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「守りたい」

ほんのひと言で救われる心がある。

でも、その言葉を届けるには、“勇気”という感情を通らなくちゃならない。


無表情な少女、七瀬美音。

心を持たないはずだった彼女の世界に、じわじわと色が差し込んでいく。

見えない傷、交わされない言葉、閉ざされた扉。

誰かの痛みに触れることで、美音の中の“何か”が変わっていく。


これは、ただの成長物語じゃない。

“感情”という曖昧な光を手探りで掴もうとする、ひとつの小さな冒険。

そして、沈黙の奥にある声を、ちゃんと“聴きたい”と願った少女の記録。


もしあなたがまだScene1を読んでいないなら、

ここから始まる物語の温度を、どうか感じてみてほしい。


そして、ずっと読み進めてくれているあなたへ。

──あの子の“応援”が、いよいよ動き出します。

挿絵(By みてみん)


「守りたい」


【翌日・昼休み】


美音は昨日までの事を考えていた。


朝倉夫妻と亡くなった長女こと、陸の怪我のこと。

時折り起こるフラッシュバック、

“借りている”本体の父親の七瀬博士のこと

少女の声

ノートに書き足された謎の言葉…

そして、相馬陸のこと…


(応援って、何だろう。“頑張って”って言うこと? ただ見守ること? それとも——誰かの苦しみに踏み込むこと…?)


美音は教室の一番後ろの窓際の席で

相変わらず無表情に外を向いている相馬陸をチラリと見た。


突然、屈託のない笑顔の白石陽菜の顔が美音の目の前に現れる。


「アンタさぁ、電源OFFされたロボットみたいに無表情になってるよ。なんかあった?」


陽菜の声は、明るく弾むように響いた。

でもその声の奥に、わずかな揺らぎがあった。

差し込む陽光が、彼女の髪の毛の一筋をきらきらと縁取って、まるでその笑顔ごと教室の空気に色を足したようだった。


美音は目を細め、その光の粒が教室の埃に舞う様子をじっと見つめた。

外では蝉の鳴き声が遠く響いているのに、教室の中だけが静かに止まっていた。


「……別に、いつも通りだよ…」


美音が目をそらすと、陽菜がクスッと笑う。


「いつも通りって言う人に限って、なんか隠してるんだから!」


陽菜の声は軽いけど、目は美音をじっと見つめている。


「感情ってさ、“見せるため”だけにあるんじゃないよ。」


「……?」


「誰かと心を繋げるためにあるんだ。言葉だけじゃ届かないとき、感情が橋になるんだから。」


陽菜の言葉は、先週の演劇オーディションで審査員に陽菜自身が言われたもの。

でも今は紛れもなく陽菜の言葉として美音に語った。


「……感情って、ツールみたいなもの?」


美音の声に、陽菜が目を輝かせる。


「そうそう! 最強のコミュニケーションツール! でもね、ただのツールじゃない。誰かと“分かち合う”ためにあるんだよ。」


陽菜が少し声を落とし、そっと続ける。


「アンタが感情を隠してたら、せっかくの宝物がもったいないよ。」


その言葉に、美音の胸に昨夜のサトシの沈黙がよみがえる。言葉のないその背中が、どれだけ多くの“伝えたい”を隠していたか。


「ねえ、ちょっとこれ見て! さっきの英語の授業中にノートに自分の名前書いてたらめっちゃ面白いこと発見したんだから!」


陽菜が急にテンションを上げ、一枚のノートの切れ端を美音に差し出す。


そこには、「Hina」「Mion」とアルファベットで書かれた二人の名前。


美音が無表情のまま切れ端を見つめると、陽菜がちょっと焦ったように笑う。


「ほら、このアルファベットの“i”って、なんかの形に見えない?」


陽菜がノートを手に、目をキラキラさせて続ける。


「この“i”の点、さ。灯台の形に見えない? 人の形にも見えるよね!小文字の“i”って、なんだか子供っぽくて、でも、ちゃんと“心”を持ってる感じ。」


陽菜の声が、ほんの一瞬、柔らかくなる。


「美音の心も、こうやって少しずつ灯ってるよね。私たち、友達なんだから、その灯りを隠さないでよ…?」


陽菜は「一緒に分かち合いたいよ」と言いかけたような表情を見せるが、すぐにいつもの陽菜らしい笑顔に戻る。


「もぅ! アンタの“Mion”にも“i”が入ってるんだから、もっと人間らしく感情出していこうよ!」


陽菜の笑い声が教室に響く。

その言葉には、美音をそっと包む優しさがこもっていた。


教室の窓を通して二人を照らす陽の光によって

二人の空間に心の灯りがともされたようだった。


しかしその二人の温かい空間に向けられる冷たいノイズを美音は感じ取る。


「午後の授業、始めるぞ!みんな席に付いて下さい」


教室に入って来た男性教師の声がその冷たいノイズ掻き消した。



【その夜/朝倉家】


夕食時刻になっても、今日もサトシは部屋から出てこなかった。


「明日までのプリントをやらなきゃならないからいらないって」


美音が食卓でそう言うと、綾乃は眉を寄せた。


「最近、あの子……ちょっと変よね」


一彦はため息をつきながら新聞をめくる。

「ママ、陸に好きな女の子が出来たんじゃないかとまた思ってるのか?」


「”また”って何よパパ。」

「女の子で悩んでるなら良いけど…サトシ、最近様子がおかしいのよ本当に…

なんか顔を合わせないようにされてるみたいで…」


綾乃は心配そうに溜息をついた。

綾乃のその言葉で一彦は読んでいた新聞を畳んでテーブルに置き

腕を組み階上のサトシの自室を見上げ


「もともと大人しい子だし、ひとりっ子として育ったようなものだしなぁ。」

「歳の近い相談相手でもいれば良いが…」


そう言うとちょっと意地悪そうに美音に顔を向ける。

何かを察した綾乃はニヤッとした。


「美音ちゃん、後でサトシに夕飯を運んでくれる?」


食後、綾乃に頼まれ、美音はトレーに夕飯を載せてサトシの部屋の前へ向かった。


「……ごはん、持ってきたよ」


「…いらない」


扉越しの声は短くて冷たかった。


「ママ特製の……ハンバーグだよ。温めなおしてあるけど…」


静寂。「………………」


その直後。

扉がわずかに開いた。


ギィ……

古びた蝶番がわずかにきしむ音と共に、扉がほんの数センチ開いた。


中から伸びた手は、明らかに急いでいた。

がさつな仕草でトレーを奪うと、その手はすぐに引っ込んだ。


扉の向こうからは、エアコンの機械音と、微かに閉め切った部屋の空気の匂い──汗と何か焦げたような匂い──が一瞬、美音の鼻をかすめた。


「……食ったら、自分で片付けるから」


開けられた一瞬で美音はサトシの部屋の中を観察した


中は薄暗く、カーテンが閉められ、机の上は荒れていた。

──プリントが破れて捨てられたように見えた。


美音は言葉にしなかったけれど、すぐに気づいた。


「…うん…」


名残り惜しそうに、そして部屋入るキッカケを作るように

しかしそれを悟られないように美音は言った。


「デザートに、青いバニラアイスもあるよ」


「……俺、あれ嫌い」


そう言うとサトシは部屋の扉を閉めた。


(……そっか)



【深夜・美音の部屋/ノート】


美音は青いバニラを舐めながら

陽菜と初めてこのアイスを食べた温かい時間を回想していた。


《たとえ同じものを差し出しても、誰かにとっては、苦しい味になることもあるんだね。》


ノートを開き、ペンを走らせる。


《陽菜は言ってた。“感情はツール”

でもただのツールじゃなくて、誰かと“分かち合う”ためにある。》


《私はたぶん、それをサトシに伝えたいのかもしれない。》

《応援って、ただ見てることじゃない。》

《伝えること。響かせること。》


《私は今、応援したい。》

《サトシの声が、たとえ見えなくても──届いてほしいと思った。》


《そして…あなたとも“おともだち”になれるかな…。》



挿絵(By みてみん)

“誰かを応援する”って、実はとても勇気がいることなんだ。

無理に踏み込んでしまえば、相手の痛みをえぐるかもしれない。

でも、遠くから見ているだけでは、何も変わらないこともある。


青いバニラは、ただのアイスじゃなかった。

美音にとってそれは、“伝えたい”という想いのかけらだった。

でもそれが、相手にとっては“苦しい味”になることもある。

──そんなすれ違いさえ、今の美音は受け止めようとしている。


ほんの少しだけ勇気を出して、扉の前に立った彼女の背中には、

もうかすかに“人間らしさ”の温度が灯っている。


けれど──

沈黙の奥に潜むものは、簡単にはほどけない。

サトシの言葉にならない叫びも、陽菜の笑顔の奥にある揺らぎも、

そして、美音自身がまだ気づいていない**“もうひとりの自分”**も。


次のシーンでは、また一歩、美音が「心」の深層に踏み込んでいく。

小さな声を拾い、繋ごうとするその姿を、どうか見届けてほしい。

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