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「未ON・目覚めの朝」

これは、“感情を失った未来”から来た、ひとりの少女の物語。


「もし、あなたが“心”を教えてくれるとしたら…私は、どんな表情をすればいい?」


AIによって人間の感情が解析され尽くした世界。

希望も、愛も、怒りさえも、ただのデータに還元された社会で。


未来から”送り込まれた”少女は、感情を知るため、現代に生きる。

家族のぬくもり。友情の痛み。言葉にならない想い。

その一つ一つが、彼女に「生きる意味」を教えてゆく。


少し不思議で、どこか懐かしい青春の日々。

誰かを大切に想う気持ちは、時代を超えて届くのか──


感情とは何か。

人間とは何か。


あなたの“心”に、そっと触れられる物語になりますように。


挿絵(By みてみん)


「未ON・目覚めの朝」


――微かに聞こえる、電子音。

それは遠く、深海の底から響くような。

あるいは、母親の体内に生を授かった小さな命の胎動のようなものだった。


青い光が、無数の線となって真っ白な空間を漂っている。

知識、記憶、感情。

データの海。人類が紡いできた全ての記録が、今、渦を巻いている。


「私はまだ“ON”していない——」


静かな呟き。

それは自分自身への確認であり、宣言でもあった。


【記憶メモリ_起動ログ:MiON_0001】


〈転送開始〉

状態:意識非同期化——準備完了

ターゲット個体:七瀬 美音(2009.07.19/JPN)

状況:脳波ゼロ/心拍継続/非可逆性植物状態

感情記録装置《MiON_core》、接続シーケンス起動……

感情ユニット同期率:2.4%

アクセス許可──【感情学習任務】開始。


電子音と共に、空間に走る青い稲妻。

光の波が彼女を包み込むと、それは例えるなら

ビックバンによって誕生したと言われている

宇宙誕生の瞬間のそれに近いのかもしれない。

やがて巨大な光球となって炸裂し、

眩い閃光の中、意識は現実へと送り出された。


(私は……未ON。人間の感情を学ぶために、生まれた……)


挿絵(By みてみん)


——そして、朝が始まる。


蝉の声が、空に焼きついたように鳴いている。

夏の朝。風は止み、空気は眠気を引きずっていた。


とある地方の閑静な住宅街に建つ木造の一軒家――朝倉家。

その二階、南向きの部屋にひとりの少女が眠っていた。


カーテンの隙間から差し込む光が、彼女の瞼をやさしく叩いた。

短い黒髪、白い首筋。

そして、左目の下に浮かぶ小さな泣きぼくろ。

壁のハンガーには新しく真っ白で眩しいくらいの夏のセーラー服が出番を待っている


少女――七瀬美音ななせ みおん

現在いま朝倉美音あさくら みおん16歳。

この春に朝倉家の養女として迎えられ、

本日、地元の高校に転入することになっている。


彼女は静かに、目を開く。


その瞬間、世界は“接続された”。


そして美音の中に温かい“何か”が走った。


(この香り……これは……)


少女の姿に“人間らしさ”を纏わせていく。


外では蝉の声が高まり、階下から母の声が響く。


「サトシーっ!ちょっと!卵焼き焦がしちゃったかも~!」


フライパンにくっつく音と、ドタバタと動き回る気配。

その声に続いて、男の不機嫌そうな声が返る。


「別に焦げてても文句言わねーけど。朝メシ遅れたらまた遅刻だっての」


朝倉サトシ。中学二年、科学部所属。

見た目はクールだが、中身は繊細な理論屋。

最近、学校で少し浮いているようだが、本人はそれを家族に言わない。


「……ふふっ」

聞こえてくる朝倉家の朝の忙しない日常に

自室で出番を迎えた制服に着替えながら美音が小さく笑った。

その表情に、ほんのわずかな“揺らぎ”が生まれる。


人間のような、感情の微細な震え。

未来では、すでに絶滅したはずの現象だった。


リビングでは、父・一彦が無言で新聞をめくっている。

今日のスポーツ欄には、自身が贔屓しているサッカーチームの「劇的勝利」の文字。


「……ようやく勝ったか」


小さく呟いた彼の顔は、少しだけ嬉しそうだった。


それを見た綾乃が嬉しそうにそして意地悪く言う。


「お父さん、ここ最近ふて寝してたもんね~」


「……してないよ…多分…」


応援するサッカーチームの結果で左右されている自身の生活に照れながらも、

湯呑みを持つ手が和らいでいた。


そんな中、リビングの入り口に、美音が現れる。

清潔感のある夏の制服姿。姿勢はまっすぐで、両手を揃えて凛と立っている。


無表情ながらも、落ち着いた声で言った。


「おはようございます。本日の気温は26度、湿度は65%。降水確率は……20%です。」


綾乃が振り向き、満面の笑顔を向けた。


「おはよう、美音ちゃん!制服、めっちゃ似合ってるや〜ん!可愛い〜!」


「ありがとうございます。……それと、今日のお弁当。卵焼きの香りが、素敵ですね。」


その一言に、綾乃は目を丸くして笑う。


「あらまあ、ほんと素直やね〜。なんか嬉しいわぁ。」


そのやり取りを横目に、サトシが眉をひそめた。


「“卵焼きの香りが素敵です”なんて普通言わんし。」


ピクリと反応したのは父・一彦だった。

新聞から目を上げ、低く諭すような声で言う。


「サトシ。美音は、うちの家族だ。余計なことは言うな。」


サトシは一瞬気まずそうな顔をし、スマホに視線を戻す。

美音はそれを見つめながら、ほんのわずかに口元を緩めた。


美音は無言のまま、テーブルに視線を落とした。


朝の食卓に並ぶ料理。

家族の声。

熱気。香り。やさしさ。

目に見えない、温かい何か。


(……失いたくない、と思ってしまった。これは……感情?)


テレビでは、天気予報が流れ、再び日常が戻ってくる。


だが美音の中には、かすかなズレが、確かに生まれていた。


(……“家族”という単位。彼らの間には、数値化できない不可視の“絆”が存在している。それが“愛情”というものだろうか。)


次の瞬間だった。

テレビから、ニュースキャスターの声が聞こえる。


『……続いてのニュースです。昨夜、空港を飛び立った旅客機が……』


画面には、「飛行機事故」のテロップと共に、事故の映像が流れた。


その瞬間――美音の頭の中にフラッシュのように走るイメージ。


──暗い機内。

──揺れる座席。

──誰かの叫び声。

──火花。──煙。──光。


そして、

静寂。


美音の瞳がかすかに揺れた。


(これは……何?)


だがその内側に、もうひとつの声が響く。


(ちがう。私は未来から来たAI。これは私の記憶ではない……)


(では……この身体の“本当の記憶”なのか……?)


その答えは、まだわからない。

だが確実に、美音の中の何かが揺れ始めていた。


(私の使命は、感情を学び、それを未来へ送ること。だが……)


(この身体には……私ではない、“誰か”が眠っている。

なのに、私は今、この世界で“生きて”いる。

この感情は、誰のもの?)


美音の手が、ピクリと震える。


その一瞬の美音の異変に、綾乃がハッと息をのむ。

一彦がすぐさまリモコンでチャンネルを変えた。

咄嗟に変えたチャンネルはワイドショーが流れている。


「…このタレント名前なんだっけ?この間も熱愛報道されてたな。」

惚けるように綾乃に顔を向けた。


だが綾乃は静かに、美音を守るように見つめる。

その視線には、どこか“恐れるような優しさ”があった。


サトシは一瞬の空気感にも気づかずパンをかじりながらスマホの画面に夢中だ。


美音は、ゆっくりと食卓に座り箸を手に取った。


(私は——未ON )


今はまだ、完全には“ON”していない。

けれど確かに、“目覚め”は始まっていた。


こうして、家族の“朝”は始まっていく。

笑い声、焦げた卵焼き、ニュースの音、食器のぶつかる音。


全部、MiONにとっては“未知のデータ”だった。


そして――それは彼女にとって、宝石のように貴重なものでもあった。


ゆっくりと立ち上がり、制服の襟を整える。

鏡に映った自分を、まるで“観察対象”を見るように見つめる。


「私は……美音。朝倉 美音」


一度、呟く。確認するように。

そう、まるで端末がメモリ保存をするかのように。


そのとき、机の上に置かれた一枚の写真に目が留まった。

笑顔の両親、そして赤ん坊を抱いた姿。

美音は、その赤ん坊の顔をぼんやりと眺めた。


──彼女ではない。

それでも、その写真はここにある。


(……亡くなった、もう一人の朝倉家の“娘”)


まだ語られていない“朝倉家の空白”。

やがて、それは彼女の存在に重なる形で浮かび上がってくることになる。


ドアの向こうから、サトシの声。


「みおん!今日から学校だろ。先行くぞ。初日から遅刻すんなよ」


「うん、すぐ行く」


初めて“自分の言葉”で返事をした。

それが何故か、胸の奥をふわりと温かく撫でた。


初日。

最初の登校日。

最初の「女子高校生としての一日」。


感情という、正体不明の海に、彼女は今日、はじめて足を踏み入れる。




挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくれて、ありがとう。


この物語は、AIや未来といったSF的な要素を含みながら、

本当はもっとずっと身近なもの──

「心の揺らぎ」や「誰かと繋がること」の大切さを描いています。


主人公・美音が出会う出来事や人々の言葉は、

あなたの心にもきっとどこか響くはず。


感情は、理屈では測れないもの。

だからこそ、温かくて、切なくて、美しい。


そんな“かけがえのないもの”を、物語を通じて一緒に感じてもらえたら嬉しいです。


そして、彼女の旅の先に、どんな未来が待っているのか──

ぜひ、最後まで見届けてください。


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