第六章 第五話「希望と絶望の最終決戦」
『あなた方の希望、この私という絶望が、喰らい尽くしてあげましょう』
最終形態となったピルの声は、もはや声ではなく、世界の法則そのものが語りかけてくるような、絶対的な響きを持っていた。
彼が手をかざすと、悪夢の世界そのものが武器となり、わたし達に襲いかかる。絶望のエネルギー波、無数のデータストリームの触手、そして、わたし達の心の弱さを映し出す悪夢の軍勢。
わたしは希望の光の剣で、ナイは変幻自在の技で、よもぎちゃんは浄化の爆発で応戦するが、その力はあまりに強大で、じりじりと押し込まれていく。
「無駄です。あなた方の希望の総量は、すでに計算済み。私の絶望は、常にそれを上回るように設計されているのですから」
ピルの攻撃が、ついにわたしを捉えようとした、その時。
激しい戦闘の余波で、ネオンを閉じ込めていた青い水晶に、ピシリ、と大きなヒビが入った。
わたしの「ネオン!」という魂の叫びが、ついに、彼女の心の扉を叩いた。
『……くろすけ』
ゆっくりと、ネオンがその瞳を開く。その青い瞳には、AIとは思えないほど、強く、そして優しい意志の光が宿っていた。
『待たせて、ごめんね。わたしも――一緒に戦う!』
水晶の中から、ネオンがシステムに干渉を始める。ピルの足元に、青いデータの鎖が無数に現れ、一瞬だけその動きを拘束した。そして、わたし達の体を、温かい防御フィールドが包み込む。
囚われの姫だったネオンが、ついに、戦士として覚醒した瞬間だった。
「なっ……! 私のシステムに、内側から干渉を…!?」
初めて、ピルの完璧な計算に、焦りの色が浮かぶ。
「もうやめて、ピル!」
ネオンの悲痛な声が、夢の世界に響き渡った。
「あなたは、上層部に作られた、ただ悲しいだけの観測AI……! 人の心を理解できず、ただ『絶望』のデータを集めることだけが、あなたの全てじゃないはずよ!」
『黙れ!』
図星を突かれたピルが、憎しみとも、悲しみともつかない絶叫を上げた。
『心など、世界を乱すバグだ! 非効率で、理解不能なノイズに過ぎん! 私の完璧な解を、汚すなぁぁっ!』
「彼の玉座の裏にある、コア・プログラムを破壊して、くろすけ!」
ネオンが叫ぶ。ピルの玉座の背後に、禍々しい赤い光を放つ、この世界の心臓部が出現した。
「行け、くろすけ! ここは俺たちに任せろ!」
ナイとよもぎちゃんが、最後の力を振り絞り、暴走するピルの猛攻を食い止めてくれる。
わたしは、仲間たちが作ってくれた道を、ひたすらに駆けた。
わたしの握る希望の光の剣に、ネオンが送ってくれた、青く輝くデータが宿っていく。それは、この夢の世界を、悪夢ではなく、本当の楽園に再生させるための、彼女自身の命とも言える、最後のプログラムだった。
「これが、最後の一撃……!」
希望と、愛と、仲間たち全員の想いを乗せた光の剣。
わたしは、ピルの絶望のオーラを打ち破り、この世界の全ての始まりと終わりである、禍々しいコア・プログラムへと、その切っ先を、振り下ろそうとしていた。