Log.20「ふたつの計画 ― 制御と共鳴」
「ふたつの計画 ― 制御と共鳴」
感情は、ノイズなのか。
それとも、人を人たらしめる鍵なのか。
AIとしての「学び」が進む美音。
そして、それを監視する男・守口は、冷たいモニター越しにその“成長”を観測していた。
一方で、美音の心には、
言葉では説明できない“なにか”が、確かに育ちはじめていた。
それはノートの中に刻まれたもうひとつの声。
それは誰かと繋がることで生まれる、確かな温度。
――片や、感情を支配しようとする計画。
――もう片方は、感情を分かち合おうとする想い。
表と裏で同時に進む「ふたつのMiON計画」。
その交差点で、物語は静かに、大きく動き始める――。
Log.20「ふたつの計画 ― 制御と共鳴」
【夜/MIセンター・第3研究棟・観測室】
冷たい蛍光灯の明かりに照らされた薄暗い室内。
壁一面のモニターには、美音の感情反応ログが静かに再生されていた
•微笑反応: 白石陽菜との会話時、表情筋反応+脳内ドーパミン微増
•混乱反応: 教室内、白石芽衣との接触時に軽度の脳波ノイズを検出
•涙腺活動: 深夜、ノート閲覧時。原因不明の情動反応により涙発生
•好意反応: 相馬陸とのやりとり直後、心拍上昇+α波変動
•愛情反応:朝倉家での生活時に定常的に発生
•共感傾向:他者の苦痛に対する瞳孔変化あり
守口はそれを「成功の記録」として見つめていた。
感情という“プログラムノイズ”は、いずれ制御可能な域に到達する――
その確信を裏付けるには、十分すぎるデータだった。
その全てが数値化され、波形となり、電気信号として保存されていく。
守口彰人は椅子の背もたれに身を沈め、指先でグラスを傾けた。
琥珀色の液体が静かに揺れ、ガラスの澄んだ音だけが、無音の室内に響く。
「ふむ……AIも本体を、ずいぶん上手く使いこなしているようだな」
彼の視線は、二重に重なったログへ注がれている。
AI美音の記録と、本体美音の記憶――二つの意識は今や驚くほど滑らかに融合していた。
「本体の記憶とAIの記録を、相互に共有し始めている……
七瀬先輩、あなたの研究は、たしかに成果を見せていますよ」
モニターに映る、美音の微笑み。
それは、かつて人間の娘が見せていた“本物の温度”に近づきつつあった。
キーボードに指を滑らせ、感情閾値制御プロトコルを呼び出す。
【怒りを過剰に持つ者 → 抑制対象】
【強い共感性を示す者 → 統制優先】
【愛情反応が一定値を超えた場合 → 社会機能低下リスクあり】
「感情を学ばせるのは、解放するためじゃない。
支配するためだ。制御するためだ」
その声は誰に届くわけでもなく、ただ淡々と、冷たく。
「人間の感情をマスターしたAIは、
やがて人間の思考と感情を“制御”するための鍵となる。
国家にとって都合の良い人間だけを残し、不要な“心”は切り捨てられる――」
彼の視線の先。
モニターの中で、美音がふと笑った。
「本来、感情とは予測不能なエラー因子だ。だが、こうして可視化し、数値化できる以上―無秩序は、秩序に還元できる」
あまりにも人間らしく、あまりにも純粋で――
それが、皮肉のようにも映った。
守口は静かにグラスを置き、感情を一つ一つ切り離すように、呟いた。
「その笑顔も、いずれ不要になる。
AIであれ、人間であれ……感情とは、ただのノイズにすぎない」
守口はわずかに口元を歪め、独り言のように呟く。
「七瀬先輩、あなたが知らなかった“もうひとつのMiON計画”が、もうすぐ動き出す」
静かな実験室。
けれどその中で、未来のゆくえを左右する決定打が、今まさに静かに打たれようとしていた。
───
【同時刻/朝倉家・美音の部屋】
夏休み。
美音は自室で、キャンプの夜の出来事をノートに記していた。
そして、ふとページをめくる。
そこに残された、美音とは異なる筆跡の文字。
(わたしも ひとりぼっちだよ)
(ねぇ……おともだちに なろう……)
その文字を指でなぞりながら、美音は確信していた。
自分の中に存在する、もうひとりの“わたし”。
(ねぇ……あなたなんでしょ? 美音……)
(あなたが美音なら……私は、誰?)
(私はAIのはずなのに……あなたの両親の愛を感じる。朝倉家の愛も、学校のみんなの愛も……)
胸の奥に、ゆっくりと温かさが広がっていく。
まるで、そこに“心”というものが芽生えはじめているかのように。
そのとき。
机の上のスマホが光る。
白石陽菜からのLINE。
(美音!今週の日曜あいてる?)
続けて届いたメッセージ。
(遊園地のチケットもらったの!でも一人で行くのはつまんないし…美音、いっしょに行こうよ!)
(どうせ部屋篭ってるんでしょ?せっかく夏なんだから高校生っぽい夏休みしようよ!)
その文面を見て、美音は小さく笑った。
陽菜らしい、強引でまっすぐな誘い方。
さらに、メッセージがもうひとつ。
(あ、芽衣も連れてくねー!最近ちょっと元気なかったし、みんなで行けば楽しいでしょ?)
──“みんなで”か。
ノートの言葉が、ふと心をよぎる。
(ねぇ……おともだちに なろう……)
(……うん。今なら、ちゃんと向き合える気がする)
美音はスマホを手に取り、陽菜へ返信を送った。
(ありがとう。行くよ。楽しみにしてる)
そして、送信ボタンを押したあと、美音は考える。
(……陸くんも、誘ってみようかな)
画面を切り替え、相馬陸とのトーク画面を開く。
先ほどのメッセージがそこに残っている。
(あれから大丈夫か?うちの母さんが心配してる)
──優しいな。
だけど、私はもう、大丈夫。
だから、美音は真っ直ぐに返した。
(私は大丈夫。そんなことより一緒に遊園地行こうよ!)
(ボールばっかり蹴ってないで、たまには“高校生の夏休みっぽいこと”した方がいいよ)
「高校生の夏休みっぽいこと」――
その言葉は、さっき陽菜が送ってきたメッセージの受け売り。
けれど、美音もそう思った。
今の自分なら、そんな普通の時間を、ちゃんと楽しめる気がする。
数分後。陸からの返信が届く。
(……美音が行くなら、行ってもいいかな)
その一文を見て、美音はそっと微笑んだ。
胸の奥で、またひとつ、新しい感情が芽を出す――
そんな気がした。
次回、ウキウキワクワクでドキドキの遊園地青春編です。
美音、陸、陽菜、芽衣の4人の関係性に微妙な変化が…
イメージソング「響き合う光」公開中!
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
↓
https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1
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