(第二十四話)『化学調味料(ケミカル)の食あたりとB級グルメの反逆者』
1. 暴食の代償と添加物の味
帝都の闇に隠された「人間牧場」。
無機質な金属音と、生命維持装置の低い駆動音だけが響くその場所で、アリアは一つのコンテナをこじ開けた。
中に繋がれていたのは、数十人の子供たち。彼らは皆、痩せ細り、うつろな瞳でただ生かされているだけの「食材」だった。
アリアの胸中に、激しい怒りと、それ以上の「生理的な嫌悪」が渦巻く。
「……許せませんわ」
彼女は、子供たちを拘束する「生命維持チューブ(呪いのパイプ)」を、素手で引きちぎった。
ブシュッ!
ドス黒い液体エネルギーが噴き出す。それは、子供たちから搾取された感情の原液であり、工場の動力源でもある「人工的な呪い」だ。
アリアは、それを躊躇なく口へと運んだ。
ただ破壊するだけでは、この呪いは霧散して周囲を汚染する。美食家として、出された料理(たとえそれが汚物でも)は残さず処理するのが流儀だ。
「……ん、ぐ……ッ!」
最後のパイプを握り潰し、その中身を強引に嚥下した瞬間、アリアの華奢な体がガクリと揺らいだ。
「アリア様!?」
異変を察知したガレオスが、倒れかける彼女を抱き留める。
アリアの顔色は、いつもの白磁のような美しさではなく、死人のように土気色になり、冷たい脂汗が額に滲んでいた。
「……最悪、ですわ」
アリアは、震える手で口元を押さえながらうめいた。
「味が……くどすぎます。
舌に張り付くような防腐剤の甘み、喉を焼く着色料の刺激、そして何より……脳を直接揺さぶる人工甘味料の不快感。
これだけの量を一気に摂取すると、さすがに……胃が、裏返りそうですわ……」
「魔力中毒か!」
エルネストが焦燥の声を上げる。魔導測定器の針が、アリアの周囲で乱高下していた。
「帝国の『人工呪い』は、純度が低いうえに不純物が多すぎる!
いくら『呪い喰らい』の貴女でも、これほど質の悪い『ジャンクフード』を暴食すれば、消化不良を起こします!」
そう。これが無敵に見えたアリアの、唯一にして最大の弱点だった。
彼女は「呪い」をエネルギーに変えるが、それはあくまで「消化」というプロセスを経る。
王国の「天然の呪い」は、自然由来のオーガニック食材だったからこそ、体に馴染んだ。
だが、帝国の「科学的に合成された呪い」は、彼女の繊細な胃袋にとっては、プラスチック片を飲み込むに等しい「異物」だったのだ。
「うぅ……気持ち悪い……。
舌が痺れて、味が……しませんの……」
最強の捕食者が、ただの「食あたり」で膝をつく。
だが、状況は待ってくれない。
牧場の警報が鳴り響き、無数の機械兵の足音が、規則正しい絶望のリズムを刻んで近づいてくる。
「囲まれます! アリア様を抱えて離脱を!」
「しかし、この子供たちはどうする! ここに置いていけば処分されるぞ!」
ガレオスが、カプセルから出されて震える子供たちを背に、剣を構えて葛藤する。
アリアは動けない。子供たちを守りながら戦うには、敵が多すぎる。
エルネストの障壁も、物量差の前では時間稼ぎにしかならない。
絶体絶命の窮地。
その時だった。
2. 排水溝からの招き手
ガコンッ!
唐突に、足元のグレーチング(排水溝の蓋)が跳ね上がり、野太い声が響いた。
「――こっちだ、イカれた美食家サマご一行!」
顔を出したのは、油と煤にまみれ、ボサボサの黒髪を無造作にかき上げた男だった。
鼻には無骨な銀のピアス、腕には複雑な配管図のようなタトゥー。どう見ても堅気ではない、スラムのゴロツキだ。
「誰だ貴様!」
ガレオスが誰何する。
「客引きだよ! とびきり美味い『裏メニュー』を出してやるから、とっとと降りな!」
男はニカっと白い歯を見せると、手にした大型のモンキーレンチを豪快に振り回した。
ガギィン!!
迫りくる機械兵の脚部を一撃で叩き折る。ただの力任せではない。機械の構造を知り尽くした、的確な破壊だ。
「ガキどもは俺の仲間が運ぶ! テメェらはこのお嬢ちゃんを担いで飛び込め! グズグズしてると肉団子にされるぞ!」
男の背後から、薄汚れた作業服を着た数人の若者たちが這い出し、手際よく、かつ優しく子供たちを抱きかかえ、地下へと誘導していく。
「……エルネスト殿!」
「賭けるしかありません! このままではジリ貧です!」
ガレオスはアリアを俵担ぎにし、エルネストと共に、男が示した排水溝の闇へと飛び込んだ。
3. 地下のB級グルメ・スタンド
そこは、帝都の地下深くに張り巡らされた、廃棄された旧下水道エリアだった。
迷路のような通路を抜け、蒸気とカビの匂いが充満する空間を進む。
やがて、案内された先には、信じられない光景が広がっていた。
太い蒸気パイプと廃材で組み上げられた、秘密基地のような広大な空間。
そこには、地上では決して見られない「活気」があった。
薄汚れているが、生きた目をした人々。笑い声、怒鳴り声、そして何より……。
「……匂う」
ガレオスに背負われたアリアが、ピクリと鼻を動かした。
漂ってくるのは、焦げた油と、香辛料の強烈な香り。
帝国の「無臭の清潔さ」とは対極にある、猥雑で、暴力的で、しかし強烈に食欲をそそる匂い。
「ようこそ。『反乱軍』のアジト兼、帝都唯一の『まともな飯屋』へ」
先ほどの男――レジスタンスのリーダー、バルドが、ドラム缶を改造したコンロの前で、巨大な中華鍋のようなものを振りながら言った。
ここは、帝国の「完全栄養食」による管理を拒否し、「味」と「感情」を守り続けるアウトローたちの隠れ家だった。
「お嬢ちゃん。顔色が悪いな。
帝国の『添加物まみれの毒』を食いすぎたんだろ?
……これを食いな」
バルドが差し出したのは、ボコボコに凹んだ金属製のボウルに入った、見た目の悪い煮込み料理だった。
何の肉か分からない塊、しなびた野菜、そしてスープは毒々しいほど赤い。
「『ジャンク・シチュー』だ。
スラムの残飯と、俺たちの『意地』を煮込んだ特製品さ。
見た目は悪いが、体の中に溜まった『帝国の毒』を洗い流すにゃあ、これくらいの刺激が必要だ」
4. 毒をもって毒を制す
アリアは、ガレオスの背から降り、フラつく足でテーブルについた。
目の前のボウルを覗き込む。
(……汚い。盛り付けの美学も何もない。
ですが……熱い。そして、匂いが『生きている』)
アリアは震える手でスプーンを取り、一口、口に運んだ。
「……ッ!」
ガツン!
舌を殴りつけるような、強烈な辛味と塩気。
繊細さのかけらもない、暴力的で下品な味付け。
だが、その熱さが、胃の中で固まっていた「人工的な甘み(食あたり)」を溶かし、汗と共に毛穴から押し出していく感覚があった。
「……辛い。脂っこい。臭い」
アリアは、涙目になりながら文句を言った。
だが、そのスプーンは止まらない。
「でも……味が、しますわ」
二口、三口。
食べるたびに、青白かった頬に赤みが戻ってくる。
それは、高級フレンチのような洗練された美食ではない。
だが、生きるために泥水を啜り、それでも歯を食いしばって生きる人間たちの、泥臭い「生命力」の味がした。
「ふん。完食かよ」
空になったボウルを見て、バルドがニヤリと笑う。
「お高いお嬢様には、ちと刺激が強すぎたか?」
「……ええ。最低の『B級グルメ』でしたわ」
アリアは、ハンカチで口を拭い、優雅に、しかし力強く微笑んだ。
その瞳からは、先程までの虚ろな光が消え、捕食者の鋭い輝きが戻っていた。
「おかげで、『口直し』ができました。
……バルド、と言いましたわね。
貴方の料理、三ツ星とは言えませんが……『解毒剤』としては一流と認めてあげますわ」
5. 料理人と食材の同盟
「へっ、そいつは光栄だ」
バルドは鼻を鳴らし、真剣な表情になった。
「俺たちはずっと見てたんだ。
アンタらが国境をぶっ壊し、スラムの合成獣を解体し、タワーから飛び降りるのをな。
……俺たちは、帝国の『完全管理(味のない世界)』をぶっ壊したい。
だが、俺たちには力が足りねえ」
バルドは、奥で毛布にくるまり、温かいスープを飲んで落ち着きを取り戻した子供たち――アリアが解放した「食材」たち――に目をやった。
「あいつらを助けてくれて、ありがとな。あいつらは、スラムからさらわれた俺たちの家族だ」
「勘違いしないでくださいまし」
アリアは立ち上がり、日傘を突き立てて冷然と言い放った。
「私は、子供たちを助けたのではありません。
未来の『食材(感情豊かな人間)』が、青い実のうちに摘み取られ、不味いジュースにされるのが許せなかっただけですわ」
アリアの言葉は、残酷に響く。
だが、バルドはそこに隠された、ある種の「職人気質」のような美学を感じ取り、笑った。
「上等だ。
『慈悲』で助けられるより、『食欲』で守られる方が、よっぽど信用できる。
……手を組まねえか、魔女の姉ちゃん。
俺たちは帝国の裏道を知り尽くしている。アンタらの『道案内』くらいはできるぜ」
アリアは、ガレオスとエルネストを見る。
二人は、無言で頷いた。この地下組織(ジャンクフード店)は、使える。
「いいでしょう」
アリアは、油まみれのバルドの手に、躊躇なく自分の手を差し出した。
「ただし、条件がありますわ。
今後、私の食事(カロリー補給)は、貴方が責任を持って担当すること。
あの『完全栄養食』だの『人工呪い』だのは、もう懲り懲りですもの」
「おう、任せとけ。胃袋が破裂するまで『激辛』を食わせてやるよ」
鋼鉄の帝国の地下深く。
「至高の美食家」と「B級グルメの反逆者」。
食のイデオロギーを超えた、奇妙な同盟が結ばれた瞬間だった。
そしてアリアは、完全復活した胃袋をさすりながら、次なる標的――宰相ギルベルトの喉元へ続く地図を広げた。
第二章 【第二部】第二十四話(帝国編 第七話)『化学調味料の食あたりとB級グルメの反逆者』
1. 暴食の代償と添加物の味
帝都の闇に隠された「人間牧場」。
無機質な金属音と、生命維持装置の低い駆動音だけが響くその場所で、アリアは一つのコンテナをこじ開けた。
中に繋がれていたのは、数十人の子供たち。彼らは皆、痩せ細り、うつろな瞳でただ生かされているだけの「食材」だった。
アリアの胸中に、激しい怒りと、それ以上の「生理的な嫌悪」が渦巻く。
「……許せませんわ」
彼女は、子供たちを拘束する「生命維持チューブ(呪いのパイプ)」を、素手で引きちぎった。
ブシュッ!
ドス黒い液体エネルギーが噴き出す。それは、子供たちから搾取された感情の原液であり、工場の動力源でもある「人工的な呪い」だ。
アリアは、それを躊躇なく口へと運んだ。
ただ破壊するだけでは、この呪いは霧散して周囲を汚染する。美食家として、出された料理(たとえそれが汚物でも)は残さず処理するのが流儀だ。
「……ん、ぐ……ッ!」
最後のパイプを握り潰し、その中身を強引に嚥下した瞬間、アリアの華奢な体がガクリと揺らいだ。
「アリア様!?」
異変を察知したガレオスが、倒れかける彼女を抱き留める。
アリアの顔色は、いつもの白磁のような美しさではなく、死人のように土気色になり、冷たい脂汗が額に滲んでいた。
「……最悪、ですわ」
アリアは、震える手で口元を押さえながらうめいた。
「味が……くどすぎます。
舌に張り付くような防腐剤の甘み、喉を焼く着色料の刺激、そして何より……脳を直接揺さぶる人工甘味料の不快感。
これだけの量を一気に摂取すると、さすがに……胃が、裏返りそうですわ……」
「魔力中毒か!」
エルネストが焦燥の声を上げる。魔導測定器の針が、アリアの周囲で乱高下していた。
「帝国の『人工呪い』は、純度が低いうえに不純物が多すぎる!
いくら『呪い喰らい』の貴女でも、これほど質の悪い『ジャンクフード』を暴食すれば、消化不良を起こします!」
そう。これが無敵に見えたアリアの、唯一にして最大の弱点だった。
彼女は「呪い」をエネルギーに変えるが、それはあくまで「消化」というプロセスを経る。
王国の「天然の呪い」は、自然由来のオーガニック食材だったからこそ、体に馴染んだ。
だが、帝国の「科学的に合成された呪い」は、彼女の繊細な胃袋にとっては、プラスチック片を飲み込むに等しい「異物」だったのだ。
「うぅ……気持ち悪い……。
舌が痺れて、味が……しませんの……」
最強の捕食者が、ただの「食あたり」で膝をつく。
だが、状況は待ってくれない。
牧場の警報が鳴り響き、無数の機械兵の足音が、規則正しい絶望のリズムを刻んで近づいてくる。
「囲まれます! アリア様を抱えて離脱を!」
「しかし、この子供たちはどうする! ここに置いていけば処分されるぞ!」
ガレオスが、カプセルから出されて震える子供たちを背に、剣を構えて葛藤する。
アリアは動けない。子供たちを守りながら戦うには、敵が多すぎる。
エルネストの障壁も、物量差の前では時間稼ぎにしかならない。
絶体絶命の窮地。
その時だった。
2. 排水溝からの招き手
ガコンッ!
唐突に、足元のグレーチング(排水溝の蓋)が跳ね上がり、野太い声が響いた。
「――こっちだ、イカれた美食家サマご一行!」
顔を出したのは、油と煤にまみれ、ボサボサの黒髪を無造作にかき上げた男だった。
鼻には無骨な銀のピアス、腕には複雑な配管図のようなタトゥー。どう見ても堅気ではない、スラムのゴロツキだ。
「誰だ貴様!」
ガレオスが誰何する。
「客引きだよ! とびきり美味い『裏メニュー』を出してやるから、とっとと降りな!」
男はニカっと白い歯を見せると、手にした大型のモンキーレンチを豪快に振り回した。
ガギィン!!
迫りくる機械兵の脚部を一撃で叩き折る。ただの力任せではない。機械の構造を知り尽くした、的確な破壊だ。
「ガキどもは俺の仲間が運ぶ! テメェらはこのお嬢ちゃんを担いで飛び込め! グズグズしてると肉団子にされるぞ!」
男の背後から、薄汚れた作業服を着た数人の若者たちが這い出し、手際よく、かつ優しく子供たちを抱きかかえ、地下へと誘導していく。
「……エルネスト殿!」
「賭けるしかありません! このままではジリ貧です!」
ガレオスはアリアを俵担ぎにし、エルネストと共に、男が示した排水溝の闇へと飛び込んだ。
3. 地下のB級グルメ・スタンド
そこは、帝都の地下深くに張り巡らされた、廃棄された旧下水道エリアだった。
迷路のような通路を抜け、蒸気とカビの匂いが充満する空間を進む。
やがて、案内された先には、信じられない光景が広がっていた。
太い蒸気パイプと廃材で組み上げられた、秘密基地のような広大な空間。
そこには、地上では決して見られない「活気」があった。
薄汚れているが、生きた目をした人々。笑い声、怒鳴り声、そして何より……。
「……匂う」
ガレオスに背負われたアリアが、ピクリと鼻を動かした。
漂ってくるのは、焦げた油と、香辛料の強烈な香り。
帝国の「無臭の清潔さ」とは対極にある、猥雑で、暴力的で、しかし強烈に食欲をそそる匂い。
「ようこそ。『反乱軍』のアジト兼、帝都唯一の『まともな飯屋』へ」
先ほどの男――レジスタンスのリーダー、バルドが、ドラム缶を改造したコンロの前で、巨大な中華鍋のようなものを振りながら言った。
ここは、帝国の「完全栄養食」による管理を拒否し、「味」と「感情」を守り続けるアウトローたちの隠れ家だった。
「お嬢ちゃん。顔色が悪いな。
帝国の『添加物まみれの毒』を食いすぎたんだろ?
……これを食いな」
バルドが差し出したのは、ボコボコに凹んだ金属製のボウルに入った、見た目の悪い煮込み料理だった。
何の肉か分からない塊、しなびた野菜、そしてスープは毒々しいほど赤い。
「『ジャンク・シチュー』だ。
スラムの残飯と、俺たちの『意地』を煮込んだ特製品さ。
見た目は悪いが、体の中に溜まった『帝国の毒』を洗い流すにゃあ、これくらいの刺激が必要だ」
4. 毒をもって毒を制す
アリアは、ガレオスの背から降り、フラつく足でテーブルについた。
目の前のボウルを覗き込む。
(……汚い。盛り付けの美学も何もない。
ですが……熱い。そして、匂いが『生きている』)
アリアは震える手でスプーンを取り、一口、口に運んだ。
「……ッ!」
ガツン!
舌を殴りつけるような、強烈な辛味と塩気。
繊細さのかけらもない、暴力的で下品な味付け。
だが、その熱さが、胃の中で固まっていた「人工的な甘み(食あたり)」を溶かし、汗と共に毛穴から押し出していく感覚があった。
「……辛い。脂っこい。臭い」
アリアは、涙目になりながら文句を言った。
だが、そのスプーンは止まらない。
「でも……味が、しますわ」
二口、三口。
食べるたびに、青白かった頬に赤みが戻ってくる。
それは、高級フレンチのような洗練された美食ではない。
だが、生きるために泥水を啜り、それでも歯を食いしばって生きる人間たちの、泥臭い「生命力」の味がした。
「ふん。完食かよ」
空になったボウルを見て、バルドがニヤリと笑う。
「お高いお嬢様には、ちと刺激が強すぎたか?」
「……ええ。最低の『B級グルメ』でしたわ」
アリアは、ハンカチで口を拭い、優雅に、しかし力強く微笑んだ。
その瞳からは、先程までの虚ろな光が消え、捕食者の鋭い輝きが戻っていた。
「おかげで、『口直し』ができました。
……バルド、と言いましたわね。
貴方の料理、三ツ星とは言えませんが……『解毒剤』としては一流と認めてあげますわ」
5. 料理人と食材の同盟
「へっ、そいつは光栄だ」
バルドは鼻を鳴らし、真剣な表情になった。
「俺たちはずっと見てたんだ。
アンタらが国境をぶっ壊し、スラムの合成獣を解体し、タワーから飛び降りるのをな。
……俺たちは、帝国の『完全管理(味のない世界)』をぶっ壊したい。
だが、俺たちには力が足りねえ」
バルドは、奥で毛布にくるまり、温かいスープを飲んで落ち着きを取り戻した子供たち――アリアが解放した「食材」たち――に目をやった。
「あいつらを助けてくれて、ありがとな。あいつらは、スラムからさらわれた俺たちの家族だ」
「勘違いしないでくださいまし」
アリアは立ち上がり、日傘を突き立てて冷然と言い放った。
「私は、子供たちを助けたのではありません。
未来の『食材(感情豊かな人間)』が、青い実のうちに摘み取られ、不味いジュースにされるのが許せなかっただけですわ」
アリアの言葉は、残酷に響く。
だが、バルドはそこに隠された、ある種の「職人気質」のような美学を感じ取り、笑った。
「上等だ。
『慈悲』で助けられるより、『食欲』で守られる方が、よっぽど信用できる。
……手を組まねえか、魔女の姉ちゃん。
俺たちは帝国の裏道を知り尽くしている。アンタらの『道案内』くらいはできるぜ」
アリアは、ガレオスとエルネストを見る。
二人は、無言で頷いた。この地下組織(ジャンクフード店)は、使える。
「いいでしょう」
アリアは、油まみれのバルドの手に、躊躇なく自分の手を差し出した。
「ただし、条件がありますわ。
今後、私の食事(カロリー補給)は、貴方が責任を持って担当すること。
あの『完全栄養食』だの『人工呪い』だのは、もう懲り懲りですもの」
「おう、任せとけ。胃袋が破裂するまで『激辛』を食わせてやるよ」
鋼鉄の帝国の地下深く。
「至高の美食家」と「B級グルメの反逆者」。
食のイデオロギーを超えた、奇妙な同盟が結ばれた瞬間だった。
そしてアリアは、完全復活した胃袋をさすりながら、次なる標的――宰相ギルベルトの喉元へ続く地図を広げた。
第二部 第二十四話 完




