第九話 「岩の巨人と、水晶に響く声」
「侵入者ヲ、排除シマス」
無機質な声と共に、岩のゴーレムが巨大な拳を振り下ろす。わたしは咄嗟に横へ飛び退いた。直後、今までわたしが立っていた場所が轟音と共に砕け散る。
「硬いっ!」
新しいロングソードで斬りかかっても、甲高い音を立てて弾かれるだけ。傷一つつけられない。
「よもぎちゃん!」
合図と共に、よもぎちゃんがゴーレムの足元へ駆け込み、尻尾を爆発させた。ドォン!という衝撃で岩の破片が飛び散るが、ゴーレムはびくともしない。それどころか、剥がれた部分がすぐに周囲の瓦礫を取り込み、元通りに再生してしまう。
なすすべがない。圧倒的なパワーと、鉄壁の防御、そして自己修復能力。
わたし達はただ、命からがら逃げ回るしかなかった。
(ダメだ、このままじゃ……!)
何度も吹き飛ばされ、全身が悲鳴を上げる。薄れゆく意識の中、よもぎちゃんの「きゅぅ、きゅぅ!」という必死な鳴き声だけが、わたしの心を繋ぎとめていた。
(諦めるな、わたし……! 見るんじゃない、感じろ……!)
テッサイ師匠の言葉が、脳裏に蘇る。わたしは痛みと恐怖を奥歯で噛み砕き、冷静にゴーレムの動きを観察した。
大振りな攻撃。単調な動き。そして、再生の瞬間。
――見えた。
ゴーレムが腕を大きく振り上げた時、胸の中心部の岩の組み合わせがわずかに緩み、その奥で心臓のように明滅する、赤いコアが見える。弱点は、あそこだ!
「よもぎちゃん!」
わたしは相棒の目を見た。言葉は要らない。わたしの覚悟は、きっと伝わっている。
「一回だけ……今までで一番大きいの、お願いできる?」
よもぎちゃんは、その小さな体で「きゅぅん!」と力強く鳴いた。
作戦は、無謀そのもの。わたしが囮になって、ゴーレムに最大の攻撃を誘発させる。その懐に飛び込み、よもぎちゃんがコアを狙って最大火力の爆発を叩き込む。失敗すれば、二人とも、この瓦礫の下だ。
「いくぞ!」
わたしはゴーレムの正面へと、一直線に駆け出した。
「こっちだよ、この鉄クズ!」
挑発に乗ったゴーレムが、両腕を天に掲げ、わたしを押し潰そうと振り下ろす。絶望的な質量が、影となってわたしを覆い尽くす。
「今だ、よもぎちゃぁぁん!!」
叫びながら、わたしは地面を転がってその巨腕を紙一重でかわした。
次の瞬間。
世界が、白く染まった。
よもぎちゃんの尻尾から放たれた閃光は、今までの比ではなかった。洞窟全体を揺るがす轟音と共に、光の槍となってがら空きになったゴーレムの胸のコアを正確に貫いた。
「ギ……ギギ……システム……ダウン……」
断末魔のような機械音を残し、ゴーレムは光を失って崩れ落ち、ただの岩の山に戻った。
「はぁ……はぁ……やった……やったね、よもぎちゃん!」
満身創痍の中、わたし達は勝利を分かち合った。
だが、その余韻に浸る間もなかった。ゴーレムが守っていた青い水晶が、急速に光を失い始めたのだ。その表面に、わたしには読めない文字が明滅している。
《SYSTEM: N.E.O.N》
《PROTECT LEVEL: FAILED》
《REQUEST: S.O.S...》
わたしが恐る恐るその冷たい水晶に触れた、その時。
――たすけて……くろすけ……――
知らない少女の、悲痛な声が、直接頭の中に響いた。
同時に、見たこともない機械的な都市の映像が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
「え……?」
ゴゴゴゴゴ……!
次の瞬間、洞窟全体が激しく揺れ、天井から岩が崩れ落ちてきた。ここはもう、長くはもたない。
「今は逃げるぞ!」
わたしはよもぎちゃんをひしと抱きかかえ、崩壊する廃坑から、光の見える入り口へと向かって、ただ無我夢中で走った。
手にしたのは、討伐の証拠でも、報酬でもない。
この世界の根幹を揺るがす、あまりにも大きな謎の欠片だった。