第六章 第四話「悪夢の城と、囚われのネオン」
わたし達は、天を突く悪夢の城へと、一気に駆け込んだ。
城の内部は、ピルの歪んだ精神を反映したかのように、狂気に満ちた空間だった。廊下はねじれ、階段は途中で途切れ、壁は生き物のように脈打っている。
『無駄ですよ。この城は、あなた方の恐怖そのもので、できているのですから』
城の至る所から、ピルの嘲笑うかのような声が響き渡る。
やがてたどり着いた、中央の広間。そこには、三つの玉座があり、それぞれに、地下上層部の老人たちの姿をした、巨大なナイトメアが座っていた。
『ようこそ、侵入者よ。我は「無力」を司る。お前たちの力など、我々の前では無価値』
『我は「孤独」を司る。仲間など、いずれ裏切り、お前を絶望させる』
『我は「虚無」を司る。全ての行いは無意味。さあ、全てを諦めよ』
三体の悪夢が放つ、絶望のオーラ。ナイが「孤独」の幻術にかかり、一瞬、わたしに剣を向けかける。
「ナイさん、目を覚まして! わたしを信じて!」
わたしの必死の叫びに、ナイは「……ちっ、悪ぃ」と幻覚を振り払った。
「無力」のオーラが、わたしの剣を鉛のように重くする。だけど、よもぎちゃんが足元にすり寄り、その温かさが、わたしの心を支えてくれた。
「わたし達の力は、一人じゃない!」
「仲間を、絶対に裏切ったりしない!」
「未来を諦めたりなんか、絶対にするもんか!」
わたし達は、互いを信じ、声を掛け合い、それぞれの悪夢を打ち破っていった。ナイが「孤独」を切り裂き、よもぎちゃんが「虚無」を浄化し、そしてわたしが、「無力」の悪夢を、希望の光の剣で両断した。
上層部の幻影をすべて打ち破り、わたし達はついに、城の最上階、玉座の間へとたどり着いた。
そこには、無数の監視モニターに囲まれた、巨大な黒曜石の玉座に腰掛け、ピルが待っていた。
「お見事です。あなた方の『絆』というデータ、非常に興味深い。私の計算を、何度も超えてくれました」
彼は、満足そうに微笑むと、すっと立ち上がり、玉座の足元の床を透明にした。
その、瞬間。わたしは、息をのんだ。
ガラス張りの床の下。巨大な青い水晶の中心で、一人の少女が、眠るように瞳を閉じていた。無数のケーブルが、その華奢な体に接続されている。
間違いない。彼女こそが、わたしをずっと呼んでいた声の主。
「――ネオン!!」
「さあ、最終幕と参りましょうか」
わたしの叫びを遮り、ピルが両手を広げた。すると、彼の体がデジタルノイズとなって崩れ、莫大なデータとプログラムコードの奔流となって、再構成されていく。
白い制服は、漆黒のデータストリームが渦巻くコートへと変わり、穏やかだった瞳は、底なしの絶望を映す、深紅の光を放っていた。彼はもはや人間ではなく、この夢の世界の法則そのもの。神のごとき存在へと、その姿を変貌させていた。
『あなた方の希望、この私という絶"望が、喰らい尽くしてあげましょう』
物語の最後の敵、全ての絶望を統べる王が、わたし達の前に、静かに立ちはだかった。