表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/39

「沈黙の叫び」

悩んでいるのに、言えないことがある。

助けてほしいのに、黙ってしまうことがある。


誰かの沈黙には、たくさんの“叫び”が隠れている。

それは、怒りかもしれない。悲しみかもしれない。

でも、声にできないその想いは、

誰かが気づいてくれるのをずっと待っている。


もし――

その沈黙に、そっと寄り添える誰かがいたなら。

その心の奥に、ほんの少し触れることができたなら。


この章は、“声にならない感情”が少しずつ解きほぐされ、

家族という小さな灯りが、ひとつ、またひとつ灯っていく物語です。


挿絵(By みてみん)


「沈黙の叫び」


-朝倉家夜リビング-


心配そうに呟く綾乃

「サトシ、今日もご飯食べなかった…反抗期かしら…」

さすがに心配になった一彦

「思春期だから大人には言えない悩みが色々あるんだろう。俺やママが聞いても何も言ってくれないと思う。」と言いながら美音に目配せをする一彦


「私、ちょっとサトシと話をしてきます」

美音はそう言うと階上のサトシの部屋へ向かった。


申し訳なさと安堵の気持ちが入り混じった表情で

リビングを出る美音の背中を一彦と綾乃は見送るしか出来なかった。




︎-朝倉家2階/サトシの部屋-


コンコン――

ドアの向こうから、静かにノックの音が響く。


「サトシ。ちょっとだけ、相談……してもいい?」


「…何?相談って…」

扉向こうから聞こえる警戒しているようにサトシの返事が聞こえた。


「お父さんとお母さんには言えない相談なの。心配させちゃいそうで…」

少しの間。やがて、扉が静かに開いた。


「……どうぞ」


整えられた部屋。空気は凪のように静かだった。

サトシは机に向かったまま、軽くうなずいた。


美音はゆっくりと部屋に入り、ベッド脇に腰を下ろす。


「この間ね、同じクラスの陽菜さんに言われたの」

「アンタは無感情でロボットみたいだ、って」


その言葉に、サトシの背中がわずかにピクリと反応した。

しかし彼は机から視線を外さない。


「私はただ、普通にしていただけなのに。ロボットだなんて、酷いよね……」


美音の声は穏やかだった。


「その子が言うの。“感情は、出したほうがいい”って。でも、どうやって出せばいいのか、私はまだよくわからない」


サトシは無言のまま。

けれど、机に置いた手が拳を作り、少しだけ力が入っているのが見えた。


「私は、誰かと気持ちを“つなげる”ってことが、まだわかってないの」

「だけど……それでも、誰かに寄り添いたいって、考えるようになったの」


ふと、美音は自分の胸をそっと押さえた。


「私ね、朝倉家に来るまで、ずっと“ひとりぼっち”だった。医療センターにいた時も、人はそばにいたけど、ここが…」

(胸元を指す)


「ここが、つながってるって思えなかった」


美音は、サトシの背中に向かって続ける。


「でも、お父さんとお母さんが私に寄り添ってくれたから……今は、私も誰かのそばにいたいって、思えるようになった」


静かな、けれど確かな決意の声。


「もし……サトシが、私のことを“家族”だって思ってくれるなら」

「“お姉ちゃん”だって感じてくれるなら……私も本当の家族になりたい」

「私も家族に寄り添っていたい」



沈黙――


サトシは何も言わなかった。

ただ視線を落としたまま、そっと膝の上の拳を握った。

握った手が、わずかに震えていた。


やがて、視線が美音へと向けられる。

目が合うことはない。けれど、その横顔には、言葉にならない何かが浮かんでいた。


その瞬間、窓の外から――


……ガタン――ゴトン……


列車の音が、遠くからかすかに響いてきた。


サトシの目が、わずかに揺れる。



-回想/数週間前・陸橋の下-


空は、燃えるような夕焼け。


制服の袖は破れ、鞄は投げ出され、散らばった教科書のページが風に舞っている。


「コイツ、何言ってもやり返してこねぇよ」

「朝倉ってマジ何考えてるかわかんねーし。陰キャ、根暗、ウケる」


遠ざかる笑い声、靴音。

誰も助けてくれなかった。

ただ、上を走る列車の音だけが、無情に響いていた。


この時、サトシは拳を握り、唇を噛み、声にならない叫びを胸に押し込めたまま、うつむくことしかできなかった。


怒り、悲しみ、苦しみ…

教室の雰囲気を壊したくない。

家族を心配させたくない。


吐き出せる場所も相手もいないことがサトシを孤独に追いやっていた。



【現在・サトシの部屋】


列車の音が、だんだんと遠のいていく。


「……ほんとは“相談”なんて口実かも」


「養女としてこの家に招かれてからサトシとふたりでゆっくり話をすることもなかったから話がしたかった。話を聞いて欲しかった。」


「私自身が朝倉家と家族の関係を積極的に築こうとしなかったし…これは私の一方的な思い込みかもしれないけど…」


「話を聞いてほしかったのは、たぶんサトシも同じじゃないかって……」


沈黙――


やがて、サトシの視線が、美音の方へとゆっくり向けられる。

目が合うことはない。けれど、その横顔には、言葉にならない何かが浮かんでいた。

硬く閉ざされていた扉が、ほんの少しだけ、軋みながら動いたような気がした。


窓の外、列車の音がかすかに響く。


……ガタン――ゴトン……


その音が、ふたりの沈黙のあいだをやさしく渡っていく。


美音は静かに目を伏せ、胸の奥にしまっていた言葉を紡いだ。


美音「……ありがとう。話を聞いてくれて」


その言葉は、押しつけでも説得でもなかった。

そっと寄り添うように、ただその場に“いる”。

ただ“ひとりの姉”としての、ささやかな感謝の気持ち。


サトシは何も返さなかった。

けれど、その瞳の奥には、小さな“応え”のようなものが宿っていた。


ほんのわずかに──

彼の心の奥に、美音の声が届いたのだ。


サトシは、ゆっくりと息を吐いた。


(俺、ずっと“姉ちゃん”がいたらって思ってた)

(親に言えないことも、姉ちゃんなら、話せたかもしれない……

一人で抱えてるのが、当たり前だって思ってたんだ)


サトシは言葉にしたかったが言えなかった

言葉でどう表したら良いのか分からなかったが精一杯の言葉を選んだ。


「ミオ姉…ありがとう…」


美音は、やさしく微笑んだ。


そのとき、また遠くで列車の音が鳴った。

でも今度は――それが、過去の傷ではなく、どこかへ続く未来の音に聞こえた。


サトシは何か覚悟を決めたように急に立ち上がった。


(後でじゃダメだ。今しかない――)


胸の奥で何かが突き動かしていた。

今、動き出さなければいけない気がした。

理由は分からない。でも、そうするしかなかった。


「俺、ちょっと出掛けて来る」




階下に降りるサトシ。

心配そうにサトシを見る綾乃、だが何も声をかけられない。

綾乃の視線に気づいたサトシ「ちょっと出掛けて来る…」そう言うとスニーカーの紐を固く結んだ。


“こんな時間にどこ行くの?”と聞くのが普通の親なのかもしれないと思いながら

「気をつけてね」と精一杯普段通りに言葉をかける綾乃。


「玄関の鍵、開けとくよ」

一彦はリビングからサトシの背中を見送る。


一彦、綾乃の言葉は普段通りだがいつも以上に寄り添う思いの詰まった言葉だった。


「…うん。すぐ帰って来るよ…」


サトシは振り向くことなかったが玄関の扉を閉める音だけを残し夜の暗闇を進んで行った。


-陸橋の下-


サトシは2度と来たくないと避けていた場所に立っている。

辺りには人の気配はない。

虫の音と遠くから発せられる車の発車音が微かに聞こえた。


(最初は些細な弄りだったんだ。)

(俺はただやり過ごせば良いだけだと思ってた)


回想された級友たちの侮蔑する笑い声と蔑むような視線が

サトシの心の痛み、身体の痛みを甦らせる。


その時、サトシの頭上を最終列車が通り過ぎていく

車輪とレールが擦れ合う振動。それによって引き起こされる轟音が静寂を破る。


サトシは声を上げた。

頭上を走る轟音に立ち向かうように…


それは言葉ではない。叫び。

サトシの中で封印された感情が吐き出されていく。


遠ざかっていく最終列車の音。

再び静寂。


咽込みながらその場に座り込む。


(こんなに声をあげたの赤ん坊の時以来かも…)


自分でも気が付かなかったぐらい顔は涙で濡れてた

喉が痛い…でも……なぜか晴れやかな気分だった。


一彦、綾乃、美音のことが脳裏に浮かぶ…


(帰ろう。帰る場所があるんだから…俺の居場所に帰ろう)


温かい気持ちになったサトシは陸橋下を後にした


-その夜、朝倉家、美音自室-


《感情って、言葉だけじゃない。

 沈黙や視線にも、ちゃんと意味があると思う》


《サトシの中に、たしかに“叫び”があった。

 でも今、少しだけ、それが私に届いた気がする》


《電車の音。それは彼にとって痛みの記憶だった。

 だけど、これからは――希望を運ぶ音になったらいい》


ノートを書き終えた瞬間――


美音の部屋をノックする音

そして声を枯らしたサトシの声


「ねえちゃん、起きてる?」

「コンビニ行ったついでにアイス買って来た…。食べる?」


手には美音の好きな青いバニラ


美音は自室に招き入れ一緒にアイスを食べるふたり。

嬉しそうに青いバニラを食べる美音

その姿を呆れ顔で見ているサトシ


「ねえちゃん、ほんとそのアイス好きだな。飽きないの?」


飽きる、飽きないという感覚は分からないAIだが

冷たいアイスなはずなのに温かい気持ちなる。


「このアイスは、“おねえちゃん”が初めておともだちと食べた記念のアイスなの」


「…ふーん…ちょっと俺にも味見させてよ。」


「え…」


数秒の美音の沈黙…


「ヤダ」


「いいじゃん、ちょっとだけだから。どんな味なのか知りたい」

「ダメ、無理」

「えー何でだよ!さっき寄り添いたいって言ってただろ!可愛い弟の頼み聞けないのか?」」

「それとこれとは別!」

「なんだよケチ!」


“姉弟”の他愛のない言い合い。

その声が階下のリビングまで届いていた。

その声を聞きながら一彦と綾乃は無言で笑みをこぼした。


挿絵(By みてみん)

声にできない“叫び”が、たしかに存在する。

それは沈黙の中で、視線の奥で、拳の震えとなって現れる――。


言葉じゃない。涙でもない。

サトシの心にずっと閉じ込められていたものが、ついにこぼれ落ちた夜。

“寄り添う”という言葉の本当の意味が、美音の静かな想いを通して浮かび上がった気がします。


ほんの少しだけ、心の扉が開いたその先に、彼らの“家族”という形が、ようやく輪郭を持ちはじめたのかもしれません。


でも――

人と人との関係は、いつも優しさだけで成り立つわけじゃない。

scene12では、美音が“友達”という存在と向き合いながら、

これまで知らなかった、そしてこれから知っていく“感情たち”と出会っていきます。


次回、陽射しの傾く放課後――

美音が“観察者”から“一歩”を踏み出す。

陸との関係、陽菜との友情にも異変が!

そして新キャラ登場で新展開の予感。

更には美音、七瀬博士、朝倉一彦の関係、

美音ノートに書き足す「あなた」の秘密が明らかになっていきます。


次回もお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ