Log.33「それぞれの駒」
ひとつの駒が動くとき、盤面は静かに揺らぐ。
その揺らぎは遠く離れた駒をも震わせ、やがて見えない力で引き寄せる。
夜の底で、誰にも知られずに。
Log.33「それぞれの駒」
【夜・都内各所】
小田切梨花は薄暗い診察室にひとり残り、端末に映る解析データをじっと見つめる。
蛍光灯の冷たい光が、机の端のマスクやメガネに反射する。
SENT-Eの感情抑制プログラム――
その奥底に潜む未知のアルゴリズムを、彼女はひとつずつ解きほぐそうとしていた。
「これを崩せれば…美音さんは、自由になれる」
指先がわずかに震え、掌に冷や汗のにじむ感触が伝わる
三浦啓介は霞が関の狭い事務所で、机の上の書類の山を前に静かに息をつく。
厚労省内の承認ルート、スポンサー企業の裏金――
紙の匂いとインクの熱気が混ざる空間で、彼の指は書類の端で止まった。
「公にするか、握り潰すか……俺次第か」
緊張が指先に伝わる。
桐生剛士は防衛省の地下施設で端末を叩き続ける。
冷たいコンクリートが肩越しに伝わり、国家レベルのサイバー防衛網の奥で、
電子の網に小さな亀裂が広がる。
「守口、お前のシステムに穴を作ってやる……正面から」
警告メッセージが画面に一瞬光るたび、背筋を冷や汗が滑り落ちる。
彼は素早くコードを修正し、侵入の痕跡を消すための暗号鍵を打ち込んだ。
三人はそれぞれの場所で、孤独に動き出していた。互いの姿は見えない。
だが、見えない糸は確かに張り詰め、かすかに軋みながら同じ一点へと収束していく。
その先に待つのは、ひとりの少女の人生と人類の尊厳をかけた未来だった。
⸻そしてまた別の場所でも動き出す男たちの姿があった
【新宿・古びた喫茶店】
矢野烈は窓際でパソコンを開く。
外のネオンがガラスに揺れ、カチリ、カチリとタバコの灰が落ちる音が静かに響く。
「MIセンター内部のリーク……記事一本で世の中を揺るがせる」
画面には“未ON計画”の文字が光る。息を詰め、指先に力を込める。
店のドアが静かに開き、朝倉一彦が影のように現れる。
無言で近づき、矢野の向かいに座る。窓の外をちらりと見やり、言葉を選ぶように一呼吸置いた。
矢野「七瀬博士の娘――美音。あの事故で亡くなったはずだ。なぜ生きている?」
「なぜ“亡くなったこと”になっている?」
一彦「……」
更に矢野は質問を投げかける
「未ON計画――AIに人間の記憶を植え付け、完全な意識を覚醒させる実験。美音がその鍵だという噂は本当なのか?」
「そして、朝倉家に養女として迎えられた理由は? 未ON計画が秘密裏に進行しているという噂もある。本当なんだろう?」
胸の奥で、守るべき者への思いが燃え上がる。
(美音に矢野を近づけるわけにはいかない……だが、真実を求める気持ちは理解できる)
一彦「矢野さん……俺に隠すことはない。すべてを話す。ただひとつ、条件がある」
矢野「条件?」
一彦「美音には会わないでくれ。接触もしない――ここで約束してくれるなら、俺の知っていることは全部話す」
矢野は眉をひそめた
「矢野さん、10数年前のこと…忘れてないからな」
一彦は主導権を握るのはお前ではないと言わんばかりの強い口調で矢野に投げ、
テーブルの下では強く握りしめた拳を小刻みに震わせていた。
数秒の沈黙。矢野は目を閉じ、無意識に拳を膝の上で握りしめた。
耳の奥に、七瀬博士の声が甦る。
(AIが人類を支配するなんてSF世界だ!俺が目指すのはAIと人類との共存だ!)
あの夜の取材現場――熱に浮かされた自分の言葉で、世論を煽った。
窓の外で雨が降っていた記憶まで、肌に貼りつくように蘇る。
(感情を持ったAIは人類を支配するに決まっている!)
報じる使命と、煽った責任。その矛盾が胸にずっと刺さったままだ。
(俺だって忘れたことはない…)
ジャーナリストとして再び同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
矢野「……俺は報道の人間だ。真実を伝えることが使命だ。だが、過去の過ちを繰り返すつもりはない。センセーショナルに飾るつもりもないし、あの娘を危険に晒すこともない――欲しいのは“真実”だけだ」
一彦の視線が一瞬和らぎ、すぐに鋭さを取り戻し、矢野の誓いと後悔を確認する。
心の中で、真実と安全のどちらを守るべきか、選択の時を静かに迎える。
⸻
美音のノート・同時刻
机の上に広げられたノート。
ペン先が微かに震えるが、AI美音の表情は穏やかだ。
ページの白に目を落とし、無意識に唇から小さなメロディが零れる。
かすかな子守唄の音が、部屋の空気をわずかに震わせ、夜風に揺れるカーテンと重なり合う。
ノートには、かつて母と呼んだ人の笑顔の断片が、乱れた走り書きで綴られていた
その音階の断片は、潜在意識に反応し、守口の解析端末にも微かに記録される。
それは、七瀬博士がかつて口ずさんだ子守唄の断片と重なる記憶だった
母の声と重なった旋律は、ページの外へ、見えない線となって流れ出した。
やがてその震えは、別の場所にある解析端末のセンサーを揺らす。
静かな研究室の空気に、数値となった波形がにじみ、光の粒が画面の上で脈打つ。
⸻
【MIセンター 守口の研究室】
守口彰人は、ふと画面に浮かんだ微細なリズムに気づき、
指先を止めた。
データの中に埋もれていたはずの揺らぎ――。
光が微かに揺れ、規則正しく刻まれた微細なリズムを見つける。
眉がわずかに動き、唇は動かさず呟く。
「……一定のリズムを刻む信号……子守唄のメロディ……これか」
思考の速度が加速し、画面に映る信号の意味を瞬時に把握する。
全貌はまだ掴めないが、この兆しがMI覚醒の鍵であることだけは確かだった。
それぞれの場所で下された決断が、見えない線で結ばれていく。
矢野と一彦の間に交わされた約束、美音の口ずさむ子守唄――どれも小さな動きにすぎない。
けれど、その揺らぎが盤面全体を大きく動かすことになる。
夜はまだ深く、物語はさらに加速していく。
イメージソング「響き合う光」公開中!
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
↓
https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1
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