〈02〉 芳野屋
佐吉はひさびさに会う父に挨拶をした。
「お久しぶりです。あちらの皆さんは?」
「元気や。すまんな、苦労かけて……」
「いえ……」
「お前も、元気そうで何よりや」
その傍らで藤五郎はお藤とともに支度を始めていた。
「さ、今夜は皆で宴会だ」
「打ち合わせは明日やな」
藤屋、芳野屋の両家の宴会となった。
父に酌をしながら、佐吉は様子をうかがった。
酒が強い父、酒の飲み方で彼の体調を見ようとしたのだった。
「佐吉も飲め飲め!」
しかしどんどん注がれ、父より先に酔いが回ってしまった。
様子見どころではなくなった。
「二日酔いになるんやないで。明日は朝から顔寄せと稽古開始やからな」
それは以前と変わらない父だった。
次の日の朝、予告通り一同は稽古場に集まっていた。
「佐吉さん、大丈夫ですか?」
佐吉が気がかりな三太。朝からずっと付き添っていた。
「大丈夫や。大丈夫……」
深呼吸する佐吉。ほんとかいなと、やはり心配でため息をつく三太。
彼を余計心配させるものが、近づいていた。
「佐吉兄さーん!」
「え?」
佐吉は呼ばれてびっくり。
さらに、飛びついていた男にびっくりした。
「あれ? 春吉か?」
「へぇ! 佐吉兄さん!」
「久しぶりやな。元気しとったか?」
「へぇ!」
佐吉の従兄弟、春吉。くっついて離れなかった。
三太は天を仰いだ。
彼は春吉が嫌いではないが、苦手だった。
なぜなら、しつこいから。
佐吉が江戸へ去るとき、一番泣いたのは誰であろう、春吉だった。
春吉の弟子、春斗はそばでただ泣いていた。
「良かったですね、春吉さん……」
そこへ永之助がやってきた。
「おはようございます。佐吉兄さん、三太さん。それから……」
「おはよう。あぁ、これか? 従兄弟の春吉や。ほれ、ちゃんとあいさつしな、永之助さんや」
二人の間にさっと緊張が流れた。
しかし、誰もそれに気づかなかった。
「永之助です。よろしくお願いします、春吉さん」
「こちらこそ、永之助さん」
子たちが挨拶を済またころ、親たちが稽古場入り。
皆整列して座った。
春吉はいまだ佐吉の腕を離さない。
「これ、春吉、離れ。佐吉さんの邪魔や……」
三太がそう言うも、聞く耳などもたない。
「嫌です。三太兄さんのいけず!」
親方筋にそれ以上たてつくことはできない。
ため息をつくしかない三太だった。
しかし、そこへ助け船が出された。
「春吉、離れるんや。ええ加減にせい」
春吉の父で佐吉の叔父、正右衛門が息子を叱った。
「はい……」
しぶしぶ離れる彼を見て、永之助がくすりと笑った。
場がようやく静まり返った。
吉左衛門が咳払いをし、口を開いた。
「改めてご挨拶から。倉岡吉左衛門と申します。息子の倉岡吉治郎がお世話になっております。
来月から三月、藤屋の皆々様には、よろしゅうお願い申し上げます。一門代表して挨拶申し上げます」
その挨拶に藤五郎が続けた。
「来月は芳野屋さんが座頭、その次はうちの藤屋。
最後の月は、若手花形の指導ということで、よろしくお願い申し上げます」
両家の頭が挨拶を終えると、いよいよ演目と配役の発表となった。
「『口上』、『菅原伝授手習鑑 車引』、
『鷺娘』、『恋飛脚大和往来 封印切』」
「『車引』桜丸、山村永之助。梅王丸、倉岡吉治郎。松王丸、山村藤五郎。藤原時平、山村藤翁」
「兄さん、今度は一緒にできますね」
そっと囁いた永之助に佐吉も答えた。
「せやな。よろしくな」
「『鷺娘』倉岡正右衛門」
「『封印切』亀屋忠兵衛、倉岡吉左衛門。傾城梅川、山村藤右衛門。丹波屋八右衛門、山村藤五郎」




