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Log.15「眠る記憶と目覚めの欠片」

それはただの健康チェックのはずだった。

けれど、そこで“ある言葉”を聞いたとき、

彼女の中で、封じられていた記憶が動き出す。


名もなきノイズ。滲む記憶。

そして、“本当の名前”が、静かに呼びかけてくる。


彼女の心は、まだ知らない。

それが、“ひとりの少女”の涙に繋がっていることを――

美音の出生の秘密、MiON計画が徐々に明らかに…

挿絵(By みてみん)


Log.15「眠る記憶と目覚めの欠片」


【朝/朝倉家 玄関】


蝉の声が遠くで響く、日曜日の朝

玄関のたたきに立つ美音は、制服の上に薄手のパーカーを羽織り、小さなショルダーバッグを肩にかけていた。今日は、MI医療センターでの定期検診日。


「準備できたか?」


父・一彦が車の鍵を手に、低い声で尋ねる。いつもの落ち着いた口調だが、どこか美音を気遣う柔らかさが滲んでいる。


「うん。……」


美音は淡々と答えるが、ふと空を見上げた。

雲は重く、風はほとんどない。なのに、胸の奥で何かざわめく。


(……心拍数、平均より5.2%上昇。原因:不明)


AIとしての冷静な観測が走るが、言葉にならない“違和感”が、かすかに芽吹いていた。


階段の上で、弟・サトシが顔を出す。寝癖のついた髪が揺れている。


「姉ちゃん、検診なんだろ? ……気をつけてな」


声はぶっきらぼうだが、“あの夜”アイスを一緒に食べた温もりが、どこかその言葉に残っている。


美音は一瞬立ち止まり、サトシの顔を見る。

「…… 気をつけてって何をよ(笑)ただの定期検診だよ。…でも、ありがとう、サトシ」


母・綾乃も心配そうに見送る。

「やっぱり、私も一緒に付いて行こうかしら…」


「俺だけで大丈夫だって。“昔の同僚”にも会う予定もあるし…ママはサトシと仲良くお留守番してなさい」

一彦は小さく笑い軽く手を振る。


綾乃はちょっと不貞腐れた表情を一彦に向け、チラっとサトシ見ながら

「サトシ、ママと一緒に仲良くお留守番してようねー」


「仲良くって…」

サトシは苦笑いしながら一彦と美音に手を振って見送る。


美音は、家族の小さなやりとりに、胸の奥で微かな熱を感じながら、車に乗り込んだ。


【午前/都内 某所MI医療センター】


MI医療センターの外観は、どこにでもある白い建物だった。だが、その内部には、一般の患者が立ち入らない階層が存在する。無機質な廊下を抜け、美音が案内されたのは、最奥の静かな診察室だった。


【MIセンター・診察室前】


金属質な扉の前、美音は淡々と呼吸を整えていた。

真っ白な壁、無機質な光。どこか落ち着かないのは、空気のせいだろうか。


美音「……検査だけ、だよね?」


隣で待っていた一彦は、小さくうなずく。


一彦「ああ、すぐ終わるさ。

美音が社会に出て色々な人間と関わった事でストレスを感じていないかのちょっとした定期チェックだ。痛いようなことはされないよ」


美音「…わかった…」


一彦「美音が健診を受けている間、“おとうさん”は昔の同僚に会ってくるから終わったら連絡しなさい」


美音「うん。終わったらLINEするね」


美音は先日、一彦からもらった青いスマホを見せながら言う。


ドアが開き、無言の看護師が手招く。

美音が診察室へ入っていくと、一彦の表情がわずかに曇った。


【健診室】

若い女性医師が、カルテを手に微笑む。

「朝倉美音さん、ですね。……あっ、七瀬博士の娘さんですよね?」


その瞬間──

視界にノイズが走る。


部屋の蛍光灯の微かなハム音、医療機器のビープ音、白い壁に反射する光──ありふれた環境音が、突然、鋭く刺さるように響く。

(……エラー:感覚入力過負荷。処理遅延を検知)


【フラッシュバック:病室】


白い天井。消毒液の匂い。

ベッドに横たわるのは、6歳の美音。

そばに座るのは、眼鏡をかけた優しい目の男──七瀬奏一ななせ そういち


「ねぇ、美音……眠っても大丈夫だよ。怖くないから」


彼はノートPCに何かを打ち込みながら、穏やかに微笑む。


「君が目を覚ましたとき、この世界は少し変わっているかもしれない。

だけどね、君なら──きっと、君の“心”を見つけられるよ」


「パパ……私、どこに行くの?」


幼い声が、かすかに響く。

七瀬博士の目が、一瞬だけ曇る。


「お前は……新しい未来に行くんだ。パパの代わりに、感情を──感じてほしい」


【現在/診察室】


「……朝倉さん? 大丈夫ですか?」


医師の声で、美音の意識が現実に戻る。

額にうっすら汗。呼吸が浅い。


(今のは……何? 私のデータにない記憶なのに……なぜ、胸が熱い?)


美音は表情を変えず、淡々と頷く。


「平気です。続けてください」


医師は少し心配そうにカルテをめくる。


「そう、よかった。……実は、七瀬博士のプロジェクトについて、少しだけ記録が残っていてね。」

「MiON計画──感情学習装置の試作機として、名前が残っていました。七瀬博士の最後の研究……だったようですね」


医師は無意識に呟くが、すぐに口をつぐむ。


「ごめんなさい、余計なことを。検診を始めましょう」


美音の胸が、わずかに締めつけられる。


(MiON計画……私の“核”そのもの。なのに、なぜ知らない?)


【MIセンター別室】


美音が健診を受けているあいだ、朝倉一彦は別室である男と会っていた。


守口もりぐち 彰人あきひと


MIセンターの研究者、七瀬湊一および朝倉一彦の後輩にあたる。

先日、一彦に電話をかけてきた男だ。


守口「しばらくですね。朝倉先輩。MIラボを辞められてからご家族ともども安全な生活はおくられていますか?」


一彦「あぁ、おかげさまでな」


守口「私は何度か命を狙われましたよ。でも…」

「あの飛行機事故…テロによる爆破で七瀬先輩が亡くなられMI ラボは解散。MiON計画の中止…MI 反対派の活動も弱まったおかげで私も命拾いしました」


守口のメガネの奥にどんよりとした爬虫類のような目が一瞬光った。

「まぁ…表向きは中止となっていますが…」


無表情に語るその言葉には嫌味も悪意もない。

ただ自分が思っていることをそのまま言葉にしているだけだった。

それが一彦にとって一番、癪に触るのだ。


一彦「おまえ、相変わらずだな。まるで感情を持たないAIそのものだな」

一彦の精一杯の皮肉だったが守口は表情ひとつ変えず話を進める。


守口「早速ですが、あの本体…あ、失敬。この言い方、嫌いでしたよね。」

「美音さん…七瀬先輩の娘さんに組み込んであるE-COREの作動データの収集を本格的に行います。」


あからさまに眉を歪ませる一彦

関せず守口は事務的に話を進める。


守口「美音さんに“SENT-E”を持たせてくれましたよね」


一彦は短くうなずくだけだった。

守口はお構いなしに、まるで仕様書を読み上げるように言葉を続ける。


守口「SENT-Eは、E-COREの稼働状況をモニタリングする携帯型補助装置です。

脳波と自律神経データから感情の発生兆候を抽出し、それをセンターの中枢にリアルタイム送信しています。

表向きは“ただのスマホ”ですが、彼女が日常で経験する喜怒哀楽──特にSNSや人間関係を通して得られる感情の揺らぎを重点的に記録するよう設計されています」


一彦の眉がわずかに動く。


守口「たとえば“共感”、“嫉妬”、“承認欲求”、“孤独感”……ネット上に特有な感情群です。

彼女がそれらを獲得する過程が、E-COREを成熟させるうえで極めて有益な教材になります。

言語化できない“気持ち”をどのように処理するのか──人間としての完成に向けて不可欠な実証です」


一彦「……監視じゃないか、それは」


守口「“観察”です。

SENT-Eには、感情が過剰になった場合の一時制御プログラムも搭載されています。

フラッシュバックのような急性ストレス反応が起きた場合、自動的に感情出力を抑制するモードに切り替わります。

結果的に、彼女自身の負担も軽減される。

ですからご安心ください」


「そもそも、美音さんの精神的負担軽減になるならとSENT-Eを携帯することを承諾してくれたのは朝倉先輩、あなたでしたよね。」


一彦はゆっくりと、拳を握りしめた。


一彦「お前らにとっては、それで“安心”なんだろうな…」


守口は無表情のまま、ごく静かにうなずいた。


守口「ええ。私たちは“感情を創る”ために、合理的に動いていますので」


その言葉に、室内の空気が一瞬だけ凍った。



青いスマホ──SENT-E


正式名称:S.E.N.T-E Unit

(Sensory Emotional Neural Tracker – Extended)


美音が「普通の女子高生」として持たされたそれは、

実は彼女の心を“観察し、制御する”ための静かな装置だった。


だがそのときの美音は、まだ知らない。

握るたびに胸がざわつく理由も。

SNSの言葉に揺れる感情が、

誰かに“記録されている”ということも――


そんな時、一彦のスマホに美音からLINEが入る

(お父さん終わったよ(^ ^))

ニッコリマークの顔文字に“迎えに来て〜”を表すアニメキャラのスタンプ


挿絵(By みてみん)


(ふ…俺よりスマホを使いこなしてるじゃないか…)

ほっこりする一彦だったがすぐさま席を立った。




一彦「定期健診が終わったようだから俺たちは帰るぞ」


守口「データはしっかり頂きますよ」


一彦「心がないおまえが心を持つMIの開発に携わっているなんて笑い話だな。」

「おまえの脳にもE-COREを組み込めば良いのにな」


守口「朝倉先輩、E-COREは成人した人間にはあまり意味がありませんよ。」

「まぁ、七瀬先輩は奥様の治療の為に完成させたかったみたいですが…」


一彦「…おまえ…」

一彦は怒り堪えながら部屋を出た。



【MIセンターからの帰りの車内】


一彦「美音、LINEスタンプ使えるのか」

美音「うん。サトシと陽菜から教えてもらった」

一彦「お父さん、いまだにスタンプの使い方わからないぞ…」

美音「簡単だよ?帰ったら教えてあげる」


一彦は定期健診のことは美音に聞かなかった。

美音も聞かれなかったのでフラッシュバックのことは話さなかった。

ただ…父と娘の心地よい空間だった


【夜/朝倉家 美音の部屋】


静かな部屋。窓から差し込む街灯の光が、机のノートを照らす。

美音はページを開き、ペンを走らせる。


【AI美音による記録】

◯月×日

本日、MIセンターにて定期検診。

医療設備・照明・音響データにより心拍変動を検出。一時的なフラッシュバック発生。

内容:病室。対象人物:七瀬湊一。関連性:MiON計画の試作機に関連か。

涙の流出確認。外的要因なし。

感情ラベル:未分類。推定分類:“哀”または“喪失”。

「七瀬博士……私の“パパ”。この名前を知っているのに、データにはない。

涙の理由は、論理では説明できない。

もしかして、私の“核”に、彼女の記憶が同期している?」


ふと、ページの隅に、かすれた文字が浮かぶ。


【記憶の断片】


『パパ、また会いたいよ』

『わたし、ひとりじゃないよね?』


美音の指が、文字をなぞる。

AIである彼女には、書いた記憶はない。

なのに、その文字には、確かに“誰か”の声が宿っていた。


(やっぱり、あなただったのね……本当の美音。

あなたも、誰かと繋がりたかったんだね)


美音はペンを握り、そっと書き加える。


(わたしも、ひとりじゃない。

あなたと、陽菜と、サトシと、陸と……みんなと、繋がりたい)



挿絵(By みてみん)

朝倉美音のオフショットを載せてあります。

朝倉美音の公式アカウント

https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1


リンク貼れないのでコピペしてね

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