タマ、宝物を集める
タマは、春子の家で暮らしている猫だった。
よく食べ、よく寝て、よく庭を見回る。
ただの猫ではない。
タマはこの家を守る猫であり、すぐれたハンターであり、そして最近では、宝物を集める者でもあった。
宝物。
それは、猫にしか分からない価値を持つものである。
人間は金色のものや、光る石や、紙のお金を宝物だと思っているらしい。
だが、タマに言わせれば、人間はまだまだ分かっていない。
たとえば、春子の靴下。
片方だけ落ちていた白い靴下は、丸めるとちょうどよく、噛み心地も悪くない。
これは宝物である。
たとえば、庭で見つけた大きな葉っぱ。
乾いていて、前足で触るとかさかさ鳴る。
これも宝物である。
たとえば、ペットボトルのふた。
転がすと逃げる。
軽いくせに、なかなか捕まらない。
かなりの宝物である。
タマはそれらを、こっそりソファの下へ運んでいた。
春子にはまだ教えていない。
なぜなら、春子は宝物の価値を分からないかもしれないからだ。
以前、タマが大きな黒い虫を見せた時、春子は悲鳴をあげた。
だから、人間の目はあまり信用できない。
ある日の昼下がり。
春子は台所でお菓子を作っていた。
白い粉を出し、卵を割り、ボウルをぐるぐる混ぜている。
タマは台所の入り口で、それをじっと見ていた。
白い粉。
卵。
銀色のスプーン。
輪ゴム。
どれも怪しい。
いや、もしかすると宝物かもしれない。
「タマちゃん、そこにいると危ないからね」
「にゃ」
タマは返事をした。
危ないのは分かっている。
だから見張っているのだ。
その時、春子がテーブルの上に銀色の小さなスプーンを置いた。
きらり。
タマの目が細くなる。
光った。
つまり、重要なものだ。
タマはそっと近づいた。
春子はオーブンの方を見ている。
今だ。
タマは銀色のスプーンをくわえた。
「タマちゃん?」
「にゃっ」
見つかった。
タマは走った。
台所を抜け、廊下へ出て、居間へ飛び込む。
その途中で、白い粉の袋に前足が当たった。
ふわっ。
白い粉が舞った。
タマの前足が白くなった。
床にも白い足跡がついた。
「タマちゃん!」
春子の声が追ってくる。
タマは焦った。
宝物を守らなければならない。
ソファの下へ逃げ込もうとした、その時だった。
窓辺のカーテンが、ふわりと揺れた。
タマの耳がぴんと立つ。
敵か。
宝物を狙っているのか。
タマは銀色のスプーンをくわえたまま、カーテンへ飛びついた。
「にゃっ!」
「タマちゃん、なんで!?」
春子が叫んだ。
タマはカーテンをよじ登った。
だが、銀色のスプーンをくわえているので、いつもより登りにくい。
しかも、白い粉のついた前足が少し滑る。
ずる。
がたん。
カーテンレールが揺れた。
タマは嫌な予感がした。
次の瞬間。
ばさり。
カーテンが落ちた。
タマも落ちた。
銀色のスプーンも落ちた。
ついでに、春子の悲鳴も落ちた。
「きゃあっ!」
「にゃあっ!」
タマはカーテンの中でもがいた。
なんとか顔を出すと、春子が床を見て固まっていた。
白い足跡。
落ちたカーテン。
転がるスプーン。
そして、どこか誇らしげなタマ。
「タマちゃん……」
春子は深いため息をついた。
タマは胸を張った。
敵は追い払った。
宝物も守った。
なかなかの働きである。けれど春子は、そうは思わなかったらしい。
それから春子は掃除を始めた。
床を拭き、カーテンを拾い、白い粉を片づける。
その間、タマはソファの下へ銀色のスプーンを運ぼうとした。
だが、春子に見つかって取り上げられた。
「これは使うものだから、だめ」
「にゃ」
タマは不満だった。
宝物なのに。
春子はまだ分かっていない。
その日の夕方。
春子は疲れた顔でソファに座った。
「もう、今日は本当に大変だったわ」
タマは春子の隣に座った。
大変だったのは自分も同じである。
宝物を探し、敵と戦い、カーテンと共に落ちた。
なかなか忙しい一日だった。
春子はテレビをつけようとして、テーブルの上を見た。
「あれ、リモコンは?」
タマはそっと目をそらした。
リモコン。
黒くて細長く、春子が毎日触っているもの。
つまり、かなり大事なものだ。
大事なものは、しまっておくべきである。
タマは昼間、それをソファの下の宝物置き場へ運んでおいた。
「ここに置いたと思ったんだけど……」
春子はクッションをどけ、テーブルの下をのぞき、棚の上を探した。
タマは静かに見守った。
人間は、宝物を隠すのが下手だ。
そして、探すのも下手だ。
「あ、もしかして」
春子がソファの下をのぞき込んだ。
タマのひげがぴくりと動いた。
まずい。
そこには、タマの宝物がある。
春子は手を伸ばした。
そして、次々に引っぱり出した。
リモコン。
白い靴下。
ペットボトルのふた。
庭の葉っぱ。
輪ゴム。
紙くず。
なぜか洗濯ばさみ。
それから、春子がしばらく探していた髪留め。
「あっ、これ! こんなところにあったの?」
春子は目を丸くした。
タマは少し得意になった。
ほら見ろ。
自分はちゃんと大事なものを保管していたのだ。
春子は宝物の山を見つめた。
「タマちゃん、これ全部集めたの?」
「にゃ」
タマは短く答えた。
そうだ。
立派な仕事である。
春子は困ったように笑った。
「もう、なんでも隠しちゃうんだから」
なんでもではない。
選んでいる。
タマにはタマの基準がある。
転がるもの。
光るもの。
かさかさ鳴るもの。
春子がよく使うもの。
そして、何となく気に入ったもの。
それらはすべて宝物である。
春子はリモコンと髪留めを取り、靴下を拾い、葉っぱと紙くずを捨てた。
タマは少しだけむっとした。
宝物を捨てられた。
だが、春子は最後にタマの頭を撫でた。
「でも、髪留めを見つけてくれたのは助かったわ。ありがとうね、タマちゃん」
タマは目を細めた。
ようやく分かったか。
自分はただ騒動を起こしているわけではない。
家を守り、宝物を集め、時々、春子の役に立っているのだ。
その夜。
春子は掃除で疲れたのか、いつもより早く寝る準備をした。
タマも自分の寝床に丸くなった。
今日はよく働いた。
白い粉の道を作り、カーテンの敵と戦い、宝物置き場を見つかり、少しだけ褒められた。
春子はまだ、宝物の価値を完全には理解していない。
だが、少しずつ分かっていくだろう。
タマはそう信じることにした。
「おやすみ、タマちゃん」
「にゃ」
タマは小さく返事をした。
そして眠りにつく前に、前足でそっと寝床の下を押さえた。
そこには、今日こっそり残しておいた最後の宝物があった。
春子の片方だけの靴下である。
タマは満足げに目を閉じた。
宝物は、すべて見つかってはいけない。
それが、宝物というものなのだった。




