第六話「ゴブリンの森と、尻尾の爆発」
西の森は、道場のある東の森よりも空気が重く、不気味な静けさに満ちていた。わたしは鉄の剣を握る手に汗が滲むのを感じながら、テッサイ師匠の教えを思い出していた。
(気配を読め。見るんじゃない、感じるんだ)
目を閉じ、意識を集中させる。風の音、木の葉の擦れる音……その中に混じる、微かな異音。獣とも違う、ザラついた呼吸音。
――いた!
わたしは音のした木の陰に向かって、一気に駆け出した。修行で鍛えた踏み込みは、以前のわたしとは比べ物にならないくらい速い。
「セアッ!」
驚いて振り返った緑色の醜い生き物――ゴブリンの胸を、わたしの剣が正確に貫いた。一体目は、奇襲でなんとか倒すことができた。
(よし!)
安堵したのも束の間、背後から鋭い風切り音が二つ、同時に迫る。
「しまっ……!」
慌てて振り返ると、そこには棍棒を構えたゴブリンが二体。さっきの一体は、仲間をおびき出すための囮だったのだ。
一体を相手にするので精一杯なのに、二体の連携は想像以上に厄介だった。一方が正面から棍棒を振り下ろし、わたしがそれを防ぐと、もう一体が死角になる背後から襲いかかってくる。
ガキン!ガキン!と剣で攻撃を受け流すが、じりじりと追い詰められていく。そして、ついに避けきれなかった一撃が、わたしの足を薙ぎ払った。
「きゃあ!」
鋭い痛みが走り、わたしはその場に倒れ込む。目の前で、ゴブリンが下卑た笑いを浮かべながら、とどめを刺そうと棍棒を大きく振り上げた。
(ここまで、なの……?)
死を覚悟し、ぎゅっと目をつむった、その時だった。
「キューーーーーッ!!」
甲高い、けれど必死な鳴き声が森に響き渡った。
次の瞬間、白い閃光がわたしの横を駆け抜ける。よもぎちゃんだ!
信じられない光景が、目の前で繰り広げられた。
よもぎちゃんのぴこぴこと動いていた尻尾が、まるで導火線のようにパチパチと火花を散らし、まばゆい光を放ち始める。
そして――
「ドォォン!!」
鼓膜が破れそうなほどの爆発音と共に、ゴブリンの一体が吹き飛ばされた!
普段の愛らしい姿からは、到底想像もつかないような破壊力。残ったもう一体のゴブリンも、そしてわたし自身も、何が起きたのかわからずに呆然としていた。
「よもぎ、ちゃん……?」
すぐに我に返ったわたしは、よもぎちゃんが作ってくれた千載一遇のチャンスを逃さなかった。
「うおおおおおっ!」
足の痛みを気力でねじ伏せ、立ち上がる。そして、まだ混乱している最後のゴブリンに向かって、ありったけの力を込めて剣を突き出した。
静寂が森に戻る。
わたしはぜえぜえと肩で息をしながら、信じられないものを見るように、よもぎちゃんを見た。当の本人は、何事もなかったかのように駆け寄ってくると、「きゅぅん…」と心配そうに鳴きながら、わたしの足の傷をぺろぺろと舐め始めた。温かくて、優しい感触。
「すごいよ、よもぎちゃん! 君、すごいや! ありがとう!」
わたしはよもぎちゃんを力いっぱい抱きしめた。一人じゃなかった。こんなに頼もしくて、強い相棒がそばにいてくれた。その事実が、何よりも嬉しくて、温かかった。
わたしはゴブリンが持っていた汚れた耳を討伐の証拠として切り取り、よもぎちゃんに肩を貸してもらうようにしながら、道場への帰路についた。
一人で挑んだはずの初仕事。
でも、わたしは最高の相棒と共に、それを乗り越えたのだ。
この殺伐とした世界で生きていく光が、確かに見えた気がした。