表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/27

(第二十四話)『化学調味料(ケミカル)の食あたりとB級グルメの反逆者』

1. 暴食の代償と添加物の味

 帝都の闇に隠された「人間牧場」。

 無機質な金属音と、生命維持装置の低い駆動音だけが響くその場所で、アリアは一つのコンテナをこじ開けた。

 中に繋がれていたのは、数十人の子供たち。彼らは皆、痩せ細り、うつろな瞳でただ生かされているだけの「食材」だった。

 アリアの胸中に、激しい怒りと、それ以上の「生理的な嫌悪」が渦巻く。

「……許せませんわ」

 彼女は、子供たちを拘束する「生命維持チューブ(呪いのパイプ)」を、素手で引きちぎった。

 ブシュッ!

 ドス黒い液体エネルギーが噴き出す。それは、子供たちから搾取された感情の原液であり、工場の動力源でもある「人工的な呪い」だ。

 アリアは、それを躊躇なく口へと運んだ。

 ただ破壊するだけでは、この呪いは霧散して周囲を汚染する。美食家として、出された料理(たとえそれが汚物でも)は残さず処理するのが流儀だ。

「……ん、ぐ……ッ!」

 最後のパイプを握り潰し、その中身を強引に嚥下した瞬間、アリアの華奢な体がガクリと揺らいだ。

「アリア様!?」

 異変を察知したガレオスが、倒れかける彼女を抱き留める。

 アリアの顔色は、いつもの白磁のような美しさではなく、死人のように土気色になり、冷たい脂汗が額に滲んでいた。

「……最悪、ですわ」

 アリアは、震える手で口元を押さえながらうめいた。

「味が……くどすぎます。

 舌に張り付くような防腐剤の甘み、喉を焼く着色料の刺激、そして何より……脳を直接揺さぶる人工甘味料の不快感。

 これだけの量を一気に摂取すると、さすがに……胃が、裏返りそうですわ……」

魔力中毒マナ・ポイズニングか!」

 エルネストが焦燥の声を上げる。魔導測定器の針が、アリアの周囲で乱高下していた。

「帝国の『人工呪い』は、純度が低いうえに不純物が多すぎる!

 いくら『呪い喰らい』の貴女でも、これほど質の悪い『ジャンクフード』を暴食すれば、消化不良を起こします!」

 そう。これが無敵に見えたアリアの、唯一にして最大の弱点だった。

 彼女は「呪い」をエネルギーに変えるが、それはあくまで「消化」というプロセスを経る。

 王国の「天然の呪い」は、自然由来のオーガニック食材だったからこそ、体に馴染んだ。

 だが、帝国の「科学的に合成された呪い」は、彼女の繊細な胃袋にとっては、プラスチック片を飲み込むに等しい「異物」だったのだ。

「うぅ……気持ち悪い……。

 舌が痺れて、味が……しませんの……」

 最強の捕食者が、ただの「食あたり」で膝をつく。

 だが、状況は待ってくれない。

 牧場の警報が鳴り響き、無数の機械兵の足音が、規則正しい絶望のリズムを刻んで近づいてくる。

「囲まれます! アリア様を抱えて離脱を!」

「しかし、この子供たちはどうする! ここに置いていけば処分されるぞ!」

 ガレオスが、カプセルから出されて震える子供たちを背に、剣を構えて葛藤する。

 アリアは動けない。子供たちを守りながら戦うには、敵が多すぎる。

 エルネストの障壁も、物量差の前では時間稼ぎにしかならない。

 絶体絶命の窮地。

 その時だった。

2. 排水溝からの招き手

 ガコンッ!

 唐突に、足元のグレーチング(排水溝の蓋)が跳ね上がり、野太い声が響いた。

「――こっちだ、イカれた美食家サマご一行!」

 顔を出したのは、油と(すす)にまみれ、ボサボサの黒髪を無造作にかき上げた男だった。

 鼻には無骨な銀のピアス、腕には複雑な配管図のようなタトゥー。どう見ても堅気ではない、スラムのゴロツキだ。

「誰だ貴様!」

 ガレオスが誰何(すいか)する。

「客引きだよ! とびきり美味い『裏メニュー』を出してやるから、とっとと降りな!」

 男はニカっと白い歯を見せると、手にした大型のモンキーレンチを豪快に振り回した。

 ガギィン!!

 迫りくる機械兵の脚部を一撃で叩き折る。ただの力任せではない。機械の構造を知り尽くした、的確な破壊だ。

「ガキどもは俺の仲間が運ぶ! テメェらはこのお嬢ちゃんを担いで飛び込め! グズグズしてると肉団子にされるぞ!」

 男の背後から、薄汚れた作業服を着た数人の若者たちが這い出し、手際よく、かつ優しく子供たちを抱きかかえ、地下へと誘導していく。

「……エルネスト殿!」

「賭けるしかありません! このままではジリ貧です!」

 ガレオスはアリアを俵担ぎにし、エルネストと共に、男が示した排水溝の闇へと飛び込んだ。

3. 地下のB級グルメ・スタンド

 そこは、帝都の地下深くに張り巡らされた、廃棄された旧下水道エリアだった。

 迷路のような通路を抜け、蒸気とカビの匂いが充満する空間を進む。

 やがて、案内された先には、信じられない光景が広がっていた。

 太い蒸気パイプと廃材で組み上げられた、秘密基地のような広大な空間。

 そこには、地上では決して見られない「活気」があった。

 薄汚れているが、生きた目をした人々。笑い声、怒鳴り声、そして何より……。

「……匂う」

 ガレオスに背負われたアリアが、ピクリと鼻を動かした。

 漂ってくるのは、焦げた油と、香辛料の強烈な香り。

 帝国の「無臭の清潔さ」とは対極にある、猥雑で、暴力的で、しかし強烈に食欲をそそる匂い。

「ようこそ。『反乱軍(レジスタンス)』のアジト兼、帝都唯一の『まともな飯屋』へ」

 先ほどの男――レジスタンスのリーダー、バルドが、ドラム缶を改造したコンロの前で、巨大な中華鍋のようなものを振りながら言った。

 ここは、帝国の「完全栄養食」による管理を拒否し、「味」と「感情」を守り続けるアウトローたちの隠れ家だった。

「お嬢ちゃん。顔色が悪いな。

 帝国の『添加物まみれの毒』を食いすぎたんだろ?

 ……これを食いな」

 バルドが差し出したのは、ボコボコに凹んだ金属製のボウルに入った、見た目の悪い煮込み料理だった。

 何の肉か分からない塊、しなびた野菜、そしてスープは毒々しいほど赤い。

「『ジャンク・シチュー』だ。

 スラムの残飯と、俺たちの『意地スパイス』を煮込んだ特製品さ。

 見た目は悪いが、体の中に溜まった『帝国の毒』を洗い流すにゃあ、これくらいの刺激が必要だ」

4. 毒をもって毒を制す

 アリアは、ガレオスの背から降り、フラつく足でテーブルについた。

 目の前のボウルを覗き込む。

(……汚い。盛り付けの美学も何もない。

 ですが……熱い。そして、匂いが『生きている』)

 アリアは震える手でスプーンを取り、一口、口に運んだ。

「……ッ!」

 ガツン!

 舌を殴りつけるような、強烈な辛味と塩気。

 繊細さのかけらもない、暴力的で下品な味付け。

 だが、その熱さが、胃の中で固まっていた「人工的な甘み(食あたり)」を溶かし、汗と共に毛穴から押し出していく感覚があった。

「……(から)い。脂っこい。臭い」

 アリアは、涙目になりながら文句を言った。

 だが、そのスプーンは止まらない。

「でも……味が、しますわ」

 二口、三口。

 食べるたびに、青白かった頬に赤みが戻ってくる。

 それは、高級フレンチのような洗練された美食ではない。

 だが、生きるために泥水を啜り、それでも歯を食いしばって生きる人間たちの、泥臭い「生命力」の味がした。

「ふん。完食かよ」

 空になったボウルを見て、バルドがニヤリと笑う。

「お高いお嬢様には、ちと刺激が強すぎたか?」

「……ええ。最低の『B級グルメ』でしたわ」

 アリアは、ハンカチで口を拭い、優雅に、しかし力強く微笑んだ。

 その瞳からは、先程までの虚ろな光が消え、捕食者の鋭い輝きが戻っていた。

「おかげで、『口直し』ができました。

 ……バルド、と言いましたわね。

 貴方の料理、三ツ星とは言えませんが……『解毒剤』としては一流と認めてあげますわ」

5. 料理人と食材の同盟

「へっ、そいつは光栄だ」

 バルドは鼻を鳴らし、真剣な表情になった。

「俺たちはずっと見てたんだ。

 アンタらが国境をぶっ壊し、スラムの合成獣を解体し、タワーから飛び降りるのをな。

 ……俺たちは、帝国の『完全管理(味のない世界)』をぶっ壊したい。

 だが、俺たちには力が足りねえ」

 バルドは、奥で毛布にくるまり、温かいスープを飲んで落ち着きを取り戻した子供たち――アリアが解放した「食材」たち――に目をやった。

「あいつらを助けてくれて、ありがとな。あいつらは、スラムからさらわれた俺たちの家族だ」

「勘違いしないでくださいまし」

 アリアは立ち上がり、日傘を突き立てて冷然と言い放った。

「私は、子供たちを助けたのではありません。

 未来の『食材(感情豊かな人間)』が、青い実のうちに摘み取られ、不味いジュースにされるのが許せなかっただけですわ」

 アリアの言葉は、残酷に響く。

 だが、バルドはそこに隠された、ある種の「職人気質」のような美学を感じ取り、笑った。

「上等だ。

 『慈悲』で助けられるより、『食欲』で守られる方が、よっぽど信用できる。

 ……手を組まねえか、魔女の姉ちゃん。

 俺たちは帝国の裏道を知り尽くしている。アンタらの『道案内』くらいはできるぜ」

 アリアは、ガレオスとエルネストを見る。

 二人は、無言で頷いた。この地下組織(ジャンクフード店)は、使える。

「いいでしょう」

 アリアは、油まみれのバルドの手に、躊躇なく自分の手を差し出した。

「ただし、条件がありますわ。

 今後、私の食事(カロリー補給)は、貴方が責任を持って担当すること。

 あの『完全栄養食』だの『人工呪い』だのは、もう懲り懲りですもの」

「おう、任せとけ。胃袋が破裂するまで『激辛』を食わせてやるよ」

 鋼鉄の帝国の地下深く。

 「至高の美食家」と「B級グルメの反逆者」。

 食のイデオロギーを超えた、奇妙な同盟が結ばれた瞬間だった。

 そしてアリアは、完全復活した胃袋をさすりながら、次なる標的――宰相ギルベルトの喉元へ続く地図を広げた。


第二章 【第二部】第二十四話(帝国編 第七話)『化学調味料(ケミカル)の食あたりとB級グルメの反逆者』


1. 暴食の代償と添加物の味

 帝都の闇に隠された「人間牧場」。

 無機質な金属音と、生命維持装置の低い駆動音だけが響くその場所で、アリアは一つのコンテナをこじ開けた。

 中に繋がれていたのは、数十人の子供たち。彼らは皆、痩せ細り、うつろな瞳でただ生かされているだけの「食材」だった。

 アリアの胸中に、激しい怒りと、それ以上の「生理的な嫌悪」が渦巻く。

「……許せませんわ」

 彼女は、子供たちを拘束する「生命維持チューブ(呪いのパイプ)」を、素手で引きちぎった。

 ブシュッ!

 ドス黒い液体エネルギーが噴き出す。それは、子供たちから搾取された感情の原液であり、工場の動力源でもある「人工的な呪い」だ。

 アリアは、それを躊躇なく口へと運んだ。

 ただ破壊するだけでは、この呪いは霧散して周囲を汚染する。美食家として、出された料理(たとえそれが汚物でも)は残さず処理するのが流儀だ。

「……ん、ぐ……ッ!」

 最後のパイプを握り潰し、その中身を強引に嚥下した瞬間、アリアの華奢な体がガクリと揺らいだ。

「アリア様!?」

 異変を察知したガレオスが、倒れかける彼女を抱き留める。

 アリアの顔色は、いつもの白磁のような美しさではなく、死人のように土気色になり、冷たい脂汗が額に滲んでいた。

「……最悪、ですわ」

 アリアは、震える手で口元を押さえながらうめいた。

「味が……くどすぎます。

 舌に張り付くような防腐剤の甘み、喉を焼く着色料の刺激、そして何より……脳を直接揺さぶる人工甘味料の不快感。

 これだけの量を一気に摂取すると、さすがに……胃が、裏返りそうですわ……」

魔力中毒マナ・ポイズニングか!」

 エルネストが焦燥の声を上げる。魔導測定器の針が、アリアの周囲で乱高下していた。

「帝国の『人工呪い』は、純度が低いうえに不純物が多すぎる!

 いくら『呪い喰らい』の貴女でも、これほど質の悪い『ジャンクフード』を暴食すれば、消化不良を起こします!」

 そう。これが無敵に見えたアリアの、唯一にして最大の弱点だった。

 彼女は「呪い」をエネルギーに変えるが、それはあくまで「消化」というプロセスを経る。

 王国の「天然の呪い」は、自然由来のオーガニック食材だったからこそ、体に馴染んだ。

 だが、帝国の「科学的に合成された呪い」は、彼女の繊細な胃袋にとっては、プラスチック片を飲み込むに等しい「異物」だったのだ。

「うぅ……気持ち悪い……。

 舌が痺れて、味が……しませんの……」

 最強の捕食者が、ただの「食あたり」で膝をつく。

 だが、状況は待ってくれない。

 牧場の警報が鳴り響き、無数の機械兵の足音が、規則正しい絶望のリズムを刻んで近づいてくる。

「囲まれます! アリア様を抱えて離脱を!」

「しかし、この子供たちはどうする! ここに置いていけば処分されるぞ!」

 ガレオスが、カプセルから出されて震える子供たちを背に、剣を構えて葛藤する。

 アリアは動けない。子供たちを守りながら戦うには、敵が多すぎる。

 エルネストの障壁も、物量差の前では時間稼ぎにしかならない。

 絶体絶命の窮地。

 その時だった。

2. 排水溝からの招き手

 ガコンッ!

 唐突に、足元のグレーチング(排水溝の蓋)が跳ね上がり、野太い声が響いた。

「――こっちだ、イカれた美食家サマご一行!」

 顔を出したのは、油と(すす)にまみれ、ボサボサの黒髪を無造作にかき上げた男だった。

 鼻には無骨な銀のピアス、腕には複雑な配管図のようなタトゥー。どう見ても堅気ではない、スラムのゴロツキだ。

「誰だ貴様!」

 ガレオスが誰何(すいか)する。

「客引きだよ! とびきり美味い『裏メニュー』を出してやるから、とっとと降りな!」

 男はニカっと白い歯を見せると、手にした大型のモンキーレンチを豪快に振り回した。

 ガギィン!!

 迫りくる機械兵の脚部を一撃で叩き折る。ただの力任せではない。機械の構造を知り尽くした、的確な破壊だ。

「ガキどもは俺の仲間が運ぶ! テメェらはこのお嬢ちゃんを担いで飛び込め! グズグズしてると肉団子にされるぞ!」

 男の背後から、薄汚れた作業服を着た数人の若者たちが這い出し、手際よく、かつ優しく子供たちを抱きかかえ、地下へと誘導していく。

「……エルネスト殿!」

「賭けるしかありません! このままではジリ貧です!」

 ガレオスはアリアを俵担ぎにし、エルネストと共に、男が示した排水溝の闇へと飛び込んだ。

3. 地下のB級グルメ・スタンド

 そこは、帝都の地下深くに張り巡らされた、廃棄された旧下水道エリアだった。

 迷路のような通路を抜け、蒸気とカビの匂いが充満する空間を進む。

 やがて、案内された先には、信じられない光景が広がっていた。

 太い蒸気パイプと廃材で組み上げられた、秘密基地のような広大な空間。

 そこには、地上では決して見られない「活気」があった。

 薄汚れているが、生きた目をした人々。笑い声、怒鳴り声、そして何より……。

「……匂う」

 ガレオスに背負われたアリアが、ピクリと鼻を動かした。

 漂ってくるのは、焦げた油と、香辛料の強烈な香り。

 帝国の「無臭の清潔さ」とは対極にある、猥雑で、暴力的で、しかし強烈に食欲をそそる匂い。

「ようこそ。『反乱軍(レジスタンス)』のアジト兼、帝都唯一の『まともな飯屋』へ」

 先ほどの男――レジスタンスのリーダー、バルドが、ドラム缶を改造したコンロの前で、巨大な中華鍋のようなものを振りながら言った。

 ここは、帝国の「完全栄養食」による管理を拒否し、「味」と「感情」を守り続けるアウトローたちの隠れ家だった。

「お嬢ちゃん。顔色が悪いな。

 帝国の『添加物まみれの毒』を食いすぎたんだろ?

 ……これを食いな」

 バルドが差し出したのは、ボコボコに凹んだ金属製のボウルに入った、見た目の悪い煮込み料理だった。

 何の肉か分からない塊、しなびた野菜、そしてスープは毒々しいほど赤い。

「『ジャンク・シチュー』だ。

 スラムの残飯と、俺たちの『意地スパイス』を煮込んだ特製品さ。

 見た目は悪いが、体の中に溜まった『帝国の毒』を洗い流すにゃあ、これくらいの刺激が必要だ」

4. 毒をもって毒を制す

 アリアは、ガレオスの背から降り、フラつく足でテーブルについた。

 目の前のボウルを覗き込む。

(……汚い。盛り付けの美学も何もない。

 ですが……熱い。そして、匂いが『生きている』)

 アリアは震える手でスプーンを取り、一口、口に運んだ。

「……ッ!」

 ガツン!

 舌を殴りつけるような、強烈な辛味と塩気。

 繊細さのかけらもない、暴力的で下品な味付け。

 だが、その熱さが、胃の中で固まっていた「人工的な甘み(食あたり)」を溶かし、汗と共に毛穴から押し出していく感覚があった。

「……(から)い。脂っこい。臭い」

 アリアは、涙目になりながら文句を言った。

 だが、そのスプーンは止まらない。

「でも……味が、しますわ」

 二口、三口。

 食べるたびに、青白かった頬に赤みが戻ってくる。

 それは、高級フレンチのような洗練された美食ではない。

 だが、生きるために泥水を啜り、それでも歯を食いしばって生きる人間たちの、泥臭い「生命力」の味がした。

「ふん。完食かよ」

 空になったボウルを見て、バルドがニヤリと笑う。

「お高いお嬢様には、ちと刺激が強すぎたか?」

「……ええ。最低の『B級グルメ』でしたわ」

 アリアは、ハンカチで口を拭い、優雅に、しかし力強く微笑んだ。

 その瞳からは、先程までの虚ろな光が消え、捕食者の鋭い輝きが戻っていた。

「おかげで、『口直し』ができました。

 ……バルド、と言いましたわね。

 貴方の料理、三ツ星とは言えませんが……『解毒剤』としては一流と認めてあげますわ」

5. 料理人と食材の同盟

「へっ、そいつは光栄だ」

 バルドは鼻を鳴らし、真剣な表情になった。

「俺たちはずっと見てたんだ。

 アンタらが国境をぶっ壊し、スラムの合成獣を解体し、タワーから飛び降りるのをな。

 ……俺たちは、帝国の『完全管理(味のない世界)』をぶっ壊したい。

 だが、俺たちには力が足りねえ」

 バルドは、奥で毛布にくるまり、温かいスープを飲んで落ち着きを取り戻した子供たち――アリアが解放した「食材」たち――に目をやった。

「あいつらを助けてくれて、ありがとな。あいつらは、スラムからさらわれた俺たちの家族だ」

「勘違いしないでくださいまし」

 アリアは立ち上がり、日傘を突き立てて冷然と言い放った。

「私は、子供たちを助けたのではありません。

 未来の『食材(感情豊かな人間)』が、青い実のうちに摘み取られ、不味いジュースにされるのが許せなかっただけですわ」

 アリアの言葉は、残酷に響く。

 だが、バルドはそこに隠された、ある種の「職人気質」のような美学を感じ取り、笑った。

「上等だ。

 『慈悲』で助けられるより、『食欲』で守られる方が、よっぽど信用できる。

 ……手を組まねえか、魔女の姉ちゃん。

 俺たちは帝国の裏道を知り尽くしている。アンタらの『道案内』くらいはできるぜ」

 アリアは、ガレオスとエルネストを見る。

 二人は、無言で頷いた。この地下組織(ジャンクフード店)は、使える。

「いいでしょう」

 アリアは、油まみれのバルドの手に、躊躇なく自分の手を差し出した。

「ただし、条件がありますわ。

 今後、私の食事(カロリー補給)は、貴方が責任を持って担当すること。

 あの『完全栄養食』だの『人工呪い』だのは、もう懲り懲りですもの」

「おう、任せとけ。胃袋が破裂するまで『激辛』を食わせてやるよ」

 鋼鉄の帝国の地下深く。

 「至高の美食家」と「B級グルメの反逆者」。

 食のイデオロギーを超えた、奇妙な同盟が結ばれた瞬間だった。

 そしてアリアは、完全復活した胃袋をさすりながら、次なる標的――宰相ギルベルトの喉元へ続く地図を広げた。


第二部 第二十四話 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ