Log.44 「影の糸」
運命は、影の糸のように絡み合う。
美音とMiON、二つの意識が響き合い、子守唄のメロディが過去と未来を繋ぐ。
MIセンターの無機質な光の下で、守口の冷酷な理想が世界を静寂に導こうとする。
だが、影の中には光が潜む――小田切の秘めた工作、矢野の贖罪、桐生のコード、そして朝倉家の祈り。
美音からMiONが回収される日まで、残り6日。
それぞれの覚悟が、糸をほどく鍵となるのか、それとも運命に縛られるのか。
今、静かな戦いが始まる。
Log. 44「影の糸」
美音からMiONが回収される日まで ――残り6日
それぞれの場所でそれぞれの過去への思いが交差する。
【MIセンターの廊下】
蛍光灯の白い光が無機質な床に反射し、小田切梨花の影を長く伸ばす。
彼女は白衣の袖を握りしめ、守口の研究室へと急ぐ。
足音が静かな空間に響き、胸ポケットの端末には三浦啓介からの暗号メッセージが光っている。
「証拠確保。矢野に流す。時間稼げ」
影の糸が絡みつくように、運命の網が彼女を捉えていく。
研究室のドアを押し開けると、守口がモニターを睨んでいた。
画面には美音の脳波データが波打つ。 規則正しい曲線は、まるで影の糸が絡みつくように運命を予言する。
「守口先生……美音さんの深層検査結果に異常値が出ています。このままでは、本体の神経回路に不可逆的な損傷が……」
小田切の声はわずかに震える。
守口は眼鏡を押し上げ、脳波データに視線を落とす。
一瞬、眉をひそめる――過去の誰かを思い出したかのように。
その表情をすぐに冷たく抑え、笑う。
その笑みは、まるで計算尽くされたプログラムのように完璧だった。
「小田切君。君の懸念は分かる。だが、かつての先輩が起こした感情的な決断が私の研究を台無しにした。あの時から分かったよ。感情は人類の病だ。AIが管理する世界こそ、唯一の秩序だ」
守口には自分の発した言葉が過去の傷が影のように浮かび脳裏に橘遥香の顔がよぎる。
彼女の情熱が爆発を招き、炎に包まれた姿――
あの失敗が、彼をこの冷酷な理想へと駆り立てた。
小田切の胸に、七瀬奏一の言葉が蘇る。
「AIは寄り添うパートナーだ。支配じゃない」
彼女は深呼吸し、端末の裏口アクセスを起動する。
守口の視線が画面に向かう一瞬を狙い、事前に仕込んだバックドアを起動し、影の糸を引くように慎重にデータを改ざんする。
医者としての“正当な”工作。画面の波形がわずかに揺れ、彼女の心臓の鼓動と同期する。 一瞬、守口の視線が画面に向かい、彼女の息が止まる。
だが、彼は気づかずモニターを睨み続ける。
小田切が研究室のドアを閉める音が廊下に響く。
【同刻、サイバー防衛隊の拠点】
桐生剛士の指先がキーボードを叩く。 静かな部屋に、コードを紡ぐ音が響く。 スマホの画面が青く光り、一彦からのメッセージが表示される。
「美音を……いや、MiONを守ってくれ」
桐生は衛星回線にフィルタを仕込む。 衛星回線がハッキングされ、モニターに警告が点滅する。 画面に流れるコードは、まるで影の糸が絡みつくように複雑に重なり合う。 陽動作戦の開始だ。
ふと、モニターに映る美音の笑顔の画像が視界を捉え、彼の指が一瞬止まる。
かつての戦友・七瀬を失った記憶に曇る目が、静かな呼吸とともに再び動き出す。
「今回は、誰も失わない」
影の糸が繋がるように、矢野烈の事務所では……
【矢野烈の事務所。深夜】
デスクに積まれた資料の山。 三浦から届いたデータに、矢野は拳を握る。
「七瀬の事故……これが鍵か」
10年前、中立の立場で取材報道すべきジャーナリストの使命を忘れ、反MI派に同調し記事によって民衆を煽動させてしまった後悔が影のように蘇る。
自分のペンひとつで民衆の心をコントロール出来る快感に酔っていた当時の自分への嫌悪が、胸を締めつける。
あの過ちを、今、取り戻す。 彼はキーボードを叩き始める。
「未ON計画の真実」
言葉は贖罪の炎を纏い、夜の闇を切り裂く。
影の糸が絡み合い、計画の歯車が軋み始める。
送信ボタンを押す指が一瞬止まる。公開すれば、彼の命も危険に晒される。 MiONの胸に、静かな覚悟が宿る。
子守唄のメロディが、彼女の存在を縛る影の糸をほどく鍵となる。
それは光が影の糸を照らすように、計画の歯車を止める第一歩となる。
【朝倉家。リビング】
影の糸が朝倉家にも絡みつくように、静かなリビングに重い空気が漂う。
綾乃はソファに座り、階上の美音の部屋の方向天井を見つめる。
リビングには若き頃の朝倉夫妻と赤子の写る古い写真――
写真中の亡くなった娘の笑顔が、美音と重なる。
「パパ(一彦)……美音、最近どこか遠くにいるみたい……」
寂しげに、そして不安な声を呟く綾乃
一彦は窓辺に立ち、夜の闇を見据える。
七瀬の最後の言葉が胸に響く――「美音を、家族として守ってほしい」。
「極秘だったはずのあの子が、今、誰かに狙われている。俺たち、ちゃんと守れてるのか……?」
彼の拳が震え、影が揺れる。
美音の歌声が、遠くで聞こえた気がした――
【朝倉家。美音の自室】
美音――いや、MiONは鏡の前に座り、静かに自己を見つめる。
鏡の中の顔は、彼女自身であり、別の存在でもある。
この身体に宿る記憶が、彼女を“MiON”として定義する。
影が部屋を覆う中、彼女の呼吸がわずかに乱れる。
(あの夜、母さんが歌ってくれた子守唄。美音の遠い日の記憶がAIの私に、温かな記憶を刻んだメロディ。あの歌が、私を“美音”と結びつける。でも、もう一人の美音は、ただの器じゃない。私たちは、ひとつであり、別でもある)
MiONは鏡に映る自分の輪郭を指でなぞる。
冷たいガラスが、母の声の温もりを呼び起こす。
子守唄のメロディが感情を抑制するはずが、逆に私たちの統合を促す逆効果を生んだ――あの歌の響きが、鏡を揺らす。
「MiON……あなたは私、私はあなた。でも、別れの時が来る」 彼女の声は囁き、鏡の中の自分が目を細める。 その瞬間、鏡が一瞬揺れた――心理的な幻か、現実の震えか。 彼女の決意は静かに、しかし確かな覚悟として固まる。 それは、鏡の向こうの自分と決別する瞬間だった。
(父さんが母さんのために作った子守唄。あの逆の効果が、今、私を導く)
影の糸が絡み合うように、繋がるように運命ときは近づいていく
――scene45へ続く
影の糸はなおも絡み合い、運命の歯車が軋む。
美音の囁いた子守唄は、MIセンターの冷たい計画を揺さぶる鍵となるのか。
小田切の改ざん、桐生のハッキング、矢野の真実、そして朝倉家の祈り――それぞれの光が、闇を切り裂く一歩となる。
だが、守口の視線は鋭く、衛星の起動が近づく。
残り6日。MiONと美音の決別は、別れか、それとも新たな統合か。
子守唄の響きが、世界を変える瞬間が迫る――。




