--- はじまり ---
この作品は「LOST COIN」シリーズの「第三幕・放浪編 第二部」にあたります。
ここから読み始める事もできますが、もしよろしければ「第一幕・滅亡編」からどうぞ。
「LOST COIN」シリーズまとめページ↓
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ブログ「また、あした。」
http://lostcoin.blog.shinobi.jp/
リュケイオン最大の港ペイライエウスを発ってから約10日。
長かった船旅に終わりを告げる日がやってきた。
個室の扉がノックされ、向こうからシドの声がした。
「グレイシャー様。外にいらっしゃれば、甲板からソルアがご覧になれますよ」
「ほんと? すぐ行く!」
部屋の隅で黙々と剣を磨いているアレイさんを置き去りに、おれは部屋を飛び出した。
扉の傍では、シドが静かに佇んでいた。右目を隠す長い藍色の髪、同色の瞳にも優しい光を灯している。元漆黒星騎士団員の彼は、つい先日まで絶対安静の重傷だったのが信じられないくらいに回復していた。
おれに対して絶対の忠誠を誓った騎士は、とても優しく――厳しかった。
「そのグレイシャー『様』っての、やめようよ。みんなみたいにグレイスって呼んでよ」
「そうはいきません」
グリフィス女爵、グリフィス卿、ミセス・ロータス……いずれの呼び方をも否定した結果、おれへの敬意を消すわけにはいかないというシドの妥協点がここだった。
今でもシドにグレイシャー様、と呼ばれるとむずむずするのに。
「おーい、グレイス、早く来なよ~」
向こうから金色猫の声がする。
おれは声の方向を指して、シドに主張する。
「ほら、あんな感じでいいんだよ」
「あれは例外です」
シドは取りつく島もなくすっぱりと言い切った。
どうにもシドはフェリスが許せないらしく、一緒にソルアへ行くと決めてからも、頑なに警戒を解こうとはしなかった。
たった5人しかいないんだから、仲良くできたらいいのになあ。
甲板に出たおれは、目の前に広がる港を見た。
大小様々、色々の船が接岸し、所狭しと行きかっている。平野が広いのだろう、山は遠く、街並みが見渡す限りに広がっていた。特筆するほどの高層建築は見受けられないが、ディアブル大陸では希少な木製建屋の街並みがずらりと並ぶ。
「なんだか、素朴そうな雰囲気だね。ソルアって、どんな国なの?」
「え、グレイス、知らずに来たの? 何で来たの? 知らないのに、どうしてこの国を選べたの?」
アレイさんが決めたからだよ、と言おうとして隣のシドの冷たい視線に気づく。
下手な事を言うとまた怒られるぞ。
ここ最近の経験から、おれは口を閉ざした。
そんなおれの心情なんてすべてお見通しだろうに、シドは淡々と語った。
「私もあまり詳しいことは存じません。グリモワール王国に、かの国の情報を聞き及ぶことはありませんでしたから。と、言いますのも、光の王国ソルアは、民主国家リュケイオンと別の意味で閉鎖的な国家だからです。無論、排他的という意味ではありません。ソルアは非常に特殊な国家で、足を踏み入れるにはある条件が必要であるそうです」
「条件?」
「はい。それは、必ず『護符を身につけること』です」
「護符?」
「はい。その理由は、そうですね……上陸なされば、自ずと理解できるのでは、と思います」
意味ありげなシドの言葉を理解したのは、港に降り立ってからだった。
港に降り立ったおれを、白い翼たちが歓迎するかのように包み込んだ。ざぁっと飛び立ったのは、鳥ではなく翼を持つケモノだ。掌に乗りそうな小さな毛玉に、両手いっぱいに抱えきれないほど大きな翼がくっついていた。
見たことのない生命体からは、不思議な力を感じた――きっとこれは、ただのケモノじゃない。
それだけではない。
海に浮かぶのはカモメではなく、人魚であり、漁師と共に船を動かすのは口元にタコのような触手をはやした半魚人。
日差しに溢れ、人が行き交う港は、異形の者で溢れていた。
「……うそだろ」
おれは呆然と立ち尽くした。
まるで、魔界がそのまま現世界と混ざり合ってしまったかのような不思議な光景に口を開けるしかできなかった。
神秘の国ソルア。
神秘、と呼ばれるにはそれなりの理由がある。
それは先ほどからおれが目にした通りだ。完全に魔界と現世界が分断されていたグリモワール王国やセフィロト国と違い、ここではその境界がないらしい。ソルアでは龍界、と呼ばれるその世界への入り口は、其処彼処に開いている。 そのため、当たり前のように「妖魔」と呼ばれる生命体が現世界に存在し、人間と共に暮らしている――『龍』というのは、グリモワール王国でいう悪魔にあたる存在であり、ソルアにおける絶対神なのだという。
そう、実はこの国では、おれのような存在が珍しくない。
ディアブル大陸では非常に珍しい、身の内に悪魔を宿すおれたちの存在を、この国では『交魂』と呼び、生活の中で受け入れている。
港に群れていた翼を持つ毛玉――アレの名前はケサランパサランというらしい――もそうだし、いま、すぐそこを歩く獣人もそうだ。
入国時に渡される『護符』には龍の加護があり、そういった力に耐性がない人があてられないよう、旅行者は全員が身につける決まりになっているそうだ。
おれとアレイさん、それからアーディンは赤の護符。炎龍フィルラの加護。これは交魂である証。入国管理のヒトは、これを発行するのは私が職に就いてから初めてですよ、と言っていた。
護符は掌に乗るサイズで、キラキラと輝く宝石を銀色の台座に埋め込んであり、首から下げることが出来た。
ずっと昔、首にコインを下げていた頃を思い出してなんだか懐かしくなる。
また、新しい冒険の始まる予感がして、わくわくした。
魔界の事、悪魔の事を知る為、おれたちはここへやってきた。
最期のレメゲトン、ライディーン=シンの母親の故郷であるというこの国にを選んだのはアレイさんであり、グリモワール王国に残してきたクラウドさん達だった。
おれは未だ、この大陸に何を求めてやってきたのか理解していないのかもしれない。
それでも、大陸を横断し、海を越え。
この地でおれが知る事になる真実は、確かにおれたちが求めていたものだった。
沈黙したリュシフェルが語らなかった言葉。
天界の長メタトロンが頑なに拒んだ理由。
そのすべてが一つに繋がった。
魔界と現世界が混ざり合ったこの光の国ソルアで、おれたちは――この国の『柱』に出会えたから。