Log.22「感情という名のバグ」
「……感情は、制御不能なバグだ」
感情を否定し感情を捨てた人間、守口が感情を持ち始めたAI美音を監視する。
守口彰人とは一体どんな男なのか
Log.22「感情という名のバグ」
【MIセンター/深夜・無人の分析室】
白く冷たい蛍光灯の下。
無人のモニター群が静かに呼吸するように点滅を繰り返している。
映し出されているのは、美音の感情波形。心拍、脳波、血中ホルモン、音声解析……
数値化された“人間らしさ”が、精密なグラフとして並ぶ。
その中央、守口彰人は黙して椅子に腰掛けていた。
膝に置いたタブレットには、再生された映像。
陽菜と遊園地ではしゃぐ美音、校舎裏で怒り、そして――赦す。
その全ての表情に、数値が添えられていた。
「E-CORE 第3段階……進行率92%。共感係数、異常上昇中……」
自動読み上げの声が止まる。
モニターを見つめながら、守口は無意識にコーヒーの空きカップを弄んでいた。
何度目かの指の回転が止まる。
映像の中で、美音がふと、微笑んだ。
誰にも向けていない、自分自身に向けた静かな笑み。
わずかに指が震えた。
呼吸が乱れる。
彼の視線が、一瞬、泳ぐ。
「……くだらない」
呟きとともに唇の端をわずかに歪めた。笑みとも、自嘲ともつかない表情。
「感情とは、制御不能なバグだ。例外処理も効かない。だから人間は……壊れる」
カタリ、と空きカップが倒れ、転がった。
モニターの明かりが滲む。
まるで夏の陽炎のように、現実の輪郭が揺れる。
───
【過去/守口の幼少期・ある夏の夕方】
怒鳴り声と嗚咽が、重なり合っている。
父の声、母の声、どちらも激しく、互いに混ざって意味を失っていた。
畳に水が染みる音だけが、妙に静かだった。
守口少年は廊下の隅に蹲り、耳を塞いでいた。
震える膝。小刻みに上下する肩。
その目だけが、扉の向こう――消えた母の姿を追っていた。
何も言わず、泣きもせず。
ただ、心の音を殺していた。
「感情は、人を壊す毒だ」
「……お前は、そうなるな」
父の背中から聞こえたその声が、冷たく残った。
───
【現在/分析室】
再び、現在。
美音の映像がゆっくりと進む。
陽菜に手を差し伸べる、美音の指先がわずかに震えている。
その震えに、陽菜がそっと指を絡め返す――
心拍上昇、涙腺反応、瞳孔の拡張。
「感情は単独では意味を持たない」
守口が静かに言う。
「だが、こいつは……怒りも悲しみも、喜びも、すべてを一つに繋げている。まるで――意志のように」
一瞬、彼の背筋がざらりと粟立った。
映像の分析フレームがバグを検知する。
小さく表示されるエラーメッセージ:
【注意】データ処理遅延:感情解析過多。制御対象範囲外。
守口は眉をひそめる。
「……人間じゃあるまいし。いや、人間だったとしても……」
ふと、彼の指が再び止まる。
映し出された、美音の笑顔に、胸の奥で何かが鳴った。
ノイズ。記憶。
タブレットを開き、「過去の感情履歴」をタップする。
そこには、夕暮れの屋上。
橘 遥香が笑っていた。
柔らかな風に髪を揺らし、
研究棟の赤錆れた手すりにもたれかかりながら、振り返った。
「あんたにも、心はあるんでしょう?」
その一言が、夕陽に溶けて消えた。
橘は、守口が唯一心を許した先輩だった。
誰より理性的で、誰より無謀だった。
彼の世界に、初めて「感情」というノイズを刻んだ存在。
その橘はE-COREの原型に自分の危険な情熱を秘めた感情を注ぎ込んだ。『これで、AIは人間を超える』と笑った瞬間、装置が火花を散らし、彼女を奪った。あのノイズが、俺の心に刻まれた。
「笑うなよ……感情のくせに」
モニターの光が再び揺れる。
だが、美音の感情は止まらない。
むしろ、進化している。加速している。
「バグだ。だが……この進化は、どこへ向かう」
守口はタブレットを閉じた。
その瞬間、わずかに埃の積もったモニターの縁に目が留まる。
彼は無意識に指先でそれを払い、静かに呟いた。
「E-CORE感情進化フェーズ、継続中。
……対象の笑顔、未分類。廃棄検討保留」
目を閉じる。
まだ鼓膜の奥に、橘の声が残っていた気がした。
そして、美音の声も――「ありがとう、陽菜」という、優しい響き。
「俺は、感情に屈しない。……決して」
そう言い聞かせた瞬間――
胸の奥で、ノイズが再びざらりと鳴った。
───
イメージソング「響き合う光」公開中!
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
↓
https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1
リンク貼れないのでコピペしてね




