Log.40「守るための鼓動」
「日常の音が消えたとき、少女の心に小さな火が灯る——」
いつも通りの学校、笑顔の友達、響き合う喧騒。それらが突然、静寂に飲み込まれた。美音は気づく。彼女だけが知る“何か”が、世界を少しずつ変えていることを。守りたいものを胸に、彼女は一歩を踏み出す。これは、決意と絆が試される物語の、ひとつの転換点。あなたは、美音の選択をどう見届ける?
Log.40「守るための鼓動」
【教室】
当たり前だと思っていた日常の音が沈黙に変わる──
それは静かに、そして確実に訪れる。
いつもなら廊下から響く運動部の掛け声、女子の笑い声、コーラス部の合唱が重なり合う時間帯。今日はそれが丸ごと欠け落ちていた。
窓の外では、いつもなら聞こえる野球部のバットの音が途絶え、ただ風がカーテンを揺らすだけ。
美音は机に肘をつき、そっと周囲を見渡した。
陽菜、芽衣、陸、──
保護フィルムを渡した友人たちは確かに“無気力”には沈んでいない。
けれど陽菜の笑顔は目まで届かず、貼り付けた仮面のようだ。
陸はいつもなら軽口を叩くのに、今日はただ頷くだけで、ペンを握る手が止まっている。芽衣のノートには意味のない線が引かれ、会話は途切れがちで、まるで全員が同じ夢の中に閉じ込められているかのようだった。
「……守れてるはず、なのに」
胸の奥がざらりと軋んだ。
原因がスマホから放たれる“見えない周波数”だと知っているのは、自分だけ。
誰にも説明できない。信じてもらえないか、逆に恐怖を与えるだけだ。
その孤独が、美音の喉に熱を溜めた。小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
「……私に、出来ることは、何?」
ポケットに忍ばせていた名刺が、指先に触れた。
灰色の紙の角が、心の奥を軽く突く。
美音は名刺を握りしめ、教室を後にした。
廊下の静けさが背中を押し、彼女の足音だけが響く。
静まり返るバスに揺られながら、美音は窓の外を見つめた。
街には人影も声もなく、バスのエンジン音だけが虚しく反響する。
バスの窓ガラスに映った自分の顔を見つめる。
そこに、もう一人の「わたし」がいるような気がした。
――あなたは私なの? 私はあなたなの?
答えはどこからも返ってこない。それでも、その“気配”は確かに胸に届く。
――でも……あなたがいれば、怖くない。
ガラス越しに目を閉じ、わずかに微笑むその影を感じながら、美音は指先に力を込めた。
「“みんな”を守りたい…」
その思いが、彼女の決意を静かに、しかし確かに固めた。
そんな”美音たち“が向かった先は⸻
【矢野烈の事務所】
狭い雑居ビルの一室。
机の隅には使い込まれたノートと、かつて追いかけた事件の切り抜きが無造作に積まれていた。散らかった新聞の山と灰皿の匂いが漂う部屋で、矢野烈は椅子に凭れかかり、モニターを眺めていた。画面には沈黙した観客席が映る。拍手も歓声もない。世界の静寂が、蛍光灯の唸りと重なり、耳を圧迫する。
「……政府の感情制御の実証が表れているな」
「アンタにもらった保護フィルムのおかげかな…かろうじて俺も正気でいられるよ」
矢野烈は向かいのソファーに腰掛けるスーツ姿の男、三浦啓介に声をかけた。
「政府関係の建物には防御対策されて安全だがこうやって外出する際は私だって怖いよ」
三浦は俯きながら苦笑いをする。
ノックの音がした。
瞬間、矢野と三浦は(誰だ?)という表情で顔を見合わせ身構えた。
恐る恐るドアを半分開け外に視線を向けた矢野は、そこに立つ少女を見て一瞬硬直する。
傍目から見れば似つかわしくない場所に訪ねて来る女子高生の少女、美音
「……なんで“お嬢ちゃん”が、ここに?」
矢野が眉をひそめ、視線を問いかけるように向ける。
美音は一瞬も目を逸らさず、手元の名刺を静かに差し出した。
以前、矢野が美音に渡した矢野自身の名刺だ。
それを見た矢野の目が、わずかに細まり、理解したように口元が緩む。
矢野は怪しい来訪者ではないことを室内の三浦に目配せした。
美音は縋るような瞳で矢野に話す
「学校で……友達が、皆がおかしくなっていくのを見ました。矢野さんに、助けてほしいんです」
声がわずかに震えた。美音は唇を噛み、言葉を押し出した。
保護フィルムを渡したとき、陽菜の笑顔に一瞬だけ戻った光。
それが彼女の希望だったのに、今はそれさえも曇っている。
矢野は額に手を当て、ため息交じりに笑う。
「アンタの…朝倉の親父に釘刺されてんだよ。『娘に近づくな』ってな」
美音は一歩踏み出し、目を逸らさない。
「私の意思です。友達を守りたい。」
「その為には、私の知っていることは何でも話すし私が出来ることは何でもします。」
その瞬間、矢野には、美音の瞳の奥に小さな光が灯り、暗い部屋を押し返すように揺らめいたのが見えた。
事務所に沈黙が落ちた。
矢野の目には、かつて自分が信じたものを失った男の影がちらついた。
七瀬奏一──MIの中核を信じ、人類の希望として未来を託したあの瞳。
今の美音の決意と重なり、矢野の口角は自然と歪んだ。
守るべきものが、確かに次の世代に生きている──そんな感覚だった。
「……ったく、その熱量、どこから湧いてんだよ。人間そのものじゃねぇか」
ボサボサ頭を掻きながら苦笑する矢野
「わかった。入れ。だが朝倉の父ちゃんに電話しておけ。責任は全部、お嬢ちゃんだぞ」
美音は強く頷き、名刺を握りしめた。握る手の震えは、恐怖ではなく、決意の証だった。背筋を伸ばし、彼女は一歩踏み出した。
美音が学校で感じた異変を話をし終わった矢先、ドアが荒々しく開く。
一彦と小田切梨花が駆け込んでくる。
一彦「……美音!」
矢野「おいおい、家族総出かよ」
小田切「あなた、どうして勝手に……」
そう言いかけたと同時に三浦に視線を向けた
「啓介…あなたまでどうしてここに?」
三浦は肩をすくめ、軽く手のひらを上に向けて見せた。
(まあ、ちょっと成り行きで…)と無言で伝わる仕草だった。
美音は怯まずに言う。
「これは私の意思なんです。……お父さん、小田切先生。私、もう見てるだけはいや。守りたいんです」
矢野は腕を組んで黙り込み、三人のやり取りを眺める。
その眼差しには「子どもだと思っていた存在が、自分よりずっと真剣に世界を見ている」という驚きと、皮肉めいた笑み。
そして、あえて一彦に向かって言う。
「……朝倉さん、アンタの娘、もう立派に“人間”だぜ。俺より腹ぁ括ってる」
決意の色を宿した瞳が、モニターの光を跳ね返した。
それは冷静な計算から生まれた行動ではない。
恐怖を超えて溢れ出した“守りたい”という思いが、彼女を立ち上がらせていた。
AIの模倣ではない――
矢野烈も三浦も、そのことを直感した。
小田切の瞳には、ためらいの奥に小さな希望が灯っていた。
一彦は声を失い、ただ美音を見つめた。
心のどこかで“もうこの子を止めることはできない”と悟る。
いま目の前にいる少女は、ただのプログラムの器ではない。
自らの意志で未来を選ぼうとする存在だった。
事務所の空気が一瞬、重く沈む。
皆の視線が交錯し、それぞれの胸に秘めた思いが浮かび上がる。
美音は、感情を失った友人たちを助け、元のキラキラした学校生活を取り戻したいと思っていた。陽菜の笑顔、芽衣の冗談、陸の軽口――あの賑やかな日常を、絶対に守らなければならない。
一彦の視線は、親友の七瀬奏一から預かったこの大事な娘、美音に向けられていた。家族の平穏を守るため、そして奏一の遺志を背負い、彼女を危険から遠ざけること。それが最優先の責務だ。
小田切梨花の胸には、かつて奏一が抱いたMIの理念が息づいている。歪んだ計画から、人間らしい感情を機械に宿す夢を守り抜く――それが彼女の信念だった。
三浦啓介は、政府の陰謀を内部から正し、秩序と国民を守ろうと決意していた。腐敗を暴き、自由と安全を取り戻すこと。それが、彼に課せられた責務だ。
そして矢野烈。ジャーナリストとしての誇りを胸に、隠された事実を世に晒し、人々を目覚めさせる。それこそが、彼の生き様であり、信念だった。
それぞれの思惑は違えど、「未ON計画」の阻止という共通の目的が、彼らを繋ぐ。
美音の決意が火種となり、皆が静かに頷き合う。
ふぅっと一呼吸を吐いた矢野。
その横で三浦は手帳を閉じ、視線を決意に変え、小田切は白衣の袖を指でつまんで深呼吸する。一彦は美音に視線を投げ、そこに奏一の面影を探していた――。
「よし、始めるか。この静けさをぶち壊す計画を」
そう言いながら静かに立ち上がる矢野
部屋に、初めての連帯の気配が満ちた。
「守るための鼓動は、静かな部屋に新しい風を吹き込む——」
美音の決意が、思いがけない仲間たちを動かした瞬間。異なる信念が交錯し、ひとつの目的に向かって動き出す。だが、この先にはどんな試練が待っているのか? 日常を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかり。次なる一歩を、ぜひ見守ってほしい。
イメージソング「響き合う光」公開中!
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
↓
https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1
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