(第二十話)『特急列車は添加物の味がする』
1. 鋼鉄の芋虫(ご馳走への直行便)
「……狭いですわ。それに、空気が『粉っぽい』です」
アリア・フォン・イシュベリアは、真紅のビロード張りのソファに深々と体を沈めながら、この世の終わりのような溜息をついた。
一行が乗り込んだのは、国境から帝都ガレリアへ直通する軍用装甲列車『鉄の牙号』。
ガレオスが(物理的な交渉で)強奪した一等客室は、クリスタルのシャンデリアが揺れ、高級な香油が焚かれた豪華な空間だったが、アリアの機嫌は下降の一途をたどっていた。
「揺れが酷すぎます。ガタゴト、ガタゴトと……。まるでリズム感のない三流楽団の演奏を聞かされているようですわ」
「線路の継ぎ目ですからな。我慢してください」
ガレオスが腕を組み、窓の外を流れる荒涼とした景色を睨む。
一方、エルネストは優雅な手つきでティーカップをアリアに差し出した。
「アリア様、ハーブティーです。少しは気が紛れるかと」
「ありがとう、眼鏡(給仕係)。……でも、お茶の香りで誤魔化せるレベルではありませんの」
アリアはカップを受け取りながら、天井を見上げた。
その視線は、豪華な内装を透かし、その向こうにある鉄の骨組みと、さらに奥にある「何か」を捉えていた。
「この部屋……壁の向こうから漂う『匂い』が気になって、落ち着きませんの」
「匂い、ですか? 防臭結界は張っていますが」
「ええ。物理的な悪臭ではありません。もっと根源的な……床下から、壁の隙間から……『焦げ付いた魂』の匂いがしますわ」
アリアが床をヒールのかかとで、コツン、と叩く。
その振動の奥に、無数の小さな悲鳴が混じっているのを、彼女の鋭敏すぎる「舌」だけが感じ取っていた。
(……石炭の煤の匂いではありません。これは、何千人もの怨嗟が、高熱で焼却された時の、鼻の奥がツンとするような焦燥感……。この列車、動力がただの燃料ではありませんわね?)
2. 圧縮された不安
コンコン。
無機質なノック音と共に、客室の扉が開いた。
「失礼します。検札と、夕食の配給です」
現れたのは、車掌ではなかった。
白衣を着て、瓶底眼鏡をかけた神経質そうな男。手にはバインダーを持ち、胸ポケットには数本の試験管が刺さっている。
「イシュベリアからの使節団ですね。私は本列車の機関管理責任者、ギルバート技術大佐です」
ギルバートは、挨拶もそこそこに、持っていた銀色のトレイをテーブルに置いた。
ガチャン、という金属音が響く。
トレイの上には、料理ではなく、正方形に固められた、半透明で色のない「ブロック」が整然と並べられていた。
「なんだこれは。接着剤か? それとも建築資材か?」
ガレオスが眉をひそめて問うと、ギルバートは心外だと言わんばかりに胸を張った。
「失礼な。これは帝国の最新バイオ技術が生んだ**『完全栄養食』**ですよ」
彼はピンセットでブロックをつまみ上げ、照明にかざした。
「人間に必要なカロリー、ビタミン、ミネラルをすべて含み、消化吸収率は驚異の99%!
食事にかかる時間をわずか十秒に短縮し、排泄物も最小限に抑える。
味付けや調理といった『無駄な工程』を省いた、まさに効率の極みです!」
ギルバートの熱弁に対し、室内には冷ややかな沈黙が落ちた。
アリアが、扇子で口元を隠しながら、低い声で尋ねる。
「……味は?」
「味? そんな不確定な要素は排除しました。味覚による快楽は、脳内麻薬を分泌させ、労働意欲のムラを生むノイズですからね」
ピキッ。
アリアが持っていたティーカップに、美しい亀裂が入った。
エルネストが顔面蒼白になり、慌てて防御結界の準備を始める。アリアから、視認できるレベルのどす黒いオーラが噴き出したからだ。
「……排除した? 食事から、快楽を?」
アリアは立ち上がり、目の前の「完全栄養食」を指先でつまみ上げた。
プルプルと震える無臭の塊。
「生きる喜びを削ぎ落として、ただ死なないためだけに摂取する『燃料』……。
貴方は、人間をなんと心得るつもりですの?」
ポイッ。
アリアは、それをゴミ箱へ放り投げた。
「餌の話はもういいですわ。吐き気がします。
それより、貴方。この列車の動力……『何』を燃やしていますの?」
3. 効率化された魂
ギルバートの眼鏡がキラリと光った。
自分の発明を捨てられた怒りよりも、アリアの洞察力への興味が勝ったようだ。
「お気づきですか。さすがは魔法王国の姫君。鼻が利く」
彼は窓の外、黒煙を上げる後方の動力車両を指差した。
「この列車は、新型の**『感情圧縮炉』**で動いています。
地方で回収した『不要な感情』――不安、焦燥、微細な恐怖などを、高圧力でプレスし、固形燃料化しているのです」
ギルバートは白衣のポケットから、サンプルの入った小瓶を取り出した。
中には、灰色の錠剤が入っている。
「生の感情は水分(未練)が多くて燃焼効率が悪い。
ですが、こうして乾燥・粉砕して圧縮すれば、極めてクリーンで高出力なエネルギーになる!
個人の記憶や人格といった『不純物』を徹底的に取り除いた、純粋なエネルギーの結晶です!」
(……乾燥? 粉砕? 不純物の除去?)
アリアの脳裏に、スーパーマーケットで売られている、カサカサに乾いたビーフジャーキーや、お湯を入れるだけの粉末スープが浮かぶ。
彼女にとって、呪いとは「滴るような肉汁(生々しい怨念)」であり、「濃厚なソース(複雑な因縁)」であるべきものだ。
(信じられませんわ……。
素材の個性を殺して、均一化して、ただのカロリーの塊にするなんて。
これは料理ではありません。工業製品ですわ!)
アリアの表情が、氷点下まで冷え込む。
それは、こだわり抜いた食材をミキサーにかけて「栄養ドリンクです」と出された三ツ星シェフの、絶望と怒りの表情だった。
「……不愉快ですわ」
「は?」
「貴方の料理(理論)は、あまりにも『ドライ』すぎて喉に詰まりますのよ! 水気が足りませんわ!」
4. 暴食のテーブルマナー(アリア流・3分クッキング)
「な、何を……!」
アリアの手が伸びた。
ギルバートが反応するより早く、彼の手から燃料サンプルの小瓶をひったくる。
蓋を開け、中身を手のひらにあける。灰色の、味気ない錠剤。これが「圧縮された不安」だ。
「素材への冒涜。調理法への無理解。そして何より、私の舌への挑戦。
……技術屋さん。乾燥させた食材には、どうするのが一番かご存知?」
アリアは、その錠剤を迷わず口に放り込んだ。
**カリッ、**と噛み砕く音が響く。
「ま、待て! それは高濃度の精神汚染物質だ! 常人が口にすれば発狂して脳が焼き切れるぞ!」
「――いいえ。『お湯(愛)』で戻すのですわ」
アリアの瞳が、金色に輝く。
ゴクリ、と錠剤を飲み込む。
その瞬間、彼女の胃袋の中で、化学反応が起きた。
乾燥し、圧縮され、眠らされていた「不安」や「恐怖」。
それが、アリアという「最強の魔力炉」の中で、彼女の唾液と魔力によって、瞬時に加水分解される。
「ん……っ、ふぅ……♡」
アリアは、艶めかしい吐息を漏らし、頬を紅潮させた。
体内で、カサカサだった感情が、水分を含んで膨張する。
十倍、二十倍、百倍へ。
本来のドロドロとした、粘着質な質量を取り戻していく。
ドクン!!
列車の照明が激しく明滅し、車体がガタガタと大きく揺れ始めた。
アリアが飲み込んだ「感情」が、リンクしている動力炉の燃料にも伝播し、共鳴現象を起こしたのだ。
「な、何が起きた!? 炉の出力計が振り切れている!? 臨界点突破だと!?」
「乾燥ワカメと同じですわ。水に戻すと、ボウルから溢れるほど膨れ上がりますの」
アリアはペロリと唇を舐めた。その舌先には、紫色の妖しい魔力が纏わりついている。
「貴方が『不純物』として捨てた個人の記憶、人格、執念……。
私が全て『復元』して差し上げましたわ。
さあ、大変ですわよ? 炉の中で、何千人もの『不安』が、元の大きさに戻って暴れ回っていますもの!」
5. 暴走特急と次なるコース
「ひ、ひいいいっ! 炉が破裂する!」
ギルバートは顔面蒼白になり、腰を抜かしながら客室から逃げ出した。
直後、ドォン! という爆発音と共に、後方車両から黒い煙が噴き出す。
だが、列車は止まらない。
むしろ、「ギャアアアア!」という亡者たちの絶叫のような駆動音を上げ、猛烈な加速を始めた。
膨れ上がった感情エネルギーが、リミッターを振り切ってピストンを叩いているのだ。
「アリア様! やりすぎです! 脱線しますよ!」
エルネストが悲鳴を上げながら、必死に杖を振るい、車体の強化魔法と振動制御を行う。
「ガレオス! 連結器を守れ! 千切れるぞ!」
「無茶を言うな! だが……やるしかないか!」
ガレオスが筋肉を膨張させ、物理的に壁を支える。
そんな従者たちの苦労をよそに、アリアは窓を開け放った。
猛烈な風が吹き込み、彼女の黄金の髪を乱れさせる。
「あら、いいじゃありませんか!
管理されたレールの上を、定刻通りにとろとろ走る鈍行列車なんて退屈ですわ。
感情任せに突き進む暴走列車の方が、よほど『人間味』があってスリリングですわ!」
アリアは、高笑いした。
景色が飛ぶように流れていく。
計算ではあと五時間はかかるはずだった帝都への道のりが、わずか数十分で消化されようとしていた。
「さあ、全速力で参りましょう!
この暴走特急が冷めないうちに……帝都の厨房へ!」
理系な変態料理人(技術大佐)を敗走させ、暴食の令嬢を乗せた鋼鉄の列車は、黒煙の代わりに「狂気」を撒き散らしながら、夜の闇を切り裂いていった。
その先には、鋼鉄の摩天楼が待つ、帝国の首都ガレリアの灯りが見え始めていた。
【第二部】第三話 完
1. 鋼鉄の芋虫(ご馳走への直行便)
「……狭いですわ。それに、空気が『粉っぽい』です」
アリア・フォン・イシュベリアは、真紅のビロード張りのソファに深々と体を沈めながら、この世の終わりのような溜息をついた。帝国編
一行が乗り込んだのは、国境から帝都ガレリアへ直通する軍用装甲列車『鉄の牙号』。
ガレオスが(物理的な交渉で)強奪した一等客室は、クリスタルのシャンデリアが揺れ、高級な香油が焚かれた豪華な空間だったが、アリアの機嫌は下降の一途をたどっていた。
「揺れが酷すぎます。ガタゴト、ガタゴトと……。まるでリズム感のない三流楽団の演奏を聞かされているようですわ」
「線路の継ぎ目ですからな。我慢してください」
ガレオスが腕を組み、窓の外を流れる荒涼とした景色を睨む。
一方、エルネストは優雅な手つきでティーカップをアリアに差し出した。
「アリア様、ハーブティーです。少しは気が紛れるかと」
「ありがとう、眼鏡(給仕係)。……でも、お茶の香りで誤魔化せるレベルではありませんの」
アリアはカップを受け取りながら、天井を見上げた。
その視線は、豪華な内装を透かし、その向こうにある鉄の骨組みと、さらに奥にある「何か」を捉えていた。
「この部屋……壁の向こうから漂う『匂い』が気になって、落ち着きませんの」
「匂い、ですか? 防臭結界は張っていますが」
「ええ。物理的な悪臭ではありません。もっと根源的な……床下から、壁の隙間から……『焦げ付いた魂』の匂いがしますわ」
アリアが床をヒールのかかとで、コツン、と叩く。
その振動の奥に、無数の小さな悲鳴が混じっているのを、彼女の鋭敏すぎる「舌」だけが感じ取っていた。
(……石炭の煤の匂いではありません。これは、何千人もの怨嗟が、高熱で焼却された時の、鼻の奥がツンとするような焦燥感……。この列車、動力がただの燃料ではありませんわね?)
2. 圧縮された不安
コンコン。
無機質なノック音と共に、客室の扉が開いた。
「失礼します。検札と、夕食の配給です」
現れたのは、車掌ではなかった。
白衣を着て、瓶底眼鏡をかけた神経質そうな男。手にはバインダーを持ち、胸ポケットには数本の試験管が刺さっている。
「イシュベリアからの使節団ですね。私は本列車の機関管理責任者、ギルバート技術大佐です」
ギルバートは、挨拶もそこそこに、持っていた銀色のトレイをテーブルに置いた。
ガチャン、という金属音が響く。
トレイの上には、料理ではなく、正方形に固められた、半透明で色のない「ブロック」が整然と並べられていた。
「なんだこれは。接着剤か? それとも建築資材か?」
ガレオスが眉をひそめて問うと、ギルバートは心外だと言わんばかりに胸を張った。
「失礼な。これは帝国の最新バイオ技術が生んだ**『完全栄養食』**ですよ」
彼はピンセットでブロックをつまみ上げ、照明にかざした。
「人間に必要なカロリー、ビタミン、ミネラルをすべて含み、消化吸収率は驚異の99%!
食事にかかる時間をわずか十秒に短縮し、排泄物も最小限に抑える。
味付けや調理といった『無駄な工程』を省いた、まさに効率の極みです!」
ギルバートの熱弁に対し、室内には冷ややかな沈黙が落ちた。
アリアが、扇子で口元を隠しながら、低い声で尋ねる。
「……味は?」
「味? そんな不確定な要素は排除しました。味覚による快楽は、脳内麻薬を分泌させ、労働意欲のムラを生むノイズですからね」
ピキッ。
アリアが持っていたティーカップに、美しい亀裂が入った。
エルネストが顔面蒼白になり、慌てて防御結界の準備を始める。アリアから、視認できるレベルのどす黒いオーラが噴き出したからだ。
「……排除した? 食事から、快楽を?」
アリアは立ち上がり、目の前の「完全栄養食」を指先でつまみ上げた。
プルプルと震える無臭の塊。
「生きる喜びを削ぎ落として、ただ死なないためだけに摂取する『燃料』……。
貴方は、人間をなんと心得るつもりですの?」
ポイッ。
アリアは、それをゴミ箱へ放り投げた。
「餌の話はもういいですわ。吐き気がします。
それより、貴方。この列車の動力……『何』を燃やしていますの?」
3. 効率化された魂
ギルバートの眼鏡がキラリと光った。
自分の発明を捨てられた怒りよりも、アリアの洞察力への興味が勝ったようだ。
「お気づきですか。さすがは魔法王国の姫君。鼻が利く」
彼は窓の外、黒煙を上げる後方の動力車両を指差した。
「この列車は、新型の**『感情圧縮炉』**で動いています。
地方で回収した『不要な感情』――不安、焦燥、微細な恐怖などを、高圧力でプレスし、固形燃料化しているのです」
ギルバートは白衣のポケットから、サンプルの入った小瓶を取り出した。
中には、灰色の錠剤が入っている。
「生の感情は水分(未練)が多くて燃焼効率が悪い。
ですが、こうして乾燥・粉砕して圧縮すれば、極めてクリーンで高出力なエネルギーになる!
個人の記憶や人格といった『不純物』を徹底的に取り除いた、純粋なエネルギーの結晶です!」
(……乾燥? 粉砕? 不純物の除去?)
アリアの脳裏に、スーパーマーケットで売られている、カサカサに乾いたビーフジャーキーや、お湯を入れるだけの粉末スープが浮かぶ。
彼女にとって、呪いとは「滴るような肉汁(生々しい怨念)」であり、「濃厚なソース(複雑な因縁)」であるべきものだ。
(信じられませんわ……。
素材の個性を殺して、均一化して、ただのカロリーの塊にするなんて。
これは料理ではありません。工業製品ですわ!)
アリアの表情が、氷点下まで冷え込む。
それは、こだわり抜いた食材をミキサーにかけて「栄養ドリンクです」と出された三ツ星シェフの、絶望と怒りの表情だった。
「……不愉快ですわ」
「は?」
「貴方の料理(理論)は、あまりにも『ドライ』すぎて喉に詰まりますのよ! 水気が足りませんわ!」
4. 暴食のテーブルマナー(アリア流・3分クッキング)
「な、何を……!」
アリアの手が伸びた。
ギルバートが反応するより早く、彼の手から燃料サンプルの小瓶をひったくる。
蓋を開け、中身を手のひらにあける。灰色の、味気ない錠剤。これが「圧縮された不安」だ。
「素材への冒涜。調理法への無理解。そして何より、私の舌への挑戦。
……技術屋さん。乾燥させた食材には、どうするのが一番かご存知?」
アリアは、その錠剤を迷わず口に放り込んだ。
**カリッ、**と噛み砕く音が響く。
「ま、待て! それは高濃度の精神汚染物質だ! 常人が口にすれば発狂して脳が焼き切れるぞ!」
「――いいえ。『お湯(愛)』で戻すのですわ」
アリアの瞳が、金色に輝く。
ゴクリ、と錠剤を飲み込む。
その瞬間、彼女の胃袋の中で、化学反応が起きた。
乾燥し、圧縮され、眠らされていた「不安」や「恐怖」。
それが、アリアという「最強の魔力炉」の中で、彼女の唾液と魔力によって、瞬時に加水分解される。
「ん……っ、ふぅ……♡」
アリアは、艶めかしい吐息を漏らし、頬を紅潮させた。
体内で、カサカサだった感情が、水分を含んで膨張する。
十倍、二十倍、百倍へ。
本来のドロドロとした、粘着質な質量を取り戻していく。
ドクン!!
列車の照明が激しく明滅し、車体がガタガタと大きく揺れ始めた。
アリアが飲み込んだ「感情」が、リンクしている動力炉の燃料にも伝播し、共鳴現象を起こしたのだ。
「な、何が起きた!? 炉の出力計が振り切れている!? 臨界点突破だと!?」
「乾燥ワカメと同じですわ。水に戻すと、ボウルから溢れるほど膨れ上がりますの」
アリアはペロリと唇を舐めた。その舌先には、紫色の妖しい魔力が纏わりついている。
「貴方が『不純物』として捨てた個人の記憶、人格、執念……。
私が全て『復元』して差し上げましたわ。
さあ、大変ですわよ? 炉の中で、何千人もの『不安』が、元の大きさに戻って暴れ回っていますもの!」
5. 暴走特急と次なるコース
「ひ、ひいいいっ! 炉が破裂する!」
ギルバートは顔面蒼白になり、腰を抜かしながら客室から逃げ出した。
直後、ドォン! という爆発音と共に、後方車両から黒い煙が噴き出す。
だが、列車は止まらない。
むしろ、「ギャアアアア!」という亡者たちの絶叫のような駆動音を上げ、猛烈な加速を始めた。
膨れ上がった感情エネルギーが、リミッターを振り切ってピストンを叩いているのだ。
「アリア様! やりすぎです! 脱線しますよ!」
エルネストが悲鳴を上げながら、必死に杖を振るい、車体の強化魔法と振動制御を行う。
「ガレオス! 連結器を守れ! 千切れるぞ!」
「無茶を言うな! だが……やるしかないか!」
ガレオスが筋肉を膨張させ、物理的に壁を支える。
そんな従者たちの苦労をよそに、アリアは窓を開け放った。
猛烈な風が吹き込み、彼女の黄金の髪を乱れさせる。
「あら、いいじゃありませんか!
管理されたレールの上を、定刻通りにとろとろ走る鈍行列車なんて退屈ですわ。
感情任せに突き進む暴走列車の方が、よほど『人間味』があってスリリングですわ!」
アリアは、高笑いした。
景色が飛ぶように流れていく。
計算ではあと五時間はかかるはずだった帝都への道のりが、わずか数十分で消化されようとしていた。
「さあ、全速力で参りましょう!
この暴走特急が冷めないうちに……帝都の厨房へ!」
理系な変態料理人(技術大佐)を敗走させ、暴食の令嬢を乗せた鋼鉄の列車は、黒煙の代わりに「狂気」を撒き散らしながら、夜の闇を切り裂いていった。
その先には、鋼鉄の摩天楼が待つ、帝国の首都ガレリアの灯りが見え始めていた。
【第二部】第二十話 完




