけ仲間外れだ。

 退屈だな、ときょろきょろあたりを見渡すと、佇む一人の少年と目が合った。

 偶然ではない。

 その少年がじぃっとこちらを見ていたのだ。

 手入れされていない白髪、ゴミ袋を被ったかのような黒服。栄養状態が悪いのは薄そうな服の裾から伸びた手足からすぐ分かる。じっと見つめるその印象的な瞳の色は赤錆(ラスト)

 賑やかな店の中でひどく浮いているその少年は、おれが見ているのに気づくと、すぅっとこちらへ寄ってきた。

 がりり、がりりと何かを削る音がする。

 よく見れば、その少年の後ろに大きな木の棺桶が引きずられている。少年が細い腕に頑丈な鎖を絡ませ、重い棺を引いているのだ。黒塗りに金の装飾を施した立派な棺は、中に『何か』入っているのだろう。引きずられるたび、店の床をひっかいて啼いた。

 赤錆色の目をした白髪の少年が、黒棺を引きずりながら徘徊している。

 まるで恐怖話(ホラー)の一説のような光景に、背筋を少し冷たいモノが這った。

 やがて、少年はおれの目の前までやってきた。

 店はこれほど賑やかで、従業員も歩き回っているのに、この不自然な少年に誰も気づいていないかのようだ。

 目の前にいるのに、ヒトの気配が薄い。

 とても不思議な感覚だった。

「どうしたんだ、おれたちに何か用?」

 少年にそう問うと、白髪の少年は見た目にそぐわぬのんびりと間延びした口調で答えた。

「おねーさんたち、ヴィウィラに行くんだよねぇ。聞こえたよ」

「ああ、そうだよ。龍を探しに行くんだ」

 笑って答えると、少年は細い眉尻をきゅうっと下げて、まるで泣きそうな声で呟いた。

「ボクらも、一緒に連れてってぇ」

「いいけど……いいのか?」

 親は、兄弟は――と続けようとして、やめた。

 こんな身なりでこんな場所を徘徊しているのだ。だいたい察しはつく。

 おれは手を伸ばして少年の手を取った。

 ひどく冷たい。

 生き物の熱を伝えない、その感触で確信する。

 この子は、おそらく普通の人間じゃない。

「何でその、ヴィウィラに行きたいんだ?」

 そう問うと、少年は赤錆色の瞳に光を灯し、はっきりと答えた。

「ねえさんを逝き返らせるんだぁ」

 決意した表情の少年の髪を、おれは柔らかく撫でた。少年はその感触に慣れていないのか、すこし居づらそうな顔をしたが、やがて受け入れて、落ち着いたようだった。

「じゃ、一緒に行こうか」

「……ありがとぉ」

 初めて嬉しそうに笑った少年の頭をもう一度撫で、おれも微笑んだ。

 さて、アレイさんは何て言うかな。

 難しい話を続けているみんなに声をかける。

「ねえ」

「何だ」

 話の邪魔をするな、と顔に書いてあるアレイさんがこちらを見た。

「この子がさ、一緒に行きたいって。連れてっていい?」

「この子? どの子?」

 フェリスが首を傾げる。

 シドも同じように首を傾げ、アーディンは煙草を落とし、アレイさんの眉間に皺が寄った。

「だから、ここにいるじゃん。男の子」

 おれが子供の頭をぐりぐり撫でると、シドがはっとした。

「え……?」

 ようやく男の子の存在に気付いたかのように。

 同じようにフェリスもびくりと肩を震わせた。

「……その子は今まで其処にいらっしゃいましたか? 申し訳ありません。気配もありませんでしたし、グレイシャー様が触れるまで全く気づきませんでした」

「ずっといたよ。おれと話してたもん」

 まだ不思議そうなシドとフェリス。

 アレイさんは何か言いたげだ。

 が、その前にアーディンが口を開いた。

「で? そのがきんちょも一緒に、って、ヴィウィラへか?」

「そうだよ。ね?」

 少年はこくりと頷いた。

「親は? ……って聞くほうが無駄か。お前、いつからそう(・・)なってんだ」

 物騒な光を瞳に灯して問いかけたアーディンを怖がり、少年はおれの後ろに隠れた。

「いじめないでよ、アーディン」

「……」

 舌打ちでもしそうな勢いでそっぽを向いたアーディンは、どうやらこの子が『何か』に見えているらしい。

 天使ウリエルの血を継ぐアーディンは、探査能力にとても優れているから。

「おい、くそガキ」

 黙っていたアレイさんが口を開いた。

「なあに、アレイさん」

「そいつは、お前に害なす者か?」

「違うよ」

 即答したおれの目を覗き込み、アレイさんは大きくため息をついた。

 そこで問いをやめたのは、肯定の証だ。

 つまり、アレイさんは反対しない、ってこと。

 よかった!

「じゃあ一緒に行こう」

 そう言っておれが少年を抱きしめてあげると、アーディンとフェリスが肩を竦めた。

「こうやって旦那が嫁を甘やかすからつけあがるんだぜ?」

「ね、オレっちも旦那さんはグレイスにだけ甘すぎると思うよ」



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