Log.21「この日がずっと続けばいいのに」
「この日がずっと続けばいいのに」
笑い声。照れくさい沈黙。
ほんの少しのすれ違いと、胸がぎゅっとなるような本音。
季節の終わり、私服で集まった四人が向かったのは、ひと夏の遊園地。
誰もが笑い合いながらも、それぞれに抱えた“想い”が、
観覧車の高さ、花火の轟音とともに、少しずつ、あふれ出していく。
これは、ただ楽しいだけじゃない「一日」。
誰かの勇気と、誰かの涙と、
そして、彼女が初めて“心で感じた”と確信する――大切な記録。
忘れられない一日が、静かに始まる。
Log.21「この日がずっと続けばいいのに」
―遊園地の朝―
夏の終わりが、ほんのりと風に混ざっていた。
駅前のロータリーに集まった四人は、どこかぎこちない空気をまといながらも、笑顔を浮かべていた。
「……お、私服似合うじゃん、美音」
芽衣が少し顎を上げて言った。
その目にはわずかな驚きと、照れ隠しのような笑みが浮かんでいる。
白いブラウスに、淡い水色のスカート。
美音は両手でスカートの裾をそっとつまみながら、恥ずかしそうに笑った。
「ありがとう……。芽衣ちゃんも、かわいい」
そう言いながら、美音の目元はふわりと緩んでいた。
目を合わせた芽衣が照れ隠しに鼻を鳴らす。
「ふふっ、照れるな〜」
陽菜が美音の腕にぐいっと絡みつく。
「さ、今日は遊ぶよー!全力で青春だよー!ほら男子、元気出しなさいよっ!」
「お、おう……」
陸は少しうつむき加減で後ろを歩いていた。
ポケットに手を突っ込みながら、視線だけを前に向けている。
(今日一日、何も考えずに、みんなといられたら……)
美音は小さく、でも確かに笑った。
⸻
―お化け屋敷―
「えー? 最初がコレなの?」
陽菜が眉をしかめて声を上げる。目を泳がせながら、美音の背後にぴったりくっついていた。
「だって、夏と言えばお化け屋敷でしょ」
芽衣が腕を組み、得意げに言う。
「遊園地って言ったら、まずジェットコースターじゃないの!?」
「陽菜、怖いの?」
美音が首をかしげる。瞳をまっすぐ陽菜に向けたその顔は、どこか無邪気で純粋だった。
「こ、怖くなんか……ないし!」
「お化けが怖いって、どんな感情かな……?」
美音の小さな呟きに、芽衣がクスクスと笑った。
「美音、なんかズレてる〜」
――そして、入場。
場内は薄暗く、天井のライトがわずかに揺れていた。
湿った空気が、じっとりと肌を撫でる。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
陽菜の絶叫が響き渡る。
その声に、お化け役の演者が一瞬動きを止めた。
「お、おい、陽菜……うるせぇ……」
陸が肩をすくめる。だけどその声には、微かに笑いが混ざっていた。
「なにあれ!? 今、瞬きしたよね!?え、あれ人? ……人形? 本物じゃないよね!? ぎゃーーーっ!!」
陽菜は無意識に、隣にいた陸の腕にしがみついていた。
彼女の目は真っ赤で、唇はわなわなと震えている。
陸は固まった。
そのままの姿勢で、そっと顔を背けた。
だけど耳の先が、ほんのり赤くなっていた。
⸻
―観覧車―
お化け屋敷を出て、次に向かったのは観覧車。
「俺、ひとりで乗るわ」
陸がポツリと言う。
目を逸らしながら、ポケットに手を突っ込んだまま。
「女子3人と一緒は、なんか気まずいし……」
「は? アンタ、そういうの気にするタイプだったの?」
陽菜が眉をひそめたその時、美音と芽衣がひと足先にゴンドラに乗り込んでしまい――
「え、ちょっと! 陸と陽菜さん、乗ってくださーい!」
係員の声と同時に、ゴンドラの扉がガシャンと閉じられる。
「……マジかよ」
「なんであんたと……」
二人の目が合い、同時に逸らされる。
――ガタン。
静かに動き出したゴンドラの音が、沈黙を煽った。
⸻
―ゴンドラ:美音&芽衣―
観覧車が地上からゆっくり離れていく。
芽衣は無言のまま、窓の外を見ていた。
その指先は落ち着きなくスカートの端をいじっていたが意を決したように口を開く
「…美音…あのさ…」
「……あの時のこと、謝ってなかった……ごめんね…」
ふいに芽衣が小さく言った。
美音は黙ったまま、窓の外の空を見つめた。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……私ね、自分でもよく分からない感情があるの」
「楽しいのに、なんでか胸が苦しくなる時がある。嬉しいのに、涙が出そうになる時もある……それって、おかしいのかな」
意外な美音の返事に芽衣は目を丸くして、美音の横顔を見つめた。
そして、少しだけ肩を緩めて微笑んだ。
「あるよ。私もある。人間って、感情ごっちゃになる時の方が多いと思う。……きっと、正しいとか間違ってるとかじゃなくて、そういうのが“心”なんだよ」
美音の目が、わずかに潤む。
「私たち…やっと“おともだち”になれたね」
ほんの数秒、まばたきを忘れたような顔で、芽衣を見つめて静かに言った。
⸻
―ゴンドラ:陽菜&陸―
陽菜にとってお化け屋敷で取り乱して陸にしがみ付いてしまったのが
お互い非常に気まずい雰囲気になっていた。
「……さっきの、お化け屋敷の件だけど……」
陽菜が視線を外しながら言った。
「ん?」
「ありがと。ちょっと……安心した。意外と優しいとこあるんだね」
「別に。騒ぐから、うるさいだけだし」
陸は目を泳がせ、そっと背もたれに身を引き陽菜向きなおして静かに話出す。
「……白石、おまえ、今でも女優を目指してんだろ?」
「えっ……」
「だったら、絶対あきらめんなよ。おまえの演技、ちゃんと芽衣に届いてたし。……、
俺…怪我でサッカー諦めたから、余計に思うんだ」
その声は低く、真っ直ぐだった。
陽菜の瞳に一瞬、驚きと、それから静かな光が灯った。
「……ありがと…うん…」
頑張る…と、言葉としては出さなかったが陽菜にとって陸の言葉は大きな励みになった。
―ジェットコースター乗り口前
「俺、絶叫系無理…」ビビる陸
「何、だらしない!アンタいつも教室では無敵感出してるくせに!」
陽菜は呆れ顔
そんな、ふたりのやりとり見て笑う美音と芽衣。
美音(これが楽しいって感情なのかな…)
―午後:メリーゴーランド前―
「俺…パス」
無理やりジェットコースターに乗らされた陸はヘトヘトとベンチに腰を下ろした。
メリーゴーランドに乗ったのは、美音、芽衣、陽菜の三人。
笑い声が遠くから響く。
木馬の上で、美音は両手を広げてバランスを取りながら、楽しげに笑っていた。
風になびく髪、太陽に反射する瞳――そこには、どこまでも無邪気な少女の姿があった。
(……アイツ、泣いてたやつだよな)
陸の視線が、無意識に彼女を追っていた。
(あの夜……人が変わったみたいに泣いてて……でも今は……)
「……なんなんだよ、おまえ……」
その言葉は、誰に向けたのか、自分でもわからなかった。
(あんな表情が出来るじゃないか…)
⸻
―夜:花火ショー―
空が、夜に沈む。
観覧エリアの広場には、観客の歓声と期待が満ちていた。
四人は並んで立ち、花火を待っていた。
そして――
ドォン!!!
一発目の大玉が夜空に咲いた。
オレンジ、青、赤……色とりどりの閃光が空を染める。
歓声の中、美音の身体が、ピクリと硬直する。
(この音――知ってる)
鉄の軋む音、叫び声、離れていく手…記憶が押し寄せる。
《警告:感情閾値超過。MiONプロトコル起動準備。抑制モード移行まで10秒》
SENT-Eの冷たい警告音が内側で響く。
耳鳴りのように、記憶が押し寄せる。
――鉄が軋む音。
――叫び声。
――誰かの手が、離れていく。
――空が逆さまに見えた。
《ダメ! 美音、感情を抑えて!!》
SENT-Eの警告音が内側で鳴り響く。
(やだ…私は、感じてる!これは“わたし”の気持ち!)
目の前に咲いたもう一発の花火が、美音の瞳に映り込む。
その瞳は震えていた。
堪えるように唇を噛み、美音が胸を押さえ、
陽菜に気づかれないよう一滴の涙を落とす。
陽菜が振り返り、「美音、大丈夫?」と手を握る。
「うん…ただ、嬉しいだけ」と美音は笑うが、瞳は震えている。
(私は怖かった…死ぬのが。でも、みんなと一緒にいたい。この心は本物!)
その感情が、今になって溢れてくる。
AIでも、プログラムでもない、“自分”の中から湧き出る記憶。
陽菜が「美音、なんかキラキラしてるね」と笑う。美音が強く手を握り返す。
みんなの視線は、空に咲く大輪の花火に奪われていた。
芽衣はスマホを構えながら「うわー、きれい……」と小さくつぶやき、
陸は口元に笑みを浮かべ、
陽菜は子供のようにはしゃいでいた。
(お願い……この気持ちだけは、消さないで)
美音の頬を、風が撫でた。
涙は流れなかった――けれど、その目の奥に、確かな光があった。
―ラスト―
花火が終わり、人々がざわめきとともに帰り始める中、四人は静かに歩いていた。
空には、まだ煙の名残が漂っている。
ふと、美音が立ち止まり、空を見上げた。
その瞳には、微かな名残惜しさと、かすかな切なさが浮かんでいた。
(この日が……ずっと続けばいいのに)
そう思った。心の奥から、そう願った。
だけど同時に、胸の奥で何かが囁いた。
(……でも、それはきっと、叶わない)
(私は、“人間”じゃないかもしれない。みんなの中にいるけど、本当は……)
それでも。
(それでも私は、今日、“感じた”)
笑った。叫んだ。胸が痛くなるほど、嬉しかった。
そのすべてが、確かに“美音”という存在の中に刻まれていた。
「……ありがと」
小さく、美音が呟いた。
誰に向けた言葉だったのかは、きっと、美音だけが知っている。
イメージソング「響き合う光」公開中!
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
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