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(第十八話) 『激マズ! 鋼鉄帝国のインスタント・カース』

1. 健康的すぎる王国の憂鬱(オーガニック・ヘルシー・地獄)

「……味が、しませんわ。まるで、湯通ししすぎたササミです」

 ガタゴトと揺れる馬車の中。

 豪奢なドレスに身を包んだアリア・フォン・イシュベリアは、窓の外に広がる**「暴力的なまでに平和な」**田園風景を眺めながら、この世の終わりかのような深いため息をついた。

 王都を出発して三日。

 イシュベリア王国と、西のガレリア帝国とを隔てる国境付近まで来ていたが、アリアの精神状態メンタルは餓死寸前だった。

「見てくださいませ、あの農夫の笑顔。屈託がなさすぎて吐き気がします。あの牛の鳴き声、ストレスフリーすぎて耳障りですわ。『平和』、『笑顔』、『感謝』……。ああ、なんて『健康的』で『退屈』な味なんでしょう」

 第一部でのアリアによる「大掃除」の結果、王国の空気は劇的に浄化されていた。

 かつて蔓延っていた「絶望(酸味)」や「怨嗟(塩気)」、「嫉妬スパイス」は消え失せ、代わりに「希望」や「安らぎ」といったポジティブな感情が満ち溢れている。

 普通の人間にとっては、まさに楽園ユートピア

 だが、「呪い(負の感情)」しか栄養にできない「悪食の令嬢」アリアにとっては、それは**「味付けを忘れた湯豆腐」を、延々と口にねじ込まれ続ける拷問**に他ならなかった。

(お腹が空きました……。ドロドロとした裏切り、煮込まれた憎悪、熟成された絶望……。あの濃厚なコクが恋しい……!)

「アリア様、少しは我慢してください。貴女のその『美食家気取り』のせいで、我々は外交使節団というより、ただの『餌探し隊』に成り下がっているのですよ」

 向かいの席で、宮廷魔術師長エルネストが分厚い魔道書を閉じ、呆れたように苦笑する。銀縁眼鏡の奥の瞳には、天才魔術師としての知性よりも、ワガママ王女の世話係としての疲労が色濃い。

「貴女が第一部で『王家の業』というフルコースを完食してしまったせいで、国内の呪い(食材)が枯渇しているのです。自業自得でしょう」

「うるさいですわね、眼鏡(調理器具その2)。私は今、ジャンクな刺激に飢えているのです! 高級オーガニック料理(平和)はもう飽きましたの!」

 アリアが絹のクッションを放り投げると、御者台から騎士団長ガレオス(調理器具その1)の野太い声が飛んできた。

「姫様、暴れないでください。もうすぐ国境の検問所だ。そこを越えれば、帝国の『空気』が変わるはずです。……もっとも、あまり良い匂いではなさそうですが」

 ガレオスの言葉通り、風向きが変わった瞬間だった。

 アリアの鼻腔を、強烈な刺激臭が襲った。

「……ッ!?」

 アリアは弾かれたように窓を開け、身を乗り出した。

 鼻をひくつかせる。

 焦げた油。錆びた鉄。そして、鼻の奥をツンと刺す、人工的な薬品の香り。

「……来ましたわ。これです、この香り……!」

 アリアの瞳孔が開く。頬が紅潮し、恍惚の表情が浮かぶ。

「土と草の匂いではありません。これは……『鉄』と『油』、そして『化学薬品ケミカル』の匂いですわ! ジャンクフードの予感がします!」

2. 鋼鉄の兵士と「均一な」殺意マスプロダクション・キリング

 国境にかかる巨大な吊り橋。その向こう側は、文字通りの「別世界」だった。

 魔法と自然が調和する中世的な王国とは対照的に、帝国側の検問所は、無骨な黒鉄とリベットで築かれた要塞だった。

 無数の煙突からはどす黒い煤煙スモッグが吐き出され、空を鉛色に染め上げている。

「止まれ! イシュベリアの使節団だな! 直ちに停止せよ!」

 検問所から現れたのは、人間ではなかった。

 全身を真鍮(しんちゅう)の重厚な装甲で覆い、関節の隙間からシューシューと白煙を噴き出す**「蒸気式機械兵スチーム・オートマタ」**たちだ。

 カシャン、カシャン、という規則正しい金属音と共に、彼らは一糸乱れぬ動きで銃剣を構え、馬車を取り囲んだ。

「……ほう。これが噂の帝国の『機械化部隊』か。魔力反応がない。純粋な物理駆動……厄介だな」

 ガレオスが剣の柄に手をかけ、戦士の目で警戒する。

 だが、アリアの反応は違った。

 彼女は日傘を開き、優雅に馬車のステップを降りると、まるで珍しい海外の駄菓子屋に来た子供のような目で機械兵たちを凝視した。

(クンクン……。おかしいですわね)

 アリアが眉をひそめる。

 数十の銃口を向けられている。当然、そこには「殺意スパイス」があるはずだ。

 第六話で味わった暗殺者の殺意は、純度が高く、ヒリヒリとする「激辛の唐辛子」だった。

 だが、この機械兵たちから漂う「殺意」は……。

(……薄い? いいえ、均一すぎるのですわ)

 アリアの「美食眼カース・アイ」には見えていた。

 機械兵たちの胸の奥から滲み出る、薄汚れた灰色のオーラ。それは確かに「敵意」や「害意」なのだが――

(全員が、全く同じ分量、全く同じ成分、全く同じ温度の『殺意』を放っている……。まるで、工場で大量生産された『粉末スープ』のような……)

 そこには、個人の「憎しみ」や「使命感」、あるいは「恐怖」といった「手作りの温かみ(ダシ)」が一切ない。

 ただ、「敵を排除せよ」というプログラムに従って合成された、無機質で平坦な「命令」の匂い。

「身分証の提示を……警告する。馬車から離れろ」

 機械兵のスピーカーから流れる合成音声と共に、殺気のようなものが数値的に膨れ上がる。

 ガレオスが剣を抜こうとした、その時。

「待ちなさい、ガレオス。刀身が錆びますよ」

 アリアが、扇子でガレオスの腕を制した。

 そして、無防備な足取りで、先頭の機械兵へと歩み寄る。

「警告する。対象A、これ以上接近すれば発砲す――」

「うるさいですわね、ポンコツ」

 アリアは、銃口を眉間につきつけられても瞬き一つせず、機械兵の胸部――動力炉がある部分――を、コンコンと人差し指の爪で叩いた。

「貴方たちから漂う、その安っぽい『化学調味料(人工殺意)』の匂い……。鼻が曲がりそうですわ。素材(人間)の味を活かす気がないなら、せめて『添加物(呪い)』の配合くらい、工夫なさい!」

3. インスタント・カース(即席の呪い)の実食

 機械兵の単眼センサー(モノアイ)が、警告色である赤に激しく明滅する。

「敵対行動と認定。排除モードへ移行。排除す――」

「お黙りなさい」

 ズボッ!!

 機械兵がトリガーを引くより早く、アリアの白魚のような手が、分厚い真鍮の装甲を**「ヌルリ」**と貫通していた。

 物理的な破壊ではない。彼女の手は物質を透過し、その奥にある「概念」に触れたのだ。

 動力炉の中で渦巻いていた「黒いエネルギー」を、直接鷲掴みにする。

「なっ……!? 装甲を無視しただと!?」

 ガレオスとエルネストが驚愕の声を上げる中、アリアは引きずり出した「それ」を掲げた。

 ドロリとしたタール状の物質。

 機械油と怨念が混ざり合ったような、不快な粘度。

 それが、機械兵を動かしていた動力源――**「液状化精製された呪い」**だった。

「……見た目は最悪ですが、背に腹は代えられません。いただきます」

 アリアは、躊躇なくその汚泥のようなエネルギーを口へと運んだ。

 舌の上で転がし、味わい、そして――。

 「ッ……不味(まず)っ!!!」

 アリアは全力で顔をしかめ、ペッペッ、と舌を出した。

 その表情は、賞味期限が十年切れた缶詰を開けた時のような、純粋な嫌悪に満ちていた。

「な、なんですかこれは! 最悪ですわ!」

 アリアはハンカチで乱暴に口を拭いながら、早口でまくし立てる。

「舌にビリビリくる、この不快な刺激! 後味に残る金属的なエグみ!

 コクも深みもありません! まるで、水で薄めたインクに、砂糖と塩と防腐剤を適当にぶち込んでシェイクしたような……!」

 アリアの辛辣すぎる食レポ(罵倒)と共に、動力を抜かれた機械兵が、ガシャンと糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 それだけではない。

 周囲を取り囲んでいた数十体の機械兵たちも、「燃料切れ」を起こしたかのように、次々とその場に停止していく。

 アリアが、彼らの「共有ネットワーク回線」を通じて、繋がっている全ての「人工殺意」をストローで吸うように吸い尽くしたのだ。

「……信じられん。一個小隊を一瞬で無力化だと?」

 エルネストが、崩れた機械兵の動力炉を覗き込み、戦慄する。

 魔法的な防壁も、物理的な装甲も、この「捕食者」の前では何の意味も持たない。

「アリア様……貴女、今、何を召し上がったのです?」

「不味い『合成ジュース』ですわ」

 アリアは不機嫌そうに、地面に転がる「残飯(機械兵)」をヒールで踏みつけた。

「こいつら、中身が空っぽですの。

 人間の『感情』を無理やり抽出して、個性を殺して、防腐剤で固めて量産したような……

 そう、まさに**『インスタント・カース(即席の呪い)』**ですわ! 料理への冒涜です!」

4. 巨大工場の影と次なるメニュー

 国境の兵士(機械)を一瞬で全滅(完食)させたアリアは、帝国の奥、煤煙(ばいえん)に霞む帝都の方角を睨みつけた。

 その瞳に宿るのは、敵への恐怖ではない。

 格式高いレストランで、レンジで温めただけの料理を出された美食家の、**「正当なる義憤(クレーマー魂)」**だった。

「……許せませんわ」

 アリアの声が低く、地を這うように響く。

「こんな『手抜き料理』を、堂々と客(私)に出すなんて。帝国の料理長(シェフ)は、味覚がイカれているのかしら? それとも、私の舌を馬鹿にしているのかしら?」

 アリアは、口の中に残る不味い後味(ケミカル臭)を消すために、懐から小さな小瓶を取り出した。

 中に入っているのは、第一部で手に入れた母の「愛の結晶」。最高級のキャンディだ。

 それを一粒口に含み、コロンと転がす。

 広がる「本物の感情」の芳醇な甘さに、ようやく彼女の強張った表情が緩む。

「……ふぅ。生き返りましたわ」

「で、どうするのです? いきなり国境警備隊を全滅させてしまって。これでは国際問題ですよ」

 エルネストが頭を抱えるが、アリアはニィ、と凶悪な笑みを浮かべた。

 それは、第一部で見せた「慈愛の聖女」の顔ではない。

 これから厨房に殴り込みをかける、「最恐の美食家」の顔だった。

「ガレオス、エルネスト。行きますわよ」

「は……どこへ?」

 アリアは日傘をバッと開き、煙突が立ち並ぶ灰色の空を指し示した。

「決まっていますわ。

 こんな不味い『インスタント食品』を作っている、**『製造工場メイン・プラント』**へ苦情を言いに行きますの」

 彼女の目には、帝国の軍事力など映っていない。映っているのは、その奥にあるはずの「食材」だけだ。

「――あんな不味い『スープ』ができるということは、その(もと)になった『素材(人間)』が、大量に飼育され、搾り取られているはずですもの!

 きっとそこには、極限状態で煮込まれた、濃厚で、ドロドロで、最高に美味しい『呪いの原液』があるはずですわ!」

 アリアが舌なめずりをする。

 帝国編、開幕。

 次なるメニューは、「心なき機械」と「効率化された呪い」。

 科学と煤煙に覆われた鋼鉄の国に、世界最強の暴食娘が、ナプキンを首に巻いて足を踏み入れる。


【第二章】第一話 完


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