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月も朧に  作者: 喜世
第ニ章
19/23

〈04〉 好敵手?

「兄さん、八右衛門、どっちで行きますか?」


 藤右衛門が吉左衛門と話しているのを聞いた又蔵は、そばにいた佐吉に声を掛けた。


「……八右衛門の、どっちって、どう言う意味?」


「文楽と歌舞伎で、違うんや性格が」


「え、知らんかった」


「そうなんですか?」


「へぇ……」


 永之助と清之進まで話に入ってきた。


「歌舞伎の方は、みんなの嫌われ役や。嫌味ばっか言って、忠兵衛を怒らせる。文楽の方は、忠兵衛の友達や。悪口言っても、友達を改心させようというのが見える」


「そうすると、忠兵衛の封印切りの解釈にも違いは有りますか?」


 永之助のその質問に、佐吉は少し考えた。


「せやな。歌舞伎の方の八右衛門相手やったら、詰られてカッとなって勢いで切るか、偶然切れたから覚悟を決めて全部切るくらいやけど、文楽の方やったら、また違うのができるかもしれんな」


「深いですね……」


 永之助がそう呟くと、


「大変勉強になりました」


 清之進は満足げに頭を下げた。


 結局、歌舞伎の八右衛門の方が王道でウケもいいということになり、忠兵衛の封印の切り方は確実の解釈でということになった。


 稽古初日は、講義中心だった。佐吉が話した文楽と歌舞伎の違いはどこか、それぞれの役はどういう人物なのかという役の性根の解説。そして、吉左衛門と藤右衛門二人が演じる時何を思っているか、何に気をつけているかを教えてもらう。今まであまりやったことのない形の稽古だった。


 稽古終わり、永之助は佐吉に声を掛けようとした。


「佐吉兄さん」


 しかし、春吉が横入り。


「兄さん! どこか連れてってぇな」


 グイグイ佐吉に向かっていき、べったりくっついて離れない彼に、永之助は負けた。


「え?どこ行きたい?」


「美味しいもの食べたい!」


「ほな行こか」




「ただいま戻りました」


 佐吉が帰ってきた。彼と話したかった永之助は、彼の元へ向かった。


「佐吉兄さん、あの……」


  しかし、背後霊のように佐吉にくっついて離れない春吉の、ジメッとした目線を感じ、

 言葉を飲み込んだ。


「どないした?」


「なんでもないです」


 永之助が何も言わずに自室へ帰ってしまった原因は春吉だとすぐに気づいた佐吉は、彼を窘めた。


「春吉、いい加減離れ」


 またもくっつこうとする従兄弟を、佐吉は引き剥がした。


「嫌や」


「ここは藤屋さんの家や。失礼はあかん。わかるやろ?」


 厳しめにそう言うと、春吉は頭を下げた。


「へぇ…… すんません」


「ちょっとここで待っとれ。永之助んとこ行ってくるから」


 口をへの字に結ぶ春吉を残し、佐吉は永之助の部屋に向かった。


「永之助、いてるか?」


 部屋の前、廊下で声をかけると、彼女が出てきた。


「はい。居ます」


「さっきはすまんな。春吉が……」


「いえ……」


「何やった?」


「ここで立ち話もなんですから、部屋に……」


 その誘いを断った。


「居間行こか」


 どこからどう見ても男だが、本当は女の子。女の子の部屋に入るのは憚られる。それ故、一度も入ったことはない。もちろん、自分の部屋に彼女を入れたこともない。


「はい……」


 お手伝いのお常さんに、お茶とお菓子を出してもらった。


「兄さん。わたしに、上方言葉教えてください」


「え?」


「勝ち取りたいんです、梅川。春吉さんに勝つには、まずは上方言葉からかなって……」


 永之助は、春吉を全く軽く見ていない。どうやら、稽古場の隅で自主稽古している彼の様子を垣間見て、脅威を感じているようだった。

 佐吉と春吉とは従兄弟。気心が知れているのでやりやすい。まだ数回しか組んでは居ないが、永之助とも相性はいい。評判も良い方。

 しかし、今回自分の相手を最終的に選ぶのは客だ。

 これは間違いなく、春吉との激しい争いになるに違いない。


「おもしれぇな。俺は江戸言葉を教えてもらい。おめぇさんは、俺から上方言葉を教えてもらう」


 上方から家族が来ているせいで、訓練が若干疎かになって居た。

 精一杯の江戸言葉でかっこよく決めたが、先生には即不合格をもらってしまった。


「あかん。不合格や!兄さん下手になってる!」


 お返しにと、上方言葉で返した永之助。

 その下手さに、佐吉は吹き出した。


「そっちも下手だぞ。不合格だ!」


 二人で楽しそうに笑いあう様子を、春吉がムッとした様子で眺めて居た。

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