平民娘は浄化の加護で伯爵に見初められる
目が覚めたら、見知らぬ天井があった。正確には、目が覚めた瞬間に「ああ、前世で夜勤明けにトラックに轢かれたんだった」と思い出したので、天井というより人生そのものが見知らぬものになっていた。
私はこの国の片田舎、小さな薬草農家の娘として生まれ変わっていたらしい。名前はミア。両親は優しく、貧しくとも温かい暮らしだった。
ただひとつ、前世にはなかったものがある。――浄化の加護。
十歳の誕生日、村の神殿で受けた加護判定でそう告げられたときは、正直「はあ」としか思わなかった。攻撃魔法でも回復魔法でもない、地味を絵に描いたような加護だ。
「穢れや呪いを浄化する力です。この村では珍しい加護ですよ」
神官様は感心していたけれど、田舎の畑仕事に浄化魔法の出番なんてほとんどない。せいぜい、井戸水が濁ったときに使うくらいのものだった。
そんな私の人生が動いたのは、十六歳の秋。隣領から視察に来ていたという貴族の一行が、村はずれで馬車の事故に遭った。御者が呪いの矢で撃たれ、みるみるうちに顔が黒ずんでいく。
「誰か、浄化の加護を持つ者はいないか!」
叫び声を聞いて、私は反射的に駆け出していた。
「私、できます」
震える手で御者の傷に触れ、覚えたての浄化魔法を精一杯流し込む。呪いの黒ずみがゆっくりと消えていくのを見て、周りからどよめきが起きた。
「助かった……本当に、ありがとう」
御者が涙ぐんで礼を言う横で、一行の中心にいた青年が、じっと私を見ていた。整った顔立ちに、静かな眼差し。着ている服の生地からして、ただの護衛ではないとすぐにわかった。
「君の名は」
「ミア、です」
「私はエイデン。この村の隣、ローウェル伯爵家の者だ」
伯爵家の人間だと知って、私は慌てて頭を下げた。
「頭を上げてくれ。命の恩人だ」
そう言われても、どう振る舞えばいいのかわからず、私はただ俯くことしかできなかった。
数日後、伯爵家から使者が来た。「お礼として、屋敷にご招待したいとのことです」
断る理由も見つからず、私は生まれて初めて貴族の屋敷を訪れることになった。豪華な調度品に気後れしながら通された部屋で、エイデン様は柔らかく笑って迎えてくれた。
「緊張しなくていい。今日は礼をしたいだけだ」
食事の席で、エイデン様は私にいろいろなことを尋ねた。村の暮らしのこと、加護のこと、好きな花のこと。偉ぶったところがまるでなく、私は次第に肩の力が抜けていった。
「実は、折り入って頼みがある」
食後、真剣な顔で切り出されたのは、思いもよらない話だった。
「我が領には、古い呪いに苦しむ土地がある。浄化の加護を持つ者を、ずっと探していたんだ。ミア、力を貸してもらえないだろうか」
「私に務まるでしょうか」
「君ならできると思う。何より、危険な仕事だから、無理にとは言わない」
その誠実な言い方に、私は迷いながらも頷いた。両親と話し合った末、正式に伯爵家の客分として屋敷に滞在し、呪われた土地の浄化にあたることになった。
浄化の仕事は根気のいるものだったが、エイデン様は毎日のように様子を見に来てくれた。
「無理はしていないか」
「大丈夫です。少しずつですが、確実に良くなっています」
「君がいてくれて、本当に助かっている」
そう言って微笑む顔を見るたび、私の胸はどうしようもなく高鳴った。
半年ほどかけて、呪われた土地はすっかり浄化された。長年苦しんでいた領民たちが涙を流して感謝する姿を見て、私は自分の加護に初めて誇りを持てた。
「ミア、本当にありがとう。君のおかげで、この地は救われた」
「私こそ、こんな貴重な経験をさせていただいて」
「――このまま、村に帰ってしまうのか」
寂しさの滲む声に、私は顔を上げた。
「戻らなければ、と思っていました。私はただの平民ですし」
「身分のことなら、私が何とかする。ミア、正直に言う。君のことが好きだ。加護のことは関係ない。ただ、君自身が好きなんだ」
まっすぐな言葉に、頭が真っ白になった。
「わ、私も……エイデン様のこと、お慕いしておりました」
やっとの思いで絞り出した言葉に、エイデン様は驚いたように目を見開き、それからくしゃりと笑った。
「よかった。ずっと言い出せずにいたんだ」
「私もです」
「では、正式に求婚させてほしい。私と結婚してくれないか」
「はい」
即答した自分に少し照れながらも、これ以上ない幸せだと思った。
後日、平民の私が伯爵家に嫁ぐことに難色を示す親戚もいたが、エイデン様が「浄化の加護で領地を救った功績を国王陛下に上奏する」と粘り強く動いてくれたおかげで、正式に婚約が認められた。
「これからもよろしく、ミア」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします、エイデン様」
差し出された手を握り返しながら、私は前世を思い出したあの朝を、もう一度ゆっくり思い返した。見知らぬ世界に放り出されたと思っていたけれど、今はもう、ここが自分の帰る場所なのだと、心からそう思える。
完




