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【君が世 番外編】砂漠の神と、孤独な狼

それは、わたし達が福々超特急に乗り、「思い出食堂」の試練を乗り越えた後のことだった。

次の停車駅「龍の住処」へと向かっているはずの列車が、突如、何もない広大な砂漠の真ん中で、ゆっくりと停車したのだ。

「お客様方、緊急停車ではございません。これは、滅多に起こることのない、幸運なイベント、『大神様のルーレットチャンス』でございます」

狐面の車掌が、楽しそうにアナウンスする。

窓の外を見ると、砂漠の真ん中に、不自然なほど巨大で、きらびやかなルーレット盤が、ポツンと置かれていた。

「面白そう!」

ミミちゃんが目を輝かせ、わたし達も、その不思議なイベントに参加してみることにした。

ルーレットのマスには、「ハズレ」「高級メロン一年分」「伝説の防具」といった文字が並んでいる。その中に、極端に小さなマスで、「風神大神」「雷神大神」、そして、さらに小さなマスで「幻の大神」との謁見権、というものがあった。

「よーし、いっちょ、でかいのを当ててやるぜ!」

ナイが勢いよく回したルーレットは、勢い余って「ハズレ(タワシ一個)」に。ミミちゃんが回すと、「高級お肉詰め合わせ」が当たり、わたし達はその日の夕食が豪華になったことを喜んだ。

そして、最後に、わたしが挑戦した。

「えいっ!」

軽く回しただけなのに、ルーレットは信じられないほどの速さで回転し始め、やがて、まるで引き寄せられるかのように、カチリ、と音を立てて止まった。

針が指していたのは、あの、極小のマス。

『幻の大神』

その瞬間、砂漠の砂が、巨大な竜巻となって天高く舞い上がった。そして、砂が集まり、形を成していく。

やがて、わたし達の目の前に現れたのは、獅子の鬣を持ち、鷲の翼を生やし、そして狼の体を持つ、桃色の巨大なキメラだった。

幻の大神、虹吉丸。その姿は、あまりにも美しく、そして、あまりにも威圧的だった。

『……我の眠りを覚ましたのは、お前たちか、人の子よ』

虹吉丸は、退屈そうな、どこか眠たげな目でわたし達を見下ろし、言った。

『久方ぶりの謁見者だ。その資格があるか、少し、戯れてやろう』

それは、戯れなどではなかった。彼が軽く前足を一振りすれば、砂漠に亀裂が走り、一声咆哮すれば、巨大な砂嵐が巻き起こる。

わたし達は、なすすべもなく吹き飛ばされ、砂にまみれて倒れ込むしかなかった。これが、神の力。

(勝てない……)

誰もが、そう思っただろう。

だけど、わたしは、砂だらけの顔を上げ、彼の瞳を見つめた。その圧倒的な力の奥に隠された、深い、深い、寂しさの色を、見逃さなかったから。

「あなた……!」

わたしは、喉の限りに叫んだ。

「本当は、戦いたいなんて、思ってないんでしょう!」

「あなたは、ただ、寂しいだけなんだ! 誰かと本気で、心のままに、じゃれ合いたいだけなんじゃないの!?」

その言葉に、虹吉丸の動きが、初めて、ピタリと止まった。

彼は、驚いたようにわたしを見つめ、やがて、その喉の奥で、ククク……と、おかしそうに笑い始めた。

『……面白い。我の力でも、孤独でもなく、我そのものを見ようとしたか。気に入ったぞ、人の子、くろすけ』

『よかろう。お前たちの、その馬鹿正直で、お人好しで、見ていて飽きぬ旅を、この我、虹吉丸が、気まぐれに見ていてやる』

虹吉丸は、仲間になるとは言わなかった。

『ピンチの時は……まあ、気が向いたら、助けてやらんでもない。達者でな』

そう言うと、彼の巨大な体は、再び砂の中へと溶けるように、ふわりと消えていった。

後には、太陽の光を反射してキラキラと光る、一本の美しい桃色の毛だけが、静かに残されていた。

わたしは、そっとその毛を拾い上げ、大切に懐にしまう。

今はまだ、遠くから見守ってくれるだけ。でも、確かに結ばれた、自由で、気高くて、そして、少しだけ寂しがり屋な魂との、最初の絆だった。

列車に戻ると、狐面の車掌が、深々とお辞儀をした。

「誠に、トラバーサルな…いえ、実に素晴らしい出会いでございましたな」

わたし達は、この不思議な出会いを胸に、次の目的地、「龍の住処」へと、再び走り出した列車に身を任せるのだった。

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