第五話「小さな相棒と、初めての仕事」
あの日以来、道場の裏手にある森へ通うのが、わたしの新しい日課になっていた。
稽古が終わると、厨房からこっそりおにぎりを一つもらって、あの白くて、もふもふの生き物が現れるのを待つ。
最初は遠くから警戒していたその子も、三日、四日と経つうちに、少しずつわたしとの距離を縮めてくれた。そして一週間が過ぎた頃には、わたしが差し出したおにぎりを、おそるおそる手から直接食べてくれるようになったのだ。
「ふふっ、おいしい?」
小さな口でもぐもぐと食べる姿は、見ていて飽きない。
わたしはこの子に名前をつけたくなった。
「君、なんだか、よもぎ餅みたいに柔らかそうだね。よし、今日から君の名前は『よもぎちゃん』だ!」
そう呼びかけると、よもぎちゃんは「きゅ?」と不思議そうに首を傾げた。気に入ってくれたのかはわからないけど、わたしはとても満足だった。
道場での修行も、次の段階へ進んでいた。
テッサイ師匠から、ついに先輩門下生との組手稽古を許されたのだ。
しかし、現実は厳しかった。経験豊富な先輩たちの太刀筋は鋭く、わたしは手も足も出ずに打ち負かされる毎日。
「くそーっ! なんで当たらないの!」
悔しくて地面を叩いていると、森で遊んでいたよもぎちゃんの動きがふと目に入った。よもぎちゃんは、ひらり、ひらりと蝶を追いかけ、予測不能な動きで木々の間を駆け抜けていく。
(……そうだ。動きを、見るんだ)
力で敵わないなら、相手の動きを読んで、避ければいい。よもぎちゃんの動きが、まるで光のようにわたしの道を示してくれた気がした。
次の日の組手。わたしは相手の剣先、肩の動き、足の運びを必死に目で追った。
「そこっ!」
相手が剣を振り下ろす瞬間、わたしは一歩踏み込み、がら空きになった胴へ、渾身の一撃を叩きこんだ。
パァン!と乾いた音が道場に響く。
初めて、先輩から一本取った瞬間だった。
「……ほう」
遠くで見ていたテッサイ師匠が、感心したように頷いている。
そんなある日のこと。
稽古を終えたわたしは、テッサイ師匠に呼び出された。
「小娘。お前に、初仕事をくれてやる」
そう言って渡されたのは、街の掲示板に貼ってあった討伐依頼の紙だった。
【依頼:近隣の森に出没するゴブリン3体の討伐】
【報酬:500G】
ゴブリン。スライムとは比べ物にならないくらい、凶暴で知能のあるモンスターだ。しかも、三体も。
「これが、お前がこの世界で生きていくための第一歩だ。しくじるなよ」
「は、はい!」
緊張で声が裏返った。でも、それ以上に、初めて仕事を任されたことが嬉しかった。道場の武器庫から、錆びた剣より少しだけマシな鉄の剣を借り受ける。報酬の500Gがあれば、もっと良い装備が買えるかもしれない。
道場の門まで、先輩たちが見送りに来てくれた。
「くろすけ、気をつけてな!」
「絶対に生きて帰ってこいよ!」
「うん! いってきます!」
みんなに手を振り、わたしはゴブリンが出没するという西の森へと、一人で歩き出した。
不安と、武者震いと、少しの期待。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、心臓がドキドキとうるさい。
わたしはまだ、気づいていなかった。
少し離れた後ろの茂みから、小さな白い相棒が、心配そうにわたしの後をこっそりとついて来ていることに。
わたしの、冒険者としての本当の戦いが、今、始まろうとしていた。