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タマは今日も少しだけ冒険するシリーズ

タマ、宝物を集める

掲載日:2026/05/19

 タマは、春子の家で暮らしている猫だった。


 よく食べ、よく寝て、よく庭を見回る。

 ただの猫ではない。


 タマはこの家を守る猫であり、すぐれたハンターであり、そして最近では、宝物を集める者でもあった。


 宝物。


 それは、猫にしか分からない価値を持つものである。


 人間は金色のものや、光る石や、紙のお金を宝物だと思っているらしい。


 だが、タマに言わせれば、人間はまだまだ分かっていない。


 たとえば、春子の靴下。


 片方だけ落ちていた白い靴下は、丸めるとちょうどよく、噛み心地も悪くない。

 これは宝物である。


 たとえば、庭で見つけた大きな葉っぱ。

 乾いていて、前足で触るとかさかさ鳴る。

 これも宝物である。


 たとえば、ペットボトルのふた。

 転がすと逃げる。

 軽いくせに、なかなか捕まらない。

 かなりの宝物である。


 タマはそれらを、こっそりソファの下へ運んでいた。


 春子にはまだ教えていない。


 なぜなら、春子は宝物の価値を分からないかもしれないからだ。


 以前、タマが大きな黒い虫を見せた時、春子は悲鳴をあげた。

 だから、人間の目はあまり信用できない。


 ある日の昼下がり。

 春子は台所でお菓子を作っていた。


 白い粉を出し、卵を割り、ボウルをぐるぐる混ぜている。


 タマは台所の入り口で、それをじっと見ていた。


 白い粉。

 卵。

 銀色のスプーン。

 輪ゴム。

 どれも怪しい。

 いや、もしかすると宝物かもしれない。


「タマちゃん、そこにいると危ないからね」

「にゃ」

 タマは返事をした。


 危ないのは分かっている。

 だから見張っているのだ。


 その時、春子がテーブルの上に銀色の小さなスプーンを置いた。


 きらり。


 タマの目が細くなる。

 光った。

 つまり、重要なものだ。


 タマはそっと近づいた。

 春子はオーブンの方を見ている。

 今だ。

 タマは銀色のスプーンをくわえた。


「タマちゃん?」

「にゃっ」

 見つかった。


 タマは走った。


 台所を抜け、廊下へ出て、居間へ飛び込む。


 その途中で、白い粉の袋に前足が当たった。


 ふわっ。


 白い粉が舞った。

 タマの前足が白くなった。

 床にも白い足跡がついた。


「タマちゃん!」

 春子の声が追ってくる。


 タマは焦った。

 宝物を守らなければならない。


 ソファの下へ逃げ込もうとした、その時だった。


 窓辺のカーテンが、ふわりと揺れた。


 タマの耳がぴんと立つ。

 敵か。

 宝物を狙っているのか。


 タマは銀色のスプーンをくわえたまま、カーテンへ飛びついた。


「にゃっ!」

「タマちゃん、なんで!?」

 春子が叫んだ。


 タマはカーテンをよじ登った。


 だが、銀色のスプーンをくわえているので、いつもより登りにくい。


 しかも、白い粉のついた前足が少し滑る。


 ずる。

 がたん。

 カーテンレールが揺れた。


 タマは嫌な予感がした。

 次の瞬間。


 ばさり。

 カーテンが落ちた。

 タマも落ちた。

 銀色のスプーンも落ちた。

 ついでに、春子の悲鳴も落ちた。


「きゃあっ!」

「にゃあっ!」

 タマはカーテンの中でもがいた。


 なんとか顔を出すと、春子が床を見て固まっていた。


 白い足跡。

 落ちたカーテン。

 転がるスプーン。


 そして、どこか誇らしげなタマ。


「タマちゃん……」

 春子は深いため息をついた。


 タマは胸を張った。

 敵は追い払った。

 宝物も守った。


 なかなかの働きである。けれど春子は、そうは思わなかったらしい。


 それから春子は掃除を始めた。


 床を拭き、カーテンを拾い、白い粉を片づける。


 その間、タマはソファの下へ銀色のスプーンを運ぼうとした。


 だが、春子に見つかって取り上げられた。


「これは使うものだから、だめ」

「にゃ」


 タマは不満だった。

 宝物なのに。

 春子はまだ分かっていない。


 その日の夕方。

 春子は疲れた顔でソファに座った。


「もう、今日は本当に大変だったわ」


 タマは春子の隣に座った。

 大変だったのは自分も同じである。


 宝物を探し、敵と戦い、カーテンと共に落ちた。

 なかなか忙しい一日だった。


 春子はテレビをつけようとして、テーブルの上を見た。


「あれ、リモコンは?」

 タマはそっと目をそらした。


 リモコン。


 黒くて細長く、春子が毎日触っているもの。


 つまり、かなり大事なものだ。

 大事なものは、しまっておくべきである。


 タマは昼間、それをソファの下の宝物置き場へ運んでおいた。


「ここに置いたと思ったんだけど……」


 春子はクッションをどけ、テーブルの下をのぞき、棚の上を探した。


 タマは静かに見守った。

 人間は、宝物を隠すのが下手だ。

 そして、探すのも下手だ。


「あ、もしかして」

 春子がソファの下をのぞき込んだ。


 タマのひげがぴくりと動いた。

 まずい。

 そこには、タマの宝物がある。


 春子は手を伸ばした。

 そして、次々に引っぱり出した。


 リモコン。

 白い靴下。

 ペットボトルのふた。

 庭の葉っぱ。

 輪ゴム。

 紙くず。

 なぜか洗濯ばさみ。

 それから、春子がしばらく探していた髪留め。


「あっ、これ! こんなところにあったの?」


 春子は目を丸くした。


 タマは少し得意になった。

 ほら見ろ。


 自分はちゃんと大事なものを保管していたのだ。


 春子は宝物の山を見つめた。


「タマちゃん、これ全部集めたの?」

「にゃ」

 タマは短く答えた。


 そうだ。

 立派な仕事である。

 春子は困ったように笑った。


「もう、なんでも隠しちゃうんだから」


 なんでもではない。

 選んでいる。


 タマにはタマの基準がある。

 転がるもの。

 光るもの。

 かさかさ鳴るもの。


 春子がよく使うもの。

 そして、何となく気に入ったもの。

 それらはすべて宝物である。


 春子はリモコンと髪留めを取り、靴下を拾い、葉っぱと紙くずを捨てた。


 タマは少しだけむっとした。

 宝物を捨てられた。

 だが、春子は最後にタマの頭を撫でた。


「でも、髪留めを見つけてくれたのは助かったわ。ありがとうね、タマちゃん」


 タマは目を細めた。


 ようやく分かったか。


 自分はただ騒動を起こしているわけではない。

 家を守り、宝物を集め、時々、春子の役に立っているのだ。


 その夜。


 春子は掃除で疲れたのか、いつもより早く寝る準備をした。


 タマも自分の寝床に丸くなった。


 今日はよく働いた。


 白い粉の道を作り、カーテンの敵と戦い、宝物置き場を見つかり、少しだけ褒められた。


 春子はまだ、宝物の価値を完全には理解していない。


 だが、少しずつ分かっていくだろう。

 タマはそう信じることにした。


「おやすみ、タマちゃん」

「にゃ」

 タマは小さく返事をした。


 そして眠りにつく前に、前足でそっと寝床の下を押さえた。


 そこには、今日こっそり残しておいた最後の宝物があった。


 春子の片方だけの靴下である。


 タマは満足げに目を閉じた。


 宝物は、すべて見つかってはいけない。

 それが、宝物というものなのだった。

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