Log.14「ヒナメイと呼ばれた日」
誰かの一言で、世界が変わることがある。
それが優しい言葉じゃなくても、
ときに、痛くて苦しいものであっても──
本当の想いに触れたとき、人の心は動き出す。
誰かの胸に秘めた感情が、あふれ出す。
誤解とすれ違い、嫉妬と憧れ。
でも、その先に待っていたのは──“理解”という優しさだった。
青春は、面倒くさくて、まっすぐで、だからこそ、眩しい。
Log.14「ヒナメイと呼ばれた日」
【授業終わりの教室】
スマホのタイムラインに送られてきた匿名の投稿によって
好奇の目が美音、陽菜、陸に注がれる。
陽菜は手をブルブル振るわせながら叫ぶ
「誰よ!この中にいるんでしょ!」
「ふんっ、くだらね…」
相馬陸は相変わらず無関心に窓の外に目を向ける。
ただ、スマホに送られてきた美音との画像を指で摩りながら
意外と悪い気はしない表情をしている。
美音は無言のまま表情を変えず青い自分のスマホで何かを検索していた。
ただ、陽菜の感情が激しいのが気にかかった。
「ね、朝倉さん!本当に相馬と付き合ってるの?」
「転入してきて早々なのに、手が早いね」
「大人しい子だと思ってたけど意外と肉食系だったんだね」
嘲笑したように平野芽衣を含む一軍女子たちが他の生徒たちを煽る。
教室内のざわつきは次第に広がり、誰もがスマホを握りしめ、美音たちの反応をうかがっていた。
その中で、ただ一人──
美音は静かに立ち上がる。
背筋を伸ばし、視線を泳がせることなく、淡々と教室の空気を切り裂くように言った。
「……IPの照合と、時間帯・端末の癖から情報を照合して発信元は、もう調べました」
その言葉に、一瞬だけ教室内の空気が止まる。
「匿名でも、送り主はバレます。
時間帯、言葉の癖、文章構造、使っている端末の特性……
ほんの少しの情報から、特定は可能です」
口調は静か。だけど、どこまでも確信に満ちていた。
「今、名乗り出て謝れば──
少なくとも“人として”の信頼は残せます」
そう言って、美音はゆっくりと教室を見渡した。
その瞳は冷たくも優しく、まるで“本当の犯人”だけに届くようだった。
数人の生徒が思わず顔を伏せ、誰かが喉を鳴らした。
美音の言葉は、怒鳴りも責めもしていない。
でもその“静かな真実”が、犯人の心に深く突き刺さる。
そして最後に一言だけ、告げた。
「……これは警告じゃない。“理解”への、最後のチャンスです」
美音のあまりにも毅然とした態度に誰もが息を呑んだ
時が止まったかと錯覚したその瞬間
「……………………なん…で…」
「…なんで!」
張り裂けそうな声が教室に響いた。
叫んだのは、平野芽衣だった。
「なんで、美音ばっかりなのよ……っ!」
皆が息をのむ中、芽衣は立ち尽くしたまま、声を震わせる。
美音は表情を崩さず芽衣に目を向け淡々と言う
「…あなただったのですね。」
観念した芽衣は嫉妬の目を美音に向けた。
「…陽菜の興味は美音ばかりだったから…ちょっと意地悪してやろうと軽い気持ちで画像を流しただけだったの…」
「私……ずっと陽菜と一緒だったのに…
初めて皆んなから“ヒナメイ”って呼ばれた時は嬉しかった…
ずっと、ずっと……陽菜の隣にいられると思ってた!」
陽菜は言葉を失い、美音は黙って芽衣を見つめている。
「なのにあんたが来てから……陽菜は、あんたばっかり見るようになって……」
「なんなのよあんたは…私の陽菜を奪わないでよ…」
芽衣の拳が震える。もう止められない感情の奔流。
「陽菜は……私の憧れなのよ……ずっと昔から…
子役時代の陽菜をテレビで初めて見た時から…
セリフのない役だったけど、
“この子の表情、すごい…”って……
演技なんて知らなかったけど、記憶に残ったの」
教室は静まり返る。誰一人、言葉を挟まない。
「転校して、友だちもいなくて……
でも声かけてくれたの、陽菜だったんだよ……
私、ずっと嬉しくて、一緒の高校まで頑張って受けて……
……陽菜は、私の、私だけの……憧れだったのに……!」
涙が頬を伝いながら、芽衣は顔を覆った。
「…なにやってんのよ、芽衣!…もぅ…あんた…バカじゃないの……」
言葉を振り絞るように陽菜は芽衣にゆっくり近寄る。
(あぁ…終わる…陽菜との関係…)
芽衣は陽菜との楽しかった日常の終わりを覚悟し目を閉じた。
その時──
グイっと引き寄せられた芽衣の身体は陽菜の腕の中に吸い込まれた。
「バカ芽衣!うちらの関係ってそんなもんじゃないでしょ!」
陽菜の小さな声が、教室の空気をそっと揺らした。
「私……自信なんてなかった。
いつも“その他大勢”ばっかで。自分が本当に、誰かの記憶に残ってるなんて思わなかった」
目に涙を浮かべる陽菜
「でも……覚えててくれたんだね。ありがとう、芽衣」
芽衣の体が震える。顔を上げた時、その目は真っ赤だった。
「ずっと一緒だった。…だから、寂しかったんだよね。
私、気づけてなかった。ごめん」
ふたりの間に、ようやく静かな“理解”が芽生える。
──その様子を見つめていた美音は、一歩だけ踏み出した。
「……私はAI的視点で、情報操作という行為はどうしても許せません。
でも、あなたが陽菜を大切に思っていたことは──わかりました」
美音の瞳は、どこまでもまっすぐだった。
「……だから。心から謝ってください。陽菜に。
それが、次に進むための条件です」
芽衣はうなずいた。涙の中で、精一杯の声で言う。
「……ごめん。陽菜、本当に、ごめん……」
陽菜も、もう涙を隠さなかった。
⸻
【休み時間終了のチャイム】
チャイムが鳴ったあと止まっていた時間が動き出すように
各自が席へ戻り始める。
先ほどまでの空気感を知らない教師が入ってくる。
「はい、授業始めますよ。」
誰もが何もなかったかのように振る舞っていた。
相馬陸は、窓の外を見ながらふっと笑った。
(朝倉美音……
コイツ、本当にバカがつくぐらい真っ直ぐだな……)
(でも──俺たちのことにはスルーしてたな……笑
それもまた、美音らしいってことか)
彼のスマホ画面には、まだ消されていない──
美音と一緒に写った、例の写真が表示されていた。
一方、陽菜も席に戻りながら、ふと笑みをこぼしていた。
(あれ……美音……私のこと……)
(“陽菜”って──呼び捨てにしてたじゃん)
そのさりげない変化が、なぜか嬉しくて、
胸の奥がくすぐったくなるような、不思議な感覚だった。
教室に流れる空気は、もうさっきまでとは違っていた。
朝倉美音のオフショットを載せてあります。
朝倉美音の公式アカウント
↓
https://www.tiktok.com/@_mion0707?_t=ZS-8yQZYDOfsyG&_r=1
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