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月も朧に  作者: 喜世
第ニ章
21/23

〈06〉 人それぞれ

「お前らこぞって下手すぎる」


 稽古場に吉左衛門の呆れ返った声が響いた。

 梅川は、立役を主にしている男たちには苦行だった。


「そんな遊女、男二人が取り合う意味が全くわからん……」


 その通りだった。

 毎日お茶引きするのが当然な梅川になっている。

 こんなのでは、どうして忠兵衛が梅川に執着するのか意味がわからない。全く説得力がない。


「春吉、やってみ」


「へぇ」


 忠兵衛に身請けされて嬉しくてたまらない、無知で無垢な梅川だった。


「次、永之助、やってみ」


「はい」


 自分の身請けをうれしがっては居るが、何か裏にあると勘ぐっている現実を見ているような梅川だった。


「えぇなぁ…… どっちもえぇなぁ……」


 佐吉が唸ると、吉左衛門が頭を叩いた。


「あほ、お前もやるんや。後半は確実にこの二人のどっちかがお前の相手や。ぼーっとしとらんと、稽古せい!」


「はい!」


 相手に合わせて、芝居を少しずつ変えないといけない。

 春吉の場合、永之助の場合、どっちでもやりたいのが辛いところ。

 やはり、入れ札は永之助と春吉の接戦になるだろう。

 皆口を揃えてそう言った。


「でも、お永ちゃんかな、見た目的に」


「だよな」


 佐吉はそうは思っていなかった。接戦どころか激戦になる。

 永之助と春吉の女形は種類が違う。

 永之助は中性的な美しさ、春吉は…… 化粧でどうとでも化ける。

 見てのお楽しみと、その場の誰にも言わなかった。


「そういえば、つっころばしってさ、あんなの本当にいるの?」


 稽古からの帰り道、佐吉、永之助、春吉と方向が一緒だった又蔵がそう聞いた。


「いてる。友達で二人。本当に突いたら転ぶんやないかっていう、優しすぎる若旦那さんいてたわ。な、春吉」


「へぇ。いいお手本でした」


 永之助からも質問が。


「つっころばしって、ヘタレとは違うんですか?」


「難しいなぁ。つっころばしは可愛げがあるけど、ヘタレはない気がする。あ、俺や」


 自覚はあった。よく兄弟子にヘタレはあかんと怒られる。

 変な時に緊張したり、肝心な時に臆病になったりする。


「え? そうか?」


 又蔵はそうは思わなかったらしい。


「そうかもですね」


「そうやと思います」


 なぜか春吉と永之助は意見が一致したらしい。

 にこやかに話す二人の姿を見た佐吉はホッとしていた。






 どうにか初日が開いた。

 どんなときも全ては挨拶から始まる。

 清之進と共に支度をしていた佐吉の所にも、挨拶しに続々と人が来る。


「清兄さん、佐吉兄さん、よろしゅうお願い致します」


「うん、よろしゅうな」


「よろしくお願いします。……ん? 誰だった? あれ」


  あっさり挨拶した佐吉とは対照的に清之進は首を傾げた。


「え? 清兄さん?」


「梅川の衣装だったな…… 今日の梅川は……」


「春吉です」


「そうだよな…… え、嘘」


  いつも冷静な清之進が驚く様子に、佐吉は驚いた。


「そんなに驚きましたか?」


「あれ、あれは、別人でしょう」


  しかし、そうやって驚く人がいることに佐吉は慣れっこだった。


「後で確認してみてください。春吉ですから」


  準備を終えて、演者が一堂に会した時、皆驚きの言葉を口にしていた。


「嘘だ」


「あり得ん……」


「詐欺だ……」


  視線の先には、梅川の姿になった春吉。

 いつもの男の姿からは想像もできない美しい女方の姿に、皆驚いていたのだった。

  まるで女の子!と言う可愛さではなく、中性的な美人でもない、綺麗なお姉さんという感じの女形。


「みんなひどい! 兄さん!」


  佐吉は慣れている。でも、当の本人は慣れていない。


「春吉、泣くな。化粧が落ちる!しがみつくな、着物が汚れる!」


  忠兵衛の拵えの佐吉が梅川にキツくあたる。


「ひどい!いけず! 忠兵衛さん、うち、もう死にます!」


「死んだらあかん。悪かった。許してや…… な? お梅」


「許さへん! うちは死にます!」


  滑稽なやり取りに、場が和んだ。


「化粧、ほんとうまいなぁ……」


「こりゃ、お永ちゃんと激戦だな。楽しみだ」


  突然滑稽な芝居をやめると、春吉は八右衛門姿の永之助に歩み寄った。

 なんとなく二人の間に流れる空気が良くないと皆が感じ取っていた。

 ハラハラしながら、様子を伺っていると、


「お永ねぇさん」


  その春吉の場違な呼び方に、三太が突っ込んだ。


「……春吉、兄さんや!永之助兄さんや!」


  誰も笑わない、声も出さない静かな時間が流れた。

 春吉が何を言うのか、どうするのかビクビクしながら見ていたが、

 彼は笑顔で頭を下げた。


「勉強させてもらいます。でも、全力で梅川を勝ち取りますので、よろしゅうお願いします」


  春吉から、永之助への宣戦布告だった。


「こちらこそ、勉強させてもらいます。私も誠心誠意、努力して勝ち取りますので、よろしくお願いします」


  さわやかな笑顔で、その挑戦を受けてたった永之助。

 この時点で、この二人以外の梅川は、当て馬でしかなくなった。


「これは面白くなってきたで!」


  忠兵衛がすでに決まっている佐吉のその呑気な言葉に、三太は呆れツッコミを入れた。


「アホ! 佐吉さんの相手役ですよ。ふざけんと、ちゃんとしてください!」

後日追記更新……

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