表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/26

(第十六話)『最後の晩餐(ラストサパー)と第六の味(うまみ)』]

 1. 「お客様(ゲスト)」の覚醒

 ドクンッ!!!!

 地下聖堂の「お客様」――『石化した心臓(孤独なシェフ)』が、激しく脈打った。

 先ほどアリアたちが作り上げた『コンソメ・ロワイヤル(王のスープ)』。それは「歓喜(甘み)」「怒り(辛味)」「怠惰(脂身)」といった「呪い(食材)」を、国王の「哀しみ(一番出汁)」でまとめ上げた、この世に存在しなかったはずの「料理」だった。

 「石化した心臓」の表面に、閉じていた「まぶた」のような亀裂が、ゆっくりと、ゆっくりと開き始める。

 「飢え」と「孤独」しかなかった「厨房」に、ついに「お客様」が、目覚めたのだ。

(……! この『香り』は……なんだ……?)

 「お客様」の意志が、歓喜とも困惑ともつかない「思念」となって、聖堂全体に響き渡る。

(……『食材(呪い)』の匂いだ。だが、『焦げ付いて(失敗作に)』いない……?

 『哀しみ(塩)』が、『怒り(辛味)』を、『歓喜(甘み)』を、包み込んでいる……?

 ……食べたい)

 「お客様」の、何百年もの間、誰にも届かなかった「純粋な食欲」が、アリア、国王、ガレオス、エルネストの四人に、痛いほど伝わってきた。

「……ふふ」

 アリアは、その光景に、美食家として最高の笑みを浮かべた。

「エルネスト! ガレオス!」

「はっ!」

「『お客様』が、『アペタイザー(前菜)』の香りで、ようやくお目覚めになりましたわ!

 急いで! 『デザート』の仕上げにかかりますわよ!」

 アリアは、先ほど霊廟で手に入れた、母イザベラの『愛(Umami)』の結晶を、誇らしげに掲げた。

2. 奇想天外な「配膳(サービス)

「ガレオス、エルネスト! 『コンソメ・ロワイヤル』を、そちらの『器』へ!」

 アリアが指差したのは、祭壇そのものだった。

 二人の「スー・シェフ」が、「調理」したばかりの黄金色の『コンソメ(概念のスープ)』を、祭壇(器)へと移していく。

「アリア様……しかし」

 エルネストが、最大の問題点を口にする。

「『お客様』は、どうやってこれを『召し上がる』のですか? あの『心臓』に、物理的に『かける』のでしょうか?」

「愚か者」

 アリアは、心底呆れた顔でエルネストを一瞥(いちべつ)した。

「そんな『無作法』なことをして、万が一『スープ』がこぼれたらどうするのです。

 『お客様』は、『孤独なシェフ』。(わたくし)たちと同じ『美食家』。

 ならば、『礼儀』を尽くすのは当然ですわ」

「礼儀……?」

「ええ。

 この『お客様』は、建国の王そのもの。この『厨房(王都)』の『大元』。

 そして、(わたくし)たち王家(イシュベリア)は、その『分身』。

 ……つまり」

 アリアは、奇想天外な「配膳方法」を宣言した。

(わたくし)たちが『食べる』ことで、『お客様』も『味わう』ことがおできになるのです」

3. 「一番出汁(だし)」の味見

「……(わたくし)たちが、食べる?」

 ガレオスとエルネストには、意味が分からない。

「正確には、(わたくし)と、『一番出汁』の『原材料』である、このお方ですわ」

 アリアは、先ほど『美食問答』によって「解凍」され、未だに娘の行動を呆然と見守る国王アウレリウスに向き直った。

「さあ、父君(パパ)

 アリアは、龍脈の力で光り輝く『コンソメ・ロワイヤル』を、かつて商会長の『強欲』を味わった時と同じ、白銀の「スプーン」でそっとすくい上げ、国王の口元に突き出した。

「『味見アミューズ・ブーシュ』の時間ですわ。

 貴方ご自身の『哀しみ(一番出汁)』が、王都の『呪い(食材)』と合わさって、どのような『味』になったのか、お確かめなさい」

「私、が……これを……」

 国王は、戸惑った。

 目の前のスープは、自分が何十年も「氷」で凍らせてきた「哀しみ」と、国中の「呪い」の塊。

 常人ならば、一口で発狂する代物だ。

「何をためらっているのです」

 アリアの冷徹な声が響く。

「貴方は、(ママ)の『レシピ(遺言)』に従い、(わたくし)に『出汁』を託すと決めたのでしょう?

 『料理人』が、自分の『出汁』の味も確認しないで、どうやって『お客様』に料理を出すのですか!」

「……」

 国王は、観念した。

 彼は、グランシェフの「調理器具」として、その「スプーン」を受け入れた。

 黄金色の『コンソメ』が、国王の舌に触れた、瞬間。

「――ッ!!!」

 国王の全身を、雷が貫いた。

 「哀しみ」の味ではない。

 「呪い」の味でもない。

 それは、「歓喜」と「怒り」と「怠惰」と「哀しみ」……その全てが、完璧なバランスで調和した、生まれて初めて味わう『旨味(うまみ)』の奔流だった。

「ああ……イザベラ……。

 これか、君が言っていた『一番出汁』とは……。

 『哀しみ』は、苦いだけでは、なかったのだな……」

 国王が、自らの「哀しみ」の「本当の味」を知り、再び涙を流す。

 それと、全く同時に。

 ドクンッ!! ドクンッ!!

 『石化した心臓(お客様)』が、歓喜に打ち震えるように脈打った!

 国王が「味わった」『旨味』は、龍脈を通じて、寸分違(たが)わず「お客様」の「舌」にも届いていた。

 『お客様』は、何百年ぶりに、「本物の料理」を「食べた」のだ!

4. 最後の「スパイス」と「第六の味」

 『コンソメ・ロワイヤル』は、見事に「お客様」の「食欲」を刺激した。

 「石化した心臓」の亀裂が広がり、中から、弱々しいながらも「生きた」心臓の鼓動が聞こえ始める。

 だが、まだ足りなかった。

 「飢え」は癒えた。しかし、「孤独」は癒えていない。

「……ふふ。前菜と主菜は、お気に召したようですわね」

 アリアは、祭壇(調理台)の最後に残った「食材」――母イザベラが遺した、桜色の『愛(Umami)』の結晶――を、そっと手に取った。

「そして、父君(パパ)

 これが、(ママ)が遺した、本当の『メインディッシュ(デザート)』ですわ」

 アリアは、その結晶を「鑑定」する。

(……この『味』……。

 やはり、(わたくし)には「食べられない」。

 『甘み』でも『辛味』でも『酸味』でも『塩気』でも『苦味』でもない。

 全ての味を包み込み、調和させる、第六の『味(Umami)』……)

 アリアは、本能的に、母の「レシピ」の最後の一行を理解した。

「エルネスト、ガレオス。貴方たちの『調理』は、見事でしたわ。

 ここから先は、(わたくし)たち『家族(シェフ)』の仕事です」

 アリアは、国王(父)の手を取る。

父君(パパ)(わたくし)が『母殺し』の大罪人かどうか、今、ここで、貴方の『舌』で確かめなさい」

 アリアは、国王の手を引くと、二人で、あの『石化した心臓(お客様)』の前に立った。

 そして、アリアは、母の『愛』の結晶を、

 自らの「口」に含んだ。

「アリア!?」

 国王が叫ぶ。「食べられない」はずの味を、アリアが!

(……熱い! 味が、しない!

 でも、温かい……!

 これが、(ママ)の……!)

 アリアは、自らには「無味」だが「温かい」だけの結晶を口に含んだまま、

 涙を流す父(国王)の「唇」に、

 自らの「唇」を、そっと重ねた。

5. 「孤独」の完食

 それは、「キス」ではなかった。

 「料理の受け渡し」だった。

 アリアの口から、国王の口へ。

 母イザベラの『愛(Umami)』の結晶が、

 国王の『哀しみ(一番出汁)』と、混ざり合った。

「―――ッッッ!!!」

 国王の全身を、先程の『コンソメ』とは比較にならない、

 「完璧な旨味(うまみ)」の奔流が、貫いた。

 それは、イザベラが遺した「愛」と、アウレリウス(国王)が抱えていた「哀しみ」が、十数年の時を経て、ついに「再会」した瞬間の「味」だった。

 そして、その「完璧な旨味」は、

 アリアと国王の「唇」を通じて、

 二人と繋がる『龍脈』を通じて、

 『**石化した心臓(お客様)』**へと、奔流となって流れ込んだ!

 ドクンッ!!!!!!

 『お客様』は、ついに「食べた」。

 彼が何百年も渇望し、しかし決して手に入れられなかった、たった一つの味。

 『呪い(食材)』ではなく、

 『孤独』を癒す、**『フルコース』**の味を。

 パリィィィィィン!!!!

 『石化した心臓』が、完全に砕け散った。

 中から現れたのは、呪いでも、業でもない、

 建国の王の、安らかな「魂」の光だった。

 「孤独なシェフ」の「飢え」と「孤独」は、

 アリアという「本物の美食家」が、

 家族(チーム)全員で作った「最後の晩餐」によって、

 完璧に、**「完食」**されたのだった。


第十六話 完


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ